ハイエルフさんが通る

きさまる

ハイエルフさんが通る

 運命のひとよ愛しい人よ。

 二人の間の艱難辛苦かんなんしんく何するものぞ。並いる障害押し除けて、私はここまでやって来た。

 女らしさと無縁の私が貴方の為に全てを捨てて、張りぼてマナーを身に付けて、やって来ました社交界。


 私の目の前にいるのは豪奢ごうしゃな金髪、見惚れる美貌、歩く姿は百合の花な社交界の花形、皆の憧れと羨望を集める公爵夫人。

 彼女の隣に立つは超絶イケメン、サーシャ・イジューイン。私の愛しい恋人、将来を誓い合った人。




 申し遅れたわね、私の名前はベニー・フラワーヴィレッジ。エルフよ。

 皆からは、ハイエルフさんと渾名あだなされているわ。


 そう、私の家はエルフの家系。森を領地に力を保つ、エルフの頭領。武力の象徴、武門の誉れ。

 人よ、敵人よ、我等が長き耳を恐れよ。


 他の世界では知らないけれど、この地のエルフは力の象徴、国の武力。武芸をたしなみ魔法は我が友、豪放磊落ごうほうらいらく我等の事よ。男も女も関係なく、質実剛健の誓いを胸に秘め、全てのエルフはくあるべし。


 私もご多分に漏れずにバリバリのエルフの道を歩んでいた。

 剣や槍を手に取れば天下無双、酒に強くて酒乱の気あり。好物はつくねで家事は苦手。

 胸の膨らみ少々寂しいけれど、気立ての良さと人見知りの無さでそこらはカバー。


……うん、どこから見ても某はいからな女性が主人公の少女マンガ、ファンタジー版だわ。



 日本でトラックに轢かれて死んだ私が、気がついた時にはこの家の一人娘、女学生ベニーになっていた。

 転生というより憑依?

 フラワーヴィレッジで花村やん、ベニーってベニオみたいやん、はいからなあの人やん!

 そう一人でケタケタ笑っていたわ。

 私、アホ丸出し。

 でもトラブルメーカーだったらしいそれまでのベニーだから、少々の奇行は良くある事で片付けられた。

 グッジョブ、今までの私ベニー


 私は日本の知識を元に、様々な産業や事業をおこした。私を知る人々は、急にこんな近代産業をやり出した私をいぶかしんだが、『何となく思いついた』と言うとアッサリ納得してくれた。

 細かい事は気にしないのがモットーの我が武門の一族エルフといえども、いくら何でも適当すぎるだろ!

 まぁだから助かったんだけどね。


 興した事業は失敗したものもあった。

 けれど、基本的には上手く軌道に乗ってくれて、国を潤してくれ、この辺り一帯でも有数の強国へと躍り出る原動力になる。

 今ではタイショージダイ国と言えば、誰もが認める先進国よ。

 その功績を認められて、それまで男爵位だったうちの家、王様から子爵の地位を与えられた。

 残念ながらこれは家全体に贈られたものなので、直接王様から授与されたのは、一族の長たるウチのクソ親父だったんだけど。


 でも国を豊かにしたのはこの私だと、国の誰もが知ってくれている。だから、いつの頃からか人は私を『ハイエルフさん』と呼び始めた。

 ええ〜、はいからさんじゃないんだ……。




 そんなある時、隣国同士で戦争が始まる。

 その戦争は、この国との国境近くでもドンパチやっていたから、私達エルフをはじめとしたこの国の軍隊は国境へ出張でばって警戒をしていた。

 そこへ現れたのが、満身創痍ながらも引き連れた部下を気遣う軍人……サーシャ・イジューイン少尉その人だった。

 頭から血を流しながらサーシャ少尉は、ただひたすらに『部下を……部下を……』と、うわ言のように繰り返しながら倒れた。

 それを見ながら引き連れた部下は、全員号泣ごうきゅう男泣おとこなき。


「隊長は我が身ををかえりみず、我々を無事に生かして帰国させることばかりを考えてくれていたのです」


 部下からの信頼厚き、長身金髪の超絶イケメン軍人。惚れた。一発で惚れた。

 いや、見た目にじゃないわよ?

 部下にしたわれるその性格によ。


 え? 目が泳いでるって?

 うるさいわね。



 ウチのタイショージダイ国にとりあえず連れて帰って、手当てして、目覚めを心待ちに私はニマニマ笑ってた。

 エルフの仲間は、「お嬢が男を連れて来た!」と男も女も大騒ぎ。

 うるさいわね。


 だけど目覚めたあの人は、頭の怪我が原因なのだろう、全ての記憶を失っていた。自分の名前も経歴も過去も何もかも。

 だから私は名前を付けてあげた。

 シノブ。それがあの人の新たな名前。

 元ネタそのまんますぎる? うるさいわね、気にしたら負けよ。


 あのひとは、シノブはよく笑う人だった。皮肉屋なところもあった。見た目によらず武芸や格闘技に秀でていた。まあ軍人だからある意味当たり前なんだけどね、優男の顔でつい忘れがちだけど。

 そして何より自分の事よりも他人……それも立場の弱い人たちの事をいつも優先していた。

 私は、そんなシノブにどんどん惹かれていった。

 だから、顔で決めてる訳じゃないってば。


 そんなある日、シノブから私に打ち明けられたの。

 私にとっては、それは今か今かと待ち望んでいた瞬間。


「ベニー、未だ記憶の戻らぬボクだけど、良かったらボクと共に生きて欲しい。ボクを支えて欲しい。ボクも精一杯君を守るよ、ベニー」


 もちろん私は二つ返事で即答よっしゃあ!

 前世では妄想の中にしか生息していなかった、夢のスパダリとの結婚生活が手に入ったのよ!!

 ……手に入るはずだったのよ。



 その日は突然やって来たわ。

 隣国から突然我が家に来訪した、やんごとない身分の豪奢な金髪の綺麗な女性、ライサ・ミハイロフ。

 彼女はやって来たかと思うと、一直線にシノブに近づき抱きついた。あまりの事に、私は頭真っ白フリーズ状態。

 そして彼女は、涙を流しながら彼に話しかけた。


「ああサーシャ、愛しい人。ようやく見つけたわ。私よ、許嫁いいなずけのライサよ。故国に帰りましょう?」


 ライサを見たシノブの反応は劇的だった。記憶が無いが故の不安気だった目に、みるみる自信が戻り明晰な光が宿る。

 顔つきも儚げな印象だったのが、キリリと凛々しいものに変わった。


「ライサ!? そうだ、ボクは……!!」


 しかしすぐにシノブの顔が苦しげなものに変わる。

 彼は私の顔を見ると何かを言いかける。


「ベニー、ボクは……」


 私は突然に色々なことが沢山起こり過ぎて、思考がストップしていた。

 なのでシノブのその顔に、反射的に笑顔を作ってしまった。随分とひきつっていたとは思うけど。

 そして咄嗟に口に出たのは、心にも無い言葉。


「え? い、いえ良いのよ、シノブ。記憶が戻って良かったわね」


 それからは怒涛の展開だった。

 放心状態の私をよそに、ライサ夫人は瞬く間にうちのくそ親父に挨拶をしてシノブの荷物をまとめ、彼を連れ去っていってしまった。いいえ、連れ去ったんじゃない、元の場所へ戻ったんだ。

 でもいくら自分にそう言い聞かせても、シノブを失った胸の痛みは治まらない。連れ去られたという想いは治まらない。

 私はその日の夜は、生まれて初めて自分の部屋に閉じこもって、身も世も無くおいおいと泣き明かした。


 そして次の日の朝、私の部屋にばあやが乗り込んで来た。

 早過ぎるやろ。もう少し悲劇に浸らせて欲しいんやけどな。

 ばあやは、そんな私の想いなんか木っ端ミジンコに粉砕するかのように腕組みして言った。


「シノブ様を取り返しますよ、ベニーお嬢様。ウチにちょっかいかけてきた事、後悔させてやりましょう!」


 さすがは我が家のばあや、言ってる事が武闘派ヤクザのそれ。

 でも私も途方に暮れながら、ばあやに返す。


「どうやって? 戦争でも起こして取り返すの? 彼の国とウチの国は友好的な関係を築いているのよ?」


「だったら正面切って社交界に乗り込みなさい。正面切って、お嬢様の魅力でシノブ様を取り返すんです!」



 それから私の猛特訓が始まった。

 淑女としての礼儀作法や立ち振る舞い、マナーや言葉遣いを叩き込まれる日々。

 武芸の稽古も体力をつけるトレーニングも筋トレなんかも全部禁止。

 もちろんお酒を飲んで大騒ぎするなんて、もっての外。

 辛い、辛いわ。でもシノブを取り戻すため、その為ならこの苦行だって耐えてみせる!

 恋する女の情熱と食い物の恨みは、絶対に敵に回してはいけない。


 そんなこんなでやって来ました社交界。

 私の目の前にいるのは豪奢ごうしゃな金髪、見惚れる美貌、歩く姿は百合の花な社交界の花形、皆の憧れと羨望を集めるライサ公爵夫人。

 彼女の隣に立つは超絶イケメン、サーシャ・イジューイン。私の愛しい恋人、将来を誓い合った人。

 ああ、シノブ……。




「あら、貴女は……。何しにここへ来られたのかしら?」


「彼を……シノブを取り返しに来たのっ!」


「この人の名はサーシャよ。私の婚約者。シノブじゃないわ」


「私にとってはシノブですっ!」


「話にならないわね。戦争で行方不明になったサーシャを保護してくれた事には感謝はしてるけど」


「わ、私と一緒になろうって言ってくれたんですっ!!」


「私だって幼い時からサーシャと仲良くやってて、彼から何度も『結婚したら幸せになろうね』って言って貰ってたわ」


「ぐっ……。自分の部下の事を最優先にする優しい人なの!!」


「知ってるわ。故国でも貧しい人々がどうしたら幸せになれるか、いつも心を砕いて施策してたもの」


「武芸事にも強くて頼りになるし!」


「そうね、とっても頼もしい私のナイトでもあったわ。……ねえ、そんな彼が戦地で行方不明になったと聞いた時の私の気持ちが、貴女には分かるかしら?」


「う……」


「必死の思いでやっと見つけた彼が記憶喪失になっていて、別の女と仲良くなっていたのを見せられた私の気持ちは?」


「ううう……」


 あれ?

 何かこれ、私が悪い流れになってない?

 将来を誓い合った行方知れずの相手を必死に探すって、向こうの方が主人公っぽいような……。

 え? もしかして私、悪役令嬢の役回りだったりする!?

 そそそそそういえば私、酒乱だしガサツだし、ぶっちゃけ実家はほとんどヤクザだし!

 これだって、スジはむしろ向こうが正当だし!!

 私は無理を通して道理を引っ込める為に来たようなもんだし!!!!


「うぐ……うううううう……!」


「悪役令嬢同士の争い……」


 シノブが思わずそうもらした。

 くっ……もし私の方こそが悪役令嬢だとしたら、さっさと身を引いて破滅フラグ回避に全力を傾けなければならない。


 どうする?

 引くか押すかどっちの選択が正しいの!?

 


「どうやら、御自分がいかに理不尽を周りに押し付けているか、分かってきたようですね。それでは失礼す……あら? ここは一体どこなのかしら!?」


「へ!?」


 突然ライサ夫人は周囲をキョロキョロと見回した。まるで、ライサ夫人だけど今のライサ夫人ではない人が乗り移ったような……。

 そしてライサ夫人は私の顔をガバっと掴むと、顔を寄せた。


「この光景、このシチュエーション。そして貴女は……ベニーね!? という事は!!」


 私の顔を離して、力強くライサ夫人は振り向くと、傍の連れ添いを見ながら言った。


「サーシャは貴女にあげるわ、ベニー! サーシャと一緒に居ると、この先私はとんでもない最後を迎える事になるから!」


「え? へ? はい?」


「この人は、ご覧の通りのとっても良いひとなんだけど、どうも巻き込まれ体質気味なの。出入りしていた店が、実は反政府組織の溜まり場だった……なんて事が充分あり得るわ、気をつけなさい」


「えっと……あの……」


「あと、優しいのは優しいけど、女の気持ちにはニブチンの朴念仁だから、気持ちを察して貰うなんて受け身じゃ駄目。貴女が主導でグイグイ引っ張っていく事。良いわね」


「あっ……は、はい……」


「ああ、この場面からだと破滅エンドを回避するにはギリギリね。時間が無いわ、急がなきゃ。それではサーシャ、ベニー、皆さま、ご機嫌よう!!」


 そう最後に言い残すと、スカートを両手で掴んでたくし上げ、ガニ股で猛ダッシュして出て行った。「悪役令嬢のスローライフ第二章よ!!」等と叫びながら。

 後に残された私とシノブ……いえ、サーシャ少尉はポカーンと茫然自失。


「えーと、悪役令嬢がループした直後って、外から見たらあんな感じなんだ……」


 そう私がようやく呟くと、サーシャ少尉も頷いて答えてくれた。


「うん、どうやら君が主役で向こうが悪役令嬢役だったようだね」


 その言葉を聞いて、私はガバとサーシャ少尉に向き直った。

 さっきの言葉といい、今の言葉といい、もしかして……。


「あの、ひょっとしてシノブ……ううんサーシャ少尉。もしかして貴方は」


「二人きりならシノブで良いよ。そう、ボクの前世は日本人で、宝塚に夢中になって男役に憧れていた、八十歳のおばあちゃんだったんだ。よろしくね、少女マンガに詳しい大正時代のチャーミングレディーさん」


「ええええええええええええ!!!?」

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ハイエルフさんが通る きさまる @kisamaru03

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