約束を果たそう

mio

第1話

パラパラと本のページがめくれる音がする。開けっ放しにしていた窓から入り込むいたずらな風は今度は椅子でうたた寝をしているライナの頬を撫でた。


「う、うーん……?」


その風に起こされたようでライナはゆっくりと瞼を開けた。そして周りを見渡すと開かれたページに乗せてある3輪の赤い薔薇が目に入った。それは先程まではたしかになかったものだ。シワだらけになってしまった手でそれをゆっくりと手に取る。するとどこからか長い間待ち望んでいた言葉が微かに聞こえてきた。


「ふふ。

もう、遅いわよ、イクト。

……私はあなたとの約束を果たせていたかしら?」


そう呟くライナの瞳からは一筋の線が伝っていった。


―――――――――――――――――――

「いいですか、みなさん!

魔力持ちというものは非常に危険な存在なのです。

奴らは1人で一般兵を万と倒せる力があり、故にその力は国が管理すべきなのです。

つい先日も……」


ああ、今日もよく口が回っていらっしゃる。こと、魔力持ちの悪口となると話題に尽きないようであるのは教養学のカラベリエート先生だ。その危険な存在をいいように使っているのはどこのどいつだよ、という言葉は今日も飲み込む。どうせ誰にも届きやしないんだ。理不尽な理由で家族を奪われた人の嘆きなんて。それが私ライナが今までの人生で学んできた最たるものだった。


「ライナさん、あなたも大変でしたね」


ええ、わかっておりますとも。そんな様子でかの先生はそうこちらに話題をむける。しかし、その目には労わりの色ではなく警戒の色が浮かんでいる。これはつまり私がきちんとこの国の洗脳に染まっているかを確認するためのものだ。


「ええ、そうなんです。

ですが、あの人はもう私とはなんの関係もない人物。

先生にお心配りをいただくこともございません」


その言葉にカラベリエートは満足そうに頷いた。ああ、やっぱり反吐が出る。

国立幼年学校。これは国の全ての子どもが行くことを義務とされる1年制の学校だ。ここで優秀な成績を残すとさらに上の学校にも行けるようになる。頭の硬いじーちゃんたちはこれを陛下のご慈悲だって言うけれど、そんなものではないと私は知っている。ようはただの洗脳のための場なのだ。魔力持ちは悪い人、陛下は慈悲深い人。そんな洗脳。なんの疑いもなくその洗脳にかかっている学友、と呼ばれる人達が私は気持ち悪くて仕方なかった。でも、そんな中。たった一人だけ心を許せる人がいた。


「いやー、今日も災難だったね、ライナ」


くすくすと笑いながら前を行くのは幼なじみのイクト。その手には今日も本が携えられている。


「本当よ、もう。

まあある意味勘が鋭いってことなんでしょうけど」


でも尻尾は出してやらない、そんな気持ちでべ、と舌を出す。バレたら叱責では済まないが要はバレなければいいのだ。


「エカーティさんが連れていかれて、もう8年か……」


エカーティ、もうその名を呼ぶ人さえ私とイクトしかいなくなってしまった大好きな私の姉。彼女は魔力持ちとして国に連れていかれたのだ。そうしてその5年後、帰ってきたのはたったの……。


「ああ、ごめん。

いやなこと思い出させた」


「ううん。

ねえ、イクト。

イクトは居なくならないでね………」


その私の言葉に今日も彼からの返事はない。お互いに分かっているのだ、その願いは果たされないと。


「人はその肉体が朽ちた時、魂が肉体から開放される。

そして魂は最後に親しいものへと別れを告げるのだ。

恐れてはいけない。

引き止めてはいけない。

生者はただそれを受け入れるのだ」


まだ声変わりをしていないイクトの高く澄んだ声ですらすらと紡がれていく言葉。それはイクトがいつも持っている本に書かれているものだ。


「また、それ?

ランカさんもそんなに持っていられるとは思わなかったんじゃない」


ふふ、と笑いがこぼれるのは許して欲しい。ランカさんの形見でもあるその本は本当にいつもイクトの手にあるのだ。イクトの姉のランカさん。彼女は姉の親友であり、同時に魔力持ちでもあった。普通はこんなに現れないはずなのに、と親達が嘆いていたのは今でも覚えている。


「ライナ。

僕は絶対に負けないよ、姉さんの為にも。

この国はおかしい」


ひっそりと周りに聞こえないように、でもキッパリとそうイクトは言う。仕方ないと親は言ったけれど、私のなかでもイクトのなかでも姉のことは決して終わってはいないのだ。だから、私は静かにうなずいた。


私の中には小さい頃から不思議な力があった。最初は訳が分からなかったそれも今ではもう慣れたものだ。その力とはここではない場所の様子が見れるというもの。このことを最初に姉に話した時、誰にも言ってはいけないよ、と言われた。

その時は意味が分からなかったけど、さすがに今ならわかる。これは私の魔力が起こしていることなんだ、と。


そしてこの力ゆえに私は見てしまったのだ、大好きな姉の最期を。魔力持ちが実際にはどんな扱いを受けていのかを。

許さないと、そう誓ったのはその時だった。


十分豊かなはずなのに際限のない欲望に領地を広げていこうとする国主。その犠牲になるのは魔力持ちであるのだと、私たちの平穏は忌み嫌う魔力持ちによって成り立っているのだとこの国のどれくらいの人は知っているのだろうか。

魔力持ちに人権などない。ゆえにただの便利な道具として国に使い潰されているのだ。


「ねえ、ライナ。

もうすぐだね、魔力検査」


いつものどこか飄々とした空気を潜ませてそういったのはイクト。そう、検査日である幼年学校卒業日が近づいているのだ。国の中枢に近かづこう、そう誓った私達はしっかりと優秀な成績を残している。これならきっと上級学校へといけるだろう。魔力さえなければ、だが。


「そうだね。

……魔力検査ってどうやるんだろう?」


ずっと疑問に思っていたことを口にするとイクトは首を横に振る。そう、当日まで、もっといえばその瞬間まで検査の方法は知らされないのだ。私は自分が魔力持ちだと確信しているが、その力はわかりやすいものではない。検査方法によってはきっとすり抜けられるだろう。だが、イクトは。


「きっと、これでお別れだねライナ。

でも、もしも試験の後にまた会えたなら。

ライナに受け取って欲しいものがあるんだ」


受け取ってほしいもの? 首を傾げるも今その答えを言う気はないようだ。満足したようにすたすたと先を行ってしまっている。私は慌ててその背を追いかけることとなってしまった。


――――――――――――――――――――

「さあ、これを飲みなさい」


幼年学校卒業日、私達は一人一人部屋へと呼び出されて行った。そして自分の番が来るとすぐに部屋に入る。そこに居たのはカラベリエート先生と、見知らぬおじさん。


空いていた席に座るように言われて指示に従うとさっそくぼよぽよとした水色の謎の物体を渡された。大きさは爪より少し大きいくらいだろうか。そしてこれを一口で飲み込むように、と言われる。これ、本当に飲むの? うへぇ、と思いながら先生たちの方を見るとこちらの動向をじっと見ていた。

こうなったらいっそどうにでもなれ!


ゴクリ、と喉を滑っていくのはなんとも言えないものだった。液体でも固体でもないそれをすぐに吐き出したい思いに駆られたが、それを必死に我慢する。


そして1つ深呼吸をすると脳裏にはまたどこともしれぬ光景が巡っていた。それをなんでもない事のように必死に無視する。そしてこれで何がわかるの? と何も起きていないことをアピールしておく。


「はい、よろしいです。

あなたは魔力持ちではないようですね!!」


ああ、やっぱり。きっとこれは魔力の強制発現を促すものであったのだ。にこにこと嬉しそうな顔でカラベリエート先生は言葉を続けていく。


「あなたは優秀な成績を収めています。

ぜひ上級学校に進んでみてはいかがでしょう」


「まあ、本当ですか!

ぜひお願い致します」


表面上は嬉しさを出す。でも、これで第1歩である上級学校進学は叶いそうだ。後は、イクト……。



「ねえ、母さん!

先生に上級学校を勧められたの!」


ただいま、と言うより早く。今日の結果を顔を青くさせながら待っていた両親に伝えると最初はぽかん、とした顔をしていた。ふふ、そんな顔見たこと無かった。


「ああ、ああ……。

良かった、よかったわ……」


そう繰り返す母さんの目からは涙が零れている。姉が連れていかれて、もの言わぬ状態で帰ってきた時1番嘆いていたのはこの母であると知っている。だからこそ、こんなにも喜んでくれたのだろう。本当は私も魔力持ちだけど、その言葉はそっと胸にしまっておく。

そして、上級学校への道が開けたことを両親と喜びあっていると、急に外が騒がしくなってきた。しん、と両親との間の会話が途切れる。そんな中、聞こえてきたのはおばさん、イクトの母親の叫び声だった。


ああ、やっぱりイクトはバレてしまったのだ。風の魔力持ちだということが。ぎゅっと、母さんが私を抱きしめたのがわかる。そんな母さんに私は何も言えなかった。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

「それじゃあ、行ってきます!」


上級学校の真新しい制服を着て、母さん達に笑顔を向ける。上級学校は国の幹部を養成するための機関だ。1度入ってしまうと卒業までは親にも会えない。それでもこれが大切な第1歩なのだ。笑顔で踏み出そうと決めていた。


「ええ、行ってらっしゃい。

……、ねえ、本当にその本を持っていくの?」


母さんの視線の先にあるのは、あの日おばさんから受け取った一冊の本。ランカさんの形見としてイクトがずっと持っていた、もしかしたらこれからイクトの形見になるかもしれない本。もしも、自分がもう戻ってこなかったら私に渡してほしいと、そう伝えていたそうだ。


「うん。

だって、イクトがわざわざ私にって残してくれたんだもの」


そう言うと、母さんはそれ以上何も言わなかった。それにしても、どうしてこうも大切な人の形見が私に集まってくるのか。この旅たちの日に両親は私に姉の形見だと、生前ずっと大切にしていたブレスレットをくれたのだ。そっと手首に触れるとたしかに感じる。これを付けるのは私の決意だ。決して忘れないというその決意。


「馬車、乗り遅れるぞ」


「うん、それじゃあね」


こうして私はたった1人で故郷をでることになったのだ。無事に馬車に乗り込んだあと、ぎゅっと思わず力が入ったのは本を持っている手。この本の間に一通の手紙が挟まっているのは受け取って直ぐに気がついた。でもまだ見る勇気ががでないのだ。


いつか、いつか見るから。そう言い訳をしつつ私はそっと本を開いた。



そうして始まった王都での生活は想像以上に厳しく、毎日が課題をこなすだけで過ぎていく。そうこうしていく間に季節は巡っていき、1年はあっという間に過ぎていった。


私の魔力はというと、なぜか王都に来てから力が強くなっているようで毎日のようにどこかの景色を見ていた。そうするうちに自然とその力の使い方が身に付いていった。他人に影響を与えないことが幸いして、こんな状況でも私の魔力が周りにバレることはなかった。

そして使い方がわかるとこれはとても便利な力だった。幸いなことに部屋は1人部屋。私は夜課題が終わりベッドに潜り込むと毎日のように力を使ってい精度を高めていく。それでも1度もイクトのことを見ることはなかった。


「ライナ、最近なんだか顔色が悪くないか?」


「あ、カルスター。

そうね、夜寝つきが悪くって」


寝不足なのは正しいから否定はできない。ならば寝つきが悪いと言うしかないだろう。そう言うと、カルスターは眉根を寄せる。

この学校に来てから知り合ったカルスターは人当たりがよく、孤立しがちな私にもよく話しかけてきてくれるのだ。そしてこんなふうに心配してくれる。こんなに優しくて大丈夫なのだろうか?


「なら、よく眠れる薬を貰うといいよ。

ほら、医務室に行こう」


「え、ちょ、ちょっと!?

カルスター、もう授業が!!」


止める言葉も聞かずにカルスターは私の手を取り、すたすたと歩き始めてしまう。そうして彼に連れられて歩いていると、抵抗するまもなく医務室へと着いてしまった。


「こんにちは、お邪魔致します。

彼女が寝つきが悪いと……」


初めてはいった医務室。ふわりと香ってきたのはアルコールの香りだった。


「おや、人を連れてとは珍しい。

どうぞこちらへ」


ひょこっと奥から顔を出したのは大きな丸メガネをかけた小柄な男性。少しだぶっとした白衣を着ているから、おそらくこの人が医務の先生なのだろう。


「ああ、たしかに少し顔色が悪いね。

これを飲んで少し休んでいくといいですよ」


柔らかな笑みを浮かべて差し出されたカップを自然と受け取ってしまう。そのくらいこの先生が纏う空気は柔らかかった。


「それでは、私はもう戻るね」


「あ、ありがとう、カルスター」


ひらっと手を振って去っていくカルスターの背を見送ると、さっそくカップの中身を飲む。微かな甘さがありとても美味しい。ありがとうございます、そう言おうとしてふと名前を知らないことに気がついた。


「あの、お名前を教えていただけませんか?」


「ああ、これは失礼致しました。

ステルステッド、周りからはステルと呼ばれています」


「ステル、先生……。

よろしく……」


お願いします、そう言おうとした私はそのまま眠りの世界へといざなわれたいった。


なんの憂いもなく寝るのは久しぶりで、ふわふわするのが心地いい。だが、そんな時間はすぐに終わりを告げた。


いつのまにか魔力が発動していたようで景色ががらり変わる。ここは戦場……? たまに見てしまう。姉の、最期もこうして見てしまったのだ。嫌な予感がする。心臓がばくばくと嫌な音を立てる。

その時にぶわっと強い風が吹き抜けた。


「おい、早くこっちに来い!!」


「助かった、イクト!」


いくと、イクト!? ああ、やっぱり、これは……。涙で視界が霞んでいく、それでも私しっかり前を見る。これは、きっと彼の最期だ。


「おい!

油断するな、敵はまだいるぞ」


「くっ!」


ごうごうとなる風の音。それでもなぜかイクトの声はしっかり聞こえた。会わなかった時間で背は伸びて、声変わりも終わっている。でも少しやつれいてるみたいだ。ああ、これが今のイクトなんだね。

しばらく敵とイクトたちの攻防を見守る。わたしには何もできないのだ。そうして、その時はとうとうやってきた。敵が放った刃が、イクトに届いてしまったのだ。もう相棒と思われる人も倒れ込んでいる。


「らい、な……」


そう呟いたのを最後にイクトは動かなくなってしまった。



「ライナさん!

大丈夫ですか!?」


急に映像がぶつりと途切れる。はっと目を開けると目の前にはステル先生が。そうだ、私は今医務室にいたんだ。


「大丈夫ですか?

大分うなされていたようですが」


「すみません、大丈夫です」


「……この薬を渡します。

今日はもう自室に戻り休みなさい」


ここで1日分の遅れを取り戻すのがどれほど大変か。でも、あんなものを見た後で授業を受けられるわけがなかった。


そしてそのまま自室に戻ると、やはりイクトの形見となってしまった本を手に取る。こんなときでも私は手紙を見る勇気はわかなかった。


『死者がその身に起きた不幸を自覚した時、胸に浮かぶのが慈しみであったなら救いが訪れるだろう

自覚がなくとも死者を心から慈しむものがいればまたその者にも救いは訪れる

死者よ、己の肉体に固執するなかれ

その肉塊はすでにそなたではない

他者が愛おしければなお救いは受け入れるべきなのだ』


イクトがどんな感情を抱いているのかわからない。だから、私がイクトの分まで慈しもう。人生を共にすごした大切な人。あなたが大切だった。だけれど安心して。あなたの意思は引き継ぐ。


私の元にイクトの両親からイクトの死を告げる手紙が届いたのは、涼やかな季節が終わり、吐き出す息が白く色づく頃であった。


――――――――――――――――――――

珍しいノックの音に首をかしげながらも扉を開ける。そこにいたのはステル先生とカルスター。普通見ない組み合わせだ。この2人がなぜ私の部屋に?


「お休みの日にすみません、少々話したいことがあるです」


どこか緊張した様子の先生が口を開く。ひとまずお茶を出すと私も腰を下ろした。粗茶だが、ないよりはましだろう。するとどこか焦った様子で先生は言葉を続けた。


「君は魔力持ちですか?」


……今、なんて言った? どうしてばれた!? でも今はひとまずこの場を誤魔化さなければ。


「何故、そんなことをお聞きになるのですか?

私が今ここにいる時点で魔力持ちではないとおわかりでしょう」


「イクト……。

君の幼なじみだそうですね」


びくり、今度は誤魔化しようがないくらいに体が反応してしまった。ああ、しまった。


「そんなに警戒しないで。

私達はあなたを誘いに来たんだ。

でもライナだけに話をさせるのは不公平だ、先に私からはなそう」


そうしてカルスターが語ったのは兄が魔力持ちとして連れていかれ命を落としたこと、そして自身も魔力を持っているということだった。


「実は私も持っているんです。

私の場合は対象者の心を穏やかにするというものなので、ほとんど気づかれることはありませんが」


続いた先生の言葉に思わず絶句してしまう。こんなにも国にバレずにいた魔力持ちがいたなんて! それにこんなにも魔力には種類があったのか。


「あの、カルスターの魔力は……?」


「私は体を丈夫にする、という魔力だよ。

自分以外には使えないし、鍛えておけば疑われることもない」


なるほど、そんな魔力まであるのか。そして、2人が語ってくれたのなら私もまた話すべきなのだろう。そろそろ限界も感じていた、というのもあって私は2人を信用することにしたのだ。


「私は確かに魔力持ちです。

私の魔力は異なる場所の様子がみれるのです」


私の言葉に2人が息をのむのがわかった。そんな反応をされるようなことを言っただろうか。そして聞こえてきたのは、やっぱり、という先生の小さな声だった。やっぱり? と聞き返すと、先生は1度咳払いをして話し始めてくれた。


「君が医務室で休んだ日、うなされていたところを起こしたことは覚えていますか?

あのとき、悲しそうに苦しそうにイクト、と呟いていたのです。

ああ、私は魔力の特性上、人の感情が何となくわかるんです。

そしてその後にあの日あの時間にかの方が亡くなったと、そういう情報が入ってきました。

そこで、もしや君も魔力持ちなのかとそう考えたのです」


なるほど、そういう事情だったのか。ここの人間は魔力を持っていないと信じ切っている人たちには疑われてもいない、そう言い切ってもらえたことに深い安堵を覚えた。


「それで、ここからが本題なんだ」


そういうと、カルスターは居住まいを正す。そうだ、私が魔力持ちかどうかなんて普通この人たちには関係ないはずなのだ。でもこうしてわざわざ尋ねてきた。そこにはなにかわけがあるはず。


「お茶が冷めてしまいましたね。

入れ直してきます」


どくどくと音を立てる心臓に平常ではいられない。1度落ち着きたくてそう提案した私に2人はありがとうございます、とだけ言った。新しく入ったお茶を2人の前に置く。そして一呼吸ついたところで、それで、と言葉を続けた。


「先程も述べたように、私は兄が魔力持ちだった。

そして先生は妹が。

兄も、先生の妹ももう亡くなっているんだ」


こんなに兄弟で魔力持ち生まれていたのか。魔力は遺伝しないと言われている。だからこそ、全員平等に魔力検査はなされるのだ。でも、私もイクトも、この2人も兄弟が魔力持ち。そんなことがあるんだ。


「魔力が遺伝するか否か、今は気にするところではありません。

私達は魔力持ちとして連れていかれたほとんどの人が亡くなっているのがおかしいと、そう考えました」


私「達」を強調する言い方。きっと同じ考えの人は他にもいるのだろう。


「私達のように兄弟が、または親しいものが、子が魔力持ちとして連れていかれた人はそれなりにいるんです。

そしてたいてい同じ説明がされる。

魔力が暴走した、だから死んだのだと」


ああ、姉の時もそうだった。そして、イクトも。だから私は決して国を信じないと、そう決めたのだ。そして、そんな私の話をきちんと受け止めてくれたのがイクトだった。


「おかしいと、そう考えても私たちに真実を知るすべはありません。

ですから、まだ幼年学校に入る前だったカルスターに国の幹部を目指してもらうことになったのです。

そうでないと情報が得られないだろうから、と」


そんな、目的が。思わずカルスターのほうを見てしまう。他の人となにも変わらないと思っていた。だから、優しさがありがたくても決して心を開くことはなかったのだ。カルスターが苦笑しているのが見える。どうやら、彼にはわかっていたようだ。


「でも、君は見たのでしょう?

教えてください、妹達に一体何が……」


これは言ってしまってもいいのだろうか。きっと私の言葉を先生方は真摯に聞いてくださるだろう。ならば。


「 最初からまとめな扱いは受けていません。

でも最後は戦場につれていかれるのです。

そして、姉もイクトも戦場で……」


それ以上は言えなかった。目を見開く2人をどこか遠くに感じながら、イクトの体がゆっくりと倒れていくのを思い出す。あんなに近くにいたのに。手を伸ばせば触れられたのでは、まやかしだとわかっていてもその思いは振り切れない。すると、急に目の前が暗くなった。カルスターに抱きしめられているのだと分かったのはその温もりと、上から聞こえた声からだ。


「話して下さり、ありがとうございます。

私達はこれを早急に伝えなければいけない。

私達は同じ悲しみを持つ同士です。

そしてこれ以上同士を増やさないために戦う仲間もいる。

どうか、あなたさえ良ければ仲間になりませんか?」


1人で立つには疲れてしまった私の心は、縋りたいと泣き叫ぶ。でもならばその前にやらなくてはいけないことがある。


「もしも決心がついたなら、こちらに来てください。

私達はいつでもあなたを歓迎します」


そう言って私に一片の紙を握らせると先生と共に部屋を出ていった。


しばらくそのまま立ちつくしてから、ようやく私は動き出した。そして本を手に取るとイクトからの手紙をゆっくりと取り出す。そして、震える手でそれを開けた。



―親愛なるライナへ

僕はきっと魔力検査とやらにひっかかってしまうだろう。ここはかっこよく、一緒に上級学校へ行って君を守り抜く、と言いたいところだけれど、僕は臆病だから。ここにこうして手紙を残すことを許して欲しい。まあ、この手紙をライナが読んでいるというこは僕の臆病、いや慎重さが役に立ったということだ。

本当にごめん。約束を破ってしまって。でもここでまた新たな約束をさせて欲しい。僕は必ずライナのもとに戻るよ。必ずだ。エカーティさんのように寂しい思いはさせない。

だから、ライナにも頑張って欲しい。ライナのことだ、1人でも上級学校に行くんだろう。どうか、そこで踏ん張っていて欲しい。身勝手なお願いだと思うかもしれないけれど、僕達の夢を先に作り上げて、遅れた僕を叱ろうと待っていて欲しい。

そんな頼もしいライナに約束するよ。次に会う時は赤い薔薇を3本持っていこう。そのときに伝えたかった言葉を僕の口から伝えるから。

イクト―


ボロボロと零れていく涙がおさえられない。イクトは嘘つきだ。死んでしまったらもう会うことなんてできないのに。声を聞くことなんてできないのに。


―僕が嘘をついたことあった?―


はっと周りを見渡してもそこには誰もいない。でも、確かにイクトの声が聞こえた。うん、そうだね。イクトは嘘をつかない。なら、私がやることは決まっている。



紙切れに書かれた地図と目の前の扉を何度か確認したあと、思いっきり扉を開ける。するとすぐにからんからん、と高く澄んだ音が聞こえた。中の人の目が一気にこちらにむく。そして、その中の一人、カルスターと目が合った。これが2歩目だ。


「本日からよろしくお願い致します!」


「ようこそ、ライナ。

私達は君を歓迎するよ」



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