第26話 パーティーの準備





 伊月と南はラクティとイグナイトに常識を教えて貰いながら、冒険者として活動を始めた。

 とはいえ同じパーティメンバーではない以上、深く関わることはない。

 すれ違った時に挨拶をするぐらいだ。

 というより、伊月達よりも大切なことが蓮也にはある。

 一つはアリアと過ごす時間。

 もう一つは、


「婆ちゃん、どうだった?」


 息を切らせて、汗だくになりながら蓮也は目の前で対峙している祖母に確認する。

 ルレイは顎に手を当てて考えたあと、満足したように頷いた。


「発想もやったこともいい。決して不可能じゃないことは今、レン坊がやったことで証明したじゃないか」


 孫のやったことに目を細めると、蓮也は大きく息を吐いて膝を着いた。


「ただし負担が大きそうだね。奥の手として使うには……今のレン坊だと一分が限度だろうね」


「やっぱり、それぐらいか」


「それに相性的な問題もありそうだ。使うときは十分、考えて使うんだよ?」


「分かった、婆ちゃん」


「だけどよくやったよ。上手く考えたもんだね」


 ルレイは近付いて蓮也の頭をわしゃわしゃと撫でる。

 思い付きでやったことにしては、十分に手応えがあるものだった。


「ライオスとミカドも、今のレン坊がやったことには驚くだろうね」


「そういえばあの二人、どうしてるんだ?」


「近々、こっちに来ることになってるよ。レン坊と聖女様の婚約披露の場にはいてもらわないと締まらないからね」


「……ああ、そういえばそれがあったか」


 今、急ピッチで進められている一つが蓮也とアリアの婚約披露パーティーだ。

 そのためにアリアと会う時、エスコートの練習もさせられている。

 息を整えた蓮也は立ち上がると、ぐっと伸びをしてからルレイに話し掛けた。


「そういえば今日、ギルド長に会うんだよな?」


「そうだよ。あんたのことを説明しておかないと面倒になるからね」



       ◇      ◇



 休憩してからルレイと一緒にギルドに向かった蓮也は、とある個室に連れて行かれる。

 おそらくはギルド長が使っている個室だろう。

 アポイントは予め取っておいたのか、ルレイはノックせずに勢いよく中に入っていく。


「久しぶりだね、アグリ」


「せめてノックをせんか、ルレイ」


「私とあんたの仲じゃないか。ライオスだってミカドだってあんた相手にノックするわけがないだろう?」


「そりゃそうじゃが」


 部屋の中には老齢な男性が一人、書類の処理をしていた。

 アグリと呼ばれた男性はちらり、と蓮也に視線を向ける。


「この子は確かレグルスの一人じゃろう?」


「やっぱり知ってるんだねアグリ」


「新進気鋭の三パーティぐらいは理解しておらんと、ギルド長なんて出来んじゃろう」


 SランクはおろかAランクやBランクのパーティまでは、メンバーまでしっかりと把握しているのがギルド長というものだ。

 新人も可能な限り覚えようとしているので、その中でも目立つ三パーティは知っていて当然だ。


「国にはすでに説明はしてあるけど、あんたにも説明しておいたほうがいいだろうと思ってね」


「何をじゃろうか?」


「ここにいるのは三英雄の弟子にして、ルフェス王国の最高戦力である私の孫だ」


 堂々と言い放ったルレイに対して、アグリは目を点にしたあと瞬かせた。


「……冗談じゃろう?」


「生憎と、こういうことで冗談を言ったことはないはずだよ」


 そして何故、このことを話したのかを伝える。

 先日のスタンピードの一件を踏まえて、蓮也に何が起こるのかも。


「一応、フロストがリーダーということで公爵家の後ろ盾があるにはあるんだけどね。念のため、何かあった時に取り成して欲しいのさ」


「別にそれぐらいは構わんのじゃが……」


「それと何かあればレン坊を上手に使っていいよ。何せ私の孫だからね」


「それは特別扱いしろ、ということか?」


「いいや、違うよ。今まで私の孫だと言わず普通に依頼をこなしていただろう? だから『何かあれば』と注釈を付け加えただけさ。私が『最高戦力』と言ったことに偽りはないし、レン坊も特別扱いなんて嫌だろう?」


「うちは手心を加えられて喜ぶメンバーじゃない。それに何より婆ちゃんが喜ばないから、今まで通りに依頼をこなすだけだ」


 一生懸命、誠心誠意頑張っているメンバーだ。

 それが蓮也がいるだけで特別扱いなんてされたら、それこそ怒る。

 ルレイだって望んでいないだろう。



 一通りの説明が終わってギルド長の個室から出ると、人だかりが出来てきた。

 それもそうだろう。

 三英雄の一人が王都のギルドに不意に現れたのだから。

 けれどルレイは気にした様子なく歩き、そこで不意に蓮也へ話し掛けた。


「レン坊、あそこにいるのは知り合いかい?」


 呆けた様子で蓮也を見ている人物に気付いたルレイが確認を取る。

 蓮也はルレイが示す方向に視線を向けると、納得した様子を見せた。


「あそこ……? ああ、ラクティか。うちのライバルパーティのリーダーだよ」


 近くには伊月も一緒に確認出来る。

 おそらくは指導のために一緒にいるのだろう。

 ルレイは納得すると、意気揚々と彼女達に近付いていく。


「うちのレン坊達とライバルのリーダーなんだってね。ラクティ、だったかい? これからも切磋琢磨して頑張りなよ」


 孫の知り合いだからか、気楽に声を掛けるルレイ。

 だが三英雄の一人に話し掛けられたラクティは普段の様子とはまったく違い、直立不動で固まった。


「あ、ありがとうございます、ルレイ様!」


 ルレイは緊張しているラクティに苦笑すると、そのままギルドを出て行く。

 蓮也も無駄に注目を浴びているが、気にせずに一緒に出て行った。


「しかし婆ちゃんと一緒にギルドに初めて行ったけれど、予想以上に注目を浴びて驚いた」


「それだけのことをやってきたからね」


 どうせ近々、蓮也が三英雄の弟子だということもルレイの孫だということもバレる。

 その前置きとして蓮也を連れてギルドに来たのだろう。

 多少のやっかみは生まれるかもしれないが、それでも今まで誠実にやって来た実績がレグルスにはあるから問題はないはずだ。


「けれど『何かあったら』って言ってたけど、何かあるかもしれないのか?」


「ディリル王国の動きがちょっと怪しいんだよ」


「魔王討伐についてか?」


「おや、知っていたのかい?」


「婆ちゃんが声を掛けた奴の隣にいたのが、亡命した隣国の〝勇者〟のうちの一人だ。そいつから話を少しだけ聞いた」


「なるほどね。まあ、ルフェス王国に被害はないだろうけど、念を入れるのが年の功ってものだよ」


 大事になった場合、蓮也の力はルフェス王国にとって必須なものになる。

 それを師匠として、祖母として知っているからルレイは国王にもギルド長にも伝えた。

 この国ならば問題なく蓮也を上手く使うだろう。


「とはいえレン坊、聖女様をパーティーでエスコートする準備は万端なのかい?」


「……それは言わないでくれ、婆ちゃん。鋭意、頑張っている途中だ」





 二人はそのまま王城に顔を出す。

 もちろん婚約者であるアリアに会うためだ。


「蓮也様、ルレイ様、ようこそいらして下さいました」


 待ち望んでいたと分かるほどの笑みで、アリアは二人のことを出迎える。

 するとルレイが不意に考え込むような仕草を取った。


「……ふむ。そういえば聖女様はレン坊の婚約者になったんだ。呼び方を変えたほうがいいのかね」


「婆ちゃん、いきなりどうした?」


「いや、孫の婚約者に対して聖女様って呼ぶのもどうかと思ってね」


 要するに身内になるわけだ。

 だというのに聖女様という呼び方は少々、他人行儀に聞こえる。


「私もこれからレン坊と同じようにアリアと呼ぶとしようか。アリアも私のことは気軽に呼んでおくれ」


 ルレイの言葉にアリアは少々驚きながらも、自分でふと思い浮かんだ呼び方を恐る恐る尋ねる。


「そ、それではお祖母様とお呼びしても……?」


「アリアだったら、それぐらいの呼び方がちょうどいいのかもね。お祖母様で構わないよ」


 特段、困るようなことはない。

 むしろ今後の関係を考えれば当たり前の呼び方だ。


「三英雄のお一人をお祖母様と呼べるなんて、まるで夢のようです」


 アリアは嬉しそうにはにかむ。

 そこでハッ、としたように蓮也に向いた。


「もちろん蓮也様のことを蔑ろにするわけではありませんので、そこはご了承頂けると助かります」


「婆ちゃんの凄さは分かってるつもりだから、気にしなくていい。俺も唯一の家族がアリアと仲良くなってくれることは嬉しい」


 ここで関係が悪化すると蓮也としてもやりづらい。

 もちろんルレイが薦めた縁談だから問題ないとは思っていたが、実際に確認出来るとなると内心でほっとする。


「とはいえ、あんまり和んでる場合でもないか。今日は何のレッスンをするんだ?」


「ダンスを仕上げようかと考えています。蓮也様は習ったばかりだというのにお上手でしたから、今日でパーティー用のダンスは完璧になるかと思います」


「……ダンスか。分かった」


 若干、蓮也の表情が固くなった。

 そして、そのことに気付かないアリアではない。


「蓮也様、一体どうされたのですか? 少々、表情が固いような気が……」


「気にすることはないよ。アリアの顔がすぐ近くにあるから、レン坊は緊張するってだけさ」


 理由をルレイに簡単にバラされて、蓮也が余計なことをと言わんばかりに祖母を見る。

 けれどバラした張本人は飄々とした様子だ。


「レン坊がアリアを間近で見て緊張しないわけないだろう?」


「だからって言わなくてもいい。俺だって一応、男としての矜持がある」


「それならいつかは慣れるのかい?」


「……アリアは本当に美人だからな。難しいかもしれないが、それでもダンスする度に緊張するのは互いに良いことじゃない」


 数をこなして慣れるしかないのだろう。

 けれどアリアは蓮也の言葉を首を振って否定した。


「蓮也様、勘違いしないでほしいのですが私も緊張しているのです」


「……そうなのか?」


「お父様とお兄様以外で踊るのは蓮也様が初めてなのです。ですから異性と踊るのは本当に緊張するのですが、それでも蓮也様だからこそ楽しめて踊れています」


 家族以外の異性に触れるのは蓮也が初めてだ。

 だからこそアリアとて緊張している。

 緊張はしているが、それでも身体を動かすのは楽しいと思っているからこそ、表面上は平然とした様子でダンスが出来ている。


「楽しむ、か。そうだな、せっかく踊るのなら楽しまないと損か」


「はい、その通りです」


「分かった。緊張しながらも楽しめるように頑張ろう」


 蓮也はアリアに頷くと、彼女をエスコートしてダンスホールに向かう。

 そしてリズムよく踊り出した。

 途中、視線が合うと互いにはにかむように恥ずかしがってしまうが、それでも最後まで失敗することなく踊り終わる。

 最後にステップを踏んだ足音の余韻が響き終わったあと、ルレイの拍手が響く。


「だいぶ上手くなったじゃないか、レン坊。これならアリアに恥を掻かせずに済むんじゃないかい?」


「本当か? だとしたら頑張った甲斐があった」


 これから先、アリアが踊るのはパートナーである蓮也だけだ。

 つまり蓮也のリードが駄目ならアリアも不格好に踊ってしまうことになるのだが、どうやら避けられそうだ。


「これからの人生、こうやって踊るのは家族と蓮也様と……あとは自分の子供でしょうか。どうなるにせよ楽しみですね、蓮也様」


「そうだな。自分の子供と踊るのは楽しみだ」


 言ったところで、それがどういう結果の末に出来るのか気付いて、二人は再度顔を合わせて赤くしてしまう。

 そこにルレイが茶々を入れる。


「曾孫は早めに頼むよ、二人とも。レン坊には前も言ったけれど、私は曾孫の結婚式まで出るつもりなんだから」





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追放されても輝くために 結城ヒロ @aono_ao

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