第24話 二人の選択
伊月は気軽に割り振られた相手が信じられなかった。
それは彼女にとっては当然のことだ。
何故なら風見蓮也が追放された理由を知っているのだから。
「ど、どうして風見くんが一番強そうなのを相手にするの!? 知らないかもしれないけど、彼は――っ!」
「知らないかも知れないけど……って、貴女達がレンヤの何を知ってるわけ?」
叫ぶような言葉は、フィノの淡々とした言葉に遮られた。
この世界で風見蓮也がどのように生きて、どれほどの強さを持っているのか。
召喚された当日のことしか知らない彼らが理解しているはずがない。
「あたしはレンヤのパーティメンバー。レンヤの強さも貴女達より十分、分かってるんだよ」
フロストとフィノは彼の師匠を除けば、他の誰よりも蓮也の強さを実感している。
「それにレンヤを見捨てた人達は少し黙っててくれないかな。そもそも戦闘になった原因は貴女達が連れてきたって分かっていて騒いでるの?」
フィノが言い捨てるような発言に、伊月は黙るしかない。
事実、伊月と南が引き連れてきたのだがら言い返す言葉はない。
と、その時だった。
強烈な打撃音が森の中に響く。
何事かと伊月と南が見れば、そこには地面に押し潰されて絶命したオークキングと、一撃で倒したであろう蓮也が立っていた。
蓮也はオークキングが動かないことを確認すると、フロスト達の戦況を確認する。
そして一番近くにいるジャイアントオークに一撃を加えて怯ませた。
ラクティはその隙を付いて細剣を突き刺すと、一気にジャイアントオークを凍り付かせる。
さらに蓮也が動き、今度はフロストが相手をしているジャイアントオークを背後から蹴飛ばす。
突然の衝撃に前へつんのめったジャイアントオークに対して、フロストは上段の構えから一閃、真っ二つに斬り捨てる。
最後、イグナイトが相手をしていたジャイアントオークには、軽く斬りつけて注意を引き付けるだけ。
それだけでイグナイトはラクティと同じようにジャイアントオークに剣を突き刺すと、一気に燃やして丸焦げにした。
一分も経たずに簡単に終わった戦闘だったが、ラクティは不機嫌そうに表情を歪める。
「レンヤ、どうして私から手伝ったのかしら? どう考えても問題なかったと思うのだけれど」
「オークキングを倒した後に確認した時、全員問題なさそうだったから近い順で手伝っただけだ」
別に忖度したわけでも何でもない。
ただ単純に、三人とも問題なく戦っていたので近くから手伝った。
「それにしてもオークキングにジャイアントオーク三体を倒したところで、依頼じゃないから金にならないのが残念だ」
オークキングは上級の魔物で、ジャイアントオークは中級の魔物になる。
依頼であればさぞ金になったことだろう。
もったいなさそうに蓮也が呟くと、イグナイトが笑った。
「本来、俺達じゃ受けられない討伐依頼の相手だしな。せいぜい、素材の買取で端金になるぐらいだな。でも肉は上手いぜ」
「イグナイトは炎で丸焼きにして炭化させているから、素材の買取すら出来ないではないか」
フロストがツッコミを入れる。
状態としては氷漬けで絶命させたラクティが一番、買取価格が高くなるだろう。
次いで真っ二つに両断したフロスト。
イグナイトは買取云々の状態ではない。
「死喰い鳥も全部、撃ち落としたみたいね」
ラクティが中衛・後衛のほうを見れば、そちらもすでに戦闘は終わっている。
五匹いた死喰い鳥は全て魔法で撃ち落とされて絶命していた。
となると、残る問題は一つだけ。
伊月と南についてだ。
「とりあえず俺が話すしかないか」
一応は顔見知りではあるので、蓮也は見張りをしてくれたフィノともう一人に感謝しながら伊月と南に近付く。
「それで魔物を連れてきた理由は何だ? まさか〝勇者〟があの程度の魔物に逃げてきたとでも言うつもりか?」
彼らが召喚されてから一年以上、何をしていたのかは知らない。
けれど〝勇者〟のクラスを持っている以上、のんべんだらりと何もしてないわけでもないだろう。
「それは……」
伊月が何かを言おうとして、言葉を止める。
けれど二人の様子を注意深く見れば、若干身体が震えているのに気付いた。
「……まったく。怖くて逃げたのか」
魔物討伐なんて、いかにも勇者らしくて数をこなしていると思ったが、どうやら違うようだ。
伊月は震えている身体を強張らせると、それでも真っ直ぐに蓮也を見る。
「風見くんと話をさせて欲しい」
突然のことに蓮也の表情が険しいものに変わった。
けれどそれは彼だけではない。
仲間であるフロストも同じように険しい表情で彼女に問い掛ける。
「認めるだけの信用があるとでも思っているのか?」
事情を知っているからこその質問。
風見蓮也が追放されて、どうなったのか理解しているからこその怒り。
フロストの強い語調に伊月は気圧されて黙ってしまう。
その様子を見た蓮也は大きく息を吐いてから、
「仕方ない。可能なら口止めしておきたいから、少し話してくる」
「……レンヤがそれでいいのなら認めよう。ただ離れた場所で警戒は続けておく」
「助かる、フロスト」
まるで我がことのように怒ってくれる仲間に感謝しながら、蓮也は伊月と南を連れて歩き出す。
会話がギリギリ聞こえないような場所に辿り着くと、蓮也は単刀直入に訊いた。
「何か用でもあるのか?」
「……今まで、どうしていたの?」
「差し障りない会話で旧交を温めるほど、簡単な間柄でもないと思うんだが……」
別に憎んでいるとか恨んでいるとかではない。
単純に追放された人間と、追放した側の人間で雑談が成立すると思うほうがおかしい。
「……ごめんなさい」
「まあ、いい。俺の事情も状況も話すつもりはないけれどギブアンドテイクだ。話は聞いてやるから、俺が生きていることは黙ってろ」
蓮也は今、楽しく生きている。
その邪魔になりそうな可能性は排除するに限る。
だから蓮也が生きていることを口外しない約束を取り付けると、伊月は自分達の状況を話し始める。
蓮也は伊月から全ての話を聞き終えると、大げさに息を吐いた。
「勇者による魔王討伐。召喚された当時も言っていたけれど、そろそろ動き始めそうなのか」
呆れていることを隠そうとしない蓮也は、その通りの言葉を告げる。
「馬鹿なことをしようとしているな」
「馬鹿なこと……なのね、やっぱり」
「外に出ているなら分かるだろう? 魔王を敵視しているのは王城の連中だけで、城下はまったく敵視していないはずだ」
「……気付いてたわ。城下では魔王に喧嘩売って大丈夫なのかって、否定的な意見が聞こえてきたから」
伊月はそう言うと、一番尋ねたいことを蓮也に言う。
「風見くん、どうすればいいと思う?」
「面倒なことを訊いてるのは謝る。だけどオレ達の周囲には、そういうことを訊ける奴がいないんだ」
南も追随するように蓮也に頼み込むように言ってきた。
けれど蓮也の反応としては実に淡泊なものだ。
「亡命でも何でもすればいいんじゃないか? 少なくとも他の世界からお前達を召喚したことで、ディリル王国は各国から非難されてる。亡命したところで悪く扱われたりしないだろうさ」
「ど、どういうことだよ!?」
「言葉通りの意味なんだが、二人は知らないんだな」
意図的に隠されているのか、それとも温室育ちなのか。
どちらなのか蓮也には分からないが、追放されて五日目で自分が知ったことを彼女達が未だ知らないのは、ある意味で衝撃的だ。
「他の世界の人間を召喚する魔法は、世界的に禁止されてる。それを私利私欲のために召喚したんだから、非難されるのは当然のことだ」
つまるところ四面楚歌。
ディリル王国を応援する国はない、ということだ。
「風見くん。やっぱり、と言うべきなんだろうけど……魔王を倒したとして私達はその後も戦わないで済むと思う?」
「伊月が難しいと予想してるのなら、その通りだろうな。ディリル王国は亜人を認めない典型的な人間至上主義だ。だからこそ亜人国家の魔王国を滅ぼそうとしているし、他の国にいる亜人を殺そうと目論む可能性は高い。そして、それに納得する国はない」
何よりも、と蓮也は言って勇者として存在する彼らの在り方――その前提を崩す。
「魔王を倒す正当性がどこにもない」
世界を滅ぼそうとしているわけではない。
健全に国家を運営していて、健全に日々を過ごしている。
平和な世界を壊そうとしているのはディリル王国だ。
「……正当性がどこにもない、か。確かにその通りなのよね」
伊月は蓮也の言い分に納得すると、深く考え込む。
しばらくして頬を叩くと、強い意志を持った瞳を蓮也に向けた。
「ルフェス王国に亡命したい。風見くんにお願いするなんて、恥知らずだって分かってるけど助け欲しい」
「お、おい伊月!? 本気なのかよ!?」
一緒にいる南が驚いたように伊月を見る。
けれど伊月はこんなことで冗談を言う性質ではない。
「身の振り方を考えるって私は言ったわ。それで風見くんと話して、身の振り方を決めただけよ」
このままではずっと正当性のない戦いに身を落とすことになる。
そんなこと認められるわけがない。
だが蓮也は伊月の言い分に眉を寄せる。
「助けて欲しいと言われたところで、俺が本当に助けると思ってるのか?」
「私が知ってるままの風見くんなら。深く関わっていない私だから助けてくれるんじゃないかって打算もあるわ」
彼は真面目で優しい。
それが伊月の評価だ。
そしてそれを組み込んで頼んでいることを隠すこともしない。
「俺を助けられる方法に気付いていたのに、助けなかった奴が俺には助けを求める。どうにも変な話だな」
あの時、たった一人で追放された蓮也に助けを求めるのが、追放に加担した側の人間。
しかも伊月は助ける方法に気付いていた一人だと蓮也は覚えていた。
「だけど、まあ、あの時のお前が何か言ったところで無駄だったのも確かだ」
蓮也はふっと息を吐くと南に視線を向ける。
「南はどうするつもりだ? 伊月と一緒に動くか否か、今すぐ決めろ」
「お、俺は……」
急な選択に南は少しどもってしまう。
けれど彼も少し下を見たあと、ぐっと顔を上げる。
「伊月に……付いていく」
「分かった。だとしたら今から二人をルフェス王国に連れて行こう。そこから先は俺より考えるのが得意な人に任せる」
そう言って蓮也はフロストを呼び寄せる。
そして話し合いの結果について伝えた。
するとフロストは大きく息を吐いたあと、蓮也の頭を小突いた。
「お前は優しすぎる、レンヤ」
「だけど、そうやって窘めてくれるフロストがいるから優しくいられる」
これが例えば幼馴染み連中であれば、蓮也だって受け入れるわけがない。
それにもし受け入れようとしても、フロストが絶対に止めてくれる。
あくまで今回は、かなりどうでもいい二人だからこその措置で、フロストも溜め息だけで済ませた。
「とりあえずは殿下に報告する。フロストもそれでいいか?」
「ああ、判断を仰ぐのに殿下は最適だろう」
次にすることを簡単に決めると、蓮也達は残りの薬草を達成量まで刈ってから伊月と南を連れ断絶の森を歩いて行く。
途中、ふと蓮也は気になったことを伊月に確認した。
「そういえば訊くことを忘れていた。どうしてルフェス王国近くの断絶の森にいたんだ?」
「魔物の強さはルフェス王国近辺のほうが強いと聞いていたの。だから訓練のために国境近くから断絶の森に入ったのよ」
強い相手を倒すほうが、ずっと訓練になると思ったから。
それだけの実力を自分は持っていると思ったから。
けれどそれが誤りだと気付いたのはすぐだった。
「最初のうちは普通に倒せていたのだけれど、途中で出会ったジャイアントオークをかろうじて倒したら、すぐにオークキング達が現れたの。オークキング達に狙われてからは、ずっと逃げ回っていたのよ。南くんと交代で休憩しながら……二日ほど」
「意外と執念深い魔物だったんだな」
蓮也は心配するわけでもなく聞き流す。
というか、オークという種族がそれほど執念深く追い回すほうに驚きだ。
「それとどうでもいいといえばどうでもいいんだが、伊月と南は〝勇者〟の中でどれぐらいの強さだったんだ?」
「私はたぶん上位に位置していたと思う。南くんは普通ぐらい」
「……ふむ。思った通り〝勇者〟といっても、下限が想像以上に低いんだろうな」
予想通りといえば予想通り。
もっと強ければ絶対に騒ぎになっているはずだ。
「だがレンヤ、本来であればオークキングにジャイアントオーク三体、それに死喰い鳥となれば冒険者でもAランク以上のパーティでなければ対応するのは難しい」
フロストが話を聞きながら、蓮也の考えに注意を入れる。
「それじゃ、伊月はフロスト達と同等レベルと考えたほうがいいのか?」
「どのように倒したかは定かではないけれど、ジャイアントオークを倒せたのなら同等近くにいると考えていいかもしれないわ」
ラクティが蓮也の疑問を肯定する。
イグナイトもラクティと同意見のようで、
「それに、だ。さすがにオレやラクティだってアグニだけ、レイダスだけ……とかだったら、あの面子に勝負は挑まねえよ」
むしろ挑めるのはレグルスだけだろう。
蓮也はなるほど、と納得しながらも〝勇者〟達のことを考える。
「言い方は悪いかもしれないが、新進気鋭の新人冒険者パーティのリーダーと同等近くにいる奴が〝勇者〟としては上位レベル、か。どう足掻いても現時点では魔王討伐に足りてないだろうな」
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