異世界へ行こうとしたらどうでもE世界でした

naka-motoo

トラックが来たのではじき返した

 トラックに轢かれなかった。

 もうダメだ。


「諦めちゃダメ!もう一度幹線道路に立ってトラックの前に飛び出すのよ!」

「無理だよカリちゃん。僕は永遠に異世界へ転生する機会を失った」

「ちょっと待ってよキセル。なに哲学者みたいなこと言ってるのよ?哲学者なぞになる必要なし。さ、実務家としてもう一度!」


 カリちゃんに促されてでっかいトラックが走ってきたところをもう一度「えい!」と飛び出したら単にもう一台トラックをはじき返しただけに終わった。


「どうすれば異世界に行けるんだ!」

「もぉしもぉしお若いの」


 僕が二台続けざまにはじき返して大破したトラックを見ながら、とてもリアルな現実を思い知らされた。


「ボクよ。キミはもう願いを叶えているよ」

「え?どういうことですか?」

「どこの世界に生身のカラダでトラックを吹っ飛ばして伸び伸びと生きてられる世界があるのだね」


 ということでここが既に異世界であったということに帰着した。なんだか預言者めいたおじさんの言葉には直接触れず一気に異世界の中央部までカリちゃんと僕は移動したのさ。


「この世のなによりも美しい世界に」


 なんだろう。この中二病というよりは高二病のような現実社会へと出ねばならぬつまり金銭を労働の対価として得ねばならぬ感覚とけれども留保・逃避したいという両方の感覚がないまぜとなった不思議な気分は。


 逝くなら異世界よりはE世界へ逝きたい。


「なによキセル。E世界って」

「難度Eの世界」


 出まかせさ。

 本当はどうでもE世界のことさ。


「ハイファンタジー、ローファンタジーがあるならミドルファンタジーもあっていいよね」

「キセル、単なる言葉遊びになってるわよ」

「遊びならなんでも同じだろう?」

「どうゆうこと」

「こうゆうことさ」


 僕はマッチを擦った。


 シ・シュ、と硫黄の香りを立てて軸に炎が移り、めらっ、と後方に揺れる。

 そのまま僕はバイクのタンクから滲み出てアスファルトに落ちていた燃料に着火させた。


 ポ、と軽い破裂音をさせながら瞬時に揮発して消えてしまう炎。


「アスファルトの上の砂に吸われてたから爆発しないんだよ」

「火遊び、ってこと?」

「水だろうが火だろうが同じさ」


 タンデムのやり方を僕は知らない。

 どころかそもそもバイクの免許は持っていない。

 でもここは異世界だ、とあのおじさんは言った。だったら簡単に運転できるだろう。


「ヘルメットは?」

「カリちゃん。髪がぺたっ、となるの嫌でしょう?」


 ふふふふふふ。


 そうカリちゃんは笑った。


「そうよ。法律とか設定とか辻褄とか妥当性とか、他人の都合とか迷惑とか思いやりとか一切無視」


 カリちゃんの顔が、能面のそれに変わった。


「逝けヨ、キセル、正常世界へ」


 僕は、絶望の月曜の朝を迎える。



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