第7話 エピローグ 喫茶店は今日も――

 カラン、カラン。

 再び、扉についた小さくシックな鐘が音を鳴らす。


「いらっしゃ――「ただいま。久瀬君」」


 鈴木さんにコーヒーを差し出したところでへらっとした笑顔を見せ、店に入って来たのは大きなかばんを抱えた彼女だ。

 相変わらずの久瀬君呼びに「月も久瀬だろ?」そう突っ込みを入れれば、ふふっと可愛い笑顔を見せてキッチンの奥にある自宅に行った。


「相変わらず仲が良いですね」

「騒々しくてすみません」


 本当に微笑ましげにそう言った、常連の鈴木さんに頭を掻きながら申し訳ないと伝える。


「いえいえ! そう言えば、奥様は……

 確か、製菓の専門学校に行ってるんですっけ?」

「そうなんですよ。

 調理師は俺が持ってるから、自分はパティシエになるって言いだして……。

 今、必死に頑張ってますね。

 毎日、試作品のケーキ食べさせられてますよ」

「ふふっ。言葉の割には凄く嬉しそうに見えますよ?」

「あはは、そうですね……。

 月が作ってくれるものは、全部美味しく感じてしまうので……。

 怒られてばっかりですけど、元気な姿見るとついついね」


 鈴木さんの言葉に、困った顔でそうだと答えた俺に、鈴木さんは顔とは裏腹に嬉しそうだと言う。

 月が作るケーキは独創的で……少し失敗は多いが本当に美味しいんだ。そんな考えを見透かされ笑ってごまかしたところで、月がキッチンから顔を出した。


「久瀬君、なんか手伝う?」

「だーかーらー! お前も久瀬だろが!」

「んー。なんでだろ? なんでか久瀬君って言っちゃうんだもん仕方ないでしょ?」


 そう言って笑った彼女は、鈴木さんの相手を始める。


 九年前、アメリカに向う月に俺が言えたのは「待ってる」このたった一言だけだった。

 それを聞いた彼女は「うん……」と、言ってタクシーへ乗り込んで行った。

 見送った数日後、アメリカへ着いたと言うメッセージと同時に、手術は二週間後に決まった。そう連絡が入った。


 手術の日、本当はアメリカに行きたかったけれど、学生一人の旅はダメだ。そう月母に言われ渋々日本に残ったのだが、正直な話、気がおかしくなるような気分だった。

 事前に、月母に終わったら連絡が欲しいと伝えてはいたものの、待てども暮らせども連絡が来なかった。

 月母から連絡が入ったのは、深夜二時を回った頃だった。


『月ちゃん、無事に成功』

 この文字を見た俺は深夜にもかかわらず、歓喜の声を上げた。

 突然の雄叫びのような歓声に驚いた両親が部屋に来たりした。


 月は十時間にも及ぶ手術を耐え抜き、一年後帰国した。


 その時、俺は彼女を空港まで迎えに行った。

 彼女と電話をしながらその姿を探していた俺は、彼女を見た瞬間「お前誰だ?」そう彼女自身に言ってしまう。

 そんな俺に「バカ!」そう言って、月は潤んだ瞳で抱きついてきたのは良い思い出だ。


 戻るまでの一年は無料のアプリを使ったり、手紙をやりとりしたりと色々な方法でお互いに連絡をとった。

 そのやりとりの中で、月は夢を語っていた。

 友達が欲しい。これまで病気のせいで、友達が出来なかったから一緒にお茶したりガールズトークなんかをしてみたい。

 そして、美味しい料理を作って久瀬君に食べて貰いたい。


 そう楽しそうに語った彼女の言葉に、ならば俺がその場所を作ればいい。そう思った。

 そして、バイトに明け暮れ調理師学校を卒業する。

 店を出すには資金が足りなかった。だから足りない分は、親に土下座して借金する形でこの店を持つ事ができた。


 人を見下し傷つけても、それが当たり前だと思っていた。でも、月と出会った事でどれほど自分が愚かだったのかを知った。

 そして、夢なんて無かった俺が月の言葉に、店を持ち人と関わることの大切さや楽しさ、苦しさを学んだ。

 だからこそ、今もこうして俺は彼女に恋をし続ける――。



「もう、久瀬君? 聞いてるの?」

「ん? ごめん……聞いてなかった」

「もぉ! あのね――「――ま、じで!!」」


 愛しい彼女が今日も微笑む。

 その身体に、二つ目の夢を宿して――。

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A Queen of the night ~ 月夜に咲く花に恋をした ~ ao @yuupakku11511

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