4
最後の敵を斃し終えたとき、金井に去来したのは安堵だった。
これでシャオランの元に帰ることができる。
ラインゴルド号とは出撃から2時間後に廃コロニーで合流する手はずだ。
時計など持ち合わせは無いが、まだまだ1時間経っていないくらいだろう。
腹の傷は痛むがコロニーに向かうことにした。
大きく開いた穴から侵入する。
巨大構造物のため微重力が発生しているが、飛べないわけではない。
全域を眺める。
凍り付いた畑や住居が無常を語っていた。
遺産の隠し場所はどこにあるのか。説明は受けていたが忘れてしまった。
金井は基本的に方向音痴だ。
考え込んでいると、通信が飛んできた。ラインゴルド号からかと思い身構えたが、違う様子だ。
「おーい、こっちじゃよー!」
低い老人の声だ。
割れていない右眼前に、赤いマーカーが表示された。
そこに行けということらしい。
「お前は誰だ」
金井が問うた。
「儂は宇宙オーディンじゃよー」
「むむむむ??」
意味が解らなかった。
その施設の中は与圧され、重力も発生していた。
生きている施設だ。
研究所ではなく病院。それも個人経営の診療所のような規模。
中から現れた老人は白く長い髭を垂らした神秘的な姿だった。
「ようく来たのう」
総統と同じく古風な喋り方をするが、どこか演技臭い。
「……ま、別に待ってねえんだけどな」
一瞬で、演技が崩れた。
ますます謎めいた人物になった。
「てゆーか君怪我してんじゃん。その怪我放っとくと2時間もたないぜ。幸いここは診療所で、俺は医者をやっていたこともある。治療してやるから服脱げよ」
言われた通りに装甲を解除。
暑くなく寒くなくといった気温だった。
腹に巻かれた生体フィルムが止血をする。人工血液の輸血を受けていると、幾分か楽になった。
「忝い」
一応、礼は言う。
「いいっていいって。万難を乗り越えここまで到達した勇者くんに失血死なんかされたら、俺が切ない。だろ? 誠右衛門くん」
「む」
どうして自分の名前を知っているのか。
「君が殺したファフニールは俺の目だ。ここに引き籠っている俺に代わって、宇宙中を観測する。そして、自分で作っちまったけどこれ簡単に手にされると宇宙やべー、と思った量子記録装置――君らが『人類種の遺産』なんて呼んでるアレを守るため、装置に近づくものを抹殺する役目も持っていた」
「それは――否、目といったな。あの宇宙怪獣から得た情報を受け取るには数年単位の間隔が必要なのだろう? それで目の役割を果たせるものか」
「おおっ!? 君正直言って馬鹿っぽいのにいいとこ突くじゃん!」
初対面の者に正面切って言われると心外だった。
「量子通信だよ。細かい説明は省くけど、これならラグが発生しない。俺はノータイムで宇宙の全てを見てきたってことだ。ファフニール以外にも、カラスだのネズミだのに偽装した目がそこら中にバラ蒔かれている。さすがに武装惑星の中にそんなのいたら不自然なんで、ガンディのときはファフニールの鳴き声頼りだったけどな。―――なあ、あの鳴き声誰が再生したん? あんな大音量で」
「俺の嫁だ」
正確には、シャオランの持ち込んだデータを誤ってタップしたワン・ルイビンだったが、そこら辺の詳細は金井もよくわかっていなかった。
「あ、そうなんだ」
「新婚だ」
「わかったわかった……。とにかく君の目当ての遺産、早く見たくないかい?」
「当然だ。何処にある」
「ここの地下だ。痛むかい? 大丈夫なら俺に付いてきな」
薬棚に偽装した隠し階段から降りていく。
暗い部屋だった。
生身の視覚では何も見えない。
「明かり点けるぜ」
宇宙オーディンが指を鳴らすと、全周囲に星空が広がった。
コロニーの外の景色を映し出しているようだった。
部屋の中心には、台座と大型犬サイズの箱が置かれている。
「これが……」
「そう、これが『人類種の遺産』。西暦2020年、地球に存在していた全人類の量子データだ。そして、このデータを改竄することにより、人類の歴史をも変えられる――神の機械だ」
金井には黒い箱にしか見えない。
しかし、これを巡って金井たちは死闘を繰り広げた。
「君はこれを破壊しにきたんだろう? 難しくはない。精密機械だからな、君の得物でパパッとやってドカンさ」
「爆発するのか?」
「いや、言葉の綾だよ。冗談通じないな君は」
「……壊す前に訊きたい。これを作ったのはお前だと言ったな。では、いつ、どこで、どうやって、何のために作ったのだ」
当然の疑問だった。壊すのはその答えを聞いてからでも構わないだろう。
「―――あれは西暦2020年だった」
語りだす。
「その頃俺はスイスって国で研究員をやってたんだ。量子力学の学者さ。そこで俺は量子テレポテーションの実験をしていたわけだ。研究を進めるうちに俺は考えた。人間の量子化と保存――不老不死の可能性についてな」
不老不死。
始皇帝の時代より、人類の夢とされてきたものだ。
「結果は見ての通り、俺の意識と記憶はこうして連続性を保っている。研究は成功ってわけだ。成功する前に紆余曲折はあったけどな。その紆余曲折の中の1つがこれだ。観測機械がバグったのか、こいつは地球上全人類の量子データを観測しちまった。俺たちは実験を再現しようと思ったけど出来なかったよ。それでもあの1度きり観測したデータはこうして残されている」
「それが全てか」
「全てを語れば10年はかかる。簡単に話せばこう、ってとこだな」
「成程」
「こいつは神の力だ。例えば2020年の人類のデータに君の意識を混入させる。すると君の意識は未来永劫全ての人類の深層心理に引き継がれ、やがて無意識の海で巨大な知性体となる。人類が宇宙から絶滅しない限り生き続ける神ってとこだ。君の嫁さんと一緒に使ってもいいだろう。2人で永遠を生きられる。ロマンチックじゃないか」
「断る。興味がない」
「そうかい―――壊すか」
「ああ」
刀を抜く。
黒い箱に向かって振り下ろす。
1度2度……5度、6度。
「十分だ。こいつは二度と使えない」
終わった。
「もう1つ問いたい」
「なんだね?」
「会津はどちらの方角だ」
多分あっちじゃないかな、と宇宙オーディンが指した方角を向き、跪く。刀を背後に置き、頭を下げ、平伏をした。
「上様に畏み奏上奉る。此度の功と会津における戦死の誉にて何卒、この不肖金井・誠右衛門に何卒、お暇を賜りたく平にお願い奉りまする」
20秒ほど、そのままの姿勢で動かない。
そして顔を上げると己の刀を持って立ち上がる。
「終わりかい?」
「ああ、終わりだ。維新は成った」
金井は部屋に背を向け立ち去ろうとする。
それを宇宙オーディンが引き留めた。
「ちょっと待ちな。俺はこのままトンズラするが、ここに残された研究の残滓は宇宙全域を変革して余りあるものだ。距離を無視した通信も、ワープも可能になるだろう。上手く使える奴に渡すんだな」
金井の頭に思い浮かんだのは総統だった。彼女ならばここの研究を御し、新しい時代を切り開くだろう。アオイも総統に高く売りつけられるものができて万々歳だ。
「じゃあな、サムライ。縁があったらまたどっかで会おう」
「さらばだ、胡乱な神よ」
合流するにはちょうどいい時間だった。ラインゴルド号に帰る。
帰還し、待っていたシャオランと抱擁を交わす。
「信じてたよ。勝ったね」
「俺は剣しか取り柄の無い男だからな。剣で負けるはずがない」
馬鹿だね、と小突かれる。
エマもザマリンも、名前を忘れた新入り達も、ラインゴルド号の乗員全員での出迎えだった。
中心にいるアオイが口を開く。
「貴方はこれからどうしますか?」
問うているのだ。ホークランドに仕官するか、それともここに残るか。
「船長アオイ、あんたに付いていく。どこへでも連れて行ってくれ」
「ホークランドに行けば宇宙怪獣殺しの英雄ですよ? それでもですか?」
「ああ、俺はどこへでも行きたい。暇乞いをしてどこへでも行けるようになったからな」
「暇乞い?」
アオイが問うた。
金井・誠右衛門は答える。
「自由ということだ」
銀河標準暦4292409年 大本星陥落
銀河標準暦4292410年 国王ウィリアム116世、処刑
虚空に閃く 完
虚空に閃く 霊鷲山暁灰 @grdhrakuta
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます