第11話 干支神禰宜とツンデレ巫女の108祝詞
天午様が帰って数日後ーー
子音様は少々元気がない。
今日も多分、桜の近くの長椅子だろう。誰がおいたのか、ずっと設えてある長椅子は桜の眺めが絶景であるが、まだ蕾にもなっていない。
3月初旬である。
『ご主人さまぁ、カラスが慰めてあげるってばぁ』今日もPCから元気に式神AIが覚えたての黄色い声を上げている。
「ああ、密偵はどうした、鴉」
『ご主人様ぁ、名前つけてよ、名前。あと、この服装動きにくぅい!』
「なまえ……檸檬と禰宜だから、カモ」
「それチョーゼツやですー」
AIと喋っている姿はどこのヲタクだと言いたいが、あれは式神である。WEBのあらゆる邪気を捜査しては、ご主人様に報告をする式神だが、元は呪符の鴉だというのだから驚きが隠せない。
子音はあらゆる霊的生物を電脳に送る事が出来ると聞いた。干支神たちにはひとつずつの特殊能力があるという。そうなると、次々逢えるのが楽しみではあったが、先日、気がついたことがある。
どんなに仲良くても、子音とも天午とも1年ごとの別れがくるということ。つまり、弟の面影は、もう一度消える。
……何を言っているんだろう。当たり前のことじゃない。死人は甦らない。
檸檬は額を小突いて、AI鴉と会話している子音の背中をそっと叩いた。
「子音様、そうしていると、天午様が心配されますよ」
「あ、ああ……」
子音は見上げていた桜から離れ、楠の前に移動した。 楠の季節は4-5月で、まださむざむとした枝のみが空に向かって枝を撓らせている。
「楠ですか」
「これは樟というより月桂樹だろうな。香りからして、天然の防虫剤だ」
「知りませんでした」
「似ているからな。ユーカリのような香りでリラックス効果がある」
なるほど。
子音にも、そう言ったリラックスさせる何かがあるのは感じていた。檸檬は月桂樹の前に立つ子音に並ぶ。霜柱を踏みしめる一人分の音がする。
「子音様は空中がお好きなんですね。天午様はどすっと地面を踏んでいらっしゃるけど」
「ウマだから」
告げておいて、子音はくすっと笑みを見せた。檸檬も天午の容姿を思い出してくすっと肩を竦める。
「確かに、サラブレッドの黒馬のイメージが……でも干支12神獣ですよね」
「こちらにはこちらの馴染み方があるのだろうな。僕もこの容姿でなければ、肌は色黒の髪は白髪だ。ハツカネズミに似ている。我々の容姿と干支が連動しているのは姿を見た古代人が言い伝えたに過ぎないな」
「ハツカネズミ……」
檸檬は呟いて、また弟が育てばこんな感じだったっであろう子音を見上げた。和風の服を着ているが、少し丸い顔立ちや、すらりとした鼻筋、母に似て美人だった弟だ。小学校の時の面影しか覚えていない。川で足を滑らせて濁流に呑まれた弟の――……
かみさま おねがい。
「あ.....」
どうして気づかなかったのだろう。朱雀は不死鳥だ。
「どうした、檸檬」
檸檬は目の端を指でそっと押さえて見せる。指先には朝露のような小さな雫が乗っていたが、零れて地面に吸い込まれた。
「いえ、逢わせてくれたのかなって」
(神様、もう一度。弟にあいたいです……どうか、かみさま)幼少に一晩中泣き顔で祈った夜を思い出した。
人は、そうそう悲しみを忘れられない。だから時には巫女でも、巫女だから祈ってもいいと思う。神様のお世話係でも、涙を浮かばせる権利はある。
――と、子音は檸檬の双眸に腕を当てるようにして、抱き寄せた。
「泣くは、我慢するものじゃないな。幼少から変わっていない」
「あの、子音さま」
干支は12神獣もいる。弟の姿で顕現したのも、まさか。私の心象を読んだのではなく。
「涙が引いたな」
檸檬の涙が引っ込んだを見越したように、鳥居から妖気が立ち昇り始めた。緑色の瘴気だ。子音は「やれやれ」と爪先を鳥居の方角に向けて見せる。
「休む暇もありゃしない。次なる煩悩か……」
****************
WEBに潜む怨霊は増える一方だ。
世の中に、溢れる言霊と嫉妬は、WEBへと舞台を変えた。
それを祓えるは不可能だ。
ログは永遠に遺り続け、消えることも、還ることも敵わない――心に、魂に刃を立てた煩悩は、いずれは個人の意識大領域にも侵食を果たすだろう。
(そうなれば全ての魂の終わりだ)
WEB小説に潜む魑魅魍魎
ワーカホリックに潜む魑魅魍魎
スマホの奥深くに潜む貪欲の邪気、土蜘蛛……
子音は錫を振り上げた。黄金の陽光を跳ね返し、錫は史上でもっとも黄金の都、シャングリヤのように輝きを還す。
「魑魅魍魎も進化したなら、我々も電子化しなければならない。WEB世界の恨み妬みを狙う108の魑魅魍魎。浄火の祓いを行使する――」
浄火祓い
―干支神禰宜とツンデレ巫女の108祝詞―
了
浄火祓い―干支神禰宜とツンデレ巫女の108祝詞― 天秤アリエス @Drimica
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