加速装置

タツマゲドン

加速装置

「ああ、とうとう出来上がってしまったぞ」


 とある小国の研究室にて、顔の皺が目立つ六十代程の白髪の男性はそう言った。


 彼は長いライフル銃らしき物体を手に握っている。


「それは何です?」


 部下と思しき若い男性の問い掛け。


 ただ、普通の銃とは違って弾倉は見えず、代わりに銃の機関部に円形のコイルのような物体が内蔵されていた。


「政府に直接依頼されてな。小さな我が国でも大国に匹敵する抑止力を、との事で作ったのだ」

「ほう……」

「それで、一体何です?」


 別の部下の顔が真剣になる。


「いわば『加速装置』だ」

「加速装置というと、素粒子を亜光速まで加速させてそれを射出するという事ですか?」

「その通り。発射する重金属粒子をこの円形のコイルで何周もさせて撃ち出すんだ。当たればプラズマ化し、標的に強力なダメージを与える。しかもこのサイズにまで小型化出来た。大砲の大きさにも出来るし、大量生産も可能だ。テストしてみるか?」


 老人は尋ねた若い研究員に『加速装置』を渡す。彼はライフルのストックを肩付けし、用意されていた、一辺一メートルもあるコンクリートの塊を、銃上部に付けられたドットサイトで狙った。


 引き金を引く。途端、金属音のような轟音と共に、白い光の束がコンクリート塊に命中した。


 眩い閃光がした直後、正方形のコンクリートは影も形も無かった。


「凄い……反動もまるで無いですね」

「だろう? 拠点設置兵器にしたり艦船や人工衛星から撃ち込めば核に匹敵する威力だって持つ……」


 老人の喋り方はどこか沈み気味だった。一人が尋ねる。


「博士、そんなに乗り気なようではなさそうですが、どうかしましたか?」

「それがな、まあちょっと見てくれ……」


 言われて老人は『加速装置』という銃型の物体に付いたスイッチを弄る。すると、部屋の壁の一面に映像が出現した。











 その時だった。


 重い音と共に、研究室のドアが外れ倒れた。


「大人しく手を上げろ!!!!!」


 アサルトライフルを抱え黒い服備に身を包んだ人物が多数、中に入ってきた。顔もスキー帽で覆われて人相は全く分からない。


「な、何を……」


 皆がおどおど指示に従い、両手を上げる。代表して黒服の一人が答えた。


「核兵器をも超える大量破壊兵器を開発しているという噂らしいからな。平和の為だ」

「おいお前、何を持っている! それを捨てろ!」


 別の一人が銃口を向けて警告。その先にはライフル銃らしき物。


「このっ!」


 逆上した若い研究員は、腰の位置で構え、引き金を引いた。


 金属音と閃光。


 直後、目の前の特殊部隊は消滅していた。それどころか更に後方の壁も消え、巨大な穴が空いている。


「し、しまった……」


 誰も責める者は居なかった。代わりに、誰もが肩を落としている。


「ど、どうします?」

「もう後戻りは出来ないだろう。向こうのお国のトップが報復に来るだろうさ」

「……これを使うしかあるまい。これが唯一向こうと交渉できる手段だ」


 一人が『加速装置』を指して言った。






 世界大戦が起きた。


 元々はある小国が大量破壊兵器を作っているという噂を大国が感知し、それがあるといわれる研究所に制圧部隊を送り込んだが、実際にその大量破壊兵器によって部隊は全滅し、小国は、これ以上送り込むと大量破壊兵器を大国都市部へ発射するとの声明を公開した。


 これを見た大国の大統領は自国民を殺された、と人道の名の下に更なる制圧部隊を送り、これを小国が撃退。小国側は声明通り更に報復として『加速装置』を大国に向けて発射し、多数の都市部を破壊した。


 負けじと大国側も核ミサイルで応戦し、結果世界中から非難を浴び、こうして第三次世界大戦の火蓋が切られた。











「これが『加速装置』の真価だ」


 研究室壁面のスクリーンに映し出される、ビル街を覆うキノコ雲の映像を観て、博士はそう言った。


「要するにこの『加速装置』を世の中に出すと第三次世界大戦になるという事ですか?」

「そういう事だ」


 若い研究員達は皆きょとんとしていた。


「しかし、どういった原理で?」

「簡単だ。従来の量子加速器は限りなく素粒子を加速させる為に円形のチューブ内を何度も周回させる。この加速装置もその原理で素粒子を加速させるが、肝心なのは円形という所だ」


 「つまり?」と誰か、老いた研究者は得意げだった。


「例えば、普通は地平線の向こうを見ることは出来ないが、屈折させれば見えるだろう? 光を地球一周させれば自分を見る事だって出来る。三次元という構造を利用して周回させる訳だが、そこでその原理を時間の次元でも応用するんだ」

「つまり、時間という次元の中で素粒子を一周させて未来を見るという事ですか?」

「左様。ともかく、これ以降この装置の利用は止めよう。これも処分だ。テストだけで惜しいが未来の為だ、仕方ない」


 白髪の男性は物惜しげに銃を眺めた。


 ふと、誰かが呟く。


「しかし、仮にこの『加速装置』を破棄したとして、見えた未来の通りにはならないんでしょうか?」

「未来が見えるのならそれを阻止するという選択を取る事だって……」


 ウウウウウウウウウウゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥ!!!!!!!!!!


 突如にして甲高い警報が辺りに響いた。


 誰かの持っている携帯端末が不快な電子音を放ちながら振動する。スリープモードを解除した画面にはニュース速報の通知があった。


【緊急速報 A国に核ミサイル直撃 宣戦布告か】


「どういう事だ?」


 『加速装置』が映したように、黒ずくめの特殊部隊が研究室に入ってくる気配は無い。皆硬直している。


「そうか分かった、構造の問題だ」

「一体どういう事です?」


 年寄りの研究者はこめかみを指で押さえていた。


「さっきは地球を一周して自分を見ると言ったが、球というのはどの方向に直進しても必ず同じ点に戻ってくる。時間にも同じ事が当てはまるのなら、どの選択を選んでも同じ結果が訪れるという訳だ……」


 老人の悲しげな語りに誰もが絶望する中、窓の外を閃光が覆った。





















「この装置は何だろう」


 ある古代文明の遺跡にて、若い考古学者はそう言った。


 遙か昔に地殻変動によって出来上がった山岳地帯に新しい遺跡がつい最近発見された。調査団は地下に空洞がある事を突き止め、それが人工物である事も判明した。彼もそれを調べに来た一員だったのだ。


 ただ、遙か昔の地層だというのに遺跡は殆ど劣化していなかった。何かの研究所だったのか、銃型の武器のようなものが多数散らばっている。


 ところで、彼が抱えたのは長いライフル銃のような物体だった。


 ただ、普通の銃とは違って弾倉は見えず、代わりに銃の機関部に円形のコイルのような物体が内蔵されていた。


「うおっ?!」


 驚いて手放す。すると、前方にある滑らかな壁面に映像が映った。


 それはビル街を覆うキノコ雲の姿。


「なんという事だ……」

「こうして前の文明は滅びたのか……」


 その時、強烈な地震が辺りを襲った。考古学者達は咄嗟に机の下に隠れる。


「皆無事か?!」

「なんとか……」


 誰かの呼び掛けに皆が答える。揺れが収まり、幸いにも犠牲者は居なかった。


 しかし外が妙に明るかった。真っ昼間だというのに夕焼けのように赤がかっている


 何事かと遺跡を後にし、全員が外に出た。


 眺めると、遺跡がある山より遙か彼方の都市部、オレンジ色の閃光と巨大なキノコ雲が焼き尽くしていた。


「不味い、爆風がこっちに来るぞ!!!!!」

「逃げろ!!!!!」


 ライフル銃らしき物を持った学者が、慌てたせいか銃を落としてしまった。


 銃が地面と激突したその瞬間、銃の機関部にあるコイルが割れた。


 長い年月を経た為、脆くなったのか。だが今は問題ではない。


 突如、壊れたコイルからレーザーの如き光の束が上空に向かって放出されたのだ。眩い光に辺りを包まれ、皆が思わず目を閉じる。


 学者達が目を開けた。


「お、おい、一体どういう事だ?」

「あれは……」


 見ると、先程まで爆発に覆われていた都市が、何事もなく元に戻っていた。

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