卑屈を極めた俺にどうせ面白い話できるわけないし、そもそも俺なんかに期待する人がいると思ってるのがおこがましくて嫌になる

野々露ミノリ

本編


 何だって俺のところに来るんだ、あの爺さん。一体俺に何を期待してる。俺が期待外れな人間だということはわかりきってるだろうが。


『近所にウサギで脅して金品を奪うという可笑しな女の強盗が現れたんだが、捜索隊に加わってくれないか?』


 なんて言うが、そんな仕事俺に頼もうなんてどういう神経してやがる。適役なら他にいるだろ。俺以外にごまんと。第一、俺なんか捜索隊に加わったところで、何の役にも立ちやしない。どうせそうだ。そうに決まってる。


 無能で根暗。卑屈で陰気。それが俺だ。出来ることといえば、周りに陰気な空気を振り撒くことだけ。

 俺一人いるだけで、周りの迷惑なんだよ。だったら初めから、いない方がいいに決まってんだろ? 俺が無価値な人間だってのは常識中の常識。アリでも解ける簡単な問題だ。そんなことすらわからないのか、あの爺さん。とんだ大馬鹿者だな。俺以上のアホだ。


 ……いや、言い過ぎだろ、さすがに。

 爺さんは俺を頼りにしてくれたんだぜ? こんな俺みたいな人間を。

 あの老いた足で、わざわざ村外れのこの家にやって来たんだ。ああ……辛かったろうな、長い道のり。痛かっただろうな、ドアを叩く手……。ドアも無意味に叩かれて苦しかったろうよ。あー、けど、爺さんも悪くない。


 ……ったく、どうして俺ってやつはこうなんだ。

 人に迷惑かける、人以外にも迷惑かける。挙句、俺を頼ってきた人に対して馬鹿だのアホだの罵りやがって……。結局は、臆病でだらしない自分を正当化したいだけだろうが。


 この人でなし野郎。最低ゴミくず男。自分の都合のためだけに相手を貶すなんてモラルが腐ってやがる。全身賞味期限一か月前。おまけに非協力で陰鬱で、頭も悪い。でもっていっつもいっつもウダウダウダウダウダウダ……。一体誰得なんだよ、こんなやつ。卑屈ばかりで何も生み出さない、生産性のないつまんない男。全く以て生きてる資格しかく、ゼロ。いらないだろ、俺なんかどうせ。こんなとき『じゃあ生きてる丸は?』『生きてる三角は?』なんてユーモアすら浮かばないんだから。



 はぁ……とはいえ、死のうにも死ねないんだよな。女神さまに『復活の力』なんての授けられたもんだから、苦しい思いはもれなく二度経験しなきゃなんない。……ったく、死にたいのか生きたいのかはっきりしない男だぜ。


 何だって俺にそんな力授けたんだろうな。俺なんかにくれる価値があると思ったのか? ……だとしたらまずいぞ。何一つ出来てないじゃないか。

 何てこった……俺を信じてくれていたってのに、俺ときたらいっつもこんなくだらん愚痴ばっか垂れて。その上、そんな女神さまを欺こうだなんて考えてやがる……。どれだけサイテー男なんだ。

 こんな俺に、今から何ができるんだ。いっつも村はずれで気の毒な野菜作って暮らしてるだけの男に。絵か? 音楽か? 小説か? ……小説? 小説でも書けってのか?


 ……いや、俺なんかに書けるわけがない。面白いのなんて以ての外だ。どうせ鬱々としたのに決まってる。いや、鬱々としたのはあるさ。けど、俺のは結局ただの愚痴だけで終わって、つまらない話になるに違いない。どうせそうだ。


『こんなことして何がしたいのかさっぱり』

『かまってちゃん? イタ……』

『シンプルに、不快です』

『こんなの読ませるなんて頭おかしい』


 とか、書いたところで言われんのは目に見えてる。で、それが嫌だからって、俺程度の頭でちょっと改善したところで、


『予防線? ウザ』


 とか言われんだ。もー、絶対そうだ。

 ……いや、でもちょっとは褒めてくれる人もいるかもしれない。


『斬新ですね』


 なんて。

 あーでも、そんな言葉はどんな駄作にだって使え……ああいや、そんなことはないな。そもそも、俺ごときが語れることじゃない。何たる不敬。


 しかもそれで言ったら、せっかく褒めてくれた人に失礼じゃないか。相手は心の底からそう思ってるのかもしれない。……いや、本当にそうか? あまりにおこがましくないか? きっと不快な気持ちをオブラートに包んで……いや、やっぱり素直に言ってるのかもしれな……いや、本当は嫌だけど遠回しに……いや、やっぱり褒めてくれてるのかも……。


 あーもう。こんなことすら疑り深くなって、なんて情けない男なんだ。そもそも、俺なんかに相手の気持ちが図れるわけがない。そこから既に間違ってる。


 ったく……どうして俺はこうもどうしようもないんだろうな。

 何でも一人で知ったように思いやがって、しかもこんなふうに延々と馬鹿みたく自分を責め続けてる。

 プライド高い、卑屈……れっきとした根暗の証拠だ。誰が求めてんだ、こんなの。根暗も根暗が嫌いなんだぜ?


 はぁ……やっぱり俺はダメ中のダメ。ダメ高校ダメ科ダメ組、出席番号ダメ。俺なんか何をやってもダメ、何を考えてもダメだ。俺に出来るのはダメな見本。突然の客にも不躾で不愛想な態度しか取れないんだぜ? ほら、見てみろ。客の女とウサギも、俺がこんなだから呆れてる。


「夜分遅くにようこそお越しくださいました。わざわざこんなところに無駄足を運んで来てくれるなんて、心から同情します。骨が折れたことでしょうね。けどすみません、何のおもてなしもできないんです。どうせこんなつまらない男なので」


 な? こんなこと言うから相手の女も唖然としてやがる。隣のウサギも、冷めたい目ぇしてるぜ。無理もないだろうな。俺の言葉、声……いや、全てがくだらないんだから。


「つまらないのは知ってるわ」


 聞いたか? ほら、やっぱりそうだ。思った通り、俺はつまらない男。な、言っただろ? 初対面ですらそれがわかるんだから、こりゃあもう確定だ。


「そんなの家を見れば大体想像がつく。外の畑も小さいし、家の中だってぱっとしない……」


「ああそうだ。ぱっとしない。持ち主の俺と同じ……いや、違うな。俺なんかには贅沢すぎる家だ。ったく、何て無礼なやつだ。これから先も嘆いてるだろうよ『あー、何でこんなやつの為に作られたんだー』って。壁と、床と、家具が」


「ふうん……」


 ……ま、そりゃそんな反応もするだろうな。どうでもいいよな、俺の話なんか。どうせ俺は自分のことしか眼中にない自意識過剰人間なんだ。めんどくさいよな、こんなやつ。俺だってヤだよ。いるだけで疲れる。はぁ……じゃあ何がしたいんだ。ホント、気が滅入る……。


「でも別に、最低ってわけじゃない。私なんかと比べたらね。……ところで、金目のものってある? あったらちょうだい。断ったらこのウサギの鋭い歯で、喉を噛み切ってもらうことにしているの。こんな最低行為の為にわざわざしつけられたなんて、可哀そうなウサギ」


 ……は?

 何? 何だって? 

 今何て言った、この女。

 金目の物を寄こせだって? しかも断ったら俺の喉を噛み切らせるだと?


 正気か? ありえないだろ。一体何考えてんだ。俺程度の人間にそんな大層なもの持ってるなんて。

 でもってそんなのウサギも可哀そうだろうよ。まっちろい身体が汚れんだぜ? いいのか? 俺なんかの気色悪い返り血浴びて。もっと真面目に考えてやれよ。


「んなもん持ってるわけないだろ。こんなしょぼくれた俺に、そんな立派なもの」


「でもここに財布がある。ごめんなさい。私の汚い目に映してしまって」


「どうせ大した額じゃないさ」


「……本当ね。けど、それでも私よりまし。私なんて、一文無しだもの」


「あー、だけど、俺ごときには勿体ない金だ。俺なんか乞食が相応し……いや、それじゃ乞食に失礼だ。彼らはこんな俺よりも逞しく生きてる。ウダウダ言うしか脳のない俺なんかよりずっと素晴ら……」


「ありがとう。とりあえず、いただいておくわ」


「……ああ。そうしてくれ」


 そうだ。俺なんかが使っていいようなものじゃない。使われた金もたまったもんじゃないだろうよ……って、いや待てよ? よく考えれば、相手は強盗犯じゃないか。寄付ならまだしも、強盗犯にタダで譲るってどういうことだよ。……ん? じゃあタダでなければいいってことか? は? そもそもタダってなんだ。って、これは俺が言い出したことか。

 はぁ、もう何やってんだか。こんな大変なことに巻き込まれてるっていうのに、そんなことすら忘れちまうなんて。あー……やっぱり、俺はダメな男。こんなもの持ってる資格なんて、やっぱりない……。


「それから、食料もちょうだい。私、一文無しな上に乞食なの。あなたと同じ……いえ、あなたや乞食とは比べ物にならないわね。私なんて、どうせこんな反抗の仕方しかできないどうしようもない人間だもの。卑屈で陰気な私の気持ちをわかってくれる人なんていないっていじけてるだけのね。……それじゃ、このジャガイモ、もらっていくわ」


「ああ」


「この人参も」


「ああ」


「この玉ねぎも」


「ああ」


「私ごときに盗られるために育てられたわけじゃないのに、可哀想な野菜達」


「ああ。けど何が一番悲惨かって、こんな俺みたいな人間の手で育てられたことだ。俺のため息で生を受け、俺のため息で一生を終えていく野菜達……。この椅子も、食器も全部、持ち主が俺だと思う涙が出るぜ。でもって一番ひどいのは、使っておきながらこうして嘆かれてることだ。はぁ……じゃあ出てけって話だよな。いや、ダメだ。俺なんかどうせどこ行っても迷惑になるに決まってる。他のやつらが気の毒だ。俺なんかに邪魔される風、俺なんかに踏まれる地面、しょぼくれた俺でも照らさなきゃいけない月。吸われる酸素、吐かれる二酸化炭素……もうみんなみんな可哀想」


 そんな中でも一番気の毒なのは、こんなウジウジした俺の話を聞かされる客だよな。口を開けばネガティブばっか。空気も読めず、卑下ばっかする。女もウサギも目ぇ丸めて呆れてるよ。


「……あなた、そこまで言うの?」


 ……ま、そりゃそうもなるわな。ドン引きして帰りもするわ。財布も野菜も忘れていくも頷ける。

 ……ん、待てよ? これはお情けで置いて行ったんじゃないのか? おい、なんだよ、強盗犯に情け掛けられるって。どんだけ不甲斐ないんだ。

 ……ま、けど実際そうだ。自己嫌悪ばかり繰り返すアホなんだから。学習なんかしないし、俺にそんなの出来っこない。どうせ無理だ、無理に決まってる。なんてったって俺なんだし。第一、記憶力すらないんだぜ? 半年後に来た客が誰かわからなかったんだ。顔にでかでかと罪人の焼き印がされてるってのに……相当なニブチンだな。


「あの……覚えてる? 私、この間の強盗犯」


 ってほら。結局あっちから言わせてやがる。あんな大きな事件だったってのに……ホント、情けなくてがっかりするぜ。


「ねぇ、今いい? ついてきてほしいの」


 なんて言われたが、俺の返事も情けなさすぎだろ。曖昧で、その上もごもごしてやがる。……まあけど、こんな格好なんだから無理もないよな。まったく……もうこんな日が高いってのに、いつまで寝巻でいるんだか。客の方も迷惑だろうよ。こんなみっともない男の、こんなみっともない姿見せられて。


「別に着替えなくてもいいわ。とりあえず、来てちょうだい。それにその格好、ピッタシだから」


 ほぉ、ピッタシ。なるほど、そうだよな。俺なんかこのだらしない格好で外で歩くのが相応しい人間だよな。後ろ指差されて笑われるのがお似合い。何、気落ちする必要なんかないさ。俺だけに許された特権なんだから。


 ……いや待てよ? それじゃあ今着てる寝巻に失礼じゃないか。何勝手に俺とセットにして貶してんだよ。毎日毎日俺なんかに仕方なく着られてるってのに、感謝すらできないのか。こんな無礼な男に着る資格は……って、いや、そうじゃない。そもそも俺には、服という存在が贅沢すぎる。よく考えてみろ。彼ら、そして生産者さんがが不快な思いをしないためには、俺みたいな人間が着ないのが一番だ。……え、待て。じゃあ裸でいろってのか? いやいや、何考えてるんだよ。皆の目は、そんなくだらないものを映すためについてるんじゃないんだぞ?


 はぁ……花畑に連れてこられたはいいが、俺なんかにはとても恐れ多い清らかな場所だぜ。どの花も綺麗だ。雑草も俺とは比較できないくらい輝いてて……明らかに俺だけ浮きまくってる。女のワンピースは雪のような白、あっちからやってくるウサギは雲のような白……。なのに俺ときたらなんだ。カラスの糞みたいな白じゃないか。


「ウサギ、久しぶりね。聞いて。私、この人と結婚することにしたの」


 は、結婚? 今、結婚って言ったか?

 何言ってんだ、この女。何考えてる。ここはあんたの頭の中か?


 ……いや、決めつけるのは早いぞ。第一、俺なんかと一緒になろうだなんて考える人間、人類が滅亡でもしない限り出てこない。きっと俺じゃない他の誰かだ。そうだ、そうに決まってる。見る限り他に誰もいないが、要するにこれは、ただ単に俺の目に映ってないってだけだろう。そう、そうだ。俺の目は、その人を映す資格にないだけ。全然難しい問題じゃない。


「顔の焼き印のことは気にしなくていいのよ、ウサギ。自首したから、この程度で済んだの。それに……求めていた人が見つかったから、私はもう全然平気」


 ……って、この女、完全に俺の方を見て言ってるけど、正気か? ……いや、違うな。判断するにはまだ早い。きっと、後ろにいるであろう誰かに言ってんだ。そこに俺が被ってるってだけ。……ん? けど、俺の指にお揃いの花の指輪はめたな。おまけに抱き着いて、キスまでしやがる。


「……もうあんな真似する必要、私にはない。わかってくれる人がいないなんて決断、私ごときに出来るはずないもの。どうせそう。百万年かかっても、無理に決まってる」


 ああ……なるほど、わかった。

 つまり、こういうことだ。こいつ、完全にイカれてる。

 人を見る目ゼロだな。よっぽどお目目が腐ってるとみえる。ホント、頭可笑しい。


 って、それはあんまりだろ。こんな俺を選んでくれた人に対してひどすぎる。どうせそう思うのだって、結局自分に自信がないからだろうが。それを棚に上げて人を悪く言うなんて、どれだけクズなら気が済むんだよ。


 あーもう、何でこんな最低な俺に、にこやかな笑顔向けてくるんだろうな。

 花もどうして俺なんかにいい香りなんか運んでくるんだか。

 お日様もわざわざ俺をホッカホカに温める必要なんてないし、爽やかな空も惨めな俺を見下ろす必要なんかないのに、まったく皆……どうなってんだ。

 

 ……っていや、違うだろ。自然だって別に、俺一人の為に存在してるわけじゃない。どうなってるのはお前の方だろうが。この傲慢な自意識過剰男。


 そもそもこんな俺ごときに、この素晴らしい大自然を語る資格があると思ってるのか? この無礼者。なんておこがましい。

 ったく、どうしてこんな常識すら簡単に忘れてしまうんだろうな。

 もう、ホント参るぜ。

 何で俺ってやつはこういつもいつも――



(終わり)

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