第11話

 ヴィルゴーストさんの言っていた「すべて」って一体なんのことでしょう。

 この世界の全てを知ろうとしたら私は多分おばあさんになってしまいます。

 でも魔王たちが何を企んでいるのかを考えると、そんな時間はなさそうです。

 と言うか、私もおばあさんになるまでこの世界にいたくはありません。




 王様に案内されて通された部屋は大きな机を中心に壁一面に棚が据え付けられて、どうやら王様の執務室のようです。

 棚を埋め尽くし、机にもうず高く積み上げられた書類の山が王様の忙しさを物語っています。


 王様が書類で埋まった棚の一角の扉を開けて取り出したのは、それらの書類とは比べものにならなさそうな、かなり古そうな巻物でした。


 王様は執務机にそれを広げると、指し示して言います。


「そなたはこれが読めるか?」


 私は異世界の文字なんて読めるわけがない……と思いながらも巻物を覗き込みます。

 そこには文字とも記号ともつかない不思議な図形が書かれていました。

 やっぱり読めません。

 ところが、どこから手を付けたものかもわからず全体をぼんやり眺めていると、頭の中に言葉やイメージが思い出したように次々と浮かんでくるのです。


「これはなんですか?」


 私が質問すると、王様は神妙な面持ちで答えます。


「我々と最初の勇者との間に取り交わされた契約書だとされている」


 契約書……。


 執務机の脇から背伸びしながら覗き込んでいたエルマちゃんが言います。


「ゆうしゃさま、これ、魔法ですよ」


 魔法?どういうことだろう。


「魔法の呪文が書かれているの?」


「そうじゃなくて、えーと……。魔法でできてるんです」


 魔法でできている?

 ちょっと意味がわからないけれど、だから読めるんだ。


「どうやってるのかな?ここがグリグリーってなって、こっちがモヤモヤーだから……」


 エルマちゃんには何が見えてるんでしょう?

 魔法はさっぱりわかりません。


「王様は、これを読んだことはあるんですか?」


 すると相変わらず難しそうな顔をしながら王様が答えます。


「私に読めるのは最初に書いてある一文だけだ」


 そう言って王様が指し示したのは、巻物の一番端に書かれた文章でした。

 そこには「勇者の求めあらば、この書を開示せよ」とあります。

 ここはどうやら普通の文字のようです。


「他の……私よりも前の勇者たちの中にこれを読んだ人は……?」


「いや、そなたが初めてのはずだ」


 今まで誰も求めなかったってことは、今まで誰も私みたいな失敗をしなかったってことですかそうですか。


 ……。

 へこむなぁ……。


 それはともかくとして、知らないことを思い出していく変な感覚を感じながら巻物を見ていると、いろいろなことがわかってきます。


 最初の勇者はなぜ魔界を作ったのか。

 魔王はどうやって生まれたのか。

 魔王軍の人間界侵攻の本当の目的は。

 そして何より、勇者は何をするべきなのか。


 私、全部知ってた?

 それともこの巻物の魔法のせいでわかった?

 なんだか混乱します。


 つまりこれは最初の勇者である神様の計画の一環で勇者への指令書ということらしいです。

 でも、こんな巻物一本で人を好きに使おうなんて、神様ってちょっと偉そうです。

 あれ?神様って偉いの?


 巻物を読み終えて大事な使命を思い出した私は王様の執務机でそれをしばらく反芻していました。

 すると王様に肩を叩かれます。


「勇者よ、何が記されていたのだ?」


「え、えーと……」


 私は答えようとして、戸惑ってしまいました。

 だって私が思い出した内容はどれも巻物に書かれていたわけではなくて、その内容は私の記憶と混ざり合ってどこからが巻物を見て思い出したのか、いつの間にかわからなくなっていたからです。

 どこからがもともと知っていたことなんだろう。


「いろいろ……書いてありましたけど、説明はちょっと難しそうです……」


 考えてみればこれっていろいろヤバい感じがします。

 自分の記憶と巻物で思い出した記憶の区別がつかないってことは、巻物の記憶に基づいて行動してしまいそうです。

 それって洗脳じゃないですか?

 慎重に考える必要がありそうです。


 それにしても思わぬ情報が手に入りました……手に入ったんだよね?

 ……でもなんか納得がいきません。

 もしかしてずるい気がするからかな?

 カンニングして正解がわかった気分に近いのかも。

 それに神様に言われた通りにやればそれでいいの?

 本当に正しいかは自分で決めたいです。



 それはともかく、王様への報告を終えてどうにか肩の荷が下りた感じです。

 お城をあとにして重い空気からも解放です。

 次は何をするのか、まだ決めていませんが、今はとりあえずお腹が空きました。



 城下の広場に足を運ぶとちょうど市が立っているところでした。

 様々な出店が立ち並び、様々なものを売っています。

 中にはとても美味しそうな匂いをさせているところも。


 エルマちゃんとはぐれないようにしっかり手をつなぎ、人混みをすり抜けるように歩きながらウィンドウショッピングです。

 まあ出店なので窓はないですけど。


 しばらく歩いていると美味しそうな手荷物がだんだん増えてきました。

 しかたがないので、座れるところを探します。



 教会前の広場中央にある大きな噴水に腰掛けてエルマちゃんとの間に食べ物を広げていきます。

 ほした果物や串焼きにしたお肉、塩で漬け込んだ野菜に固く焼いたパン。

 腹が減っては戦はできぬ。

 でもおなかがいっぱいになったら眠くなります。

 難しいところです。


 買ってきた食べ物を広げ終えると二人で声をそろえて「いただきます」。

 エルマちゃんは串焼肉にかぶりつきます。

 では、私も……。

 ……。


 ない。

 肉がない!?


「ゆうしゃさま、どしたんですか?」


 買い物荷物を弄り始めた私をエルマちゃんが不思議そうに見ています。


「あ、うん、だいじょうぶ……」


 しかたない、先にパンを食べるか……パンもない!?


 行方不明になった肉とパンを探して慌てふためく私。

 いったいどこに行ったの!?


「なあ、あんたって勇者なの?」


 突然声をかけられて振り返るとそこには串焼きの串を握りしめパンをかじっている少年の姿が。


「……キミ、誰?」


 薄汚れてみすぼらしい身なりで、あとちょっと臭い少年。

 髪の毛も伸び放題であちこちもつれて……葉っぱも混じっています。


「オレ?そんなこといいじゃん。それよりもあんた勇者なの?世界中旅してんだろ?だったらオレもつれていってよ」


 ごめん、急に出てきて話に追いつけない。


「つれて行けって言われましても……」


「ダメなの?」


「いや、ダメっていうかね……」


 その時数人のガタイのいい男性たちが広場の出店の間から足音を響かせて走りながら何か怒鳴って現れました。


「あそこにいるぞ!!」


 なにが?


 すると隣にいつの間にか座っていた少年が私に串焼きの串を手渡して言います。


「勇者様、あとは任せた」


 だからなにが!?


 いうが早いか少年は風のように、いやむしろ突風のように走り出し姿を消してしまいました。

 なんなの?


 それから数秒後、例のガタイのいい男たちが姿を消した少年のところへ、つまり私たちの目の前に駆け寄ってきました。

 やな予感。


「おいあんた、あのガキはどこへ行った!?」


 そう言われましても存じ上げませんが……。


「こいつあのガキと話してたぞ、仲間なんじゃないのか?」


 いや知らない子ですよ?


「とりあえずこいつを捕まえてつれて行こう」


 えー、そんなー。

 いうが早いか男たちが飛びかかってきました。

私まだ何にも言ってないのに!


 ……でもその動きは緩慢で力任せな上に的外れ。

 簡単に避けることができます。

 ただそうは言ってもいつまでも避け続けているわけにもいかないし……。

 仕方ないので怪我させないように優しくいなします。


「な、なんだこいつ!?」

「ダメだ、とても敵わない!」

「ちくしょう、おぼえていやがれ!」


 まるでチンピラみたいな捨て台詞を吐いて男たちは走り去っていきました。

 噴水前にポツンと取り残された私とエルマちゃん。


「なんだったの?」


 思わずつぶやく私。


「さあ?」


 エルマちゃんも訳がわからないようです。


「へー、やっぱり勇者だけあって、強いんだね」


 声の方を見るといつの間に戻ってきたのか、さっきの少年が。

 強い?私が?

 そういえば確かにあの人たちの動きがスローみたいに見えたし、いなそうと思ったら自然に体が動いたし。

 そっかー、旅を続けてゴルガスさんの特訓も受けて、私強くなってたんだー。

 えへへー。


「勇者様なんか気持ち悪いぞ」


 失礼な!

 でも顔は緩みっぱなしかもしれません。


「それよりもねえ、あなた何者なの?それにあいつらも」


「あいつらは……オレがちょっとご馳走してもらったやつらさ」


 エ、ナニ?ドウイウコト?

 少し混乱して……考えて……なんかわかりました。


「つまりあんた、泥棒したのね?」


「そんな言い方すんなよ、悪口はいけないんだぞ」


 いや悪口て……。


「それでオレ、この街を出たいんだ。なぁ連れてってくれよ」


「それって泥棒しすぎてこの街にいられなくなったってことだよね!?」


 でも少年は悪びれもせずに答えます。


「だから泥棒じゃないって。お腹が空いたから食べただけだよ。なぁ、いいだろ連れてってよ」


 この子はゲームでいえば盗賊なのかな?

 でもゲームの盗賊ってこんなじゃないよね。

 どうしよう、とりあえず泥棒はやめさせないとダメだよね。


「ダメです。泥棒するような子は連れて行けません。だいたい親はどうしたの?」


「親?そんなのいないよ」


「いないって、どういうこと?」


「そのまんまさ。最初からいなかった」


「そんな……じゃあどうやって暮らしてるの?」


「最初は孤児院?てところにいたけど、いやになってみんなで逃げた」


「逃げたって、そんな……」


 この少年にはそれなりの過去があるようです。

 でも。

 なおさら泥棒のままこの先も生きていくようなことはさせられません。

 ここは心を鬼にして……!


「それでも他人のものを勝手にとっちゃダメです」


「えー、じゃあどうしたらいいんだよ」


「まずみんなに謝りなさい」


「だってオレ悪くないもん」


「人の食べ物を盗むのは悪いことです」


「だべなきゃお腹がすくじゃないか」


「ちゃんと働いて手に入れるんです」


「だから取りやすそうなのを毎日探してるぜ」


「そうじゃなくて!」


 どうにも平行線。

 まずは基本的なところを教えないとダメみたいです。


「仕方ないなぁ……わかりました、付いてきてもいいです」


「やった!」


「ただし、私のいうことをちゃんと聞くこと。いいですね?」


「わかってるって!じゃあさっそく出発しようぜ」


 うん、多分この子わかってない。

 先が思いやられるなあ。


「まずはエルマちゃんの家に戻って報告しましょう」



 <<つづく>>

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勇者戸希乃を信じてほしい Clifford榊 @CliffordSakaki

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