【いかれ帽子屋】=フェデリ・ジョーカー③

 切実な願いを込めて数日を過ごし、やっとその日が来た。

 国政にまつわる議題が終わったところで、ジャックが静かに挙手をする。

 その目に宿るのは不審の色。フェデリの提案を受け入れたものの、わたしが許可するとは思ってない感じだな。

 当然だろう。だって死刑宣告したのがわたしなんだから。

 ジャックルートは力しで問題解決なシナリオ展開が多かったけど、本人がそうと望んでたわけでもなかった。物語でキャラの差分化は大切だからね。スマートな解決はフェデリの担当。彼は人の心理を読んで、自分が望む行動、結果へと誘導する。

 そしてジャックは正論でぶつかるタイプで、きやからは苦手。これはゲームだけの話ではなくて、実際の彼を知ってるから断言できる。でなきゃ正論だけを武器にわたしの私室に来てまでじかだんぱんとかしない。

 ジャックはあのとき、わたしを王座から降ろす覚悟を決めてたと思う。たとえそれで大きな混乱を引き起こすことになろうとも、国民が大量に、無意味に殺されていくよりはマシだと考えたんだろう。

 でも、確実に国に、民に負担をいると分かっている展望をサラッと割り切れる性格でもない。だからこそフェデリの提案を受け入れたのだ。

 混乱をためらう自分の本心を諦めるために。そしてこの場にいる重臣たちへ、わたしの言動の異常さを示し続けるために。

 だがジャックの意図はこの際何でもいい。重要なのは、提案してくれるという事実。

「発言をよろしいでしょうか、陛下」

「ほう」

『許す』という簡潔な一言で答えるつもりだったのに、わたしのくちびるは余計なを描いた。そして人を不安にさせる妙な間をたっぷりける。

 だ、大丈夫だよね。許すとしか言ったつもりないもの。たとえどんなにいらない装飾が付いてきたとしても、これまでのけいこうからしてきよの言葉は出てこないはず。

 ここに来ていきなり変わるとかないよね! わたし信じてるから!

 …………呪いを?

「妾の予定をくるわせようとは、大層な自信よなあ。よかろう、興が乗ったわ。発言を許す」

 目を細めてくすくすと笑いつつ、何を言おうとなんくせ付けるに違いないと思わせる、嫌味ったらしい言い様で許可を出す。そしてもちろん。

「くだらぬ話であれば、死刑ぞ?」

 おまけもついた。

 しかし目的の第一段階である『ジャックの発言を許可しよう』は達せられた。もうこれでよしとしようじゃないか! ままならない身ですから!

 だが、本番はここからだ。

 大丈夫だと思う――思うけど、わたしの胸は緊張でばくばくいってる。

 だってここで「イエス」を言えなきゃ、この先死刑宣告した人たちを救うチャンスはない。わたしは無意義に大量殺人を犯してしまう。

 もうどんな悪意まみれだっていい。絶対、誰が聞いても疑いようのないセリフで、ジャックの提案をむ!

「陛下の一存でけいしゆうとなった者たちに、きちんと裁判の場をもうけるべきと存じます」

 ジャックの言葉に、ざわりと場が波立った。

 中にはもういのっちゃってる人もいる。さもありなん。

「手順を踏むことは、陛下の正当性を証明するためでもあります」

「……」

 いつしゆん大きくざわついた場は、今は逆に静まり返っている。わたしがジャックに死刑を宣告するに違いないと、そうな空気がただよった。

 ――口を開くのが、怖い。

 でも――言え。言うんだ。一言でいい。

 ごく、とのどを鳴らし、わたしは口を開いた。


「よかろう」


 言えた……!

 心の底からほっとして、わたしのかたからどっと力が抜ける。

「陛下……?」

 その様子がみように映ったのか、ジャックはややまどったような表情を浮かべた。

 いけない。死刑大好きなうえ挙動不審な女王とか、これ以上の悪評はいらないから。

「妾は雑事にかまけるほどひまではないゆえ、貴様が取り仕切り、適切に処理せよ」

 全然職種の違うジャックに任せることじゃないけど、ここでわたしのごげん伺いするような人にやられたら困るのだ。気をかせすぎて死刑判決出しちゃうかもしれないからね。

 私はそんたくできる人間ですとか、そーゆー気の利かせ方いらないから。

 そしてわたしが取り仕切ると、それだけで死刑宣告人数が増える。確定である。

「私……で、よろしいのですか」

 ジャックは無罪の人を死刑になんか、絶対にしない。だから裁判官等の人選諸々もろ、彼に任せれば大丈夫だ。

 でもジャックからすれば不思議に思うのは無理もない。彼に任せるってことは、死刑をてつかいするに等しいのだから。

「これ以上、妾をかようなで煩わすと申すのか? それとも己が言さえ全うできぬ無能だと主張しておるのか? ならば貴様がどれほどどんでも、任を果たせる権限をくれてやろう。妾に代わり、つつがなく裁判をすいこうせよ」

 裁判官の上に立つ女王の権限を、一連の件に関してはジャックに委ねる。そう宣言した。

 相変わらずどくぜつは絶好調だけど、これは望んでた以上にいい流れ。わたし自身が関わらなければ、それだけで安心度アップ。

「私は、しように基づき私が適切だと思う判決を下します」

「くどい。好きにせよと妾は言った。貴様の頭は飾りか?」

 丸投げにもほどがあるが、裁判で死刑宣告したらもう取り返しがつかない。わたしが出廷しなくても済むなら、絶対その方がいい。

 何とかなりそうな安堵にふぅと息をついたのを――マズい、また見られたかも。

 あわてておうぎで口元をかくすと、ジャックは数回まばたきをして、あきれたような、でも少しほっとしたような微笑をわずかに浮かべた。

ぎよのままに、女王陛下」


 それからはもう、王宮がさわがしくていそがしかった。とどこおっていた死刑囚たちの処置が一気に進んだせいである。滞らせてくれていた皆さん、ありがとう。

 わたしの気が変わるのを怖れるかのように立て続けに行われていく裁判で、ジャックはさくさく無罪をわたしてくれた。でも規定はんの服装をしていたメイドさんとかには、相応のしよばつを下してた。しっかりしてはる……。

 いやわたしもね、気になったから声かけたんだけど。死刑だが付いておおごとになりましたね……。反省してます。

 でもまあそのおかげというかせいでというか、今の王宮はめっちゃ厳格なふんでピシリとしてる。

 そこまでの厳しさは求めてないので、時期を見ながらどうにかしたいなと思う今日この頃。物事は何でも過度なのはいけないよ、過度なのは。

 何はともあれ――めでたく、死刑者ゼロ! やったね! お祝いにビールをクィッとやりたい気分だ。特別ビール好きだったおくがあるわけじゃないけど、ノリ的に。

 ちなみに口癖死刑は止まらないので、裁判中さらに五人増えてジャックににらまれた。余計な仕事が増やされてるわけだから無理もない。ごめん。悪気はないんだ。そうするつもりもないんだ……心から。

 ただ、ちょっとコツは掴んできた。呪いに任せっぱなしにするから余計に酷いことを言う感じがある。自分自身で尊大に、たけだかに、性格悪いセリフを選べば、わりとそのまま喋れると判明したのだ。

 ゲームのエリノアをなぞってるみたいでちょっと怖いけど、死刑だが付かない分マシだと思う。

 さて、と。

 城の皆もわたしの暴言に慣れてきたっぽいので(おびえられるのは変わってないけど、そーゆー人だってにんしき(んとうしてしまった)、ちゃんと政務に向き合える状態にはなった。

 ティータイムを終え、しつしつもどる。と、机の上にまた書類が増えてる。

 これがお仕事ですからね。仕方ないね。仕事の対価に女王の権利もらってるんだから、なくなればいいのにとか思ってはいけない。

 目を通しながら、サインをしていく。ハートの国の国政は安定していて、ゆうしゆうな人材が揃ってるから、目を皿のようにして検分する必要はない。

 わたしも自分の子に国を委ねるときには、こうねいとした状態でゆずれる女王になりたいなあ。そう、とつぱつてきに席を預かっても大丈夫だった、お父様たちの治世みたいに。

 そうして仕事を進めてると――あれ。サイン済みの書類が決裁前の方に混ざってる。なんで?

 もうサインしてるんだから確認はしたはずだけど、わたしの視線は何気なく文面を追った。そして、しようにんみの方に移す前にこうちよくする。

「何だ、これは……」

 書類の内容に全然覚えがない。しかもそれに『全国民は一日に一輪、女王に花をささげに来ること(※種類は問わない)』なんて書かれているのだから動きも止まろうってもの。

 もちろんサインした覚えなんかない。いくら忙しくったって、こんなふざけた内容のがさないって。全国民から毎日花を捧げられたら、あっという間に国がまるはだかになるんだけど。

 っていうかこの書類、サインどころか文面までわたしの文字にそっくり。ただし、断言するけどわたしが作成したものではない。

 ハートの国は専制君主制の形ではあるんだけど、政策実行前に「こういうことをやるよ」っていう話はじゆうちんたちにしている。識者たる彼らの意見を聞くためでもあるし、国のかじりにおいて重要な位置についている彼らの反感をおさえるためでもある。

 とはいえ、勝手ができないわけじゃない。こうやって決済済みにして、さっさと実行部署へ回せばいいのだ。

 つまりこの書類は、わたしが馬鹿馬鹿しい政策を強行したように見せるためのしろものだ。

 人のひつせきほうなんか、相当の練習が必要じゃない? 本気の悪意だよ。

 同時に思う。ゲームのエリノアがすごくやりそう。こーゆー、くだらなくて意味もなくて、そのくせ大変なこと。

 そして想像できる。決済されたこの書類を見た人が、わたしならやりかねないと納得してしまう姿が。こんなアホをやる女王が国主でいいのかと、不安と疑心と不満をつのらせる姿が!

 ふざけた書類を除外し、机の中にう。これは出所を追及しないと。取っておけば、証拠的な感じで役に立つときが来るかもしれない。

 他部署に回る前に見つけられたのは幸いだ。こんなのが実行されてたら、大変なことになってたよ。

 ほっと一息ついたわたしのタイミングを見計らったかのように、来客が告げられる。訪れた相手はさいしようだった。

「失礼いたします、陛下。おおせの通り小麦粉が納入されましたが、しよくりよう倉庫に入りきる量ではございませぬ。いかがいたしますか」

「小麦粉?」

 倉庫に入らないほど大量の? なんでそんなに……。

 ……待って。今「仰せの通り」って言った?

「はい。陛下がおめいじになられましたでしょう」

 宰相の目が冷たい。これはまさか……。

「書類で命じた件……か?」

ようにございます」

 それわたしじゃない!

 遅かったんだ……。花が最初じゃなかった。

 すぐにでも否定したかったけど、ぐっとこらえる。ここでわたしが指示したものじゃないって、どう証明する? 明らかにわたしの字(にせものだけど!)で書かれた書類なのに、わたしじゃないなんてきっと通じない。自分で命令しておきながら知らない振りして、処罰しようとしているとか思われるのがせいぜいだ。

 くぅ! こんな時に前世の科学そうがあれば! けいドラマの彼らがいれば!!

 しかしそんなハイテク捜査などできないのだから仕方ない。前世のわたしはどうして科警研とかそうけんとかかんしきとかに勤めてなかったんだろう。ここって知識&技能チートそうのチャンスだったんじゃないの?

 じんさにため息をつきたい。ともあれ、現実のわたしにできる対応はもっと地味で。

「食糧倉庫でなくとも構わん。空いている場所に適当に詰めておけ。ただし、詰めた場所は記しておくように」

 解決策でもないざんてい

「承知いたしました。それから、城内すべての扉にハートの印も書き終えてございます」

「そ、そうか」

 どれだけ自己主張激しいの! ここがハートの国なの全国民が知ってるよ!

 まあ、小麦粉に比べれば被害はけいだけどさ……。

「それと、国中の猫を大切にせよとのあいびようれいも布告し終えてございます」

 しようるいあわれみの令か! 知らないってば! 生き物を大切にするのはいいことだけど! 確かに動物は基本的に皆好きだけど! あ、思い出したらカフェ行きたくなってきた。猫も犬もウサギもみんな好き……。飼うとお別れが辛すぎるけど、あのフカフカモフモフがものすごくこいしくなるときがあるんだ……。

 ちなみに勤め先の上司は猫派だった。

 ……なんでそんなどうでもいいこと覚えてるんだろう……。

「分かった。それと、その三点の決裁書類、一度妾に戻せ」

 誰かの策略、悪ふざけシリーズの政策である。中身の確認をしておくべきだ。それから、混乱しないように段階的に変えていくのがいいだろう。

「承知いたしました」

 退出する宰相を見送り、ため息をつく。どうしてこんな次から次に……。

 どうして、なんて相談事をできるのは、今のわたしには一人しかいない。

 勢いよく席を立つと、早足で作業場へと向かう。

 表面的にはフェデリを呼びつけるのが自然なんだろうけど、彼がどういう人かを知っているわたしにそのせんたくはない。

 フェデリはたまたまハートの国に滞在しているだけの旅人。世の権力からはかくぜつされた存在だ。つまりハートの国の社会構造の中に彼を当てはめるのはそもそも間違い。

 となれば、知恵を借りるわたしの方が出向くのは、むしろ当然と言えるでしょう。力を貸す人だって、礼を尽くしてお願いされた方が納得しやすいと思う。

 まあ、国の代表たる王であるわたしが腰を低くしすぎるのも今度は民に失礼だし、身分というものへの考え方が根本的に違う既得権益者(貴族)の皆様には受けが悪いから、彼らの協力もしい女王の立場としてはかつにしちゃいけない行動なんだけどね。

 でも! 今は貴族の皆さんとのおん便びんな関係よりも、フェデリに誠意を尽くす方が大事だと思います! ということで、衣装室りんせつの作業場へと向かう。

「――フェデリ!」

「おや、陛下。いかがなさいました?」

 フェデリの手元では、上部に動物園が作られた帽子が完成しつつあったが、この際それは横の棚に置いておく。

「来やれ。話がある」

うけたまわりました、陛下」

 わたしが自らの足でフェデリを迎えに来るのは二回目で、しかもフェデリが飄々ひようとしているのに死刑宣告されなかったせいで、また一つ、悪評が定着するのは間違いない。

 エリノア・ハートのふくしよくセンスは奇抜である、と……。

 だ か ら どうした!

 それどころじゃない!

 フェデリを連れて戻ったのは執務室。問題物件が揃ってるのはこっちだから、説明しやすい。

「今度は何をやったんだい?」

「噂にぐらいはなっているだろう。意味の分からぬ政策の件だ」

「政策? ……あー、お針子さんたちが何か言ってた、かも?」

 そっか。フェデリの立ち位置で耳に入ってくる情報はそれぐらいなのね。

 百聞は一見にかず。わたしはさっき仕舞ったばかりの書類をフェデリに突きつけた。

「見よ」

「……見たよ。正気か?」

「愚か者め。妾ではない」

「ああ、だから血相変えてるのか」

「これだけではない。すでに他部署へ回り、実行されたものもある」

「どう見ても意味のない悪ふざけだ。が悪いな」

 国政で悪ふざけを押し通す女王とか、嫌すぎる。やったやつはそれをねらってるんだろうけど。

 犯人がどこにいるかは分からない。しかし相手が誰なのかは想像が付く。これも鏡の国の魔物の仕業だろう。

「決済済みの書類として回せるぐらいだ。犯人は近くにいるな」

「!」

 そうだよ。女王の執務室に、直接書類を届けられる相手ってことだ。そうでなくても書類を持ってくる前に確認するだろうから、どこからまぎれ込んだのかは探せるかも。

「誰が、かようにふざけた真似を……!」

 わたしの口は、怖れの代わりに怒りを吐き出す。

 他人の悪意に怖がってやるのは、やった奴を喜ばせるだけ。見られてなくともいつとき怖がってしまった事実に腹が立つ。

 だから、こぼれた言葉が怒りだけをまとってたのには呪いにちょっと感謝――……してないしてないっ。ただやつかいなだけ! というか元凶!

「近いところからっていこう。この書類がいつ増えたか分かるか?」

「ティータイムの間だ」

 きゆうけい後に増えた束の中にあったんだから、絶対だ。わたしはさいの中のぜにも全額把握しとかないとソワソワするタイプである。確認作業はおこたらない。自信がある。

「じゃあ、大分しぼれるだろう」

 仕事の山をながめながらのティータイムってのもすいなので、わたしは別室に移動することが多い。中庭とかもいいよね。前世のわたしはサンルームでのティータイムが夢だったけど、王族になったら簡単にかなってしまった。ああ、格差よ……。

 在室のときは必要な用件のある人なら誰でも通すけど、不在のときは基本入室禁止。訪れた人に対応するのは控えの間にいるじゆうちようで、彼だけは例外で執務室に入っていいことにしてある。

 だから、ティータイム前と比べて増えた分の書類は、侍従長――クラインが誰かから預かって部屋に持ち込んだ物のはずである。

 さすがに部屋に入れるたった一人の人物が犯人ってことはないでしょう。真っ先に疑われるし。調べるけど。

「ならば、さっさと片付けるか。貴様もそこで聞いていろ」

 部外者フエデリがいる状態でそんなことをたずねたら、クラインが不思議に思うのは分かってる。でもフェデリに席を外させてわたしがもう一度説明するより、一緒に聞いてもらった方が絶対いい。わたしじゃ気付かないことに気付いてくれるかもしれないし。

 むしろ期待していますお願いします。

 フェデリに来客用のソファをすすめ、わたしは机に常備されているベルを鳴らす。控えの間にいるクラインへの呼び出し合図である。

「お呼びでしょうか、陛下」

「妾のティータイム中に訪れ、貴様に書類を預けて行った者の名をすべて挙げよ」

 予想通り、クラインは一度フェデリへと視線を向けた。しかしげんきゆうはせず、一瞬でわたしに目線を戻す。

「承知いたしました。それでは、訪れた順に申し上げます。デルタこうしやく、フロー騎士団長、キュエフこうしやく……」

 挙がった名前は全部で五人。全員来てもおかしくない人ばかり。この時点で不自然さはない。

 クラインを下がらせ、わたしはフェデリへと目を向ける。

「聞こえたな。すぐに調べよ」

 今名前が挙がったのは、当然ハートの国で身元のはっきりした人たち。彼らが魔物なんてことはあり得ない。もちろん、その家族も。

 けれど鏡の国の魔物には、精神支配という厄介なほうを扱う者がいる。ハートの国編の黒幕もそのタイプだった。ただその魔法は、対象者の近くに居続けないと効果が薄れる、という欠点がある。これはこちらの現実でも証明されてきた事実である。

 だから調べるべきは、彼らに近しい存在でありながら、身元の確認が取れないような相手。

「まあ、やってみよう」

「期待している。妾の期待は、貴様ごときには過ぎたほまれ。裏切らば死刑だ」

 ああ、出ちゃった。プラス方向だけのセリフは偉(えら)そうでも許さないってことか。また一つ学んだ。

「じゃ、行ってくる」

 言った直後に硬直したわたしにしようすると、フェデリはひらりと手を振って出て行った。

 うん、さすが作中最強キャラ。さとい。

 フェデリを用意してくれた公式様、ありがとうございます。


 わたしが自分自身で調査するのは難しい。何かしようとすると高確率で死刑囚を発生させてしまう。何せ頼み事一つするだけでも死刑だが出てくる可能性あるからな。頼んでるのはこちらなのに、なぜだ……。

 おかげで私生活やたくも、自らの手でやる工程が増えた。前世では生活の面倒を自分で見るのが当然だったからか、特に苦でもなくやれている。

 ただ、高貴な人的げんがなー……。侍女の皆さんにはほっとされてるけど、貴族の皆さんにはやっぱりいい顔されないし。

 でも死刑囚量産よりはいいと思うんだ。というかわたしの精神衛生のため、威厳よりも安全を取ります。

 とはいえ、フェデリ一人に押しつけるのもどうかと思うので、できるはんでわたしも調べてみようと思う。

 まして今日はおあつらきのイベントがあり、さぐりを入れられそうな人物が参加する。

 相手はキュエフ公爵夫人、マルグリット。わたしが不在中に書類を預けていったキュエフ公爵のおくさん。彼女をわたしがしゆさいするお茶会に招いているのだ。

 新女王の挨拶的なお茶会なので、規模は大きい。招く人数も相当である。そんな状況でも、誰とでもゆっくり、存分に語り合うための特別な魔法が存在する。

 その名も、終わらないティーパーティー。なぜかティーパーティー限定。くつは知らない。

 それは名前の通り、ティーパーティーが終わらない魔法。お茶会が続く限り、時は流れるが進まない、という実にとくしゆな空間を作り出すトンデモ魔法である。

 ちなみにこの四印スートの世界、地球みたいな球体じゃなくて、平らな大地の上に一国ずつ存在している設定。他の国とは扉の形をしたワープ装置を使って行き来する。

 そんなわけで、この魔法の影響を受けるのはハートの国のみ。

 終わらないティーパーティー発動中は、お茶会に参加しない国民にとっては時間を使えるのに時間がたないという、余分に発生する休憩時間。歓迎する声もちらほら聞くイベントである。

 本来なら改めましてこれからよろしく的な感じで、もっとなごやかなお茶会になるはずだったのに……。残念ながらそんな空気はじんもない。仕方ないけど。

 実際に死刑が行われたことはないとはいえ、宣告されるのだって気持ちのいいものじゃないに決まってる。

 お茶会の開始と同時に、ちらりちらりとしゆくじよたちの目配せ合戦が行われた。無言のまま、いけにえ選定の話し合いがなされているのだ。

 わたしが声をかけるのって、一昔前なら喜んでもらえてたんだけど……今や生贄ですよ。悲しすぎる。それを分かってても声をかけなきゃならないわたしも可哀想かわいそうだよね? 可哀想って言ってもいいよね?

 ややあって淑女たちのゆずいをたしなめるように一つの視線が周囲を見渡し、自らわたしに歩み寄ってくる女性がいた。金髪へきがんの、ごうしやさと上品さを無理なくそなえた、三十手前ほどの美女である。

「ご機嫌うるわしく、女王陛下。本日はお招きに預かり、光栄にございます」

 うでの中に白とむらさきとらがら猫をかかえたこの女性こそ、話を聞こうと思っていたマルグリット夫人その人だ。

 しかしなぜ、お茶会に猫? そういえば他にも猫連れの人結構いるな……?

 内心で首をかしげていると、夫人に抱えられた猫がきんがんを楽しげに細めて口を開いた。

わがはいからも、ぜひ感謝を述べさせていただきたい。陛下の愛猫令のおかげで、我輩は毎日面白楽しく暮らしておりまする」

「!」

 そういやそんなのあった! わりと無害な方の無駄命令だったので、すっかり後回しにして放置してたよ。

 ちなみにこの四印スートのアリスの世界、動物系キャラも普通に喋る。喋らない子もいるけど。声帯どうなってるんだろうとか気にしちゃいけない。

 まあ、モデルが不思議の国のアリスだから、そういうものなんだろう。本家でもイモムシやウミガメが喋るから。二ヶ国語話せますとか、そんな感じの技能扱い。

「我輩、名をミラと申す。陛下の治世に期待しておりますれば。ぜひこのまま、我輩たちに住みよい国を作ってくださいますよう」

 人望はガンガン失ってるけど、猫の好感度だけはゲットしてるっぽい。うわーい。

 い、いいんだ……。猫、好きだから……。毛皮がフサフサしてる子は大体好きだから……。

 お、落ち込んでる場合じゃない。せっかく向こうから来てくれたんだし、情報収集しよう。

「ときに、キュエフ公爵夫人。貴様の家についてだが――」

 単刀直入にたずねようとしたところに、複数人の悲鳴が重なって響き、そちらを向く。

 目に入ったのはかべにかかった大時計が外れ、落下していく状況。

ッ!」

 扇子をいつせん。わたしが生み出した炎の鳥が時計にとつげきし、一瞬で燃やし尽くす。灰も残らない高火力である。

「何事だ。説明せよ」

 時計付近にいた人たちにぐるりと視線をめぐらせる中で、わたしは一人の少年へと目をめた。

「あ、あの、あの」

 落下地点でぺたんとおしりをつけ、りようひざをくっつけたすわり方をしてふるえているのは、愛らしい少女――ではなく、少年。彼のことを知っているから少年だと断言するけど、知らない人が見たらきっと少女だと判断すると思う。

 やわらかそうなはくはつくせで、頭部からはウサ耳がびてる。もちろん生物。赤い瞳はすでにうるんでいて、泣き出す直前な気配。

 彼の名はラビ・シャムシェル。職業、時計ウサギ。攻略対象ウサギツインズの片割れであり、終わらないティーパーティーの唯一の使い手。

「あの、ぼく――……。時計に魔法をかけようとして、でも急に時計が外れて……」

 ラビの言葉に、わたしはけんにしわが寄っていくのが分かった。

 大時計が急に外れた? そんなことがぐうぜんに起こる?

 落下すればだいさんになるのは目に見えている。点検は怠らないはずだ。まして誰彼構わず死刑を宣告して回るのが大好きな横暴女王主催のお茶会なんだから。

 ……だったら、意図的だろう。

 さらに言うなら、犯人がこの場にいるかもしれない。

 会場に不備はないかと、直前まで念入りにチェックされていたのをわたしは見ている。

 だったら大時計の落下は、この場でごういんに引き起こされたんじゃないの?

 考え込んだわたしの顔は、はたから見ると大層不機嫌に映ったらしい。目の前でラビが拳をにぎった両手をむなもとに持って来てぷるぷる震えだした。

 今日日きようびそんなぶりっ子ポーズをネタでなく見る日が来るとは……! な、なんでだろう。わたしがやってるわけでもないのに、見てるだけでこっ恥(ぱ)ずかしさが込み上げてくる。

 まあ、怖がらせたいわけじゃない。にんもいなかったし、大したことじゃない――と、つい、うっかり、そのままを口にしようとしてしまった。

「ああまったく、ふざけておる。貴様は今、妾にどれだけの恥(はじ)をかかせたか分かっているのか?」

「ひっ」

「怪我人が出て、妾の顔にさらなるどろらなかったこと、幸いに思え。でなくば死刑すらもなまぬるいところであったわ!」

「ぼ、僕、じゃあ、あの」

「妾の面子メンツは、貴様の命ほど軽くはないぞ」

 口がすべる滑る。まんをさせていた反動のようにすらすらと。

 でも――でも、まずい! これは……

 内心の焦りをよそに、唇ががるのが自分でも分かる。それはもう、楽しそうに。

「時計ウサギ、ラビ・シャムシェル。貴様は死刑だ!」

 ああ、やっぱり――!!

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