第25話 勇者の亡命
伊月と南を連れて王都に戻った蓮也達は、アグニやレイダスと別れて王城に向かった。
そしてアライルとのアポイントを取ると、勇者を連れ帰ってきたこともあってルフェス王も含めて何が起こったのかを伝える。
「レグルスの一員になってからというもの、こんなにすぐ問題事が沸いてくるとは面白い限りだね」
アライルは軽く笑うと蓮也に問い掛ける。
「他に亡命しそうな勇者はいるのかい?」
「それは分かりませんが、ほとんどの勇者はディリル王国の国王と同類みたいなものです」
端的に伝えると一緒にいる伊月が思わず、といった調子で反論する。
「風見くん、そういう言い方は……っ!」
いくら何でも言い方が酷いのではないだろうか。
そう思った伊月だが、蓮也は表情一つ変えない。
「だったら分かりやすく証明してやる」
伊月の隣で緊張した面持ちの南に視線をやると、ある質問を蓮也は問い掛ける。
「南、お前は伊月の疑問を聞くまで魔王討伐に異論はあったのか?」
「いや、別に俺は……」
緊張してどもった南だが、蓮也は曖昧な答えを許さない。
「もう一度だけ訊くぞ、南。お前は異論があったのか?」
魔王討伐、ということに対して。
どういった考えを持っていたのか。
その問いを再度伝えると、南は焦りながらも答える。
「だ、だって魔王ってそういうものだろ!?」
異世界に召喚されて勇者となり、魔王と呼ばれる存在がいる。
ならば異論などあるわけがない。
「レンヤ、どういう意味だ?」
今のやり取りに疑問を持ったルフェス王が口を挟むと、蓮也は丁寧に説明する。
「俺達の世界では基本的に、魔王は悪と認識されています。だから魔王討伐と言われて当然のように受け入れているんです」
「同類とは、そういう意味か」
深く考えもせずに魔王という存在がいるから倒す。
世界が違うことも、何も考えずに行動している。
むしろ伊月がそういった意味では異端の存在と言っていい。
南は彼女と話して一緒に行動していたから、偶然気付いたものだ。
「父上、勇者が亡命したとなればディリル王国は騒いで取り戻そうとするでしょう。どのようにするつもりでしょうか?」
亡命とはいえ、勇者となれば話は面倒なことになるだろう。
ディリル王国が難癖を付けて取り戻そうとする可能性も高い。
だからルフェス王は少しだけ考える仕草を取ると、
「この二人は記憶喪失になった、ということにしよう」
ニヤリと笑って解決策を提示した。
「ジャイアントオークとオークキングに襲われて、記憶喪失になってしまった。そこをたまたま通りかかったレンヤ達が助け出した。であれば隣国に照会する必要もない」
しかも助けた場所は断絶の森とはいえルフェス王国の近辺。
ディリル王国に関係があるとは言い難い。
「名前は……そうだな。レンヤが似ている知人から名付けたことにしておこう」
特異な名前ではあるが、大きく目立つような名前でもない。
相当なことがなければディリル王国に気付かれることもないだろう。
「身分証明はこちらから出しておくが、ルフェス王国としては二人のことを勇者扱いすることはない。ただの平民として生きることに問題はあるか?」
今まではちやほやされながら生きてきたことだろう。
けれど、この国では違う。
亡命は受け入れるが、ディリル王国の隣国故に目立つような歓待をすることもない。
それを分かっているからこそ、伊月も深く頭を下げた。
「いいえ。格別のご配慮、ありがとうございます」
「あ、ありがとうございます!」
伊月に続いて南もバッと頭を下げる。
けれど蓮也は二人の行動に対して額に手を当ててしまった。
「伊月、南。礼の仕方が違う」
「……えっ?」
伊月が驚きの声を上げると、蓮也は見本を見せるように片膝を着いた。
「ここは日本じゃない。王族に対しての礼は右の片膝を着いて、左腕を胸元に置く。これが正しい礼の仕方だ」
伊月と南は蓮也に言われると、慌てて見よう見まねで同じ行動を取った。
しっちゃかめっちゃかになった三人のやり取りにルフェス王が笑う。
「どうやらディリル王国では礼儀作法を学ぶことはなかったようだな」
「は、はい。申し訳ありません」
「よい。むしろルレイに育てられて礼儀作法を学んでいたレンヤのほうがおかしい」
茶目っ気たっぷりの返しに蓮也が慌ててしまう。
その様子にアライルも笑ってしまった。
「確かに。ルレイ様の孫にしては礼儀正しくで逆に驚かされてしまったよ」
ある意味で傍若無人であるルレイの孫。
そう言われると礼儀作法など知らぬ存ぜぬ、といったほうが正しい孫のように思えて仕方ない。
「そしてレンヤよ。未来の義父と義息子なのだから、この程度のやり取りで慌てるものではない」
「そうだよ、将来の義弟。いずれ家族になる者として、冗談ぐらいは受け入れて貰わないと私も困ってしまう」
さらに追撃を加える二人に、蓮也はぐったりとしながらも言葉を返す。
「……追々、頑張らせて頂きます」
◇ ◇
王城から出てギルドに到着するが、伊月は先ほどのやり取りが気になって仕方なかった。
「……あの、風見くん」
「どうした?」
「さっきのやり取りって……訊いてもいいこと?」
「まだ公表されていないことだから察してくれ」
「わ、分かったわ」
一年と少し、一体何があれば先ほどのやり取りになるのか伊月には理解出来なかった。
もちろん蓮也の強さにしてもそうだ。
クラスを持っていないからこそ追放された彼が、どうしてあれほどの強さを誇っているのか。
まったくもって理解出来る範疇にない。
だけど伊月の問いが癇に障る連中もいる。
フィノはむっとした表情を崩さないまま蓮也に対して憤る。
「それにしてもレンヤは面倒見が良すぎ! この二人が失敗したことなんて見過ごせば良かったのに!」
話の流れから察すれば、伊月という少女は蓮也を救う方法が分かっていたのにも関わらず動かなかった。
実際に救えたか否かではなく、動くか動かないかにおいてフィノは納得いっていない。
蓮也はプリプリと怒るフィノに温かな視線を送る。
「俺のために怒ってくれてありがとう。だがこの二人が失敗すると、同じ世界から来ている俺も同一視されるかもしれない。教えるのは自分のためでもあったんだ」
将来、義父と義兄になるからこそ変な目で見られたくはない。
そしてギルドにいたアグニ、レイダスと合流した蓮也はあらためて伊月と南に確認を取る。
「それで二人は今後、どうするつもりだ?」
亡命して平民になった。
となると生き方がまるで変わることになる。
何をやって、どうやって生きるのか。
そもそもこの世界の常識を知っているのか、という疑問も残る。
多々、問題点があるが伊月はまず蓮也に真っ直ぐ視線を向けた。
「その前に言いたいことがあるの」
自分達の今後についてあれこれ言う前にやることがあるからだ。
そう言って伊月はバッと頭を下げる。
「私は風見くんを一度、見捨てたわ。我が身可愛さに級友を助ける声を上げなかった」
助けられる方法があることを分かっていた。
けれど人数が足りないと思ったから、どうせ駄目だと思ったから、自己保身のために助けることを諦めた。
「それを、ずっと後悔してた」
今、彼に出逢えたことは奇跡に近い。
伊月や南では蓮也のように生きていられる可能性は低かったし、おそらく死んでいたことだろう。
「ごめんなさい」
誠心誠意、心を込めて謝罪する。
助けることを諦めた自分が、蓮也に色々と世話になっている。
「言える立場じゃないのは分かってる。だけど、それでも風見くんが生きてて良かった」
でなければ今、自分達はここにいない。
オークキング達にやられていただろう。
ずっと頭を下げたままの伊月に、蓮也は仕方なく声を掛けようとした。
けれど彼を止めて、代わりに声を上げた人物がいる。
「だったらその腐った根性、私が叩き直してあげるわ」
ラクティは伊月の下げた頭を無理矢理に上げて、真っ直ぐに彼女の瞳を見据える。
「レイダスで受け入れるかどうかは別だけど、少なくとも冒険者としてのイロハは教えてあげる」
彼女が本当に反省してることは分かる。
ならば手伝うことも彼女としてはやぶさかではない。
「今の貴女は冒険者になって戦うことしか出来ることないでしょう? 常識を知ってから、あらためて何をしたいか考えるといいわ」
今後は自分で稼いで、自分でなんとかするしかない。
そして今の彼女に出来ることは戦うこと以外に存在しない。
「あ、ありがとうラクティさん」
「気にしないでいいわ。貴女達を助けた一人として、無視出来ないだけよ」
ひらひら、と手を振ってラクティは答える。
するとイグナイトも呆然と突っ立っていた南の頭を掴む。
「しゃあない。だったら、こっちの男は俺が教えてやるよ」
鷲掴みした頭をぐりっと動かしてイグナイトは南と視線を合わせる。
「何か文句あるか?」
「い、いや、ありがとう」
「おう、いまいち話について行けてないみたいだけど、しっかり教えてやるからな」
イグナイトはニカっと笑うと、ラクティは蓮也に声を掛ける。
「レンヤ、異論はあるかしら?」
「別にない。泊まるところから何から迷惑を掛けるだろうから、伊月と南は二人に感謝しておけ」
最初は普通に迷惑を掛けっぱなしになるだろう。
蓮也が面倒を見ることはないが、それぐらいは伝えておく。
伊月と南は再びラクティとイグナイトに感謝すると、ちゃんと自己紹介していなかったことに気付いて、
「あの、えっと、私は伊月優子。クラスとしては〝氷の――」
「ちょ、ちょっと待ちなさい!」
伊月が自己紹介を始めようとしたところで、ラクティが慌てて口を塞いだ。
冒険者が自分のクラスをぼやかすことを知らないからこその失態に、伊月は目を丸くして口を塞がれている。
蓮也は今日、何度目になるか分からないが額に手を当てると同郷の人間としてラクティとイグナイトに頼み込む。
「本当に初歩の初歩から教えてあげてくれ」
「そうみたいね」
「まあ、滅多にないことだから楽しみながら教えてやるよ」
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