夢みる人間

芝楽 小町

夢みる人間



 深夜、さすがに暑過ぎて起きた。季節は真夏。8月中盤になってからというもの、猛暑日もうしょびが続いている。


 ちらと、となりに眠る友人を一瞥いちべつし、くいっと、上半身を布団の上から引きがす。網戸あみどからき通る風が、あせばんだ背中に軽い冷感れいかんをもたらした。


 この部屋のクーラーが壊れたのは3年前。前の住人が壊したのだと管理人は言うが、全く役に立つ情報ではなかった。真夏の夜に、クーラーだけでなく、扇風機せんぷうきもない部屋で2人、ううむとうなりながら夜を過ごす身になればわかるはずだ。白い肌着はだぎにあたる風の、なんと心地よいことか。




 私は大学2年生である。この夏休み、特にやることもなく、家でダラダラと人生を無駄むだに過ごしていたところ、友人が短期の住み込みアルバイトの案件あんけんを持ってきた。海沿うみぞいのホテルで一週間、遊びもねてどうか、と。


 特に予定のない私は断る理由もなく、二つ返事で引き受けた。




 ーーが。




「…………ふう、判断をミスった。こんな……こんなブラックだったとは…………クソがよっ!! (言い過ぎ)」




 バイト6日目にして初の愚痴ぐちである。友人が隣で寝ている手前てまえ、声を大にして言えないのが非常に残念だ。


 朝4時起床。1時間後にはホテルに出勤しゅっきんし、仕事の準備。6時から12時までひたすらバイキングの接客にあたり、その後少々の間が空いて、さらに午後4時から11時まで夜の勤務きんむである。


 ホテルが海沿いの崖上がけうえにあり、私達が泊まる社宅からは車で10分かかる。周りにはコンビニも何もない。、社員どもの嫌味いやみ洗礼せんれいを受ける毎日。いわゆるブラックバイトである。


 社宅は汚く、ボロボロであり、そこらじゅうハエトリグモの住処すみかであった。


 ヘトヘトになって帰ってきた部屋は、むんむんとしてし暑く、友人と2人してげんなりしながら、おでこに冷えピタをり、夏の暑さにおどされながら夜を越してきたのだ。


 とはなんなのか、リゾートバイトとはこんなものであったか、皆、海ではしゃいではまを駆け回り、インスタでえするのではなかったのか。


 しかしながら、それも明日までである。明日さえ乗り越えれば、我々は晴れて自由の身。ひえひえの自室にひきこもり、ぐーたらできる日々が帰ってくるのである。最高だ。




 ……ふむ、少々のやる気はでてきたな。だがこの暑さでは、流石に寝ることなんてできんな……。




 ふとそばに転がったスマホを手に取り、時間を見た。




「午前2時……」




 起床まで残り2時間、とてつもなく半端はんぱな時間であった。このまま寝ると100%起きれない。




 ーーが、その時私はあることに気がついた。




「……そういやここ海の近くだったな。こっから浜までは近いんだっけか……」




 昨日の昼間、仕事の中抜なかぬけ中に、友人が阿呆あほうなことに海までおもむいてきたらしい。




「エイがいた、エイがいた。もう、でっけぇ」




「うるせえ」




 かなり興奮して、このように語っていたと思うが、仕事でつかれた私の耳にはほとんど届いてはいなかった。




 私はスマホのマップアプリで海岸が近くにあることを確認し、それならばと、少々散歩しに行くことにした。せめてインスタ映え映えしなくとも、海を一目見よう、と。


 この時の私は、バイト疲れでまともに頭が働いていなかった。心身ともにヘトヘトであるのにもかかわらず、休みたがってる足腰を少しもいたわることなく、海を見に行こうとしたのだ。




 そんなことをちらとも考えずに、私はフラフラと社宅のドアを開けた。荷物はスマホ、100円玉2枚、おやつカルパス2つ。以上。


 海の近くで、夜もけた頃だ。多少は涼しくなっているだろうと思ったが、全くそんなことはなかった。とにかくし暑い道を、私はサンダルをペタペタと鳴らしながら歩いた。




 世界は温暖化真っ最中であるなあと、しみじみ感じる真夏の夜である。


 ジワジワと蒸し暑い、それでいて、どこからともなく吹く風は、なんとなく心地よい。


 『ココから先、海岸⇨』と書かれた看板かんばんに従い、私は海へと続く細道ほそみちを歩いていく。


 道の左右からはみ出る葉が、そよそよと揺れ、私は半ば誘われるようにして、道の奥に進んでいった。




 すると、突如とつじょ視界がひらけた。




 街灯がいとうが一本、はかなげに突っ立っていたが、あたりは一面暗く、どこに何があるのか、果たして海がそこにあるのか、全くわからない。


 しかし、ザザーと波の音が聞こえ、足元のサンダルに細かな砂が付いているところを見て、たしかにここは海岸であると確信した。




 しばらく呆然ぼうぜんとその場で立ち尽くしていると、なにやら遠く前方に、ぽわぁっとあわい光がともっているのが見えた。


 はっとして、目を細める。




 ーー船かな?




 そう首をひねったが、どうやら光はその場から動かないようであった。


 街灯だとしても、私の目の前には砂浜と海しかない。それに、少々遠い。街灯が海に浮かぶことはなかろう。




 ーーもう少し近づいてみよう。あれがなんの光なのか気になる。




 そう思い、私は砂浜の上を、ジャリジャリサクサクと歩き始めた。サッとポケットからスマホを取り出し、懐中電灯かいちゅうでんとうもつけた。これで少しは前が見えるだろう、と。




 ぱっと正面を照らして唖然あぜんとした。




 自分のすぐ目の前から、防波堤ぼうはていらしきコンクリートの道が、海上のはるか彼方まで続いていたのだ。あの光は防波堤の終着点にあるのであろうか、どちらにせよ相当長い防波堤である。




 その時、何故か私は、この防波堤を歩いて、なんとしてでも終着点を見なければならぬという強迫観念きょうはくかんねんおそわれ、上半身をその場に置いていくかのごとく、足の回転を早めた。


 そして、私が防波堤に足をついた途端とたん、コンクリートの道にぽぽぽと、次々にあかりがついた。


 はるか遠くの終着点へ向けて、防波堤の灯りが次々とつき始めたのである。


 これ幸いと、私はスマホをポケットの中へしまい、胸踊むねおどらせ、腕をしっかりと振りながら、若干じゃっかん夢心地ゆめごこちに身を任せ、この防波堤を歩き始めた。




 見た目はなんのことはないただの防波堤である。ザラザラと荒いコンクリートのかたまりが、海の飛沫しぶきれ、テカテカときらめいている。


 時々目の前を横切る大小さまざまなカニが、ぽちょんと海へ身投みなげげしていくのも、海へ来たさいよく見る光景だ。




 しばらく歩いていると、海水がぱしゃと足首にかかった。


 あの淡い光がすぐそこに見えている、という時にである。




「……ん? なんだ?」




 もちろん周りに人が居るわけもなく、誰にかけられたわけでもない。


 ならば今かかった海水はなんなのか、その答えはすぐにわかった。




「おお、防波堤よ。そなたは波を防止する堤ではなかったのか……」




 なんと海が防波堤ギリギリまでせり上がり、ちゃぷんと塩水を吐き出してきていたのだ。


 ああ、満潮まんちょうのことを考えていなかった。




「これはちと困ったな、足が濡れてしまう」




 この時の私は、頭がゆるゆるのド阿呆であったから、この防波堤モドキが全て海にまれるなどと、微塵みじんも考えてはいなかった。


 なんだ、濡れてしまうとは。すでに濡れているだろうに。




 ーー本当にド阿呆の無能むのうポンコツ頭だったのである。





 かなり、ふわふわとした気分であった。それゆえに、足元を見つめている私の目の前から突如、大きな波が押し寄せてきていることに気づかなかったのであろう。


 足元をぼんやりと眺めていた私を、とてつもなく大きな水の塊が飲み込んでいく。




「ーーんガボッ!?」




 声にならない声を情けなくあげ、あっという間に防波堤の外へ押し流される。


 無論、大いなる自然の力に敵うわけもなく、あっさりと私は波に呑まれたーー。



 ーー水中でゆらゆらとただよう。波に呑まれるとは、こんなにも優しい気持ちにさせてくれるものであったか。


 もっと荒々しく揉まれ、海の藻屑もくずとなるものかと思っていたが。




 しかし、不思議とこの時、私は死を感じなかった。




 なにか、この広大な海とは違う、大きな存在が近づいていて、それが私を助けてくれるのだと、わけのわからない考えに身をひたらせていたからだ。


 だが、これは近い死がもたらした妄想もうそうでも、アドレナリン分泌ぶんぴつによる幻想げんそうでもなかった。




「ーーボガァッ!?」




 海上を海の中から眺めていた私の上に、突如として、得体のしれない巨大な影がのしかかってきたのだ。


 驚いて、酸素をほとんど吐き出してしまった私に、微塵も構わず、その巨大な影はいきなり私を包み込んだ。


 依然いぜん、息ができない私は、すでにうすれゆく意識の中で、グイッと身体全身が重力によって引っ張られる感覚に、身をゆだねていた。




 もう、なにがなんだかわからない。




 ーーそして、次に私が目を開いた時、目の前には綺麗きれいな夜景が広がっていた。




「…………?」




 私が歩いてきた通りにある薬局や、遠くの港町みなとまちの灯り、バイト先のホテルまでもが私の眼下がんかに悠然ゆうぜんと広がっている。


 気絶しかけていた私には、すごく、すごく綺麗だなとしか思えず、この時何が起きていたのかすら全くわからなかった。


 濡れた身体にあたる夜風が、とてつもなく冷んやりとして心地いい。


 ふと肩に外部からの力が込められたのと同時に、私はやっと息ができることに気がついた。




「ーーっぷはっ!?」




 そしてあわてて自分の肩を見ると、何やらフニフニとした灰色の……ヒレ? みたいな得体のしれない物体が私をつかんでいた。




「……ええ、ああ?」




 依然として私には、今何が起きているのか把握はあくすることができなかった。




「うん、よかった、よかった。あと少しで君は連れて行かれてたよ」




 そんな、若い男の声が私の背後から聴こえた。


 驚いた私は慌てて後ろを向うとしたが、体が思ったように動かなかった。




「あはは、無理しなくていいよ、君はもう少しで死ぬところだったんだからね」




「ングっ、し、ゴホッ」




「落ち着いていいよ、君はもう死なないし、とりあえずここは外だし」




「……あ゛、あなたは……?」




「うん、僕は君のような人間を守る者だよ。ここらに住む人間からはヌシって呼ばれてるようだけど、まあ、そんなことはどうだっていいさ」




「……いま、これは何が起きているんだ」




 何故だか、危うく窒息ちっそくしそうになった割には、さほど呼吸が荒くなることもなく、考えたことをそのまま口に出すくらいには余裕があった。




「ま、簡単に言えば君は海に殺されかけてたんだよ。それを僕が助けたってわけ。あっ、心配しないで、お代はすでにいただいたよ。おやつカルパスふたっつ」




「すまない、全く理解が及ばないのだが」




「……ん〜、そうだね、例えるなら、悪魔たる海の精が、人間ホイホイにまんまと引っかかったえさを食べようとしたところを、優しい優しい神たる僕が助けた結果、というところかね」




「ううむ、全く持って意味がわからないが……」




 ヒュオオオオォォォォ……




 ーーそして、私は眼下を眺めながらポツリと言う。




「とりあえず、下ろしてはくれないだろうか」




「あ、そうだね。それもそうだよね、あはは」




 そう言って、背後にいる何者かが私を地上へ下ろすべく、ゆっくりと降下こうかし始めた。




「いやね、なんだか今宵こよいは嫌な予感がしたんだよ。南方の海で巨大な台風が発生云々うんぬんと、いろいろと騒がしかったしね。こういう時こそ気を抜かずにいるっていうのは、大変に素晴らしいことだとは思わないかい?」




「ああ、大変に結構なことだろうとは思うが、残念ながらいまいち内容が頭に入ってこんのだ」




 私は高所恐怖症こうしょきょうふしょうなのかもしれない。頭から血の気が引いて、頭がクラクラしてきた。




「ふふ、君って面白いね」




まこと遺憾いかんだ」




 トスッと湿しめった砂地すなじに足がつき、私と何者かが地上に降り立った。




「さあ、ついたよ」




 そして、やけに透き通ったが聞こえた。


 肩を掴まれた感覚がなくなったと同時に、私はすぐさま後ろを振り返った。


 ーーそこには、夏祭りではしゃぐ子供が着るようなような浴衣ゆかたまとい、小さな草履ぞうりいた少女が立っていた。




「ふふ、どうもはじめまして。神です」




 大きな藤色ふじいろのアジサイがく大きなそでを、すっと口にせ、ふふふと嬉しそうに笑う少女。


 サァァァと浜を過ぎ去る夜風が、少女の長い黒髪をサラサラとかした。


 チラとのぞ素足すあしからは、人間のそれとは思えないほどの透明感を感じる。




「…………大変反応に困るのだが、失礼ながら聴かせていただく」




「んふ、いいよ、好きに聞いて。元はと言えば僕のマネジメント不足がまねいた失態しったいだからね」




「では…………先ほど聞こえた若い男の声はなんだったんだ?」




「僕だよ」




「では、いま私が見ている少女は誰なんだ?」




「僕だよ」




「理解できん」




「ふふふ、そうかもね。だって僕、神さまだもの」




「はあ、頭がものすごく痛くなってきたぞ」




「僕はね、今本当にうれしいんだ」




「は?」




 なにを言っているんだ、この少女は。お互い、濡れたはずの服も、いつのまにか乾いているというこの状況で、なにを嬉しがっているんだ。恐怖でしかないだろう、このような非現実なーー。




「きみ、きみ、いけないよ。せっかくの非現実だ。もっと楽しもうだとか、思うところはないのかい?」




 と、思考を少女にはばまれた。


 負けじと私も反論する。




「残念ながら、私は非常にリアリストであるという自負がある」




「ダメなんだよ、きみ。人間はそうやって、すぐに凝り固まった『現実』とやらに逃避とうひするようになってしまう。幼少期の人間ならば、大半がこの世という世界に夢を見ているというのに」




 少女ははかなげに笑い、ポツッと足元の石ころを蹴った。




「なにがダメなのか。そうでもしなければ生きている実感がかないだろう」




 しかしながら、今、ここにいる現実を受け止められずに、私はこう言わなければならなかった。




「きみぐらいの人間は皆、私を見ることなく現実に帰る。いや、見るというより、認識か」




「なにが言いたいのだ」




「だから、うれしかったんだよ、今の人間社会、規制きせい制限せいげんで私の元までやってくる人間が極端きょくたんにすくなくなってしまった」




「だから、なんだとーー」




「君も、この世界に、夢をみているんだろう?」




「なっ……」




 少女の発した言葉に、思考が硬直こうちょくしてしまった。




 ーー私が、夢を、みている?




「あんなこと、こんなこと、大抵たいていの人間が『あるわけがない』としてる全ての物に、君という人間は可能性を感じていたんだ。可能性という、夢に」




「…………なぜ、そんなことが言える」




「ふふっ、決まっているじゃないか。今、目の前にいるのが僕という『非現実』なのだから」




 少女がそう言った次の瞬間、少女がふわりと浮き上がり、空中でくるりと1回転した。




「な…………」




 またもや私は驚愕きょうがくする。くるりと1回転した少女、いや、は、今まで見たことがないほど、美しい女性に変わっていたからだ。




 とすっ、と再び地上に降り立った神と、再び相対あいたいする。




「君は寝ているわけでも、気がおかしくなったわけでもない。ただ、ひたすらに現実をみているだけなんだよ。それも、夢を見続けなければ決して触れることのない、現実だ」




 自分のてのひらを眺めながら、神が語る。


 もはや神を見る人間には、なんの反応もできなくなっていた。




「宗教を信じている人間はまだましな方だよ。まったく、イマドキの人間ときたら、夢をいだくという夢モドキをみているだけに過ぎない。くだらん現実のみを信じ、永遠に夢を見ることがない」




 …………。




「ほとんどの人間がそんなものだから、だからこそ、君のような夢をみる人間に会えて、本当に嬉しかったんだ」




「私が……夢を、みている?」




「そう、ごく一握ひとにぎりの、わずかな人間しか、夢をみない」




「……そうか、私は夢をみているのか。この現実に」




「その通りさ。だから、君はどうか、そのままでいてくれよ。この世界には魔法があるし、超能力もある。異世界人もいるし宇宙人もいるんだーー」




 神は星が散らばる夜空をあおぎ、ゆっくりと私を見据みすえた。




「ーーそれらは皆、見ようと思えばすぐそこで、見れるんだよ」




 ビュオオオォォォーーーーー!!





 突如、すさまじい風が浜にきおこった。

 砂が巻き上がり、私はすぐさま顔を腕でおおい隠した。




 ーーしばらくして風が収まり、私はゆっくりと手を退いた。




 男も少女も、女性の姿すら残さず、神は、消えていた。


 


 〜 〜 〜




 ーーぱしゃと足首に水がかかったような感覚がして、私の肩がピクっとした。


 ハッとして足元を見ると、なんと海が防波堤ギリギリまでせり上がり、ちゃぷんと塩水を吐き出してきていたのだ。満潮のことを考えていなかった。




「これはちと困ったな、足が濡れてしまう」




 このまま高波たかなみでも来て、巻き込まれてしまったらいけない。そう考え、私は元来た道を戻ろうとした。


 しかし、もう一度だけ海を見ようと、スマホの懐中電灯を防波堤の外に向けて、照らす。




「……ん? なんだ、このでかい影は、いわ、かっ、て。うおっ!?」




 海に現れた巨大な影が、スゥゥゥと沖の方へ移動していった。あまりに大きいものだから、思わず声が上ずってしまった。




「おおっ! あの形からしてエイじゃないか。いや、あれだけ大きいのは初めて見たぞ!」




 わざわざ海にきた甲斐かいがあったものだ。




「あいつが確かエイがうんたら言っていたが、このことだったのか」


 友人もあのエイを見たのだろうか。


 ともかく、エイを見ただけで、何故か私は大満足であった。


 心が満たされ、腹の底からふつふつと、希望と元気が湧きがってくるような感覚がする。


 私は元来た道をサクサクテクテクと、一歩一歩踏みしめながら、友人の寝る社宅へと足を早めた。


 ふと時計をみると、時刻はすでに3時40分。あと20分で起床の時刻であった。





「もうこんな時間が経ったのか、数十分くらいしか経っていないものだと思っていたが……」





 まあ、よい。なぜか今の私は、すこぶる元気なのだから。


 社宅のドアをガチャリと開け、私はすぐさま友人の元へ向かった。




「おい、おい、起きろ。すごいぞ、エイだ、でっかいエイがいたんだ」




 私はブンブンと友人の肩をゆすり、鼻息をあらげながら、そう言った。




「……んぁ?」




 友人は意識覚醒いしきかくせいもままならないまま、私から言葉をびせかけられる。




「ははは、間抜まぬけな顔だな。まるで別人だ」




「……うぅむ、あのなぁ、好き勝手言うなや。別人なわけあるか、そんなことありえねぇだろうが」




 友人は起こされたことに若干苛立じゃっかんいらだちながらも、至極当然しごくとうぜんなツッコミをいれてくる。


 しかし、今の私には通じなかった。




「おいおい、何を言っている」




 あ? と友人はいぶかしげに視線をよこしたが、まったく気にせず、私の口が言葉をつむぐ。




「お前、ありえないなんて、そんなつまらないことを言うな。夢をみるんだよ。夢を。この世界には魔法があるし、超能力もある。異世界人もいるし宇宙人もいるんだ」




「オメェ、とうとう暑さで頭イカれたんか?」




 本気で友人が私を心配し始めた。




「いいや、イカれてなんかいない。ただ、私がそう信じて止まないだけだ」




 あの防波堤から見えたエイ。あれを見てから、私の中に長年押さえ込まれていた欲求が、解かれた気がする。


 あり得ないなんてつまらない言葉を、平気で使っていただなんて。




「夢を信じないと、いけないのだ」




 網戸からスゥゥゥと風が吹き込み、私と友人を包んだ。




 ーーそれはとてつもなく心地よく、ここから始まる新たな1日への賛美歌さんびかように思えた。

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