ボディレス・ドッグレス・ホームレス

ロッキン神経痛

ボディレス・ドッグレス・ホームレス

 関東平野を覆い尽くし、そこから放射線状に列島の半分にまで広がる巨大都市国家。世界に名だたるメガロポリストーキョー。

 そんなトーキョーの片隅の片隅。

 掃き忘れたゴミと浮浪者共が集まる小さなこの町。

 並ぶおびただしいバラックとスクラップ工場の町――イナバ町。

 夕暮れ、雨の日、路地裏。

 まるで安い映画のようなシチュエーションで、俺達3人とエイトは出会った。


「お前、名前は?」


 と最初にテッポー玉が言った。

 テッポー玉は元ヤクザだったと嘯く男だ。かつて小指が無いことがその証明になる時代もあったが、再生医療も代替医療も著しく発展した今となっては難しい話。

 ヤクザの頃の昔話をさせると、話す内容が二転三転するから誰も元ヤクザだなんて信じちゃいない。それでも彼がテッポー玉と呼ばれるのは、両腕に仕込まれた護身用の実銃によるものだ。


ワン!

 

 テッポー玉の問いかけに、エイトが答えた。


「馬鹿、型番を見てみろい。こいつは喋れねえ機械犬だよ」


 今度は工場長が言う。

 工場長は今じゃこんなみっともないナリだが、昔は東北で大きなニューロンチップ工場の社長をやっていた男だ。こっちは界隈じゃ有名な話だから間違いはない。


ワンワン!


「……捨てられたんだな」


 と俺が言う。俺は、2人と比べると実りある思い出を持たない男だ。


ワン!


 エイトは元気よく答える。

 毛皮も身に着けていない、剥き出しになったシルバーの素体。

 エイトの時代遅れのチップでは、俺達の簡単な言葉の認識は出来ても、本当の意味での理解までは出来ないだろう。ボディに書かれた型番はDD8。いわゆる第8世代AIだ。

 AIが簡単な家事が出来るようになったのは15世代目の頃。そして俺達人間の仕事を奪うようになったのが40世代を超えた頃だ。

つまりは先駆けも先駆け。第8世代AIを搭載したエイトはおもちゃと言っていい代物だった。


「骨董品だな、売ったらいくらになるかな」


 耳がピンと立った中型犬モデルのエイトは、自分を早速売り飛ばそうとするテッポー玉の前でくるくると楽しげに回っていた。フェイスパーツは無く、目と鼻の代わりに大きなサングラスのような真っ黒なカバーが付いているだけだが、だらしなく開いた口と動作で彼がゴキゲンであるということは分かった。

 捨てられたのに、明るい奴だと思う。


「売りはしない、名前はエイトだ」


 俺はそう言ってエイトの頭を撫でた。第8世代AIでものを考える単純なエイトのゴキゲンは、それだけで超ゴキゲンへと変わった。


「ふうん、安易なネーミングだな」


 暗に俺がエイトを飼おうとしていることには触れず、皮肉屋の工場長はやれやれと首を振る。


「なんだ、マジで飼うつもりか? 電力はどうするんだよ?」


「心配ない、俺のを分けてやるんだ」


 その後もぶつくさと文句を言うテッポー玉を、いつものように適当にいなして、俺はエイトを俺たちの家族にすることを認めさせた。

 

 ホームに帰るなり、俺はエイトの汚れた身体をシャワーで洗ってやった。念の為、お湯を掛ける前にボディに亀裂等が入っていないことも確認した。昔の素体には、信じられないことに防水機能が不十分なものが存在するのだ。


「……おもちゃの犬コロを風呂に入れるなんて馬鹿げてる。俺なんてもう半年以上は入ってねーよ」


「なら来い、一緒に洗ってやるぞ」


「ばか、いらねー」


 エイトはお湯をかけられながら、耳をパタパタを揺らしていた。表情は分からないが喜んでくれてはいるのだろう。

 ついでに自分の頭にもシャワーをかける。テッポー玉程ではないが、俺も風呂に入ったのは久しぶりだった。

 生身の身体だった頃は毎日入っていた風呂に、素体化してから次第に入らなくなる。皮脂も溜まらず汗もかかない俺達のような全身サイボーグにはよくある話だ。

 自分を構成するあらゆるパーツが全体的に角張った形状をしているため、洗い辛いのも風呂が億劫になる原因のひとつだった。よく見れば細かいネジ目には二度と取れそうにないサビも付着している。


 イナバ町に住んでいると忘れがちだが、もうちょっと都会の方に行くと、古いサイボーグはそれだけで悪目立ちする。

 流線型のデザインの素体がメジャーな昨今、パッと見るだけで古い人間だと。それも手入れのされていない下層の人間だと分かってしまうのだ。

 無骨でいわゆるレトロ趣味を通り越した骨董品のような見た目。これが俺達3人のような、50年代半ばに素体化手術をした人間の特徴だった。


「お前、スリープボタンとかはねえのか?」


 夜、俺たちが休眠ポッドで眠る前。

 テッポー玉がエイトの身体をさすりながら言った。結果的になでられる形になったエイトはまた超ご機嫌だ。仰向けになって腹をこちらに見せ付けている。その時、テッポー玉のモノアイカメラが赤く点滅したのを俺は見逃さなかった。

 彼の目は感情が昂ると赤く光る仕様になっている。吐息のような声さえ聞こえた。なんだ、エイトのことを結構気に入ってるんじゃないか。


「犬コロ、しっかり家を見張っててくれよ」


 工場長もぽんぽんとエイトの頭に手をやって、先に休眠ポッドに入った。プシュっと油圧の音がして、等身大のガラス窓が開いて閉じる。

 まるでショーケースに飾られた人形みたいに、俺たちは壁に立てかけられたこれに入って毎日眠る。何十年経っても慣れない、馬鹿みたいな姿だと思う。

 まだ東京中の車が地べたを這いずり回っていた頃には、畳の上に敷いた万年床で枕に頭を預けて眠っていたものだ。あの頃は何もかも足りないと思っていたけれど、今思い返せば良い時代だったと思う。


「おいで、充電してやるよ」


 俺は自分の休眠ポッドから伸びる外部用給電コードを、エイトの首筋に差し込む。その時エイトの背中に、雑に蓋を溶接した跡を見つけた。


「おや、大手術をしたんだな」


 おそらくはメーカー保証期間が切れた後で、飼い主が自ら修繕を行ったのだろう。もしかするとエイトは、それなりに大事にされていたのかもしれない。


クウン


 何故か寂しげに鳴くエイトを横目に、俺は最後に休眠ポッドへと入った。カウントダウンを示すランプの点灯が2、3度あってから、すぐに催眠ガスが充満し、眠気がやってくる。

 俺の目に瞼はないが、瞼をしっかりと閉じる。そういう感覚は覚えている。テッポー玉のモノアイ、工場長の全面鏡面カメラ、そして俺の二つの青く光る目が順番にシャットダウンする。


 翌朝、ポッドから出ると2人が無言で駆け寄ってきた。

 エイトに給電している分だけ眠りが深くなったのか、俺は一番最後に目が覚めたらしい。


「なんだ、そんなに長いこと眠ってたか」


 すぐに内蔵時計の時間を確かめるが、普段と比べてもせいぜい30分遅い程度だ。日がな何の予定もない1日を過ごす俺たちにとって、深刻な遅延だとは思えない。


「なに、実はこの町に珍しい連中が来てるんだ」


 なぜか言葉を濁す工場長。テッポー玉は、ため息と共にエイトを一瞥する。エイトはソファの上からこちらの様子を伺っていた。


「と殺隊だよ、こんな郊外に来るなんてな」


「そんな馬鹿な」


 と殺隊は、通称であり蔑称だ。

 彼らの本来の名は暴走自律機械収容機関。ニューロンチップに異常をきたしたロボットを収容し、を行う公機関だ。

 元々は野良化したAIペットや工業用ロボットが対象のはずだが、俺たちのような脳幹持ちの市民が訳もなく連れ去られることもある。トーキョー政府にとって不都合な人間を始末しているだとか、基幹OSを洗脳して働くだけのゾンビに変えているなんて黒い噂が絶えない連中だ。

 しかし、どれもずいぶんと昔の話だった。


「連中が幅を効かせてたのはもう10年以上も前の話だろ。まさか、いまだ組織として存続してるとはな」


 工場長が顎に手を当てて呟く。


「どうする、俺たちが捕まる可能性もあるんじゃねえのか」


「そんなまさか! ……とは言い切れないな」


 テッポー玉と工場長が、不安を隠そうともせずに言う。このイナバ町に暮らす人間は、叩けばいくらでも埃が出る連中ばかりだ。俺たちもそれぞれの事情を抱えている。例えばテッポー玉は、銃刀法違反で執行猶予中の身だし、(しかし懲りずに銃器の携帯を続けている)工場長は昔会社の金を横領してから、今日までずっと逃げ続けている。

 すっかり黙り込む2人の前で、俺はエイトを抱き上げた。


「この子が心配だな」


 すると2人が同時に頭を横に振った。どうやら呆れられているらしい。AIペットにまで気を使う余裕はないというところだろう。


「……まあ、なんだ。この中じゃ俺が一番安全だ。ちょっと様子を見てくるよ」


 俺にもそれなりの事情はあるが、と殺隊に狙われるような覚えはない。

 エイトと2人をホームに残して、散歩がてら偵察をすることにした。


 イナバ町は、狭い路地と違法建築のバラックで構成された複雑怪奇な街だ。どこにも繋がっていない配管や、だらしなく垂れ下がった電線が頭上を縦横無尽に交差している。

 どこもかしこも散らかっていて、一見無秩序のようだが、ここで暮らす住民たちにとっては全てが最適解で馴染んだ光景だ。ゆえに、もしほんのちょっとでも町に変化が起きれば、量子の速度で情報が駆け巡るようになっている。


「と殺隊のヤロウ、ホームを滅茶苦茶にしていきやがった」


「戸棚の奥までひっくり返して、何か探していやがるらしいぞ」


「一体誰をさらっていくつもりだ」


 声、あるいは短いテキストで交わされる住民の会話を少し立ち聞きする限り、と殺隊はこの町で特定の誰かを探しているようだった。


「聞いたか、死んだってよ」


「おう、たった一晩で3人とはただ事じゃねえな」


 ふと、そんな不穏な会話を耳にした俺は音声ザッピングをしながら声のする方へと歩いていった。すると斜めの電柱に、腕を組んで寄りかかる男と、その隣でしゃがんで座る男が見えた。

 2人の両目を覆い隠している赤色のゴーグル型の視覚代替装置は、工業用アルコールで酒盛りをすればどうなるかを周囲に教えてくれている。


「よう、アル中」


「「よお、ご隠居」」


 2人が同時に返事をする。彼らはアル中と呼ばれている。酷い蔑称に聞こえるだろうが、この町じゃありふれたアダ名に過ぎない。ちなみにご隠居とは俺のアダ名のひとつだ。俺はアル中たちに今聞こえた物騒な話について詳しく聞くことにした。


「何だ、知らねえのか。今朝方ご隠居のとこのすぐ隣の家で人死にがあったんだよ」


「シャブ中の老夫婦とその息子が居ただろ。全員布団の中で冷たくなってたらしいぞ」

 

「それは……聞いてないな」


 隣の一家とは昔からほとんど交流がなかった。

 全身サイボーグが差別的に見られていた時代はとうに過ぎたが、彼らはその価値観を伝統のように守っている一家だったからだ。


「人死になんてしょっちゅうだけどよ、3人同時っていうのは聞かないだろ。つまり、面倒な話になる殺しだったのかもしれねえ」


「それで、と殺隊の連中が出張ってきたんじゃないかって話をしてたんだよ」


 人殺しがどこかに潜んでいる。実はそれ自体はこの町ではあまり問題にはならない。殺そうが殺されようが、誰も関知しない人間ばかりだからだ。しかし、と殺隊のような公機関が絡んでくるとなると話は別だ。普段は存在しないことになっているこの町の様々な問題や犯罪に突然スポットライトが当てられれば、表舞台に大勢が引きずり出される結果になるかもしれない。それを皆が恐れているようだった。


「なるほど、誰が犯人か目星は付いてるのか?」


「いや分からねえ。ただ、と殺隊が探してるのは人間じゃないって噂だ」


「人間じゃない?」


「ああ、連中執拗に犬が居ないか聞いて回ってるんだってよ」


「犬……」

 

「なんでも古い型のAIペットらしい。ありゃ相当な訳ありだぞ、なんてったって連中あんなものまで引っ張り出してきやがったからな……おい、もう行くのかー?」


 アル中が言い終わる前に、俺はホームに向かって駆け出していた。頭の中にあるのは当然エイトのことだ。


「待ってくれ、そいつは俺たちの犬だ! む、昔からここで飼ってんだよ!」


 テッポー玉の大声で、ホームの中で何が起きているかを俺は悟った。

 既にホームの周囲は立入禁止の黄色いテープが張り巡らされ、白い防護スーツにガスマスクという、やけに重装備なと殺隊員たちが仁王立ちし、必要以上に難しい顔でイナバ町民たちを睨み付けている。


「なんだお前は!」


 俺がテープを乗り越えると、若い隊員の一人が少しうわずった声を上げた。

 と殺隊は昔は町中誰もが恐る存在だったと記憶しているが、彼らの方が緊張しているように見えるのは長年のブランクによるものだろうか。

 

「ここは俺のホームだ。家主が入るのに許可が要るのか?」


「何ぃ!?」


 若い隊員は腰のポシェットから拳銃を取り出して構えた。俺はそれを見て見ぬふりしてホームに入る。銃声は聞こえなかった。


「工場長、テッポー玉」


「帰ってきたか! 頼む、お前からも説得してくれよ」


 相当に興奮しているのか、モノアイをチカチカ点滅させながらテッポー玉が言う。ホームの中に、少なくとも10人以上と殺隊員が居た。エイトは、隊員の一人に持ち上げられているところだった。


「……あんたが出てったすぐ後に、こいつらが来たんだ。隣のジジババが死んだらしいんだが、それが犬コロのせいなんだとよ」


「ジジババだけじゃない、息子も死んだらしい」


 追加情報を伝えるが、工場長は首をただ横に振るだけだった。

 訳が分からないのは皆同じらしい。

 俺は密閉容器に入れられようとするエイトを、と殺隊の隊員から取り上げた。


「昨日はこの子と俺たちはずっと一緒に居た。何なら俺たちの睡眠中もモニタされてるから、ログを確かめてみるといい」


 すると、キッチンの方から上司らしきサイボーグが現れた。


「お前らがこの犬とどう過ごしたかなんぞ聞いちゃおらん。我々はコイツを連れ帰って元の場所へと戻すだけだ」


 そう言って、男は首を鳴らすような仕草をした。生身の身体があった頃の癖が抜けていないらしい。流行りの白色流線型ボディに金色のタトゥー。全身サイボーグになってせいぜい2、3年といったところだろう。


「エイトを殺すつもりか? 暴走なんてしてないぞ」


「俺たちの仕事が多岐に渡っているのは、お前らクズ共もよく知っているだろ? 何ならお前たちも処分してやろうか?」


 その脅し文句に、テッポー玉がひいと短い悲鳴を上げて小さくなる。

 賢明な工場長は、このあとの展開が読めたらしく、黙ったまま立ち上がり休眠ポッドの裏へと向かった。

 俺は男のひどく乱暴な口調に昔を思い出して、内心で微笑んでしまった。そうだ、素体化手術が流行った昔はこういう連中ばかりだったな。

 全身サイボーグは、腕力も体力も信じられないほど向上する。それで自分が、並の人間よりも偉くなったと勘違いしてしまうのだろう。


「虚しいな、犬みたいに吠えやがって。そんなに自分の力を試したいのか?」


「何だぁ……」


ワン!


 その時エイトがタイミングよく元気に吠えたせいで、男の感情が急激に昂ったらしい。


「てっめえは!!」


 雑に振り上げた男の右の拳を観察する。特に武器らしいものは持っていなかったが、何か不審な動作に気づいて直前で避けた。


パンッ!


 破裂音と共に、男の肘の辺りから火花が散って、前のめりになった拳が加速する。火薬の力で破壊力を上げているらしい。さっきまで工場長が座っていたソファが叩きつけられ、ボフンと気味の良い音と共に綿が飛び散った。3人がけのソファが、スプリングと合皮の残骸に変わる。


「あーあー、気に入ってたのによお」


 休眠ポッドの裏から工場長が言う。


「公務……」


 俺に避けられたせいで、その残骸に頭から突っ込んだ白色サイボーグの男が、わなわなと怒りに満ちた様子で立ち上がる。


「公務執行妨害!!」


 男が叫んだ瞬間、あっけに取られたまま成り行きを見ていた隊員たちが、慌てて拳銃を取り出した。昔ながらの10mmオート弾の飛び出す銃口が、俺たち3人の方へと向けられる。


「はあ、本気なのか」


「今更冗談にしようが遅いぞっ、我々は目標物の確保と、それを阻害する要因の排除を命じられている。お前らのようなクズ共を殺したって良い!」


 どうやら本気の様子だ。

 と殺隊の悪しき栄光も地に落ちたのだろうか。彼らは俺たち50年式の全身サイボーグを、アシスト装置に毛が生えたような今時のサイボーグと同じだと思っているらしい。


「なんだ、こいつら弱いのか?」


 ホームの隅で縮こまっていたテッポー玉が、そう言って我に返ったように立ち上がると、両腕を上から下にぶんと振り下ろした。


「馬鹿、待て」


 工場長が叫ぶ。

 しかし既にテッポー玉の肘から先は外れ、13個の法律に違反する改造ショットガンが姿を表していた。

 瞬間、あらゆる人間が息を呑む音が、聞こえた。


ワンワン!


 俺は足元で吠えるエイトを再び持ち上げ、と殺隊が用意したらしい密閉容器に入れて蓋をした。この壁の厚さなら大丈夫だろう。

 

「撃てーーっ!!」

 

 火薬の炸裂音がいっせいに鳴り響く。きっと鼓膜があったら破れてしまうかもしれない。俺はその場で出来る限り腰を落とした。


カキンカキン


 あちこちから妙に高い音がしているのは、俺たちの身体に突き刺さることを諦めた銃弾が地面に落ち、あるいは跳ね返ってホームの壁にぶつかる音だった。

 それに混じって2秒に一回、ズドドンと腹の底に響くような音がする。こっちはテッポー玉のショットガンだ。ショットガンの音の後には、決まって2人ずつ人が倒れる音と悲鳴が続いた。


 ほんの1分半後。

 ささいな行き違いで始まった殺し合いが終わった。結果は血だらけのホームの床を見れば分かるだろう。血液を身体に入れている方の完敗だった。


「犬は?」


 今回の殺人事件の主役になったテッポー玉が、間の抜けた声で聞いてくる。


「無事だ」


 俺は容器の方を指差した。


「軍人、その位置は危ないからこっちに来た方が良い」


 工場長に言われて俺が移動すると、ホームの天井が抜けて瓦礫が落ちてきた。丸く切り取られた青空が見えた。


「直したら、また住めるかな?」


「ここで捕まって死んでも良いならな」


 呆れた風に工場長が言う。


「それは嫌だ」


「俺もだ」


 その時背後からガラガラと音がした。振り向くと綺麗に残っていた玄関が破壊され、土埃の向こうから手足の生えた装甲車が突っ込んでくるところだった。


「クソクソクソ! どうしてくれるんだ! 社会の地を這う粗大ゴミ共の癖に! 俺たちに歯向かうなんて!」


 もはや絶叫に近い声を上げながら、白色サイボーグの男は鉄塊で出来た巨大な外骨格を身に纏い、その場で地団駄を踏む。その度にぐらぐらと地面が揺れ、かろうじて立っていたホームの壁がドミノ倒しのようにばたばたと倒れていった。


「テッポー玉!」


 テッポー玉はわざとらしく両手を上げて見せた。どうやら弾切れらしい。

 工場長はそこで機転を利かせ、箱ごとエイトを持ち上げ、テッポー玉を連れてホームから出て行ってくれた。

 後に残されたのは、俺と口の悪い白色サイボーグだけだ。

 

「お前、最初から気に食わなかったんだ! お前を潰してから、仲間と、大事にしてるクソ犬も潰してスクラップにしてやる!」


「専用の箱まで用意してくれたんだ、大事に持って帰るのが仕事じゃないのか?」


「……アレは潰れちまっても構わない。言ってみればただの器だ。必要なのは中身なんだよ」


「あの背中の蓋の中のことか? 一体あそこに何が入ってるんだ?」


「うるさいっ!」


 逃げ道をを探しながらの時間稼ぎも虚しく、白色サイボーグは地面を揺らしながらこちらに向かってきた。振り下ろされた幅1メートルの拳をなんとか避けると、地面に大きな穴が開いた。


「危ないだろうが」


 すっかり見晴らしのよくなったホームを駆け回る。捕まれば最後の鬼ごっこだ。

 しかし、外骨格は見た目には想像もつかない速さで追随してくる。これは、まずい。何か打開策がないかと振り返り見た。

 恐らくは戦闘用にマイナーチェンジした土木作業用の外骨格。

 周囲がよく見えるように、強化ガラスで囲われただけの剥き出しのコックピッドの中で、両手足にプラグを繋いだ白色サイボーグの全身が見える。

 なるほど、こんな間抜けな乗り物は本物の戦場じゃ使えないが、治安維持のために一般人を相手にするには十分すぎる代物だ。


 と、よそ見をしていたのが良くなかったらしい。前方不注意のせいで、俺はスプリング剥き出しのソファに足を取られた。


「死ねええええ!!」


 視界を覆い尽くす程の拳が、真正面から向かってくる。避けられない。


ワワンッ!!


 その時だった。横から現れたエイトが、外骨格のコックピットにしがみついたのだ。直後、全身に衝撃が襲う。俺はとっさに両腕で、外骨格の拳を受け止めていた。

 ほんの少しの隙をエイトが作ってくれたおかげで、頭をぺしゃんこにされずに済んだ。


「ええい、どけ!」


 頭に血が昇っているのか、コックピッドから半身を乗り出して白色サイボーグがエイトの首元を掴んで投げ捨てた。


キャウン


 エイトが地面に転がって悲鳴をあげた。


「やりやがったな」


 俺はコックピッドに登り、白色サイボーグの首元を同じように背後から掴み上げると、エイトの横に投げ捨ててやった。


「・・・・・・や、やめろーっ! こんなことして、ただで済むと思ってるのか!?」


「思っちゃいない。でも自分を止められない時ってあるだろ?」


 コックピッドに乗りこんで、外骨格と接続する。右肩をくるくると回すと、白色サイボーグが面白いように泣き喚いた。


「頼む! 殺さないでくれ!」


「お前、脳は頭か? 腹か?」


「な、何言ってる」


「脳みそは頭か腹、どっちにあるのかと聞いている。答えろ!」


「ああああ、頭だっ!! やめろ!!」


 ずしん

 

 重たい音が辺りに響いた。

 大きな拳を持ち上げると、ホームの中心に開いた大穴の底に白色サイボーグの首から下の残骸が散らばっているのが見えた。


「クソクソ、この身体……高かったのに……まだ50年もローンがあるんだ……俺は一体どうしたら……」


 哀れな頭だけサイボーグの男が、地面で恨み言を喋っていた。


「なに、ここじゃ借金で首の回らない連中なんてうじゃうじゃ居る。人生の先輩たちに聞いてみな」


 俺はそう吐き捨て、少しぐったりしたエイトを抱え上げてホームの敷地を出る。すぐ側で、テッポー玉と工場長が心配そうに待っていてくれた。


「軍事用の素体持ちとはいえ、外骨格相手に立ち回るなんて無茶したもんだ」


 工場長が、俺の少し歪んでしまったフレームを撫でながら言う。


「俺のことは良い、それよりこいつを見てやってくれ」


 エイトを工場長に手渡し、連中が探していた何かがエイトの中に入っているらしいと伝えた。


「うむ、外傷はなさそうだが……箱の中身はなんじゃろな、と」


 ホームの瓦礫の中からレーザーカッターを拾い出し、エイトの背中の蓋を開ける。


「これは」


「おいおい、冗談じゃねーぜ」


 エイトの中にあったのは、黄色い筒状の物体だった。

 細かい文字が表面に描かれているが、何よりも目立つのが中央にでかでかと描かれた赤い三つ葉マーク。

 素人でも分かる、これは放射性物質を表すシンボルだ。


「原子力電池、みたいだな」


 工場長が考え込みながら言う。


「アイデアとしては昔からありふれているが……こいつのせいで人が死ぬってことは相当な欠陥品らしい」


「と殺隊が来てるんだ、わざと危険なように作ったもんなんじゃねーか」


 テッポー玉の予想は、結果として当たっていた。

 頭だけサイボーグのすぐ隣に取り出した欠陥原子力電池を置いて詰問すると、何もかも諦めた男はべらべらと全てを喋った。

 これは落ち目の一途を辿り資金繰りに苦しむ彼らが、闇ルートで国外に売るために製造開発していたものなのだという。

 AIペットのみならず、様々な家電製品に電池として紛れ込み静かに人を殺す殺人兵器だ。


「頼む、電池を俺からもっと離してくれ。サイボーグだって人間だ。脳だって被曝するんだよ」


 自分勝手な言葉を吐く男に、とどめを刺そうと提案するテッポー玉。しかし、俺はこのまま奴を放置することを薦めた。

 無防備なと殺隊をどう扱うのか、イナバ町民は死よりも恐ろしいアイデアを持っていることだろう。

 そして俺たちは、長年過ごしたホームを後にした。



「あーあー、犬のためにホームを捨てることになるなんてよー」


 テッポー玉が、雪国特有の曇り空を見上げながら言った。

 あれから数日が経つ。

 俺たちはと殺隊の管轄内であるメガロポリストーキョーから脱出し、陸路で工場長の友人を頼ってニーガタ独立共和国の領土に足を踏み入れていた。


「人生は長いんだ。二度や三度引越しすることもあるだろう」


 俺が一面に広がる休耕地をぼんやり見ながら言う。すると、工場長が珍しく笑った。


「あほう、これで十五度目の引越しだよ。本当にお前たちと居りゃ一生退屈せんで済みそうだ。なあ、エイト?」


ワン!


 少し身軽になったエイトが、耳をばたつかせて元気に吠えた。

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