【アリス】=アレフ・リデル②

 じようだんか、それとも聞き間違いか。反射で否定的な声を上げてしまった。

 だってフェデリが、エリノアのことを嫌いじゃない、って?

 ……いや、でも、そっか。こうして協力者になってくれてるぐらいだもの。すでにゲームとは違う事実が出来上がってるんだ。

 それを踏まえたとして、今のわたしとフェデリのきよはどれぐらいだろう。

 …………知り合いレベルかな。

 少なくとも、お付き合いする段階じゃない。うん、あり得ない。

「そこまで驚かなくても。嫌いだったら協力しているわけないだろう?」

 フェデリがわたしに力を貸してくれてる最大の理由は、未知の現象への研究解明。そこは変わってないと思うけど、本能に逆らえなくて仕方なく――ってほどでもないのは分かる。多分だけど、まあ協力してもいいかなぐらいには思ってもらえてるんじゃないかな。

 でも、だ。

「貴様はずいぶんきよくたんな価値観の持ち主らしい。がたいな」

 嫌いじゃないって言ってもらえたことにはほっとする。だけど嫌いじゃないかられんあいてきに好きになるってわけじゃないでしょう?

「妾は砂上の城に興味はない」

おくびようなのかけつぺきなのか、みような答えだ」

に興じるしゆがないだけよ。そも、貴様は妾を知る前から妾にくしている。指針にならぬわ」

 フェデリがわたしに協力を決めたのは、たがいのひとがらなんかろくに知らないときからだ。

「君に興味があったからだよ。いくらそれが世のため人のためになったとしても、嫌いな相手に力を貸し続けられるほど俺はにんたいづよくない。別の方法でベターを探すね」

おのれを知らぬけな主張だな」

 今のセリフは、どうしても受け付けない相手以外をそうそう見捨てるつもりがないとイコールでしょ。わたしだってそこまで嫌われてるとは思ってない。

 鼻を鳴らして断言したわたしに対し、フェデリはわずかに目を細める。……あ、げんなときの顔だ。

「たとえ君が俺を知っているのだとしても、知ったふうに言われるのは面白くないね。今ここにいる俺の意思は無視なのか?」

「今ここにいる貴様を見て言っている」

「……ふうん?」

 不快さは多少かんされた感があるけど、フェデリはまだ面白くなさそうな顔をしている。

 でも、うそじゃない。ゲームのフェデリもそうだと思うけど、目の前のフェデリなら絶対にそう。

 だってフェデリはここまで一度も、めんどうそうなりを見せなかった。

 わたし自身は研究対象だとしても、周りで起こったやつかいごとまで含まれるわけじゃない。本当にわたしだけを研究したいのなら、その他のこと――ジャックに話を持ちかけに行ったり、調査に協力するのは過程だ。必要だと理解していても、過程そのものに用がなければ、ただ面倒なだけの作業となる。

 けれどフェデリは罪らしい罪もなく死刑宣告された人々のことも、国民の負担にしかならないいたずら政策も、ずいしただけの過程というあつかいをしなかった。

 それでも己の興味のためだと言い張るなら。

ぞうぞうにさえけんしんてきな貴様だ。妾によりけんめいに尽くしたとして、その程度で情を信じろと? 笑わせるな」

「……それは多分、君がそうしたそうだったから、だよ」

「妾の意をむのは当然だ。して、それがどうした」

 確かにわたしも一刻も早く、おん便びんな形で解決したかった。そしてフェデリがわたしの意を察して、望んだ形に納まるよう考えてくれたのも変わらない。

 それはわたしだったからとか、そんなことじゃないはずだ。だってじんな目にった人たちを、当たり前にづかったのだから。

「……」

「まだなつとくできない顔をしているな。なんともうまいな。さきほど己で言ったというのに」

「俺が? 何を言ったって?」

「貴様は妾を嫌いではない、とそんきわまる物言いをしただろう。だがそれは、貴様が妾を見ているからだ」

 きちんと相手を見なければ、こうなんていだかない。

 フェデリはわたしを見て、嫌いじゃないと言ってくれた。でもわたしだって、力を貸してくれてるフェデリのこと、近くで見てるんだから。

「己の言を返されて不満に思うとは、こつけいよなあ」

 わたしから見たフェデリは、そういう人だったの。

 本人は否定するかもしれないけど、わたしが感じたことはフェデリ自身にだって変えられないんだから。

 さあ、他人の主観を覆せるならやってみろ。

 ちょっと意地もふくめつつフェデリと見つめ合って、数秒。わたしのセリフをしやくする間をけてから、フェデリはうなずいた。

「俺が君を見ているのだから、君もまた俺を見ているわけだ。なるほど、道理だ。そして君の中の俺を否定できる材料は、確かに俺にもないな」

 そういうことです。

 主張が通って満足なわたしの顔は自然とゆるみ、フェデリもつられたように小さく笑った。

「エリノア。君はジョーカーというものを、どれだけ知っている?」

「おそらくすべて」

 攻略対象のバックグラウンドだもの。しっかりゲーム中に出てきましたとも。

 ジョーカーは、世界にただ一人の異質な存在。血族とか、仲間とか、そういう人はおらず、ある日とつぜんジョーカーとして目覚めるのだ。過去の自分のすべてを失って、代わりに歴代のジョーカーの知識と記憶、経験をぐ。

 ただしそれは一個の存在としてのばんを失うということでもある。生まれるくうきよさとどくにヒロイン・アリスがい、徐々じよに精神のへいが緩和されていく――というのがゲームでのフェデリルートだった。

「そうか、なら話は早い。俺はジョーカーとなってまだ日は浅いけど、これまでのジョーカーがつちかってきたすべてを持っている。人付き合いも同じさ。馬が合う人間も、反りが合わない人間もいた。それでもくやる必要があったことも。けれどしよせん記憶だ。俺のものじゃない」

 え。その話わたしに――エリノアにしちゃうの? アリスにじゃなくて? スチルも用意されてたぐらいのエピソードだよ? いや、別に減るものじゃないからアリスにも話せばいいんだろうけどさ。

「それだけ多くの人たちと関わってくれば、たいがいの相手と適当に合わせられるようになる。それらを踏まえたうえで、俺は君と接してきた」

 息を継ぐ間、ただ見つめ合うだけの時間が生まれる。そこにあったのはやわらかな笑み。

 ゲームと同じ笑い方だ。でも、少し違う。だってそこには、今、フェデリがこの瞬間に感じている心が表れているから。

 数パターンしかない立ち絵でなんて、表現できない。

 温かさが、息づく命が、目の前にある。

「俺が一体どういう性格をしているのか。そもそも今の俺は『俺』なのか、それともジョーカーという存在そのものなのかもよく分からない。けど、君がている俺が『俺』でいいのかもしれない。……少なくとも今、そう思えた」

 フェデリが自分自身に不安を抱いていることを、わたしは知っている。もちろん、攻略中にそれなりの結論は出してっ切るんだけど。

「俺は今初めて、『俺』として人と接した実感を得た気がする」

 ……あれ? フェデリが今の自分を『自分』として認めるのは、シナリオ後半だったんだけど……。ここでいいの?

 とはいえフェデリの精神安定上、こうていはした方がいいに決まっている。

「そ、そうか。光栄に思え」

 ややまどいつつ、受け入れた。例によって物言いはアレだけども。

 わたしがうろたえたのが伝わったのか、フェデリはおだやかなしようをちょっと意地の悪いものへと変える。

「俺の初めてをささげた相手が君で? そうだな、今のところは――光栄かな、女王陛下」

 言い方ぁ――!!

初々ういしくて可愛かわいい告白だと思うんだけど、どうして赤くなってるのかな」

 いや分かってるけどね! フェデリがそーゆーキャラだっていうのは!

「真意がどうであれ、その言い様は悪質だ! 死刑に処するぞ!」

 その手の発言が可愛いで納まるのは、深読みをしなくていいねんれいまでだ! えてる人間、しかもそこはかとなくいろただよう美形が言っていい冗談じゃないッ!

「真意が伝わってるなら照れることないだろうに」

だまりおれ!」

 セリフの真の中身なんて関係ないんだ! ガワがすべてだ! そもそもからかおうとする意図が丸出しだし!

 分かってるならだいじようだろうって? 無理です駄目ですかんべんして。

 いまさらあれだけど、フェデリには色気があるんですよ! 当たり前っちゃ当たり前だけどね。攻略対象だからね。

 うー。ドレスの下でとりはだが……。美形コワイ美形コワイ。アリスすごいなー。よくかれてえられるなー。心臓が持たない自信がある。まあ、エリノアとフェデリで恋愛なんてあり得ないだろうけど。むしろほっとするわ。

 わたしのうろたえっぷりがほど楽しかったのか、フェデリは数分、きずにくつくつと笑い続けた。

 くそう、今に見てろ。いつかからかい返して……無理だろうなあ。スペックが違う。

 向こうは作中最強キャラ。こっちはつうの中でもさらに中央に位置できるぐらいの、キングオブザ普通才覚。普通であるぐらいは信じたい気持ち。

「まあとにかく――ラビのティーパーティー、探してくるよ」

「さっさと行け」

 ちょっとフェデリとはなれたいです。顔を見てるだけで落ち着かない。

「大丈夫」

「何がだ」

「何とかするから」

 ……なんか、ズルい。

 からかうだけからかっておいて、最後に欲しい言葉をくれるとか、完敗以外の何ものでもないじゃないか。

 そう思ってしまうぐらいには、わたしは着々と進んでいく現状におびえてる。

 ゲーム通りに運んだら、わたしの人生がロクでもないものになるのは確定だ。悪ければ人様も巻き込むだろう。

 自分で決めてやってるなら、かくするよ。こうかいもしないと思う。でも呪いでなんて――他人の悪意なんて理不尽なもので人生こわされるのは腹が立つし、こわい。

 大丈夫だ、って、じようきよう分かってて言ってくれる人とその言葉が、どれだけ心にみ込むか。

 分かっててやってるのかなあー……。分かってる気がするなあ。フェデリだからなー……。

 ただでさえめいわくかけてる状態で、精神的な不安まで押しつけたいわけじゃないのに。うっかり全部頼りきりたくなるようなこと言うのやめてほしい。

く行け。妾を失望させるなよ」

「心得ました、女王陛下」




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不思議の国のハートの女王 世界の強制力で毒吐きまくり!? おかげで破滅ルートに入りそう…… 長月 遥/ビーズログ文庫 @bslog

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