不思議の国のハートの女王 世界の強制力で毒吐きまくり!? おかげで破滅ルートに入りそう……

長月 遥/ビーズログ文庫

プロローグ


 ――わたしは、未来に起こることが何となく分かった。

 子どものころ、それこそ物心つくかつかないかというとしで、教えられていない歴史とか、まだ草案段階の政策の完成形なんかが、かんと共におもかぶことがあったのだ。

 他の分野においてもみように飲み込みがよくて、周りの大人たちはわたしを天才だ神童だと言ってめてくれたし、わたし自身、ちょっとその気になっていた時期もありました。

 しかし現実はそんなにポコポコ天才生まない。

「わたし、コレ、知ってた……!」

 そりゃ飲み込み速いし、まだ決まってない政策だって見通せるはずだよ。さいな予兆から大きな事件を推測できるよ。

 だって、知識を持ってたんだから!

 たいかんしきのためにドレスアップした姿を鏡でかくにんしたところで、わたしの頭にでんげきが走り、色々思い出してしまった。

 古典的表現に分類される、黒バックにビシィ! ってかみなり走るやつ。分かりやすく、おおに表現されてるだけだと思ってたけど、意外と正しかった。

 体験してみないと分からないことが、世の中ってたくさんあるよね。始めにえがいた人も、実体験して表現したにちがいない。


 ――じゃなくて。


 目の前に映るのは、燃えるような赤いかみと、温度の高いほのおをそのまま宿したかのような青いひとみの美少女。ただし、ちょっと――いやかなり、気が強そうな顔立ち。

 自分で美少女言うなって? いやいや、客観的な事実ですよ。公式サイトのキャラしようかいでも美人って書かれてた。まあ、二次元で美形じゃないキャラって、キャラ付けされるため以外には存在してないと思うけどね。ぼんって言われててもやっぱり美形。そりゃそーだ。エンタメだもんよ。

 まあとにかく、わたしは鏡に映るかのじよを知ってる。『彼女』は不思議の国のアリスをモデルにした乙女おとめゲームの悪役として登場する、ハートの国の女王、エリノア・ハートだ。

 うん、わたしの名前もエリノア・ハートです。

 今このしゆんかんまでさっぱり忘れてたおくだけど、きっとぼんやりと頭のすみには残ってたんだと思う。それが立ち絵と似たかつこう――女王正装スタイルという見知ったものにげきされて一気にき出した感じ。

 ゲームのエリノアにそっくり……、っていうか、思い返せば設定から何から同じだ。まるでゲームの世界に入り込んだみたいに。


 いやいや、まさかでしょう。だってそれ、どういうくつなの。

 でも、今のわたしはどう見てもエリノア・ハートだ。これまではひめだったけど、今日からは女王になってかたきもそろう。

 お父様とお母様の間に子どもはわたし一人だから、いずれ女王になるのはほぼ決定こうとして過ごしてきた。でもそれは、こんな急じゃない。

 予想外のことに混乱してちょっと忘れかけてたけど、思考が現実にもどってきてぎゅっと胸が痛くなる。

 お父様とお母様は、領内視察に向かうちゆうでぷっつり消息を絶った。遺体が見つかったわけじゃないから、わたしはあきらめてない。

 でもそれとは別に、国には責任者が必要だ。国王夫妻不在のまま、王座をけ続けるわけにはいかない。

 わたしは今日、仮に王座を預かるのだと、国民に向けてせんせいする。

 ゲームの主人公はアリスだから、エリノアの役どころはゲーム開始時から悪役女王だった。がままでごうまんで自分勝手で冷血な、主人公の敵。でも、王位をぐという今日このときのエリノアは、どうだったのかな。

 この世界で生きてきて十七年。わたしはゲームのエリノアほどひどい言動はしてきていない。というかあれ、キャラだから。つうの感性持ってたらできない。日本の道徳教育受けてたら余計に。

 ちょっと思い出した。わたし前世日本人だったわ。エンタメスキーだった感覚もあるけど、その頃のことはよく思い出せない。まあ、別人として生まれてほぼほぼ忘れて生きてくればね。ずいぶん昔のことになるよね。


「ううん……。でもこの記憶、正しいのかなあ」


 乙女ゲーム『四印スートのアリス』は同世界観で国とキャラを変えた四連作のちくゲーム。何が鬼畜かって、おさい的に。

 ハートの国編、スペードの国編、ダイヤの国編、クローバーの国編で、こうりやくキャラは一本三人。メイン二人と、四点こうにゆう連動特典で解放されるキャラが一人ずつだ。

 さすがに一本一本はやや低めの値段設定だったけど、うーん。やっぱり総合的にやや高かった気がする。シナリオ量はボリューミーだったから、そこまで不満ってほどではないけれど。

 エリノアはハートの国編の悪役。攻略キャラはふたのウサギ(これでひとわくと、のジャック。兵士じゃないあたりに乙女ゲームの事情がうかがえる。そして連動特典のぼうだ。

 アプリにされて家庭用ゲーム機は色んな意味で厳しくなってて、本っ当つらかった。おまけにバグバグしいし。わたしはパッケージ派だったからそこはかなり重要。

 バグを修正するだけのタイトルアプデにまで登録が必要とか、どういうこと? 不具合品出しといてさらにユーザーに手間かけろってか。技術的には登録なんかしなくたってアプデできるのに、登録させようとしてくるのが余計にいや

 結果、バグ確認してから買うのが常になった。アプデしないと満足に遊べないゲームじゃ楽しめないのは分かってるから、その時点で購入リストから外れる。

 その点、ネットかんきようが必要とはいえ、タイトルアプデだけは登録不要でできるけいたいはよかった。画質? 二頭身ドット絵時分からやってるユーザーが気にするとお思いか?

 まあそんなわけでわたしは『エリノア』を知ってる。だけど今のわたしはゲームの『エリノア』とは違う。彼女みたいないをする気もない。

 ……気のせい、なのかなあ。全部。記憶が正しいなんて証明できないもんね。

 考えながらじっと鏡を見ていると、ひかえめにノックの音がひびく。


「エリノア様、そろそろお時間です」

「あ」

 そうだった。気持ちを落ち着けたいからって、無理に一人にさせてもらってたんだった。

 ……あれ? もしかしてこれって我がまま? いやいや、まだだいじようでしょう。ゲームのエリノアのぼうじやくじんっぷりはこんなものじゃないからね。もっとみやくらくのない我がままを平然と押し通すから。

「今行くわ」

 鏡からはなれ、わたしはとびらを開けた。

 わたしを呼びに来たのはじよのニーナ。歳も近くて話しやすいから、個人的には親しい方に入る相手のつもり。

 ニーナはきょろきょろ、と周囲を見回して人の気配がないのを確認してから。

きんちようしてる?」

 いつもの口調で心配そうに聞いてきた。

 身分を軽視できるほど、わたしもニーナももう子どもじゃない。でも、個人としてはやっぱり別。

「かなりね」

 だからわたしも、正直に答えた。

「当然よね。丸きり緊張してなかったら、それはそれで嫌な国主だわ」

 自分が言われる側になるとビクッてするけど、気持ちは分かる。重責であることを理解しないでヘラヘラしてる政治家って不信しかないよね。

「でも不安そうな顔してちゃよ、エリノア。わたしは貴女あなたのことをちゃんと知ってるから心配してないけど、貴女を直接知らない人は今日で印象を決めるのだから」

「……うん。大丈夫」

 席を預かるのがわたしで大丈夫って、思ってもらわなきゃいけない。

「じゃあ、行きましょう。――女王陛下」

「ええ」

 ざっくりとした口調を、せいしやのものへと意識して変える。

 王族って言っても人間だもの。それらしく見えるよう努力してるだけで、中身は変わらないのよ。子どもの頃に見た十七さいってもっとしっかりしてる印象だったけど、自分がなってみたら全然だったし。子どもの頃となんか変わったかな? って自問しちゃうぐらい。

 でも、やらなきゃいけないことの分別は付けられるようにならなきゃね。

 ニーナを従え、わたしはバルコニーへと向かう。

 その途中でふとかんを覚え、内心で首をかしげた。かべに見慣れない姿見があったのだ。

 ……こんな所に、こんな鏡あったっけ?

 違和感は覚えたが、わたしは内装を細かくチェックするような立場にない。知らないうちに変わっててもおかしくはないのだ。きっとつい最近手配されたものなんだろう。

 いつしゆん目をめただけで、そのまま通り過ぎる。

 丁度わたしが映り込んだとき、足元にかげよぎってからみ付いてきた……ような気がした。多分気のせい。だってろうにはわたしとニーナ以外、ねこの子一ぴきいないんだから。

 レースとひだの大ボリュームドレスが見せるイタズラだと思う。

 ドレスってさ、見てる分にはいいけど身に着けると辛いよね。……オシャレは全体的にそうなんだけど。機能性とそうしよくせいは反比例する。

 ともあれ、何事もなくバルコニーにとうちやく。新女王の姿を見てあいさつを聞きたい人のために、今日はこのバルコニーに面した庭がいつぱん開放されている。

 思ってたよりずっと人が多い。これはきっと、いきなりお父様とお母様がいなくなったことへの不安の表れだ。

 ここは何としても、それをふつしよくするようなしっかりした姿を見せなくては!

 大丈夫大丈夫。落ち着けー。まずは第一声。かすれないように。


「炎のスートを宿す、ハートの国のたみたちよ。わらわがエリノア・ハートである」


 …………うん?

 いま、なんか、おかしかったぞ?

 しやべったはずの言葉と、耳に入ってきた言葉が違うんですけど……?

 き、緊張してるのかな?

 気を取り直して、頭の中できっちり整理し復唱してから口を開く。しかし。


「先の支配者であった国王夫妻は消えた。しかし案ずるな、みんども」


 ま……、待って待って!? 口がおかしい!!

 言おうとした内容的にはギリギリかすってる。お父様とお母様は行方ゆくえ不明だけど、心配しないでって、そう言うつもりで。


「これよりは妾が貴様らのあるじとなる。喜びに打ちふるえ、ひざまずけ!」


 違うそうじゃない。わたしが預かる席は仮にだから――


「貴様ら国民は命もふくめ、すべて妾の所有物。おのれの自由になるものなど、何一つないと心得よ」


 たとえ仮にだろうと国を預かる以上は、国に、民に責任を持つ。そんな決意をべたつもりだったのに、あとかたもない。

 口が――口がいうことをかない! どうして!?

 庭に集まった人々はすっかり静まり返っている。そんな中、内心のどうようなど欠片かけらも窺えない、朗々ろうとしたわたしの支配宣言が続く。


「女王たる妾が法であり、正義である。逆らう者は心せよ。妾にたてつく者は、皆、けいだ!!」


 これ、『エリノア』だ――!!


 ハートの国編の、自分勝手で冷血でたんらくてきな、悪役女王そのままだ!

 なんで? どうして?

 まさか本当に――ゲーム強制力ってやつですか!?


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