とあるサンタの叶えた夢

ベルモンド家の吸血鬼

あなたはサンタの存在を信じていましたか?


 ──鈴の軽やかな音が、雪降る夜の街に鳴り響く。その音が町中を包み込めば、多くの人々が待ち望む冬のある日が訪れるのだ。

ある者は家族や恋人とその時を楽しみ、ある者は孤独に打ちひしがれ、またある者はそんなもの知るかと業務に勤しむ。

それは年の最後の月に街を包み、瞬く間に人々を浮き足立たせる。老若男女問わず、それを楽しもうと思っているもの全てが。


 そんな毎年訪れる降誕祭の日に、あの人物はやってくる。子どもたちに夢と希望を与える、赤い洋服の煌めく紳士が。

子どもたちはその紳士に夢を願い、紳士は日頃の行いに応じて希望を与える。


 ──もし日頃の行いが悪かったとすれば、与えられるのは……


 ***


(やったやった、パパとママに今一番新しいゲーム機買ってもらえた! 明日、クラスのあいつらに自慢してやろ!)

 布団に潜り込みながら小学六年生の少年、鈴嶋すずしま かけるは興奮を隠せないといった様子で明日のことを考える。そのお腹は先ほど食べたステーキとクリスマスケーキ、そしてこの幸福な日を喜ぶ希望で満ちていた。

「今日は夜にサンタさん来るんだよなぁ」

 サンタクロースという存在を信じてやまない子どもたちは、自分たちにサンタが来ないという可能性を考えていない。この少年も同じように、自分にはサンタが来るものだと信じていた。

(……そうだ! 本当にサンタがいるのかどうか、寝たふりして確かめてみよ!)

 一度は子どもたちが考える、その思考。それは即ち己の抱いている夢を壊すことになりかねないが、好奇心の前ではそんな思考など意味を成さない。

『子どもたちが眠っている間、良い子にだけプレゼントを与えてくれる』サンタクロースという謎多き存在。その正体を看破するのもまた、子どもが抱くひとつの夢なのかもしれないが。

(サンタクロースってどんな姿してるんだろ……やっぱり赤い帽子と洋服を着た、白いもじゃもじゃひげのお爺さんなのかな?)

 胸を弾ませながら少年は目を閉じ、己のまだ見ぬ夢の存在を知る興奮で頭をいっぱいにする。


 ──そうして、数時間が過ぎた。


 少年が半ば微睡みかけていたその時、鍵を開けていた窓がかなりの勢いで開け放たれた。部屋に満ちた暖かな空気が、一瞬で切りつけるような冷気に塗り替えられていく。

(サンタが来た……! サンタが来たんだ!)

 眠気が一瞬で覚めた少年は、目を開きたい欲を必死に堪え、待ち望んだ存在が近づくまで忍耐する。決して起きているのを悟られないよう、偽りの寝息を立てて──


「──起きてるのは分かってるんだ。さっさと起きろ、クソッタレの鼻タレ小僧」


 そんな言葉が耳に届くと同時に、少年の体が宙に浮いた。蹴られたと少年が理解するより早く、硬く冷たい床に背中をしたたか打ち付ける。

「寝たフリが下手だな、お前。さっきのヤツのほうがまだマシだったぞ」

 起き上がろうとした少年の首元を、なにかが掠めた。首筋を小さな痛みが襲い、少年は表情を恐怖で歪める。なにせ、今自分の首に当てられているのは、月明かりを浴びて艶やかに輝く直剣だったのだから。

「な、なんだよお前……勝手に人の家に入るな! そ、そういうのふほーしんにゅーって言うんだぞ!」

「残念だったな、このクソガキ。サンタに人間の法律は通用しないんだよ」

 震える声を必死に張り上げる少年を、無慈悲な侵入者は氷のような眼差しで嘲笑した。右手に握った無骨な直剣を引き戻し、少年の心臓にまっすぐ向ける。

「さ、サンタ……!? 嘘だ、お前みたいなのがサンタなわけがあるか!」

 目の前で刃を構える細身の男に、少年は噛みつかんばかりの形相で抗議した。そう、目の前にいたサンタクロースは──漆黒の衣で全身を包んだ、暗殺者らしき風貌だったからである。

「全てのサンタが赤い洋服を着た、白髭の爺さんとでも思ったか? 世の中には良い子のためのサンタと、悪い子のためのサンタがいるんだよ」

 青年と言っても差し支えないほどの若い男は、懐から携帯端末を取り出し、少年の目の前にずいと突きつけた。尻もちをついたまま少年はその画面をまじまじと覗き、そして目を見開く。

「ダークサンタクロース教会公認、ランクB邪悪異分子。ナンバー063、鈴嶋翔。貴様を排除しに来た」

「な、なんだよ……なんだよダークサンタクロースって!? 俺はなんにも悪いことなんかしてないぞ!」

 声が震えて止まない少年を、またも黒衣の男は嘲笑する。まるでその反応を楽しんでいるかのように。

「ほう……なら、これはどういうことだ?」

 端末の画面が切り替わり、ある映像が映し出された。画面の中には自分の通う学校の教室が投影されており、何人かの生徒が一人の生徒を取り囲んでいる様もそこに映る。


 ──線の細い同級生を蹴り倒し、給食の残飯を無理やり押し込む光景。

 残飯を食わされていた小柄な少女の引き出しから筆箱と箸箱を盗み、校外の川に投げ捨てる光景。

 また同じ少女の靴を隠し、靴下一枚で歩く姿を嘲笑っていた光景……


 どれもこれも、この翔という少年には見覚えのある出来事だった。この画面に映っていた少年のいじめの引き金は、他の誰でもない自分だったから。

「……自分より弱い人間をいじめるのは、さぞ楽しかっただろうな。無抵抗な弱者をいたぶるのは、他のどんな遊びよりも面白かっただろうな。でもなガキ、いじめってのは立派な犯罪だ。お前はもう、立派な犯罪者なんだよ」

 絶望と畏怖の色を顔に浮かべ、少年は部屋の出口に後ずさる。迫り来る死の恐怖から、逃げ出そうとするように。

「く、来るなぁっ! ママぁ、パパぁ! 殺されちゃう、助けてぇっ!」

「クク……叫んでも無駄だ。クリスマスの夜は、子どもとサンタクロースだけの時間。サンタ以外の大人が出る幕は、一切ないんだよ。あらゆる子どもに、因果応報の希望と絶望を与える……それが、オレたち闇のサンタクロースの仕事だ」

 刃物が迫る。

 少年の瞳孔が大きく開き、死の恐怖で脳が満たされる。

 まるで荒れ狂う龍のように振るわれた無慈悲な刃が、少年の心臓を一寸の狂いもなく狙い──


 ***


 ──重厚で淀んだ鈴の音が、明かりの消えた街に鳴り響く。その音が町中を包み込めば、多くの人々が待ち望んだ冬のある日が終わるのだ。

ある者は幸せな夢を見て、ある者は孤独と寂寥感に苛まれ、またある者は未だ残された多量の業務に勤しむ。

 それは即ちクリスマス。かの神の降誕祭。


 ──そして、人知れず多くの子どもたちが姿を消してしまう日。

 理由は不明だが、子どもが消えたことに誰も気付かない。

 それはきっと冬の妖精が引き起こす、ある種の奇跡なのかもしれない。


 重厚な鈴の音と共に、傷だらけの少女は目を覚ます。

 自分にとっての最高のプレゼントが与えられたということを、窓の外に立つ黒衣の紳士に告げられて。

 何度も繰り返される少女の感謝を背にして、黒衣の男は飛び去っていく。重苦しい鈴の音を辺りに何度も響かせながら。


 ***


 それから一年。


 軽やかな鈴の音と共に、部屋の窓が開け放たれた。傷の癒えた少女は驚き飛び起きて、窓辺に立つ男に目を見開く。




「クク……ダークサンタクロース教会公認、ランクS邪悪異分子。ナンバー066、襟沢えりさわたま子。貴様を排除しに来た。罪状は……己の身を救うために闇の力を借りたこと、だ」

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