【いかれ帽子屋】=フェデリ・ジョーカー②
わたしは早足で作業場へと向かい、扉を開ける。作業をしていた皆さんが振り向いて表情を
少し長めの
同室の使用人から一段浮いた
縦ロールウィッグに船の模型を乗せたもの――って、マリー・アントワネットか! と突っ込み待ちとしか思えない品を筆頭に、間違っちゃってるお
麦わら帽子に
っていうか、いっそわたしの前世のサブカル文化知ってるの? と聞きたくなるようなものが混ざってるんだけど。世界は違っても同じものを作り出す感性の持ち主っているんだね……。
――でもなくて!
それらの制作物の
いけない。ここにいるとセンス
「そこな帽子職人」
「はい? ――おや?」
顔を上げたフェデリは、わたしを見るなり目を眇(すが)めた。よく見えないものを、よく見ようとするように。
「貴様の作品に興味がある。妾の部屋に来やれ」
尊大な言い方になる他は、ほぼ意思通りに発言できた。
ゆっくり話したかったから帽子を言い訳にしただけだけど、変な趣味もエリノアの悪評になるからいいってことなのかな。
くそう。腹立つ。
「え」
しかしその奇抜な作品群を作っていた当の本人であるフェデリは、
ってコラァ! それを城の経費で作ってんのアンタでしょーが!! 許しちゃいけない案件が発覚したァ!
「何ぞ、不服があるか?」
「いえ、とんでもありません、女王陛下。私めの作品を気に入ってくださるとは、望外の喜び。
ちょっと
ジョーカーは、
ハート、ダイヤ、スペード、クローバー……おなじみの
たとえばハートの国の属性は、炎。命であり情熱であり、愛。そんな感じでダイヤは土であり富。スペードは水で死。クローバーは風と
その一枚でゲームの
そんな人が味方についたら心強い……っていうか、打開するには彼の強キャラスキルに
「どれか作品を持っていきましょうか? あ、倉庫にまだ
「いらぬ」
わたししかやらないオサレに興味ないんで。
時代の最先端を作るのが女王だというのなら、わたしはそんな流行作りたくない。少なくともわたしの
というか、フェデリだってお洒落と信じて作ってるわけじゃないのさっき
「妾は無駄口を好まぬ。
「承知いたしました、陛下」
それ以上は自分のハイセンス作品を
わたしとしてもありがたいんだけど……。うぅ。目の当たりにすると心には刺さる。
ややあって私室に
と、背後でフェデリがくすくすと笑った。
「
「すごくほっとしたような息をついたなと思って」
王族相手にはすでに
それ、わたしが死刑宣告しなくても普通に引っ立てられますよ?
行動の意図が
「
「小虫の飛び方に文句を言うほど、妾は
「それにこの机。君は死刑を宣告するのが好きなようだけど、この力を直接相手に向けはしないんだね」
ジャックを
当たり前の
そう、エリノアが本気なら誰かの手に
「する必要がないのでな」
相変わらず尊大だけど、意味は違わないストレートな言い様で
どう捻くれようが、形を変えようがない答えで返せる質問の仕方を、フェデリが選んでくれたのだ。
「口を閉じたあとの君の表情は
「ほう? 妾の心境を
「不安そうな顔と、
「……」
まあそりゃ……気付かないでしょうね、皆。わたしの言葉は
「俺は、君の
「!」
症状――と、現状を話してもいないうちから異常を認めてくれたばかりか、心当たりまであると! さすが
「読みが当たった、って顔してるな」
はぅ!
「流行のりの字も来てない、奇抜なだけのデザインをしてる帽子屋をわざわざ訪ねてきたからには、君は俺が何であるかの確信を持っているんだろう。どうして分かった?」
その気になれば己に宿る知識と力で世界に多大な影響を
ジョーカーだと示す印があるわけではないので、誰が今代ジョーカーかなんて、本人が言って回らない限り出てくるはずのない情報。フェデリが
正直に言う……のはなしだな。
「妾の、子どもの頃の
「神童だったらしいね」
「ちと違う。妾はぼんやりとだが未来が
ここは乙女ゲームの世界で、ゲームをプレイしてたから知ってます――なんて説明は面倒なだけだから省く。
ようはエリノアに
「未来が視える? ……ふぅん? まあ、それなら……」
少し考えてから、
まあ、突っ込んで
「つまり、俺が何者であるかを誰かに示す未来がある、と、そういうことか……?」
フェデリはわたしがでっち上げた能力自体は否定しなかった。でも自分が正体を打ち明ける未来については半信半疑っぽい。
そんな顔してるけど、実際あるんですよ、ジョーカーさん。ヒロインに話すシーンが。
「そうだ。貴様の運命にな」
「運命?」
「そうとも。貴様は愛にのぼせれば、己の秘密を
「……俺が?」
そうです。ゲームでだけどね。
「運命、ねえ……」
フェデリはうんざりしたように息をつく。あれ? 地雷? よし、話題を変えよう。大分横道に
「貴様のことなどどうでもいい。それより――妾は、このままでは死ぬ」
「だろうね。いくら
このまま死刑宣告者の処刑が実行され、それが日常になってしまったら、遠からずそうなる。心の内ではそんなことしようと思っていませんでした、なんて通じない。
「嫌なら無茶苦茶な言動をやめればいいと言いたいところだけど、できないんだろう?」
「心当たりがあると言っていたな」
「鏡の国の住人が使う手の一つさ。二百年前かそこらに、同じように
二百年前……と、史書の年表を思い出す。そういえば、ダイヤの国にそんな話があった気がする。
確かそれも、国王夫妻が急に
歴史の勉強で覚えたときはただの暴君イメージしか
……わたしの
何回も同じ手で混乱させられてる人間側に
あと何回か
いや、そんな消極的な展開を待つ必要はない。呪いが解けた
……待てよ? フェデリは――ジョーカーはそれが鏡の国の魔物が使う手段だって知ってるんだよね? なのにどうして広まってないの?
「貴様は知っていて
「今の俺がそんなことを言って誰が信じる? それとも二百年前の当時に手を打つべきだったと言ってるのか? そんな何代前かのジョーカーの責任を俺に問われてもね」
……それもそうか。ジョーカーは歴代の知識を受け継ぐだけだから、今のフェデリには無関係だ。
「なるほど? 己は歴代ジョーカーと違って無能ではない自信があると。結構。楽しみにしておいてやろう」
……楽しみにしておく、は謝罪の言葉じゃないですよ呪いさん……。ついでのように歴代ジョーカー
「今のは俺の言葉を認めた内容だったから、謝罪ってことでいいのかな。それなら別に気にしてないから構わないよ。俺が当時のジョーカーと違うのかどうかも、正直なところ分からないしな……」
それにしても、である。今の会話によってまた一つ疑問が。
フェデリはわたしと会ってすぐ、二百年前のダイヤの国の件を連想した。きっとゲームのフェデリも同じだったと推測される。
そうすると、わたしが彼に希望を持ったきっかけのセリフ、「残念だが、手遅れだ」も、魔物の仕業と分かったうえでの可能性が高まったと思う。
だったらゲームのエリノアの
このズレって何なんだろう。大筋には沿ってて、投獄エンドまでの道筋がズレてるわけじゃないから今は後回し案件だけど、気にはなる。
どうせなら投獄エンドの心配がないぐらいルートから外れてほしかったよ。
「ともあれ、君は俺に助けを求めに来た、ということでいいのかな? 俺のことを知っているなら
……あ。
フェデリは物欲に
ゲームヒロイン・アリスと比べて、わたしにそんな魅力は
物事にがすがす首突っ込んでいく度胸とか、正論を
アリスがそういう美点をさらっと揃えているのは、ゲームの――物語の主人公だから。かっこいい、
ゲームも、
現実なんて物語の
なのでわたしは、フィクションには善が悪に勝ち、いいことをしたら
投獄は勘弁だけど、転生したゲームが四印のアリスの世界でよかったなとは思ってる。
でもそんな理想像の具現であるヒロインを
人に
少なくとも、攻略対象たちが好きなタイプじゃあないだろう。
いや待て。まだ
フェデリの興味を引くものをゲーム知識に
……なんか、さっきから考えてることが
まだ
「分かった。協力しよう。君の未来視の力には興味もあるし」
やった! よかった! そういえば未知の現象の解明欲求って、ジョーカーの本能とかいう設定があった気がする! 研究対象に引っかかったみたいでよかったー。
「たわけた言い様をしよる。妾のために働くのは、すべての者の当然の義務であり、
そんなセリフ。
――な ぜ だ!
呪いだからですね! 分かってるけど、お礼一つ言わせてくれないよこの呪い。
机に
気にしてないっぽいのはありがたいけど、楽しまれても黒い気持ちが滲み出てくるぞ……?
「ま、感謝はそんなにしなくていい。俺もただの興味だから」
「……わ、
言いたかった内容と実際に出てきた言葉が大分違うのだとは分かってもらえてるし、返された言葉から察するに、伝えたかったことも伝わってる。神か。
しかして一体何だろうね、この会話。
「さて。となると、変に
「処刑待ちの者どもの処理だな」
「そう。一応
「妾に宣告させた、という以外はな」
「だったら話は簡単だ。裁判をしよう」
「司法の
わたしの意思を知ってるフェデリはともかくだけど、彼には発言力なんてない。だって帽子屋だもの。しかも勤めてるんじゃなくて客人。
「提案してくれる人を探して説得するさ。裁判の許可は出せそうか?」
「妾の意思に
悪意まみれにはなるけど、オーケーぐらいは伝えられると思う。雑言
裁判か……。実際に罪らしい罪を犯した人なんかいないから、司法で正しく裁けば無罪
ただ問題は、わたしの宣言を
……あ、心当たりあったわ。まともに話のできないわたしじゃ無理だけど、フェデリから正しく伝わればきっと……!
「話を持ちかける相手には、ジャック・フローという近衛騎士を使え」
正義感の強い彼ならば、きっとすぐに動いてくれる。
「他でもない、ここで暮らしてきた君の人選だ。自信を持って
多分城のことにさして興味を持ってなかっただろうフェデリは、わたしの提案をそのまま受け入れた。
近衛騎士団長であるジャックなら、
むしろ一刻も早く、そこで切り出してくださいお願いします。
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