第116話 北の天才軍師は重要人物 王国のそれから ~エピローグ~



 勝鬨が聞こえる。


 町の外壁を無数の兵士がのぼり、開かれた門からも無数の兵士が突入していく。


 私とともに戦い抜いてきた北の兵士たちと、ずいぶんと前に一度敵対したことがあるスィフトゥ伯爵が率いる兵士たちが外壁の上で肩を組んで喜びを盛んに叫んでいる。


 王国西部にあるシャントンの町は王都への招集に応じなかった六人の諸侯の最後のひとり、ライザン候が治める町だ。国王暗殺が明らかになったシャンザ公に娘を嫁がせていた諸侯でもある。


「これで終わりましたな、ノイマン伯どの」


 スィフトゥ伯爵がそう言って微笑む。


「・・・終わったのは内乱です。どちらかと言えば、ここからが始まりですよ」

「ここからが始まり、ですか。たった半年で王国内に散らばる九つの町を落とし、六人の諸侯を屈服させたノイマン伯はさすがに言うことが違いますね」


「嫌味ですか?」

「いえいえ、アルフィでの戦いではノイマン伯に苦しめられたのだなと懐かしく思っておっただけですがね」


「・・・あれはもう、忘れて頂きたい」


 ・・・これも牽制のひとつなのだろう。


 辺境伯に任じられた男爵から新王に味方して王国の伯爵に任じられた三人のうちのひとり、スィフトゥ伯爵。それだけの貢献はしている。


 ひょっとするとこの先起きる宮廷闘争も視野に入れているのかもしれない。


「あの時、オーバ殿がアルフィに味方してくださらなかったら、今はないですからな」

「ははは・・・」


 私は乾いた笑いを返す。


 私にとって命を脅かす恐怖の対象であると同時に、返すことのできない大きな恩を受けた相手。


 その名前を聞くだけで。

 私は複雑な思いを抱く。


 初めて会ったのはカイエン候の間者として辺境伯に取り入り、軍師として辺境伯軍を動かしていた陣の中。


 わずかなやりとりの後に意識を刈り取られ、森の中で思い出したくもない拷問を受けた。

 そして、餓死寸前のところで二度と敵対しないと約束させられた上で解放された。


 それから二度と会いたくないと思っていたのだが、次に会ったときには夜盗に殺されたと聞いていた母と妹を連れて私の前に現れ、北の軍勢を後退させるように要求してきた。


 母と妹は私が裏切らないようにとカイエン候に人質として軟禁されていたがカイエン候の指示で町から町へと移動しているときに夜盗に襲われ、殺されたのだと連絡を受け、いつか必ずカイエン候に報復すると心に誓っていたところだった。


 そこから先は、カイエン候のもとで辺境伯軍と協力して王都を落とし、そのついでにカイエン候もシャンザ公と宰相を使ってうまく処理した。

 母と妹は生きていたが、これまでの扱いに対する不満は大きかった。

 あくまでもシャンザ公や宰相が殺したようにしか見えないのだから特に問題はないだろう。

 カイエン候の北の領地はその支配下の町の数を減らしてカイエン候の息子が継いだ。爵位は侯爵ではなく伯爵とされて。


 ただ、スィフトゥ伯爵たちとは違って、私はくわしいことは聞かされていなかったので、血まみれの謁見の間でトゥリム殿が前王のご落胤だと名乗って王座についたのは驚いた。


 あれから半年・・・。






 あの日。


 謁見の間でトゥリム殿の王への名乗りを真っ先に認めたのは宰相だった。


 見事なまでの手の平返し。

 両膝をついて平伏し、王家の血筋であることを認め、今すぐに王命を下すようにと進言した。


 トゥリム殿・・・いや、新王は、諸侯に王都への招集をかけさせた。宰相はすぐに係官を集め、新王へと平伏させ、各地へと使者を発した。そして、宰相自身はみずから牢へ入った。


 次々と諸侯は使者とともに王都に集まり始め、もっとも王都から遠いと考えられるアルティナ辺境伯が王都入りした翌日、新王は集まった諸侯を謁見の間に呼び出し、領地に残った六人の諸侯を逆賊と宣言し、討伐を命じた。


 そして、新王は私の能力を認めて伯爵に任じ、軍を率いて六人の諸侯を討ち、内乱をおさめるように命じた。辺境伯領の三人の男爵についても伯爵に任じ、私の副官とした。


 突然の大変革に諸侯は騒然となり、いきなり諸侯になった私は呆然となった。


 しかし、辺境伯軍とともに武力をもって諸侯でもっとも力のあったカイエン候とシャンザ公を破り、王都を制して王座についた新王に逆らえる諸侯はいなかった。


 新王の周囲を王国最強と噂される神殿騎士や巫女騎士が固めていたことも大きい。シャンザ公に暗殺された王とはちがって、奇跡を起こすと名高い辺境の聖女との関係が良好なことも新王の評価を高めていた。


 ずっと呆然としていられるはずもない。それに、辺境伯から大量の兵糧を贈られたこともあり、私はこれまでとちがって思う存分戦う機会を得たと気づいた。

 これなら時代遅れの諸侯どもに負けるはずがない。遠慮なく功績を立てさせてもらうとしよう、そう思って各地を転戦し、半年。


 今、最後の町を落したのだ。

 スィフトゥ伯爵から見ると早い結果だという。


 絶えず辺境伯領から兵糧が補給されるのだ。私に言わせれば何の迷いもなく戦えるだけの環境があった。それでも半年もかけてしまった。


 このままでは辺境伯領だけが突出して豊かになる。


 私の心配事は王国のこれからのことに移っていた。


 どうやら、突然伯爵へと取り立てられたことで、私は無意識に新王への忠誠心を抱いていたらしい。不思議なものだ。






 新王はきわめて優秀な王だと言うのは臣下としては不敬なのかもしれない。


 新王は一度集めた諸侯を領地へ帰らせ、今度は妻子とともに王都に集めていた。捕えられた六人の諸侯も同様で、妻子も捕えて王都へ連行した。


 そこからは領地の再編が次々に命じられた。


 これまでの王とちがっていたのは、圧倒的な武力を背景にして諸侯の領地を少しずつ削ったことだ。

 特にこの内乱で近隣の領地を奪った者、奪おうとした者の領地は削られた。

 中心となる町を残しながらも周辺の村の帰属を変更し、取り上げた町を新たな中心として小領地を生み出す。

 王国内の町という町の名を把握していたのはさすがは元巡察使というところか。

 そうして複数の町を領有していた諸侯は町ごと周辺の村を削られ、ひとつの町の領主だったものは周辺の村を削られた。

 中にはこれまで支配していたところではない町の領主とされた配置換えの諸侯も出た。

 逆賊とされた六人の諸侯は、後嗣にその地位を譲って処刑され、領地は削られた。

 謁見の間で殺されたカイエン候は後嗣に一部領地を認めつつ降格、シャンザ公は処刑の上、族滅された。


 そうやって削っていった領地は、この内乱で戦功のあった者に分配されるとともに、王家直轄領とされた。

 この王家直轄領というものが、これまでの王にはなかった発想だった。

 これまでの王が王足りえたのは王国最大の町である王都の支配者だったからだが、王都以外には特に支配地を持たなかった。そこを大きく変えたのだ。


 戦功の第一位はアルティナ辺境伯とされた。

 今は亡き最高神殿の巫女長さまの預言の通り、南の辺境伯領を王国の騒乱の中で乱さずに治め、内乱を鎮圧する最高戦力と物資を供出した。

 辺境伯領はもともと十の町で構成されていたのだが、このうち六つの町は三人の男爵の支配下にあり、辺境伯の支配は四つの町に限られていた。それを男爵領から三つの町を辺境伯に与え、爵位も侯爵として、さらには王を選ぶ諸侯という意味で選王侯と呼んだ。

 選王候には内乱において欲を出さず自領の安定に努めたもう一人の侯爵も選ばれたが、これは大きな名誉となった。

 辺境伯領のうち、辺境都市アルフィとそこから川がつながる海沿いの町カスタ、そして外壁の高さが王国でもっとも高い城塞都市ツァイホンが王家直轄地として召し上げられた。

 辺境都市アルフィについては神殿委託領とされたので名ばかりの王家直轄地ではあった。


 スィフトゥ、フェイタン、ユゥリンという辺境伯領の三人の男爵は、先にも述べたが同列で戦功の第二位として新王より伯爵に任じられ、王都周辺の三つの町を与えられた。

 また、選王伯と呼ばれる名誉も得た。

 実は私もこれと同じ扱いで、ユゥリン伯爵が王都東部三町、フェイタン伯爵が王都西部三町、スィフトゥ伯爵が王都南部三町、私が王都北部三町を得た。

 選王伯という名誉だけでなく、四方伯とも呼ばれるようになった。


 もっとはっきり言えば、私たち四人と王家直轄領のために新王は諸侯から領地を削り取ったのだと言えた。

 内乱で栄達を果たした私たちの噂は王国を駆け巡り、憧れとなった、らしい。

 あまりそういう実感はないが、とんでもなく出世したという自覚はあった。


 それに、私たち四方伯は内乱とそれに続く討伐において大量の捕虜を抱えていたため、その半分を新王に差し出しても、それぞれが新たに三つの町を治めるのに十分な人間を確保できていた。

 領地を削られた諸侯は、そもそも領地を維持できるだけの人間を確保できていなかったのだ。


 王家は王都と王国各地の十二の町を王家直轄領とした。

 単純に王家の力はこれまでよりも十二倍、単純でない考え方をするのなら、この内乱を終わらせるために物資を提供し続けることができたアルフィのフィナスンやカスタのナフティなどの侠客の力までも握った王家の力は圧倒的だと考えられた。


 ここまでのことを考えながら内乱を戦い抜いたのだとしたら本当にこの新王は英邁だと言える。

 王家に継ぐ力を持つのは元辺境伯のアルティナ侯爵だが、そのアルティナ侯爵も旧辺境伯領でもっとも豊かだったアルフィとカスタを王家に押さえられたのだ。

 誰も今の王家に手は出せないだろう。


 さらに新王は、私も含めた四方伯とフィナスンやナフティの力でこれまで開拓不能と考えられていたリィブン平原に町を建設させた。

 カスタの町で栽培されている米という作物をリィブン平原の湿地帯で栽培させるとともに、辺境都市の向こうにある大草原から持ち込んだ馬や羊という動物の飼育を行うという。

 羊は辺境都市アルフィでも飼育されていたが、馬は王国では初めてとなる。

 しかも、この内戦で馬というものがいかに戦いに役立つかは証明されていた。

 王家の力がさらに増す要因だ。その中心となったのはアルフィの侠客のフィナスンだった。


 王家の力が衰え、内乱を招いたはずだったのに、いつの間にかその内乱を鎮圧して王家の力が以前よりも高まっていた。


 それはまるで詐術のようだった。


 諸侯たちも力を奪われ、失うばかりではいられない。

 なんとか状況を変えようと、新王に娘を娶らせようと画策する。


 しかし、これも新王は見事にかわす。


 かつて生きながらえるために王国を離れていた新王が国外で娶った妻と子どもを呼び寄せたのだ。

 子どもは息子が一人に娘が二人。呼び寄せた妻を新王は正妃として紹介し、さらには妻子との仲睦まじい様子を見せつけた。


 ならば新王の息子に孫娘を、という老いた諸侯は、新王から辺境の聖女の娘との婚約がすでに決まっていると告げられてぽかんと口を開けていた。


 もちろん奪うばかりでは王国を治められない。

 新王は領地の支配に苦しむ諸侯に麦や米を貸出して栽培に協力するとともに、羊を贈って飼育できるようにするなど、食糧の増産に取り組んだ。

 ただし、馬の育成だけは王家から外に出さなかった。


 王家の力は増したとしても、王国全体の力は内乱で失われていたのだ。


 スレイン王国がかつての隆盛を極めるにはまだまだ年数が必要だった。






 冬のある日のこと。


 私は王国の副都とされた海沿いの町カスタへと国王陛下に呼び出された。


 冬のもっとも寒いとされる一か月間。

 国王陛下は冬でも割と温暖なカスタへ遷移される。王都の冬はなかなか厳しい寒さなのだ。


 内乱での功績による地位の高さはもちろん、その結果として恨まれているという自覚もあるので、五十を超える護衛とともに十日かけてカスタを訪れ、国王陛下に謁見する。


 謁見の間での公的なものではなく、執務室での謁見だ。


 重要だが、まだ表に出せない話がある、ということだろう。


「よくきてくれた、ヤオリィン」


 笑みを浮かべた国王陛下が私の名を呼ぶ。


 これが謁見の間であったのなら、ノイマン伯、と呼んだことだろう。

 親しげに話しかけられて悪い気はしない。


 それに国王陛下は、私の能力をある意味で誰よりも高く評価してくれたお方だ。


 国王陛下の右後ろには、よく見知った護衛が立っている。

 陛下をまだトゥリム殿とお呼びしていた頃からずっと陛下の護衛だ。

 一度、手合わせで陛下を打ち負かしたところを見たこともある。

 今となってはそれも懐かしいことだ。私は陛下に一礼したあと、ちらりと視線を護衛に動かすと、護衛も小さくうなずいてくれた。


「陛下、お元気そうでなによりです」

「カスタは本当に王都よりもあたたかく、居心地がよい。もちろん健康にもいい。こっちが王都でもいいんじゃないかと思うほどだ」


「・・・ご冗談を。もちろん、ここが王国でも最大の人が集まる町だとは思いますが。ここを王家直轄地とした陛下のご慧眼に感服するばかりです」

「まあ、王国の端にあるのでせいぜい一か月が限度なのだがな」

「その通りでございます」


 副都として越冬にはよいが、王都として王国の政務を執るには偏った位置になる。もちろん国王陛下はそんなことは分かっている。


 では、今回の用件は何か。


 私はほんの少し首をかしげて国王陛下の言葉を待つ。

 こちらから用件は何かと聞くのも礼に反するというもの。


 陛下もそれを察してくれた。


「呼び出したのは他でもない。あとの三人にはまだ聞かせたくない話だ」

「はい」


 そうだろうとは思っていた。

 だが、討伐すべき諸侯がいるという情報も特にない。


 内乱で苦しんだからか、領地を削られても国王陛下から多くの援助を受けられる今の方が諸侯にとってもいい状況なのだ。身に余る野心を抱かない限りは。


 それではいったい・・・。


「そろそろ正式に息子の立太子を行う。ヤオリィンにはあの子の師父を務めてもらいたい」

「な・・・」


「頼めないか?」


 ・・・驚きすぎてまともに返事ができなかった。


 この方はいったいどこまで私を評価してくださるというのか。


 私はそこまで清廉な人間ではないと自分では思っている。

 どちらかといえば策謀を用いて勝利を得ることにためらいはない。


 王国の役には立っているとは思う。

 だが、それほど重要な存在かと言えばそうでもない気はする。

 それを、陛下は近くで見てきたはずなのだ。


 師父とは、教え子が成人すればその補佐役として支える者だ。

 立太子が済めば王太子となり、次代の王となる。その補佐役とはつまり、宰相である。


 陛下は私に王国の未来を背負えと仰せである。


 ごくりとつばを飲み込む。


 私以外の四方伯はみな陛下よりも年上だ。辺境伯は若いが、王家に継ぐ領地を有するとなると宰相としては所領が大き過ぎる。他の諸侯では内乱における功績が足りない。


 ・・・断る理由は、考えつかなかった。


「・・・仰せのままに」

「そうか。正式には立太子のときに共に伝えることになる。そのつもりでいてほしい」


 私はただ静かに頭を下げた。


 そして、心の底から願う。


 あの日。

 森の中で粉々に砕かれた私の野心とも呼べる何かが。


 二度と浮かんでこないように、と。





  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

かわいい女神と異世界転生なんて考えてもみなかった。 相生蒼尉 @1411430

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ

参加中のコンテスト・自主企画