スカート

第1話 スカート

 彼女が瞬きをする度、右目が信号機みたいにチカチカ色を変えるせいで、僕は話に集中できない。


「ねえ、どっちの方がいい?」


 彼女がスカートを二つ、手に持って僕を覗き込む。目の中の信号は緑色。そんなに見つめないで欲しい。眉間に穴が開いて僕の頭の中が全部抜き出されちゃうんじゃないかって、心配になる。それは絵具みたいに濃いから、君の繊細な色遣いを全部壊しちゃう。


 僕はそっぽを向いて答える。


「その、右手の、やつ」


 彼女の両手に掛かったスカート。右は紫と黄色がりんごパイの表面のようにざくざくと編み込まれたタイトスカート。

 左はカメレオンの皮膚みたいに、見るたびに色が変わるようなエナメル質のロングスカート。


「右かぁ」


 彼女が悩んでいる間、僕は密かに彼女を身包み剥がして、両の服を着させる。


 右の方は、彼女の骨格に合う気がする。

 試しに彼女をベリベリと剥がしてみる。白くて綺麗な腕も、べっこう飴のような爪も、全部剥がす。ベタベタした眼球も、全部だ。みるみるうちに彼女が骨だけになる。僕は突如出現した彼女の尾骶骨に目を留める。


 身体の真ん中辺りでちょこんと佇む骨。「私は動物ですよ」という囁きを掻き消すようにひっそりと隠されている。

 とても可愛らしい。可愛らしいのだが、そんな物を見ている場合では無い。仕方なくタイトスカートをそっと被せた。


 うん、やっぱり似合う。


 その完成度たるや、まるで彫刻である。入浴中すら湯船に浸けてずっと眺めていたいと思うほどだ。

 しかし骨格だけになった彼女の身体が想像以上に饒舌で美しいので、僕はさっき剥がした彼女の部分を全部、丁寧に戻した。


 目の前に再び彼女が現れた。


 次は左のスカートだが、こちらはどう合わせれば良いものか。普段の彼女には似合わないような気がしたので、試しに彼女の顔を他の動物に入れ替えてみる。


 例えばキリン。彼女の首がコロッと落ちて、そこから黄色い頭がちくわのようにぐぐっと伸びる。斑点がなんとも可愛らしい。しかしこのスカートには似合わない。くすんだ黄色が合わないのだろう。

 キリンが駄目ならシマウマ?レッサーパンダ。ワニ。ゾウ…色々と首を付け替えるが、このスカートに似合う物が無い。何というか、もっと赤くて…艶々した…


 …トマト。トマトはどうだ?

 彼女の首にトマトを無理矢理乗せる。が、形が合わずにドロドロとした中身が吹き出してしまった。辺りがマルゲリータの香りに染まる。天井からモッツァレラとバジルが降ってくる。彼女の髪はチーズでベタベタだ。


 トマトで駄目なら…赤い野菜…


 …パプリカ?


 真っ赤なパプリカが頭上から降臨し、彼女のトマトを潰した。彼女の足元はもうめちゃくちゃだ。床ごと焼けばピザにできそうだ。


 首をパプリカと入れ替えた彼女を見ると…


 ああ、これだ。


 僕が探していたのはパプリカだった。パプリカとカメレオンのロングスカート。ぴったりだ。まるでバレッタがカチッと収まるように、それ以外の組み合わせが考えられないくらいファッションとして完成している。


「ねぇ、やっぱり右かな?」


 彼女の一言で我に返る。

 彼女は両手にスカートを持って、交互に腰に合わせている。


「右なら骸骨、左ならパプリカだね」


「は?何を言ってるの?」

 彼女の右目が黄色信号になる。


「また変なことばっかり考えて」


 信号が激しく点滅している。これはまずい。自由に思考をしすぎて怒られるかもしれない。彼女が口を開く。リップが艶かしく光る。


「左はピーマンだよ」


 彼女がそう言うと、右目は赤信号になった。

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