カサとブルース

カサとブルース

同級生のクンちゃんが、俺達の母校の小学校の校長になった。そんでもって、家でぷらぷらしていた俺に、「エーちゃん、一つ頼まれてくれないか」とお声がかかった。

仕事の内容は、傘の修理職人だった。風の強い雨の日は、登校時に子供達の傘が壊れてしまい、下校時にさして帰れなくなっているという。そいつを下校時までに修理してほしいという依頼だった。残念ながら給料は出せないが、代わりに作業環境は最高の状態に整える&給食付きとの事だった。

最近、俺が日中家にいるとカミさんがいい顔をしなくなってきたので、渡りに舟と引き受ける事にした。

俺の職場は、もう使っていないという理科実験室だ。そこにカウンターと大きいテーブルを置いて、作業場の出来上がりだ。悪くない。無料奉仕の代償として、クンちゃんが最高級コーヒーメーカーを導入してくれた。俺は自宅で使っていたバカデカいスピーカーとターンテーブルを持ち込んだ。

朝起きて、雨が降っていたら出勤していく。低気圧なんか接近してきた日にゃあ、いつも大忙しだ。俺は、部屋中を濃いめのコーヒーの香りで満たし、マディ・ウォータースのレコードをかけて、まさにマディ・ウォーターにまみれて歩いてきた子供達を待ち受けるのさ。

パイプをくわえて新聞を読みながら、「あ、そこに名前書いて置いといてね」なんて、余裕の表情で子供達に指示を出す。修理傘が何本来ようと、余裕のスタンスは崩さない。子供達に、音楽とコーヒーと新聞を楽しんでいる様を見せつける。なぜかって？これは、世界だ。コンプライアンスに縛られてる教師連中とは違う「男の世界」だ。子供達の記憶に、この「男の世界」で生きる俺の姿を刷り込むんだ。それが、俺の目的だ。昔は、こんな教師もたくさんいたさ。キヨシローだって、そんな歌を歌ってるだろ。

始業のチャイムが鳴り生徒がいなくなると、レコードをマディ・ウォータースからテン・イヤーズ・アフターに代え、一気に修理を開始する。故障の原因の大半は傘の骨折れだ。そいつをかたっぱしから溶接して繋いでいく。電動工具の修理工房に長く勤めていた自分には、傘の修理など朝飯前だ。アルビン・リーのギターソロに乗せて、バンバン傘を修理していく。

下校の時間になり、子供達がやってくる。また部屋中を濃いめのコーヒーの香りで充満させ、マジック・サムをかけながらパイプを燻らせ待ち受ける。

「わあ、オジサン、こんなにたくさんの傘、すごいね〜」

「そうかい」

「どうやって直してるの？」

「ん？魔法だよ」

と言って、俺はウインクしてやる。

「帰りも風が吹いてるから、明日、晴れてても出てきてやるよ。もし、傘壊れちまったら、明日持ってきな」

「ありがとう！お母さんの傘も持ってきていい？」

「ああ、いいよ。父ちゃんのでも母ちゃんのでも、なんでも持ってきな」

さてと、コーヒーを飲み終えたら、自分もレインコートを着込んで帰るとするか。

俺は、BBキングのレコードをかけっぱなしにして、教室を出た。