-appendix-

 「陛下、アナスン戦士団長、御前に」

 うやうやしく一礼する配下に向かって、満足げな微笑を向ける女王ティルタニア。

 「よく来てくれましたね、アナスン。実は「彼」から手紙が届いていると聞いたのですが……」

 「はっ、こちらです」

 騎士の差し出す書状を受け取り、女王は早速目を通す。


 「ふふっ、相変わらず頑張っているようですね。それに元気そうで何よりです」

 三国一の佳人として知られるティルタニア女王だが、その実、憂いない心からの笑みを浮かべている事は至極少ない。大国の王位に就いている以上、ある意味仕方ないが、その意味で、アナスンは珍しい光景を目にしていると言えるだろう。

 もっとも、“彼”の手紙を読む時は大概、女王は楽しそうなのだが。


 「ほとんど単独でスカルナイトを撃退するとは、彼奴あやつめ、あいかわらず無茶をする」

 「そのすぐあとに部下を率いて、盗賊に身を堕としていたバトルウルフの一団を制圧、ですか。おまけに一週間後……」

 「町外れの洞窟でブラッディグール数体を殲滅。フロストフェアリーの協力があるとは言え、よく勝てたものだ」

 と、言葉では厳しいことを言いつつも、アナスンの口元は隠しきれない笑みに歪んでいる。


 本人はあまり深く考えていないようだが、本来“彼”とその隊による戦功は、断じて一辺境の警備隊ごときが為し得る業績ではない。

 言うまでもなく、彼個人の卓越した技量と厳しい部下への訓練、さらに堅実な部隊運用の三者があいまって、目覚ましい成果を挙げているのだ。


 傭兵団時代にほんの小童だった“彼”に剣術その他を1から仕込んだのはほかならぬアナスンだ。いわば自らの弟子とも言える存在が成長し、活躍してくれているのが、嬉しくないはずがない。

 女王もそのことをわかっているので、騎士を見る目が生暖かい。その視線に気づいたのか、ゴホンと咳払いで誤魔化すアナスン。


 「あ~、しかし、本当に彼奴を──ケインめを手放してもよろしかったのですかな? なにしろ彼奴は我が国でも稀有な妖精憑き……」

 各フェアリー族と仲の良い人間は「妖精憑き」などと呼ばれることがあるが、本当の意味でそれを体現し、かつその力を十二分に使いこなしている者は数少ない。そして、それらはいずれも常人離れした能力を発揮するのが常だ。

 高位の雪妖精を妻にして結魂までしているケインは、「パジェスタ(妖精憑きの騎士)」と呼ばれる資格は十分過ぎるほどあるだろう。


 「よいのです。中央を離れても、このようにの者は十二分に我が国に貢献してくれています。それに──まさかわたくしの名付け子から旦那様を引き離して酷使するワケにはいきませんもの」


 20年程前、個人的な友誼のある雪妖精の女王の元を訪ねたとき、たまたまその腹心の出産に巡り合い、半ば気まぐれで生れた赤子の名付け親(ゴッドマザー)になったのだが、現在に至るまで独身で子のいないティルタニアは、内心その子のことを娘のように気にかけていたのだ。

 美しい妖精の乙女に成長した彼女が、まさか人間と結魂するとは予想外だったが、その相手が自らが信頼する部下の愛弟子だったというのも、奇しき縁と言うべきか。


 ある意味、私情の混じった判断ではあるが、必ずしも悪い手ではない。

 何しろ一応休戦中とは言え、辺境の国境付近は何かときな臭い。その割に、優れた人材が足りておらず、事件が起きても後手に回ることが多かったのだが、はからずしもケイン&ゲルダ夫妻の存在は、辺境の治安向上に大きく貢献しているのだから。


 さらに言えば、彼が送って来る日記とも随想ともつかない手紙(名目は報告書)は、多忙な女王の数少ない楽しみのひとつにもなっているのだ。

 それがわかっているから、直属の上司であるはずのアナスンも、ケインに報告書の書き方を改めるようにと叱責を送ることもできないのだが。


 「やっぱ、嫁さんちを訪ねるからには、それなりの手土産持っていかないワケにもいかないよな~」


 もっとも、遠く離れた王都で、師であり父親代わりとも言うべき存在が溜息をついていることなど、ケインが知る由もなかった。

 今日も辺境は平和である。

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どうしようもない俺に天から妖精が舞い降りた 嵐山之鬼子(KCA) @Arasiyama

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