【いかれ帽子屋】=フェデリ・ジョーカー③
切実な願いを込めて数日を過ごし、やっとその日が来た。
国政にまつわる議題が終わったところで、ジャックが静かに挙手をする。
その目に宿るのは不審の色。フェデリの提案を受け入れたものの、わたしが許可するとは思ってない感じだな。
当然だろう。だって死刑宣告したのがわたしなんだから。
ジャックルートは力
そしてジャックは正論でぶつかるタイプで、
ジャックはあのとき、わたしを王座から降ろす覚悟を決めてたと思う。たとえそれで大きな混乱を引き起こすことになろうとも、国民が大量に、無意味に殺されていくよりはマシだと考えたんだろう。
でも、確実に国に、民に負担を
混乱をためらう自分の本心を諦めるために。そしてこの場にいる重臣たちへ、わたしの言動の異常さを示し続けるために。
だがジャックの意図はこの際何でもいい。重要なのは、提案してくれるという事実。
「発言をよろしいでしょうか、陛下」
「ほう」
『許す』という簡潔な一言で答えるつもりだったのに、わたしの
だ、大丈夫だよね。許すとしか言ったつもりないもの。たとえどんなにいらない装飾が付いてきたとしても、これまでの
ここに来ていきなり変わるとかないよね! わたし信じてるから!
…………呪いを?
「妾の予定を
目を細めてくすくすと笑いつつ、何を言おうと
「くだらぬ話であれば、死刑ぞ?」
おまけもついた。
しかし目的の第一段階である『ジャックの発言を許可しよう』は達せられた。もうこれでよしとしようじゃないか! ままならない身ですから!
だが、本番はここからだ。
大丈夫だと思う――思うけど、わたしの胸は緊張でばくばくいってる。
だってここで「イエス」を言えなきゃ、この先死刑宣告した人たちを救うチャンスはない。わたしは無意義に大量殺人を犯してしまう。
もうどんな悪意まみれだっていい。絶対、誰が聞いても疑いようのないセリフで、ジャックの提案を
「陛下の一存で
ジャックの言葉に、ざわりと場が波立った。
中にはもう
「手順を踏むことは、陛下の正当性を証明するためでもあります」
「……」
――口を開くのが、怖い。
でも――言え。言うんだ。一言でいい。
ごく、と
「よかろう」
言えた……!
心の底からほっとして、わたしの
「陛下……?」
その様子が
いけない。死刑大好きなうえ挙動不審な女王とか、これ以上の悪評はいらないから。
「妾は雑事にかまけるほど
全然職種の違うジャックに任せることじゃないけど、ここでわたしのご
私は
そしてわたしが取り仕切ると、それだけで死刑宣告人数が増える。確定である。
「私……で、よろしいのですか」
ジャックは無罪の人を死刑になんか、絶対にしない。だから裁判官等の人選
でもジャックからすれば不思議に思うのは無理もない。彼に任せるってことは、死刑を
「これ以上、妾をかような
裁判官の上に立つ女王の権限を、一連の件に関してはジャックに委ねる。そう宣言した。
相変わらず
「私は、
「くどい。好きにせよと妾は言った。貴様の頭は飾りか?」
丸投げにもほどがあるが、裁判で死刑宣告したらもう取り返しがつかない。わたしが出廷しなくても済むなら、絶対その方がいい。
何とかなりそうな安堵にふぅと息をついたのを――マズい、また見られたかも。
「
それからはもう、王宮が
わたしの気が変わるのを怖れるかのように立て続けに行われていく裁判で、ジャックはさくさく無罪を
いやわたしもね、気になったから声かけたんだけど。死刑だが付いて
でもまあそのおかげというかせいでというか、今の王宮はめっちゃ厳格な
そこまでの厳しさは求めてないので、時期を見ながらどうにかしたいなと思う今日この頃。物事は何でも過度なのはいけないよ、過度なのは。
何はともあれ――めでたく、死刑者ゼロ! やったね! お祝いにビールをクィッとやりたい気分だ。特別ビール好きだった
ちなみに口癖死刑は止まらないので、裁判中さらに五人増えてジャックに
ただ、ちょっとコツは掴んできた。呪いに任せっぱなしにするから余計に酷いことを言う感じがある。自分自身で尊大に、
ゲームのエリノアをなぞってるみたいでちょっと怖いけど、死刑だが付かない分マシだと思う。
さて、と。
城の皆もわたしの暴言に慣れてきたっぽいので(
ティータイムを終え、
これがお仕事ですからね。仕方ないね。仕事の対価に女王の権利もらってるんだから、なくなればいいのにとか思ってはいけない。
目を通しながら、サインをしていく。ハートの国の国政は安定していて、
わたしも自分の子に国を委ねるときには、
そうして仕事を進めてると――あれ。サイン済みの書類が決裁前の方に混ざってる。なんで?
もうサインしてるんだから確認はしたはずだけど、わたしの視線は何気なく文面を追った。そして、
「何だ、これは……」
書類の内容に全然覚えがない。しかもそれに『全国民は一日に一輪、女王に花を
もちろんサインした覚えなんかない。いくら忙しくったって、こんなふざけた内容
っていうかこの書類、サインどころか文面までわたしの文字にそっくり。ただし、断言するけどわたしが作成したものではない。
ハートの国は専制君主制の形ではあるんだけど、政策実行前に「こういうことをやるよ」っていう話は
とはいえ、勝手ができないわけじゃない。こうやって決済済みにして、さっさと実行部署へ回せばいいのだ。
つまりこの書類は、わたしが馬鹿馬鹿しい政策を強行したように見せるための
人の
同時に思う。ゲームのエリノアがすごくやりそう。こーゆー、くだらなくて意味もなくて、そのくせ大変なこと。
そして想像できる。決済されたこの書類を見た人が、わたしならやりかねないと納得してしまう姿が。こんなアホをやる女王が国主でいいのかと、不安と疑心と不満を
ふざけた書類を除外し、机の中に
他部署に回る前に見つけられたのは幸いだ。こんなのが実行されてたら、大変なことになってたよ。
ほっと一息ついたわたしのタイミングを見計らったかのように、来客が告げられる。訪れた相手は
「失礼いたします、陛下。
「小麦粉?」
倉庫に入らないほど大量の? なんでそんなに……。
……待って。今「仰せの通り」って言った?
「はい。陛下がお
宰相の目が冷たい。これはまさか……。
「書類で命じた件……か?」
「
それわたしじゃない!
遅かったんだ……。花が最初じゃなかった。
すぐにでも否定したかったけど、ぐっと
くぅ! こんな時に前世の科学
しかしそんなハイテク捜査などできないのだから仕方ない。前世のわたしはどうして科警研とか
「食糧倉庫でなくとも構わん。空いている場所に適当に詰めておけ。ただし、詰めた場所は記しておくように」
解決策でもない
「承知いたしました。それから、城内すべての扉にハートの印も書き終えてございます」
「そ、そうか」
どれだけ自己主張激しいの! ここがハートの国なの全国民が知ってるよ!
まあ、小麦粉に比べれば被害は
「それと、国中の猫を大切にせよとの
ちなみに勤め先の上司は猫派だった。
……なんでそんなどうでもいいこと覚えてるんだろう……。
「分かった。それと、その三点の決裁書類、一度妾に戻せ」
誰かの策略、悪ふざけシリーズの政策である。中身の確認をしておくべきだ。それから、混乱しないように段階的に変えていくのがいいだろう。
「承知いたしました」
退出する宰相を見送り、ため息をつく。どうしてこんな次から次に……。
どうして、なんて相談事をできるのは、今のわたしには一人しかいない。
勢いよく席を立つと、早足で作業場へと向かう。
表面的にはフェデリを呼びつけるのが自然なんだろうけど、彼がどういう人かを知っているわたしにその
フェデリはたまたまハートの国に滞在しているだけの旅人。世の権力からは
となれば、知恵を借りるわたしの方が出向くのは、むしろ当然と言えるでしょう。力を貸す人だって、礼を尽くしてお願いされた方が納得しやすいと思う。
まあ、国の代表たる王であるわたしが腰を低くしすぎるのも今度は民に失礼だし、身分というものへの考え方が根本的に違う既得権益者(貴族)の皆様には受けが悪いから、彼らの協力も
でも! 今は貴族の皆さんとの
「――フェデリ!」
「おや、陛下。いかがなさいました?」
フェデリの手元では、上部に動物園が作られた帽子が完成しつつあったが、この際それは横の棚に置いておく。
「来やれ。話がある」
「
わたしが自らの足でフェデリを迎えに来るのは二回目で、しかもフェデリが
エリノア・ハートの
だ か ら どうした!
それどころじゃない!
フェデリを連れて戻ったのは執務室。問題物件が揃ってるのはこっちだから、説明しやすい。
「今度は何をやったんだい?」
「噂にぐらいはなっているだろう。意味の分からぬ政策の件だ」
「政策? ……あー、お針子さんたちが何か言ってた、かも?」
そっか。フェデリの立ち位置で耳に入ってくる情報はそれぐらいなのね。
百聞は一見に
「見よ」
「……見たよ。正気か?」
「愚か者め。妾ではない」
「ああ、だから血相変えてるのか」
「これだけではない。すでに他部署へ回り、実行されたものもある」
「どう見ても意味のない悪ふざけだ。
国政で悪ふざけを押し通す女王とか、嫌すぎる。やった
犯人がどこにいるかは分からない。しかし相手が誰なのかは想像が付く。これも鏡の国の魔物の仕業だろう。
「決済済みの書類として回せるぐらいだ。犯人は近くにいるな」
「!」
そうだよ。女王の執務室に、直接書類を届けられる相手ってことだ。そうでなくても書類を持ってくる前に確認するだろうから、どこから
「誰が、かようにふざけた真似を……!」
わたしの口は、怖れの代わりに怒りを吐き出す。
他人の悪意に怖がってやるのは、やった奴を喜ばせるだけ。見られてなくとも
だから、
「近いところから
「ティータイムの間だ」
「じゃあ、大分
仕事の山を
在室のときは必要な用件のある人なら誰でも通すけど、不在のときは基本入室禁止。訪れた人に対応するのは控えの間にいる
だから、ティータイム前と比べて増えた分の書類は、侍従長――クラインが誰かから預かって部屋に持ち込んだ物のはずである。
さすがに部屋に入れるたった一人の人物が犯人ってことはないでしょう。真っ先に疑われるし。調べるけど。
「ならば、さっさと片付けるか。貴様もそこで聞いていろ」
むしろ期待していますお願いします。
フェデリに来客用のソファを
「お呼びでしょうか、陛下」
「妾のティータイム中に訪れ、貴様に書類を預けて行った者の名をすべて挙げよ」
予想通り、クラインは一度フェデリへと視線を向けた。しかし
「承知いたしました。それでは、訪れた順に申し上げます。デルタ
挙がった名前は全部で五人。全員来てもおかしくない人ばかり。この時点で不自然さはない。
クラインを下がらせ、わたしはフェデリへと目を向ける。
「聞こえたな。すぐに調べよ」
今名前が挙がったのは、当然ハートの国で身元のはっきりした人たち。彼らが魔物なんてことはあり得ない。もちろん、その家族も。
けれど鏡の国の魔物には、精神支配という厄介な
だから調べるべきは、彼らに近しい存在でありながら、身元の確認が取れないような相手。
「まあ、やってみよう」
「期待している。妾の期待は、貴様
ああ、出ちゃった。プラス方向だけのセリフは偉(えら)そうでも許さないってことか。また一つ学んだ。
「じゃ、行ってくる」
言った直後に硬直したわたしに
うん、さすが作中最強キャラ。
フェデリを用意してくれた公式様、ありがとうございます。
わたしが自分自身で調査するのは難しい。何かしようとすると高確率で死刑囚を発生させてしまう。何せ頼み事一つするだけでも死刑だが出てくる可能性あるからな。頼んでるのはこちらなのに、なぜだ……。
おかげで私生活や
ただ、高貴な人的
でも死刑囚量産よりはいいと思うんだ。というかわたしの精神衛生のため、威厳よりも安全を取ります。
とはいえ、フェデリ一人に押しつけるのもどうかと思うので、できる
まして今日はお
相手はキュエフ公爵夫人、マルグリット。わたしが不在中に書類を預けていったキュエフ公爵の
新女王の挨拶的なお茶会なので、規模は大きい。招く人数も相当である。そんな状況でも、誰とでもゆっくり、存分に語り合うための特別な魔法が存在する。
その名も、終わらないティーパーティー。なぜかティーパーティー限定。
それは名前の通り、ティーパーティーが終わらない魔法。お茶会が続く限り、時は流れるが進まない、という実に
ちなみにこの
そんなわけで、この魔法の影響を受けるのはハートの国のみ。
終わらないティーパーティー発動中は、お茶会に参加しない国民にとっては時間を使えるのに時間が
本来なら改めましてこれからよろしく的な感じで、もっと
実際に死刑が行われたことはないとはいえ、宣告されるのだって気持ちのいいものじゃないに決まってる。
お茶会の開始と同時に、ちらりちらりと
わたしが声をかけるのって、一昔前なら喜んでもらえてたんだけど……今や生贄ですよ。悲しすぎる。それを分かってても声をかけなきゃならないわたしも
ややあって淑女たちの
「ご機嫌
しかしなぜ、お茶会に猫? そういえば他にも猫連れの人結構いるな……?
内心で首を
「
「!」
そういやそんなのあった! わりと無害な方の無駄命令だったので、すっかり後回しにして放置してたよ。
ちなみにこの
まあ、モデルが不思議の国のアリスだから、そういうものなんだろう。本家でもイモムシやウミガメが喋るから。二ヶ国語話せますとか、そんな感じの技能扱い。
「我輩、名をミラと申す。陛下の治世に期待しておりますれば。ぜひこのまま、我輩たちに住みよい国を作ってくださいますよう」
人望はガンガン失ってるけど、猫の好感度だけはゲットしてるっぽい。うわーい。
い、いいんだ……。猫、好きだから……。毛皮がフサフサしてる子は大体好きだから……。
お、落ち込んでる場合じゃない。せっかく向こうから来てくれたんだし、情報収集しよう。
「ときに、キュエフ公爵夫人。貴様の家についてだが――」
単刀直入に
目に入ったのは
「
扇子を
「何事だ。説明せよ」
時計付近にいた人たちにぐるりと視線を
「あ、あの、あの」
落下地点でぺたんとお
彼の名はラビ・シャムシェル。職業、時計ウサギ。攻略対象ウサギツインズの片割れであり、終わらないティーパーティーの唯一の使い手。
「あの、
ラビの言葉に、わたしは
大時計が急に外れた? そんなことが
落下すれば
……だったら、意図的だろう。
さらに言うなら、犯人がこの場にいるかもしれない。
会場に不備はないかと、直前まで念入りにチェックされていたのをわたしは見ている。
だったら大時計の落下は、この場で
考え込んだわたしの顔は、はたから見ると大層不機嫌に映ったらしい。目の前でラビが拳を
まあ、怖がらせたいわけじゃない。
「ああまったく、ふざけておる。貴様は今、妾にどれだけの恥(はじ)をかかせたか分かっているのか?」
「ひっ」
「怪我人が出て、妾の顔にさらなる
「ぼ、僕、じゃあ、あの」
「妾の
口が
でも――でも、まずい! これは……
内心の焦りをよそに、唇が
「時計ウサギ、ラビ・シャムシェル。貴様は死刑だ!」
ああ、やっぱり――!!
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