第二章

【アリス】=アレフ・リデル①


 ばやす様子をさ、だつのごとくって言うじゃない? わたしはそれを生で見た。

 つまりまあ、けい宣告してしまったあとのラビが、光の速さで逃げ出したってこと。

 前世の法律だと、逃げると余計に罪が重くなるんだけど、それはこっちでも同じ。えいきよう……しないよね? まさかだよね?

「逃げるってことは、罪を認めたとかいしやくされる。君が死刑宣告した以上、ラビは罪人だ。けいしゆうとうぼうは死刑確定。ジャックがそくに裁判手続きをしたからしゆつていまではゆうを得られたけど、しようかんを受けて期日までに現れなければ、やっぱり死刑確定だな。逃げ出したのは本当にマズい」

「で、あるか」

 法律書をめくりながらのフェデリの言葉に、わたしは頭をかかえる。

「逃亡先は分からないのか? つかまえてこうそくした方が早そうだ」

「家には、もどっていないらしいな」

 答えながら――ついに来てしまったと息をつく。

 これ、ゲームのオープニングだ。ラビが死刑宣告されて、その片割れであるレビ・シャムシェルが別世界への逃亡を画策するの。空間をってつなげた先が、主人公、アリス・リデルのいる世界。

 ラビは時間ほう担当で、レビは空間魔法。どっちもトンデモである。

 アリスの世界では、なぜか完全な……とまで言うとへいがあるか。とりあえずほとんどウサギそのものの姿になっちゃって、レビはおどろいてしまう。で、ここはだと急いでハートの国に戻ろうとするんだ。

 そこをたまたまアリスが発見する。服を着た二足歩行のしやべるウサギを見つけてしまったアリスは、こうしんのままにレビを追ってハートの国へ……という導入。

 そうか……女王になって初めてのお茶会で、もう本編がスタートするのか……。

「なぜ、ここまでそろっていてセーブとロードがないのか」

 あってもどうせアリスのものなんだろうけどさ。ちぇっ。

「やめておいた方がいい。人生にそんな機能があったら、最良を探しすぎて一歩も先に進めなくなるよ」

 ごもっとも。

 ……って、ん?

「フェデリ、貴様、セーブとロードの意味が分かるのか?」

 この世界にはコンピュータ・ゲームないんだけどな……?

「ん? ああ。まあ、おれはね。というか、君もだろう。自白してるぞ」

「!」

 そういえば、さらっとこっちにない物の話をしてしまった!

 いや待って。でもそれについてきたってことは、フェデリももしかしてこの世界以外のおくがある人? いっそわたしと同じとか……

「君の『神童』の正体はそれだな?」

「では、貴様は……」

「ああ、俺はちがうよ。ただ知っているだけだ。君と同じような人間の記録がジョーカーの中にはある。だからまあ、君の未来視の正体にもおおよその見当がつく。違う世界の未来を知るのが自分たち側だけだなんて、どうして思ったんだ?」

 ――え?

 フェデリに何を言われたのか、とっさに理解できなかった。

「いい言葉があるだろう。君がしんえんのぞいているとき、深淵もまた君を見ている、ってね」

 だってここ、ゲームの世界でしょう? わたしの前世の世界のゲームメーカーが作った世界。

 たまたまプレイしたわたしが知ってるのはともかく、作られた世界の人が自分たちを作った世界のことを知ってるとか、そんなことあるの?

 いや、そーゆー設定のゲームあったけど、『四印スートのアリス』にそんな設定はない。

 思考が追いつかなくて何も言えずにいると、フェデリはあきれた息をついた。

「まあ、もう少し茶番に付き合おう。君はこの先の未来を知っているんだろう?」

 混乱させるだけさせて解答放置に落ち着かない気持ちになったけど、それより現実問題がせまっているのも事実。考えたがる思考を何とかしやってフェデリにうなずく。

「ラビが、森でお茶会の魔法を使うはずだ」

 でもどの森でなのかは分からない。オープニングに地名なんか出なかったし。

「それはありがたいね。時間をあやつる大魔法だ。探しやすい」

「貴様に探せるのか?」

 驚きのまま口にしてしまった。

 ぼうだいりよくを一所に集めて行使される大魔法は、その魔力の密度から発動地点がバレバレになる。ただしそれは、四印の術式ならの話。

 ラビとレビの使う時空間魔法の術式は鏡の国のもので、わたしたち四印の魔力を使う人間にはどれほどきよだいでも察知できない。

 ちょっとことわりから外れてるけど、フェデリの魔力も四印側だったはず。

「どこで使われているか、ぐらいは分かるかな」

「……そうか」

 そんなところまで規格外ですか。

そうさくたいは出すのか?」

「そのつもりだ」

 でも多分、見つからないだろうな。

 ラビが見つかる前に、きっとレビがアリスを連れてきて、ゲームがスタートしてしまう。

「捜索隊を編成する時間がしいこちらとしても、終わらないティーパーティーを使ってくれるのは幸いだな。じゃあ、俺は一足先に探しに行くとするよ」

 フェデリの言葉に、どくりと心臓が大きく脈打つ。

「……行くのか」

 まずよぎったのは、ああやっぱりゲーム通りなんだなという軽い絶望感。

「ラビ一人でお茶会の魔法をするのは不可能だろう」

 時間を操る、なんて強大な効果を持つお茶会魔法には、二つ制約がある。一つは魔法のくさびとなる時計の用意。もう一つはお茶会をし続けなければならない、というもの。終わったしゆんかん、魔法が解ける。

 平たく言うと、参加者のだれかが一定以上のかんかくけずに何かを口にしてなきゃいけない。一人でやったらはやごうもん。その店の売れ筋を一位から十位まで当てなきゃ帰れないバラエティ番組があったが、それに準じるつらさがあると思う。

「自然な考えだと思うんだが、不都合があるのか?」

 終わらないティーパーティーをできるだけ長く維持したいなら、人数を増やすのは有効。なのにわたしの反応が消極的なのが気になったようで、フェデリはそうかくにんしてくる。

「不都合は、ない」

 フェデリのお茶会参加で事態が悪化する、なんて、そんなわけがない。だってそれはゲームのシナリオ通りの展開で、ハートの国のためを思うなら、むしろ行ってもらうべき。わたしにとっても、フェデリにラビを説得してもらえるかもという期待が持てる。

 でも同時に、不安がぬぐえない。

 だってそこは――フェデリとアリスが出会う場所だから。

 今のフェデリはわたしの意図を読み取ってくれてるから、ゲームみたいにかたきやく直行な流れにはならないと思うけど。協力者としてたよりにしている以上、そこはわたしもフェデリを信じないと失礼だとは分かってるんだ。

 理性でそう言いきかせても、感情がらぐ。どうしても笑って送り出せない。

 今のわたしが意思疎通できるのは、フェデリだけだから。

 アリスと出会って、かのじよの協力者になってしまったら、どうしよう?

 アリスの辿たどるルートは、ちがえさえしなければハッピーエンドが約束されてる。ハートの国にとってベストなのは、むしろそっちなのかもしれない。……フェデリも、アリスにその未来を見てしまったら? そちらの方に興味をいだいてしまったら?

 約束されたたみの幸せを自分のために選べないわたしは、いっそ王族として間違っているんだろうか。

 ……それでもやっぱり、わたしは助かりたい。ゲームではかげも形も出てこなかったお父様とお母様もあきらめたくない。

「なら、どうしてそんな心配そうな顔をする?」

 表情がかたくなっているのが自分でも分かる。何でもないなんて、さといフェデリにじゃなくたって通じないだろう。

「俺はそこで何をするんだ」

「……すぐに害となるわけではない。ただ、運命と出会うかもしれないだけだ。貴様の荷を共に背負う、しようがいの相手と」

 ヒロイン・アリス。フェデリとこいをするかもしれない少女。

「その手を取るなら、貴様はわらわの敵となろう」

「運命、ねえ……。悪いが、俺は運命信者じゃないんだ。未来が決まっているなんてつまらない。自分が切りひらいた人生だという方がりよくてきじゃないか」

 まあね。わたしも運命が決まっていて、それをなぞって生きているだけとは思いたくない。

 だってそれじゃあ、自分が望んで努力してかなえたことさえ、『決まっていた』だけのものになってしまう。

 自分の望みも、努力の苦労も、成功の喜びも、感情すら、きっと『決まっている』こと。そんなふうに考えてしまったら、あまりにむなしいもの。

 それよりもさらな場所にして道を作ってきた――そう考える方がわたしは好き。

 でも……でもね、フェデリ。これ、ゲームなんだよ。

 ここまで全部、ゲーム通りに進んできた。エリノアが散々言って回った死刑が実行されたシーンは、ゲームでも直接描えがかれてたわけじゃない。そくからゲームスタートまでの期間の短さからすると、アリスが助けるまではろうの中で、実際に殺された人はいなかったのかも。

 だとしたらますます、大筋がいつしよ

 アリスがここでどんなせんたくをしていくか分からないけれど、彼女がフェデリにとって運命足り得る女性なのは間違いないと思う。

「それが君の知る俺の未来なのか?」

「いくつかあるうちの一つだがな」

「ふん。それはおもしろくないな。じゃあ、今ここで運命に逆らってみようか」

「?」

 今? ここで?

 フェデリの考えが分からずに首をかしげる。そんなわたしに、フェデリはにやりとちようせんてきみをかべた。

「エリノア、俺と恋人にならないか」

「!?」

「ああ、その反応いいね。君の知る俺の未来の中に、俺たちが付き合う未来はないわけだ。魅力的な選択だな」

「あ、あるわけがあるまい。ほどを知れ」

 おおう。のろいさえくつがえす勢いでどうようしてしまった。

 フェデリとエリノアが付き合う未来なんてあるはずがない。敵だし、フェデリはアリスのこうりやく対象だし。

「俺たちは今、自分の意思で未来を選べる。ためす価値はあると思うが、どうだ?」

「断る」

 フェデリの提案は、実験的には興味をそそられる。でも、わたしは断った。

 だって、それは、違うと思うんだ。

 大体、そんな気持ちのない関係、作ったところでしょうがないし。

「君の知る君の運命は、望ましくないものなんだろう。かいするなら、知っている未来と違う事実を一つでも多く作った方がいい。そうは思わないか?」

「無意味だ。運命が本物なら歯止めになどならん」

 実験でやってみただけの関係が、本当のおもいを前に意味を持つとは思えない。

「どうかな? 俺は結構、君のこときらいじゃないよ」

「は、ァ!?」


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