第12話 島根県浜田市

 夜を待って始まる石見神楽(いわみかぐら)。

 地元民に混ざって大蛇や神々が舞い、謡う様を見ていた。

 隣席には神楽に見入る夫と息子の姿がある。


 ここ浜田の街は昨年二○二○年十二月の日韓同盟成立以降、日韓

両国の観光客で随分と賑わっていた。

 米朝核合意調印前の金代表書記に依る弾道ミサイルの発射により、

元北朝鮮の領土は米国を主体とした国連軍が向こう三年間駐留し、

その後韓国政府に引き渡すことになった。

 日韓同盟の調印以降元の竹島が日本語では「同盟島(どうめいじ

ま)」、韓国語では「トンメンド)」、また英語表記では、「 A l

l i a n c e I s l a n d =アライアンス・アイランド」と改

められることになり、日韓両国の国民が、パスポート不要で自由に

出入り出来ることになったからである。


 何と言ってもこの浜田は、同盟島に行き来する際の日本側の最短

地点なのであるから、観光客で賑わうのも道理だ。

 譲れない日韓双方のどちらの顔も立つようにとの配慮から、日本

政府が島根県より竹島の所有権を買い取り、改めて竹島の所有権を

日韓同盟連事務局に引き渡したのだ。

 拉致被害者や韓国の離散家族も続々と解放され、I‐418は特

定秘密から一躍世間の注目の的となった。

 そうして昨年のI‐418の活躍により、韓国内では反日感情が

一気に吹き飛んで日本歓迎ムードに切り替わった。

 同盟島に対しての措置は、その後日韓同盟のスピード調印に到っ

たことへの日本政府から韓国政府への配慮でもある。

 以降竹島問題で緊張の続いていたこの浜田の街にも、漸く平穏な

日々が訪れたと言う訳である。

 無論日本の「竹島」、或いは韓国の「独島(トクド)」と言う呼

称も、既に過去のものとなり今では口にする者もいない。


 先月息子の桂が、同盟島から韓国に渡ってみたいと言い出した。

 そしてもう一度敬美お姉ちゃんに会いたい、と。

 

 諜報員の任務を解かれたあの安敬美も、今では韓国軍の女性広報

要員になったそうだ。

 桂の希望を二つ返事で承諾してくれた敬美。

 元の顔に整形し直した敬美も、一年前のあの宋永善に勝るとも劣

らないほどの美貌であった。

 顔を元に戻すと言う話を聴いた時には、あんなに綺麗な顔なのに

           ‐170‐





何も戻さなくとも、と、思った程である。

 今頃本物の宋永善も、あの顔で行き来が自由になった朝鮮半島の

何処かの空の下、颯爽と街路を闊歩していることだろう。

 財閥解体が実行された韓国の国内では一時的に景気は落ち込んだ

が、日本の輸出規制の撤廃や日本は勿論その他外国からの企業の進

出が活発になり、若年層の失業率は大幅に下がったらしい。

 どんな風に変わったのか、私も韓国に行ってこの眼で確かめるの

が今から楽しみで仕方が無い。


 そうして美姫はこの秋の気配の訪れ始めた浜田の海の、その向こ

う側に住む人達のことへと思いを馳せていた。

 ふいに耳朶を打ったのは、隣に座る成の笑い声。

 刹那、去年の、あの時の、未だ竹島であり、独島であった同盟島

での成の声が脳裏に重なった。



 チュンヂュモ・イ・パンジャガ,マルル ナムギン コッ カチ

(=曾祖母李方子が、言い残したように、)

 イ・ジンヌン シクッチュンドゲソ チュゴイッソントン コシ

ダ(=李晋は食中毒で死んだのだ。)

 ウリドゥルン イルボネ トラガンダ(=私達は日本へ帰る。)


 翌日大韓民国国王と成る筈の彼に、追い縋る敬美と居並ぶ韓国軍

の兵士達。

 最後に成は思いを断ち切るように、こう叫んだ。


 イゴスン ワンミョン イダ (=これは王命である。)


 結果私達はI‐418と日本の海上自衛隊に依って救出された、

北に依る拉致被害者として報道された。

 朝鮮半島の安定の為には成も私も桂も、ずっと日本人で居る方が

良い。

 朝鮮半島の覇権を窺う輩には成の血は垂涎の的なのだ。

 そのことを身を以て体験した、成と、そして私と桂。

 否、と、言うよりも、そのことを柳大将軍が身を以て教えてくれ

たと言った方がいいのかも知れない。


 やはり大韓民国国王の座は空席で良いのだ。と

 

 そう、彼の身体の中にも私達と同じ、朝鮮の血が流れているのだ。

 最後はそこに尽きる。

             ‐171‐







 総てはそこに帰結するのだ。


神楽が終演を迎え、美姫は成や桂と共にホテルへの帰路に着く。

 明日九月十六日には同盟島から江陵(カンヌン)へと渡り、明後

日の十七日はソウルへと向かう予定だ。

 隣のベッドの上では、仰向けに寝転がった桂が、明日からのこと

を楽しそうに話している。

 それ等の話を、うん、うんと、頻りに肯きながら聴くともなしに

聴いていた。

 何時の間にか眠りに落ちていく。

            

 その夜夢の中で、昌徳宮殿下の御声を聴いた。 


   白くあれ李。

     汝、穢れを知らぬ純白の花。


 方子妃殿下の御声も。


   その五弁の花弁もて、

     朝鮮と日ノ本に懸かる橋の擬宝珠となれ。


 雲峴宮殿下の御声も。


   両国の中天を穢れ無き汝の白へと、

     永久に染め抜き給へ。


 そして御三方の御声が重なり合ってさんざめく陽の光の中へ。


   白くあれ李。

     汝、穢れを知らぬ純白の花。


 微かに差し込んでくる陽光に瞼を擽(くすぐ)られた美姫は、漸

く長い夢から醒めた。

 起き上がって窓のカーテンを開ける。


 見上げた蒼穹には、真っ白な雲が五弁の花弁を模っていた。


 それはまるで李の花のように、穢れなく、白く。

 そしてその純白の花は、同盟島に永久に咲く。

                           了

            ‐172‐


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白くあれ李(すもも) 松平 眞之 @matsudaira

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