第6話「さよなら最初の町」
「くそう……なんでだよお……」
自室のベッドに顔を沈め、俺は打ちひしがれていた。
「ま、まあしょうがないよお兄ちゃん。ママたちの思いも汲んであげて?」
そんな俺の背中を、エナが優しくさすってくれる。
――つい先程の話。
意気揚々と帰宅した俺は、黙って旅立つのもどうかと思い、軽い気持ちで両親へ報告をしに行った。
だが、俺が冒険に出たい旨を伝えると、突然両親は血相を変えて猛反対してきたのだ。
……確かに、親の立場からすれば心配だということは重々承知しているが、なぜそこまで頑なにこちらの意見を否定してくるのか、いまいちピンときていなかった。
そこで親の話を聞いていると、実は俺は幼い頃に、自警団の目をかいくぐって一人で町の外に出てしまったことがあるらしく、その時に大怪我をしたらしい。
そこに昨日の一件だ、反対するのも無理はない。
しかし、魔物を倒せる力があると証明すれば考えを変えてくれるかもしれないと思い、再びあのスキルを発動させようとしたが、
『ブースト・パ……』
『待ってお兄ちゃん!』
まだ体が回復しきってないのに異能を使っちゃダメだよ、とエナに止められてしまった。
――そして説得は諦めてしまい、今に至る。
「傷が治ったら絶対に認めさせてやる……!」
「お兄ちゃん……どうしてもこの町を出ないといけないの? 正直エナもママたちの言うことに賛成だよ。わざわざ危険なことをしてほしくないなあ」
いつも表情豊かで元気なエナが、珍しく真剣な顔をしている。
「そりゃあ心配する気持ちはよく分かるよ。でも……」
「でも……?」
言葉を濁す俺を、エナが不思議そうに見つめてくる。
…………確かに、エナや両親からしてみれば俺は十数年一緒に過ごしてきた家族なんだろうけど、俺からしてみれば数日共に過ごしただけの関係性でしかない。
だからぶっちゃけ、心配を無視して自分の欲望を優先したい気持ちが勝ってしまっている。
――だがそんな酷いことを口に出せるはずもなく、
「……いや、なんでもないよ。もういい時間だしそろそろ寝るね」
笑顔を取り繕い、俺はエナを自室から送り出した。
……エナたちには悪いけど、明日の早朝にここを出よう。
仰向けで天井を眺めながら、静かにそう決心した。
■■■
――翌朝。
時間こそ分からないものの、窓を開けると空が少しづつ明るくなり始めていた。
「よし、ちょうどよさそうだな」
俺はすぐに旅立ちの準備を始める。
といっても、あんなに反対された中こっそり出ていくんだから、この身一つしか持ち物はない。
『旅立つ』というよりかは『逃亡する』の方が近いかもしれない。
お金も、食べ物も、武器すらも持っていないが、それでも行くと決めたんだ。
俺は、昨日書いておいた手紙だけを残して部屋を後にした。
――バレないように家を出ると、いつもは賑やかな通りには誰もおらず、ただ閑散とした空気が漂っていた。
「この時間に外出してる人がいないなんて、こっちの世界の人は生活習慣がいいんだな」
ふとそう呟いてみる。
……まあ、出かけたところでお店全部閉まってるし無理もないか。
通りを進んで広場に入ると、一昨日の件で瓦礫となった露店がまだいくつか放置されていた。
俺はオーガとの決着がついた場所に吸い寄せられるように歩みを進める。
――円形に陥没した石畳は、先の戦いの激しさを物語っていた。
「本当に……俺がやったんだな」
あの時の、白い霧となって消えていった怪物の姿が目に浮かんでくる。
同時に、町長と話していた時の『人を殺した』という自分の言葉を思い出す。
元がどんな人かは分からないけど、きっとあの人にも奥さんや子供がいたんだと思う。
あの時はああするしかなかったとはいえ、その家族たちから大切な人をこの手で奪ってしまった。
……あなたに、安らかなる眠りが訪れますように。
黙祷を捧げ終えると、俺は町の玄関である門へと向かおうとした。
――その時。
「お兄ちゃんっ!!」
背後から聞こえてきたのは、もう二度と聞くことはないと思っていたあの声。
振り返ると、息を切らし、青い瞳に涙を湛えながら佇むエルフの少女がいた。
「……エナ!? どうしてここに!?」
「どうしてはこっちのセリフだよっ!!」
愛憎入り混じったような強い言葉に、俺はただその場に立ち尽くす。
「……さっき、何か嫌な予感がして目が覚めちゃったの。それで……お兄ちゃんの部屋に行ったら手紙が置いてあっただけで……。だから、急いで追いかけてきて……」
少しづつ言葉を紡ぐエナを見て、罪悪感が抑えきれなくなる。
「……ごめん。エナたちに悪いとは思ってるけど、それでも冒険がしたいんだ」
「なんで……なんで出ていっちゃうの! なんでこのままここで暮らすのはダメなの!? エナたちと一緒にいるのがそんなに嫌!?」
「嫌なわけないよ! 俺だってここを離れるのは寂しいし、楽しいことばっかでみんなには感謝してるよ! でも、外の世界への好奇心がどうしても捨てきれなくて……! …………もう理解してもらおうなんて思ってないし、納得してもらえないことも分かってるよ」
――激しい感情のぶつかり合いとは対照的に冷たい朝の空気が、俺たちの髪を揺らす。
「そっか……何を言っても帰ってくる気はないんだね」
俯くエナの頬を、一筋の涙が濡らした。
その姿を見てどんな言葉をかければいいか分からず、ただ唇を噛み締める。
――しばらく沈黙が続き、やがて何かを決意したような顔で涙を拭ったエナを見て、俺は次に言おうとしていることを感じ取ってしまった。
「……じゃあ、エナもついて行く」
「なに言ってるんだよ! 『外は魔物がいるから危ない』って教えてくれたのはエナだろ? 俺自身はどうだっていいけど、お前にまで危険な真似をさせられないよ!」
「嫌だ……嫌だよ! エナだってお兄ちゃんが危険な目に遭うかもなんて考えただけで辛いよ!」
悲しみを通り越し怒りへと変わったような目つきを前に、口を塞ぐ。
「……つれていくって言ってくれなくても、勝手に追いかけるから」
初めて見るエナの睨みつけるような表情に、俺は旅立ちへの決意が揺らぐ。
もし本気で言っているんだとしたら、ここで振り切って行ってしまうと後をつけてきたエナが魔物の脅威に晒されるだろう。
……どうする、今日のとこは一旦帰るか? ……でも後日こっそり旅立ったところで追ってくるのには変わりないだろうし……。
このままだと一生町から抜け出せない……何か策は…………いや一つあるんだ、むしろその一つしか方法はないんだけど……。
――と、悩まされていた俺はエナが何か背負っていることに気がつく。
視線を感じたのか、
「……?︎︎︎あ、これ?︎︎家を出る前に急いで準備してきたの」
そんな要領を得ない返答と共に、エナはバックパックを地面に置いた。
「な、なんのために……?」
「さっきから言ってるじゃん、ついていくって。お兄ちゃんを引き止められないことくらい分かってたから」
言いながら、エナはリュックから薬草やお金などが入ったいくつかの麻袋を取り出す。
感情に任せて突拍子もなく言ったんじゃなかったのか……?︎︎そんなプランBみたいなことまで一瞬で準備して追いかけてきたってこと……!?
いや、だとしたら――。
「俺と一緒に来たら母さんや父さんや町の人たちにしばらく、いや下手したら一生会えなくなるかもしれないんだぞ?︎︎そんなの辛いだろ?︎︎こんな大事なこと一時的な感情で決めちゃダメだって」
「そんなんじゃないもん!︎︎よく考えたもん!︎︎……なんで。なんでママたちと会えなくなるのが悲しいって分かるのに、お兄ちゃんと会えなくなるのが悲しいって分かってくれないの……?」
両手で顔を覆いながら、エナはその場にへたり込む。
……神様、なぜですか?︎︎なぜ俺を一人身にしなかったんですか?
俺も辛いけど、それより何十倍も辛い気持ちになってるだろうこの子を見て何も思わないなら、性格悪すぎますよ。
――俺はしばらくその場に立ち尽くし、やがて決めあぐねていた一つの策を実行することにした。
「……もう、こうするしかないか」
誰に言うでもなくそう呟くと、片膝をついてエナの肩に手を置く。
「本当にいいんだな? この町とお別れになっても」
エナは両手を下ろし、まっすぐな瞳で俺を見つめる。
「うん……! 覚悟はできてるよ」
「そっか……。分かった、一緒に行こう。何があっても俺がお前を守るよ」
「やった! お兄ちゃんありがとっ!」
俺の言葉を受けていつもの明るい様子に戻ったエナは、勢いよく抱きついてきた。
……これしか手段はなかったとはいえ、母さんたちと会えなくなるからエナには悲しい思いをさせちゃうな。
逆に母さんや父さんにも悪いことをしてしまった。
最愛の我が子たちが突然いなくなる辛さなんて、想像もつかない。
神様に会ったら絶対クレーム言ってやる……! 『なんで両親がいるんだー』って。
そして他にもいろいろ問いただしたいことはあるけど、一番は――。
「なあエナ、一つ教えてほしい。危険なことばかり起きたり、この町にしばらく帰れないことはもう十分理解してると思う。でも、どうしてそこまでして俺と一緒にいたいんだ?」
答えなんて元から分かっているが、確信を得るために質問を投げかける。
エナは弾けるような笑顔で。
「そんなの決まってるじゃん、お兄ちゃんが大好きだからだよっ!」
なんのためにこの世界に来たのか、異能以外にチート能力はないのか――。
そんな挙げるとキリがない疑問の中で何よりも気になることが、エナとの関係だ。
別段妹キャラが好きなわけでもないのに、こんな超がつくほどのブラコン設定にするなんて、どういう意図があるんだろう……? 神様に会ったら、何よりもまずこれを説明してもらいたい。
まさかなんとなくって理由じゃないと思うが、もしそうだったら神だろうがなんだろうが引っぱたいてやる。
「俺もできることならエナと離れたくなかったから、これからも一緒にいれるなんて嬉しいよ。……じゃあそろそろ行こっか」
言いながら、手を引いてエナを立ち上がらせた。
――町の門に着くと早番の自警団がいたが、薬草採取を理由に扉を開けてもらった。
もっとも、時間が早すぎるからかなり不審がられていたけど。
『冒険をしたい』、『魔法を使いたい』、『エナとの関係を知りたい』――。
そんな数え切れないほどの欲望を胸に秘め、俺はエナと共に町の外へ踏み出した。
俺、魔法使いがよかったのにっ!! 成瀬リオ @R_I_O
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