第一章

【いかれ帽子屋】=フェデリ・ジョーカー①


 どうしようどうしようどうしよう。

 もしかしてわたしは『エリノア・ハート』なんだろうか、って思い当たったときには、まだゆうがあった。だってかのじよめつするのはごうとくだし、そんな非常識なこと、わたしはする気なかったから。そこまでのことをしてこなかった自信もある。

 ゲームのエリノア・ハートは最後、身分をはくだつされとうごくされる。国は共和制に移り変わりハッピーエンド……なんだけど、それ、すいしようねんれいB(十二歳以上対象)の乙女おとめゲーだったからえがかれなかっただけで、現実で続くとしたらフツーに裁判やってしよけいコースなんじゃないかな。

 だってあのたいかんあいさつからわずか三日で、わたしがけいを宣告した人数は両手をえてる。

 エリノアおかしいよ! くちぐせみたいに死刑宣告するんだよ!?

『やあ、い日よりですね死刑だ』ぐらいの勢いだよ! どうすればいいの!?

 わたしの口は相変わらず、全然思い通りにしやべれない。でも無言でいるわけにもいかない。仕事がある。

 筆談もためしてみたけど、だった。意思を文字にする段階で同じことが起こる。

 ゆいいつの救いは、みやくらくなく勝手に動くわけじゃないってぐらいか。

 挨拶のときもそうだったけど、言おうとする言葉を悪意で思いっきりきやくしよくされる感じなのだ。そしてに死刑だが付く。何なのそれ。そんなキャラ付けいらないよ。

 とにかく――このままじゃまずい。

 そもそもどうして、こんなことになった?

 冷静に考えると、シナリオ通りに運ばせるためのゲーム強制力ってわけじゃないと思う。そんなものがあるなら、わたしは表面だけでもとっくに『エリノア・ハート』そのものになってなきゃおかしい。だけどこれまでのわたしは、ゲーム通りの『エリノア・ハート』ではなかった。それは断言できる。

 なぜなら、ゲームのエリノアは子どものころからぼうじやくじんだったから。ジャックこうりやく中に回想シーンがあったからちがいない。

 ゲーム本編に関係あるところまで進んだから? そんな雑な感じ? できる強制力があるなら子どもの頃から合わせておいた方がもないのに?

 しっくりこない。かい不可能なゲーム強制力だってあきらめるより、現実的な原因を探すべきな気がする。たとえば、魔法で――のろいで、とか。

 ……挨拶の直前までは、つうだったのよ。

 ということは、ひかえしつからバルコニーに向かう間にあったこと――

 鏡、かな。

 あのとき、足元にみようかげが見えた気はしたんだ。でも気のせいにして流してた。

 ――だって、こわかったんだもの!

 鏡にだけ映る影とか、ホラーだもん! でもホラーじゃない可能性がこの世界にはあったね!

 この四印スートシリーズ、事件の黒幕は全部鏡の国のもの。そして魔物の目的は人々にそうらんを起こすこと。

 ハートの国編では、エリノアの暴政を助長するキャラがいた。エリノアと面識はないけど、ゆうどうされる感じで描かれてたな。

 鏡の国の魔物にとってのエリノアは騒乱を起こすための道具だから、このじようきようおちいったわたしの味方ってわけじゃない。むしろ一人の人間として、王族として、何としてでも止めなきゃいけない相手である。

 もしゲーム同様に黒幕キャラがいるのだとしたら、エリノアはゲームのエリノアらしい方が都合がいい。わたしに呪いをかける動機はじゆうぶんだと思う。

 ……ゲームのエリノアも、実は呪いでああなってたとか……?

 いや、彼女が傍若無人ないをしていたのは子どもの頃からで、時期がちがうからそれはないか。

 鏡の国の魔物が騒乱を望むのは、かれらが人の負の感情を食べて生きてるから。なので彼らは戦争が大好き。すきがあればかいにゆうして、戦火を生み出す。

 まあ、アリス――ゲームヒロインが現れて丸く収めるわけだけど。

 それ自体はだいかんげい。でもわたしの破滅とセットなのは困る。

 ええと、シナリオ通りならアリスはウサギツインズにさそわれてこの国に現れるはずだから……

 破滅までの展開をエリノア側から思い出そうとするちゆうで、ノックがされた。ひぃっ。

 し、私室にはだれも来るなって言ってあるのに! どうしてかって? 死刑宣告しちゃうからさ! そんな機会は少なければ少ないだけいい。

 だからといって居留守を使うわけにもいかない。私室手前のひかえのにはじよがいるからバレバレだし。

 内心おののきつつ、口を開く。

「誰ぞ?」

 だけど口から出るのはおうへいきわまりない言い様。ついでだけど、態度と表情も喋っているときは呪いのえいきようを受けてしまう。常にイラッとくる上から目線プラス鹿にした態度になるのだ。

 エリノアかいどうまっしぐら。チューブ状のえさに夢中なにゃんこわんこよりまっしぐら。

近衛このえ、ジャック・フローです。申し上げたき儀(ぎ)があり、参上いたしました。お目通りいただきたい」

「よかろう、入れ」

 許可を出すと侍女がとびらを開け、ジャックが部屋の中に入ってくる。周囲の視線がハラハラソワソワしていてたまれない。そうさせてるのわたしだけどね!

 ちなみにニーナはそつこうはいえした。ニーナはきっと、今のわたしを諌(いさ)める。でもわたしはそんな彼女に死刑宣告をするだろう。

 ……絶対にいや

 ちなみにジャックは攻略対象なので、美形である。短くったきんぱつに青いひとみの、真っ正直な性格をした好青年。もう片方の攻略対象キャラであるウサギツインズがひねくれた性格してるから、キャラバランスってやつだね。

 そーゆー性格でアリスの協力者になる人なので、当然エリノアの暴政をよく思っていない。

 らいな人が来てしまった……。でも彼の性格なら来てもなつとく……。

「さて? わらわの貴重な時間をつぶして物申すのだ。相応に価値のある話であろうな? くだらん用件ならば死刑だ」

 用件は? と聞きたかっただけなのにこれである。もうどうしようもない。

 本来もっと短く済む内容が嫌味でかさましされて余計な時間を食う。相手をかいにさせるだけの、と無駄の重ねがけ。

たわむれのように人の生死をあつかうのはおやめください」

 まったくです!

 心の底から同意だが、実際のわたしはつまらなそうなため息をつく。

「戯れてなどおらぬ。妾もへきえきしておるのよ。たみを処するのは本意ではない」

「では……」

「実になげかわしい! 妾の気分を一々害さねば、このようなめんどうをしなくてもよいのになあ! ぶつはこれだから困る! おのが無能をたなげして、わずらわしさしかもたらさぬ!」

「何を……!」

 処刑なんかしたいわけじゃないと、そう言いたいだけなのに、意味合いが全然違うセリフにへんかんされる。

 ああもう。口を開くだけ悪いことしか起こらない。話を打ち切って、帰ってもらうのが一番被がいが少ない。ひどすぎる。

「話がそれだけなら下がれ。でなくば――」

 にやりと笑って、わたしは手に持ったせんるう。

 扇子はからりだけど、その延長線上にあった机がスパンと両断された。重い音を立ててざんがいと化した机の切り口は、熱で焼き切ったもの。

 ハートの国の民は、みなほのおの力を持っている。そしてエリノアは、その中でも相当強い力の持ち主なのだ。

「死刑ぞ?」

 そう、エリノアはせんとう能力的にはハイスペである。でなければすぐにでも王座からり下ろされるだろう。

 血筋が正しいといっても、王座をぐ絶対条件であるハートの印を、わたしはまだ宿していない。正当な王であるお父様が持っているから。わたしの王位なんて、しようしんしようめいただの『仮』だ。

 なのに下ろされないのは、それができないから。暴力がエリノアのぎやくを助けてしまう。

「……私は、これまで貴女あなたのことを実直でけんじつひめだと思っていました。人の感情のびんかんで――いずれ王となったときに、そのやさしさゆえに苦しむのではないかと心配でさえありました。しかし、すべてゆうであったようですね」

 え、そうだったんだ。――と、思ったのと。

「ほう。それはまたおどろきだ。貴様の目の節穴っぷりにな」

 といういらないセリフが口をいて出たのは同時。本当にもうかんべんして。

「充分に理解しました。――お時間を取らせたこと、謝罪いたします。では」

 礼をして、ジャックは退出する。

 あ。これフラグんだな。

 きっとこの会話で、ジャックはわたしに見切りをつけたんだ。

 背を向けたジャックに、わたしは声をかけなかった。だって今口を開いたら、死刑だが付いてくるに決まってるもの。

 立ち去るジャックを見送りながら、ふとほの暗い考えが頭を過る。

 ――この状況にあらがうのは、もう無理かもしれない。だったら暴君女王として、それでも生き残れる道を探すべきではないだろうか。

 わたしが先の展開を知ってるのは、もしかしたらそのためかもしれない。

 そう、アリスの協力者となるジャックをらえて、ウサギツインズも早いうちに……。

 って、っがーうッ!!

 落ち着けー。落ち着けわたし。そんなんで生き残ってうれしいか? 悪夢にうなされ続ける未来しか見えないぞ!

 ……よし、まずは火急の件をどうにかしよう。やたらめったら死刑宣告してしまっている人々を解放しなくては。

 ハート王国には、一応裁判制度がある。でも裁判官の上に女王がいるので、わたしが死刑と言ったら死刑なのだ。

 とはいえ宣告はしたものの、それ以降わたしがノータッチなものだから、死刑場の用意に手間取っていてどーのという報告が来てる。全然いいです。むしろ一生完成しなくていいです。

 死刑が遅々として進まないのはありがたいが、放置していては被害者が延々拘こうそくされ続けてしまう。早く手を打たなければいけない。

 合法的に何とかできるのも何とかするべきなのも、最高権力者(仮)でありげんきようであるわたしである。

 しかしそのためには協力者が必要不可欠。わたし自身が口を出すのは、死刑宣告人数を増やすのと同義だ。

 適任者を探す必要があるのだが、実は一人、心当たりがある。

 ハートの国編の連動特典攻略キャラ、フェデリ・ジョーカー。

 彼は四印スートのどこにも属さない旅人。世界のしんえんに最も近いけんじやの一族であり、その名を継いだ者。秘中のを継ぐ世界のジョーカー。――という、かなり設定盛り盛りなキャラ。

 でも実際、鏡の国の魔物と相対するシーンで、フェデリだけは相手をあつとうする。

 そんな彼なら、わたしの今の状況をいてくれるかも。くいったら相談して、打開策なんかをいつしよに考えてくれたら嬉しいなー……、と。

 ゲームでのエリノアとの関係? ええ、もちろん最初から最後まで敵ですよ。だってヒロインの攻略キャラだもの。

 けどエリノアと対決する前に、ちょっと意味深なセリフがあるんだよね。「残念だが、おくれだ。民はエリノアを許さない」って。

 アリスに決意をうながすセリフだから流れ上おかしくはないんだけど、つまりは手遅れになる前ならワンチャン救済が見込めるんじゃないかな。……そんな望みがあってもいいんじゃないかな。……あると、いいな?

 ――いや、ある! きっとある!

 どうせこのままスルーしたら敵になるだけの人だし。始めから敵だと分かってるなら、失敗をおそれる必要もない。

 よし、善は急げだ。

 立ち上がり、わたしは城のしようしつへと向かうことにした。正確にはへいせつされている作業場の方へだけど。くだんのフェデリは現在、客分扱いの職人として城にたいざいしつつ、ぼうのデザイナーをしているのだ。

 私室の扉を自ら開くと、控えの間の侍女たちがはっとして固まり、高速で頭を下げた。

「へ、へい。どちらへ」

「妾をかんでもする気か? なんと煩わしい。死刑だ」

「ひっ」

 言い放ち、その場を後にする。

 ……死刑宣告した人、両手で数えて二周目突とつにゆうしそう……。


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