Yukari's Diary 9


 亜紀菜さんにA判定を取ってもらうのは、あまり難しいことではないと思っている。元々、B判定の中でも上位の成績、そしてこの一ヶ月ちょっとだけでも、目覚ましい伸びを見せているのだ。試験とは相対評価で成績が決まるものであって、確かに亜紀菜さんのような伸びを見せている受験生は他にもいるかもしれないけれど、そのことを差し引いたとしても、A判定くらいならいけると思う。

 一方で、亜紀菜さん自身は不安なようで。


「先生、私、今度の試験でいい成績をとらないと大変なんです」

「A判定が出ればいいって、一応お父様には聞いているけれど」

「はい。……それもそうなんですが」


 亜紀菜さんは言い淀む。


「心配ごとがあるなら、ぜひ相談して。私だと言いづらいなら、塾長でも、窓口のお姉さんでも良いから――」

「従姉に、勝ちたいんです」


 亜紀菜さんは、細い声でそう呟いた。





 亜紀菜さんには、同い年の従姉が居るという。名前は、定華さん。亜紀菜さんの、お父様の兄の娘さん。同じマンションの三つ上の階に住み、同じ中学に通っている。


「大変って……もしかして、その定華さんに勝てないと、お父様に酷く怒られるの」

「いえ、基本的に父は私に甘いので、そんなに叱ることはないです。……ただ、あからさまに落胆すると思います。父と伯父はライバル意識が強すぎるんです。自分の仕事のことで争うならまだしも、マンションの部屋の階数だとか、娘の成績とか、お母さんと伯母さん――結婚相手の見た目まで比べては、勝手に一喜一憂して」


 周りを巻き込むのはやめてほしいものです、と亜紀菜さんは呟いた。


「そっか。……それはちょっと窮屈ね」

「まあ、正直父と伯父のゴタゴタには慣れました。慣れましたけど……」

「まだ何かあるの」

「はい。これまた、同じマンションに住んでいる子なんですけど、私と定華ちゃんの共通の友人が居て。その子が、……えっと、『頭が良い方としか遊ばない』って言うんです」


 はぁ? 何、そのいけすかない子は。一瞬、そんな友だち要らないって言ってしまえ、そもそも亜紀菜さんは頭良いだろ! と叫びそうになった。しかし、思いとどまる。亜紀菜さんが、その子の台詞を再現するときに言い淀んだこと、まるで定華さんと亜紀菜さんのうち、一人としか遊ぶ気がない様子であること。それらを総合して考えると、「亜紀菜さんと定華さんが、その子を取り合っている」――つまり、相手は男の子で、どちらと付き合うかを決めかねている状態、と言っていいだろう。「頭が良い方としか遊ばない」という発言は、「頭が良い方と付き合う」、もしくは「頭が良い子がタイプなんだ」と言っただけかもしれない。


「だから私、定華ちゃんに負けたくない」

「そっかぁ。その、定華さんっていう子は、どのくらいの成績なの」

「これ、前回の模試の成績優秀者一覧です」


 亜紀菜さんが指を指した先は、全国十二位。松藤定華、という名前が印字されていた。


「……ごめん、ちょっとさすがに、来月までに追い付くのは難しいかも」

「そうですよね、ごめんなさい」

「でも、勝負はこんな中途半端な、六月の模試なんかで決まったりはしない。本当の勝負は入試本番だし、六月だけでなくて、亜紀菜さんはこれから先もどんどん頑張らなきゃいけないんだから」


 亜紀菜さんは、力強く頷くのだった。

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Yukari's Diary and so on. まんごーぷりん(旧:まご) @kyokaku

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