書き下ろし掌編・売れ残りエルフの憂い

ご機嫌エルフの憂い

ご機嫌エルフの憂い



「じゃがいもさ〜ん♪ じゃがいもさ〜ん♪ むきむき♪」

 井戸端から突飛で珍妙なる歌声が聞こえてくる。

 まだ昼だが今日の仕事が早く終わったので、イオンは自宅の小屋に帰ってきた。

 小屋の前に辿り着いた丁度その時、井戸の方からノーチェの歌声が響いてきた。

 近付いてみると、ノーチェが歌いながら洗った馬鈴薯じゃがいもの皮を剥いていた。

 どうやらその場の思いつきで歌っているようだ。ノーチェは皮むきに夢中になっているせいか、イオンが居るのに気付かず、脳天気に歌っている。

「じゃがいもさ〜ん♪ じゃがいもさ〜ん♪」

 間抜けた音律メロディー、頓珍漢な歌詞。普段の彼女からすると、全然らしくない。

 多分、機嫌が良いのだろう。どうしてかは分からないが、とにかく機嫌が良い。

 間抜けた歌を口ずさむ彼女の姿が可愛くて、イオンは微笑ましく見ていた。

「いっも〜♪」

 と、決めたところで、ノーチェが顔を上げ——

 すぐ側に立っていたイオンと目が合った。

 ノーチェは目を見開いたまま、凍り付く。

「た、ただいま……」

 イオンがぎこちない笑顔で挨拶をする。

 ノーチェは完全に固まってしまい、挨拶の返事は……出来ないようだった。


◇ ◇ ◇


 その日の夕食は、さながらお葬式のようだった。

 食卓に並んだ料理を前に、二人はひたすら黙り込んでいた。

 ノーチェは沈鬱な表情で口をつぐみ、イオンは悩ましい顔で黙っている。

 食卓の上には、揚げ物の可楽餅コロッケ、焼き物の馬鈴薯餡餅ポテトパイ、煮物の肉馬鈴薯ベックオフ、冷菜に馬鈴薯沙拉ポテトサラダなどなど。芋芋芋な料理で食卓の上が埋め尽くされていた。

 それを、二人して黙ってもそもそと食べる。

 味は美味しい。様々な調理法を駆使し、美味しく仕上げている。申し分ない。

 でもやっぱり、芋芋芋……。


 井戸端で、お間抜けな歌をイオンが立ち聞きしていることに気付いてしまったノーチェは、凍り付き、そして、顔が真っ青になった。慌てていたのか、それとも照れ隠しなのか、ひたすら馬鈴薯じゃがいもを洗っては皮を剥き、洗っては皮を剥き、一体どれだけ夕飯に使うんだ? というほど剥いて剥きまくっていた。

 あまりに延々と皮を剥くものだから、途中でイオンは心配になった。

「そんなに剥いて、何に使うの?」

 途中でイオンが声を掛けた。その瞬間、ノーチェがはっと気付き、そして、皮を剥き終わった大量の馬鈴薯じゃがいもを見て、茫然とした。

 様子からして、ノーチェは何も考えずに皮を剥いていたようだった。


 それで、今日の夕飯はこんな芋芋芋……なことになった。

 この事態を招いてしまった張本人を、イオンは盗み見た。

 どんより沈みきって馬鈴薯餡餅ポテトパイを口に運ぶノーチェの顔は暗い、とても暗い。

 こんな芋料理ばかりを作ってしまった過ちを、嘆いているのもあるだろう。

 それ以上に彼女は『聞かれてしまった』という汚辱で、這々の体のようだった。

 穴があったら入りたい、そんな思いがイオンに伝わってくる。

 とはいっても、別にイオンは気にしてなかった。むしろ和んでいたくらいだ。

 しかし、彼女にとってはそうではなかったようで、悲壮感溢れる表情だった。

 そんな顔、しなくてもいいんだけどなぁ。

 本人に気付かれないように、イオンがこっそりと苦笑いした。

 気の緩んだノーチェの意外な一面が見れた。その後に馬鈴薯じゃがいもをうっかり大量に皮を剥いてしまう焦りようも、ぜんぶ可愛かった。

 だから、この食卓に並んだ大量の芋料理も、いつもちゃんとしているノーチェの、たまにしでかす可愛い失敗だと思っていたのだが……。


 ノーチェは落ち込んでいた。そう、イオンに聞かれてしまった。

 何故、あんなお馬鹿な歌を口ずさんでいる時に、早く帰ってくるのか。

 実は、先日からイオンに隠れてこそこそと編み物をしていた。そして、今日のお昼に完成して、つい浮かれた。そして、良い気分のまま、よく分からない歌を口ずさみ、夕飯の馬鈴薯じゃがいもの皮を剥いていたところに——イオンが帰ってきた。

 一緒に暮らしていて、つい油断した。浮かれていたからといってあんな意味不明で頭の悪い歌、自分の年齢を考えれば、落ち着きがないにも程がある。

 そして、その後も良くない。

 焦って、とにかく馬鈴薯じゃがいもの皮むきに集中しようと、延々と作業をこなし——

「そんなに剥いて、何に使うの?」

 と、イオンに声を掛けられた時に、ようやくノーチェは気付いた。

 作業に没入するあまり、バケツ一杯の馬鈴薯じゃがいもの皮を、剥いてしまった。


 その後、皮を剥いた馬鈴薯じゃがいもをどうにかして料理に使えないかとノーチェが懸命に考え、調理した結果、今日の夕飯が出来た。

 でも、よくよく考えてみたら、何も今日の夕飯に使わなくとも、馬鈴薯澱粉ポテトスターチを取るなり、次の日用に馬鈴薯団子ニョッキを作り置きするなり、いくらでもあったはずだ。

 実際、使い切れなかった馬鈴薯じゃがいもはそうせざるを得なかった。

 よっぽど慌てていたのね、私。

 ノーチェが芋料理を口に運びながら肩を落とし、台所の棚の奥に仕舞ってある箱を、一瞬だけ見た。箱の中には完成した編み物がある。

 しゅん、とノーチェが項垂れた。渡し辛くなってしまった。

 でも、渡したい。せっかく作ったんだから。


◇ ◇ ◇


 沈黙の夕飯の後、イオンは潰し器マッシャーで茹でた馬鈴薯じゃがいもを潰していた。

「本当、意固地なんだよなぁ……。馬鈴薯じゃがいもくらい、俺でも潰せるって」

 ノーチェが夕飯のあと、大量に皮を剥いた馬鈴薯じゃがいもを茹で始めた。

 明日の食事用に馬鈴薯団子ニョッキを作るらしい。なのでイオンが手伝いを申し出たが断られた。どうも、テンパって大量に馬鈴薯じゃがいもの皮を剥いてしまったことをノーチェは気にしているらしい。意固地な態度に、イオンが苦笑する。

 ノーチェは自分でしでかしたことは、自分で処置したいと思う人だ。

 そして、人に頼るのが上手くない。一緒に暮らしていて、いい加減気付いた。

 結局、茹でた馬鈴薯じゃがいも潰しの作業はイオンが奪い取った。

 ノーチェが皿を洗っている間、イオンは馬鈴薯じゃがいもをぶすぶす潰していく。

「でも、なんであんなに機嫌良かったんだろう?」

 井戸端で楽しそうに歌を口ずさんでいたノーチェを思いだす。

 本当に、何がそんなに嬉しかったのだろう? 


 ノーチェが皿が洗い終わり、イオンも馬鈴薯じゃがいもを潰し終え、その後、二人して黙々と馬鈴薯団子ニョッキを丸めては作り丸めては作りして、一通り作業が終わった時だった。

 ノーチェがお茶と一緒に、何か布を——いや、編み物を、さり気なくイオンに出してきた。一体何なのか分からず、イオンが首を捻る。

「なにこれ?」

「服を、買って頂いたお礼……」

 そう言って、ノーチェがふいっとそっぽを向いた。

「服? お礼? え、別にそれは……」

 イオンが編み物を広げる。どうやら、襟巻きマフラーか何かのようだ。

 ノーチェが出先で毛糸とかそういうものを買ったところを見てないので、何でどうやって作ったか分からない。でも、触ってみると羊毛とは違う感触がする。

「なんか、シャリ感があるね、これ」

「……苧麻ラミー」ですから」

「ラミー? ん、ああ、苧麻カラムシか……って、ええ!?」

 苧麻カラムシから糸が取れるのは知っている。

 糸を採取する為にわざわざ栽培されているらしい。イオンの森の中にも生えている。だが苧麻カラムシは、森の下生えの中で、大繁殖し易く、若木の育成の邪魔をするので、下刈りの対象、つまり、木樵であるイオンの天敵だ。

 それに、確かこれは……。

「繊維取るのに凄く手間が掛かるんじゃあ?」

 これで縄が作れるというのはイオンも知っていた。でもこいつで縄を作るなら、麻縄を買った方がいいと思うくらい手間が掛かる。

 だから、下刈りしたら、枯れて腐葉土になるように放置だった。

 ノーチェは頬を赤らめたまま、そっぽを向いている。

 お礼は嬉しいが、何故、そんなに顔を赤くしてむくれているんだろう? 

 首を捻ってイオンが黙っていると、ノーチェがちらちらと顔を見る。

「あの、要らないのなら……捨ててもらって、構いませんから……」

 どこかふてたようで、何か諦めているようにノーチェが呟き、イオンが驚く。

「いや、捨てないよ! 捨てるわけないよ! 何、言ってるんだよ!?」

 イオンが目を剥いて叫んだ。上げた声にノーチェが驚いて、僅かに後退る。

 その様子を見て、反省するようにイオンが咳払いした。

「……ごめん。要らなきゃ捨てろなんて言うからさ。手間が掛かってるんだから、そんなこと言わずに……その……えっと……ありがと」

 最後はもそもそとしてしまったが、かろうじてイオンはお礼を言う。

 ノーチェが顔を伏せたまま、小さく頷いた。

 その後、二人の間に沈黙が降りた——会話が続かない。

 こういう時、何か、言うべきなのだろうか? 沈黙の中、イオンが考える。

 静かだ。何か、気の利いたことを言うべきなのだろうか? 

 ノーチェは黙っている。やばい、何か言わなきゃ。

「えっと、ノーチェって時々すごく可愛いよね! 編み物もそうだし!」

「え……?」

 ノーチェが意外そうな顔をして振り向いた。よし、掴んだ! 

「ほら、お昼も可愛い歌を歌って…………」

 凍り付いたノーチェの顔を見て、「しまった!」とイオンは気付いた。

 ノーチェがみるみるうちに涙目になっていく。まずい、滑った! 

「ああああ! 今日の馬鈴薯じゃがいも料理、美味しかったな〜〜!」

 衝撃を受けたようにノーチェの顔が引きつった。やばい、駄目押しだ、これ! 

 ここ一番というところで早くもイオンはネタが切れ、二の句が継げなくなった。顔を引きつらせたままノーチェの肩がブルブル震える。まずい、まずい! 

「うわっ!?」

 ノーチェがガシッとイオンの胸元にしがみついた。突然、迫ってきたノーチェを受け止め、勢い余って一瞬ふらついたイオンだが、何とか踏み留まる。

「な、な、な、なに!?」

「忘れてください」

「なにを!?」

「忘れてください! 歌も! 馬鈴薯じゃがいもも! ぜんぶ忘れてください!!」

 胸元にしがみつき、ノーチェが涙目で訴える。

 しがみつかれたままイオンは、首をカクカク縦に振るしか、なかった。

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発売後大好評につき特別掌編を公開!!/『隠居勇者は売れ残りエルフと余生を謳歌する』 逢坂為人/電撃文庫・電撃の新文芸 @dengekibunko

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