第11話 東京・赤坂

 SM‐Xを発射して以降発令所内の様子は、Xバンド衛星通信回

線を通して、此処迎賓館の地下に特設した司令部にそのまま伝わる。


(間も無くブルーストーム一号機、並びに奥平成一家を乗せた輸送

用ヘリを収容する。

 急速浮上。メインタンク・ブロー【潜水艦の浮上時、メインタン

クから排水すること】)

 

 慌しく令する比嘉の声が、司令部の中にも響いた。

 I‐418が、今まさに海面に浮上しようとしている瞬間である。

 次いでスピーカーを通して木霊するクルーの復唱の声々。


(メイン・タンクブロー)


 直後オペレーターが押し被せる声を上げた。

(我々の発射したSM‐X以外に、米韓のイージス艦と海自のイー

ジス艦からも、総計30発のSM‐3が発射されている模様)

 次いでもう一人のオペレーターが、呻くような声で続ける。

(黄海上のイージス艦、韓国海軍の太祖大王(テジョデワン)から撃

たれたSM‐3の、インターセプト時期近付く。

 今、インターセプト・・・・・外れたようです。

 弾道ミサイルの反応が消えません)


 オペレーターの言葉を聴いて、総指揮を執る芹沢がヘッドセット

のマイクに口早に吹き込んだ。

「それは太祖大王のSM‐3に不具合があったせいなのか?

 それとも北の反乱軍が発射した弾道ミサイルが、既存のSM‐3で

は追うことの出来ない高々度を飛翔している言うことか?

 比嘉艦長の意見は」


(恐らくSM‐3では、こんなに高々度を飛行する目標に追い付け

ないものかと。

 SM‐3の大気圏外への侵入状況を見る限りでは、インターセプ

トすることが出来ないように思われます。

 それに赤外線シーカーが目標をロストしたとか、或いはロケット

モーターの不具合が生じたと言う訳ではないようですし、太祖大王

から発射されたSM‐3は、目標に向かって真っ直ぐに飛んで行っ

            ‐163‐







ています。

 恐らくは、他のSM‐3も同じことになるかと・・・・・。

 何よりこの弾道ミサイルが多弾頭であった場合、仮にひとつの弾

頭を捕捉出来たとしても他の弾頭は着弾します)


 比嘉の答える声が途切れるよりも早く、交互に発するオペレータ

ー二人の容赦の無い声々が押し被さった。


(日本海海上の米ミサイル巡洋艦、シャイアンから発射されたSM

‐3のインターセプト時期近付く。

 今インターセプト・・・・・外れました。

 弾道ミサイルの反応はそのまま)


(同じく日本海海上の海自護衛艦あきしまから発射されたSM‐3

の、インターセプト時期近付く。

 今インターセプト・・・・・外れました。

 弾道ミサイルの反応はそのまま)


(同じく・・・・・)


 次々と迎撃に失敗するSM‐3の数々に見切りを付けた比嘉の、

(もういい)と告げる声がオペレーターの二の句を遮る。


 言う迄も無く司令部のメインモニターにも、柳星来率いる北の

反乱軍が発射したと思われる弾道ミサイルを示すマーカーの、そ

の動く様が刻一刻と投影されていた。

 無論それを迎撃出来ない数本のSM‐3のマーカーもである。


 そうしたメインモニターに映し出される芳しくない状況と、ス

ピーカーから漏れる切迫した声々を聴き、いたたまれずに今度は

希美がヘッドセットのマイクに吹き込んだ。

「司令代行、SM‐Xのインターセプト時期は?」


 スピーカーを通して聴こえて来る、唯一人の女の声が即応する。

(間も無くであります)

 と、揺るぎ無い遥の声が司令部の中に響き渡った。


 SM‐3が3たる所以。

 それは第三段目のロケットモーターから押し出されたキネティッ

ク弾頭が、標的を目指して飛んでいくことにある。

            ‐164‐






 発射されたSM‐3は、第一段目、第二段目とロケットモーター

を次々に燃焼させた後、分離した第二段目、第三段目のロケットモ

ーターに次々と点火を継続させて行く。

 そして第三段目のロケットが大気圏外へと突入し、目標を捕捉す

るまでパルス燃焼で凡そ三十秒程度飛行する。

 その第三段目のロケットが切り離され、実際に目標を迎撃するキ

ネティック弾頭がそこから押し出されて行くのだ。

 故にSM‐3は3なのである。


 そしてSM‐XがXたる所以。

 それはその第三段目で目標が迎撃不可能な射高だと判断すると、

大気圏外に入ってから三十秒を過ぎても更に飛行を続け、第四段目

でキネティック弾頭を押し出すのだ。

 また弾頭が多弾頭であると判断した場合、20発迄対応可能なキ

ネティック弾頭が総ての目標に向かって個々に襲い掛かる。

 但し第三段目で迎撃可能な単発の弾頭と判断した場合は、四段目

のロケットごと第三段目で切り離すことになっている。


 そのような最新技術を駆使したSM‐Xと言えど、一度の発射実

験もしたことが無いのが実状であった。

 事ここに至ってはI‐418のクルー達も、或いは司令部の面々

も、皆拳を握り締めてメインモニターを見守るしかなかった。


 言い替えれば日本の技術を信じて見守るしか、術はないのである。


 やがてスピーカーから漏れるオペレーターの声だけが、司令部の

中を席捲していった。


(SM‐X、インターセプト十秒前、九、八、七、六、五、四、ス

タン・バイ、マーク・インターセプト)


 訪われた一瞬の静寂。

 直後それを切り裂く、オペレーターの誇らしげな声が響き渡った。


(クリアー。

 一瞬多方向に分かれた弾道ミサイルの反応が総て消えました!)


 次いで発令所で上がったものか、はたまた司令部で上がったもの

か、其処此処で上がる勝鬨の声が司令部の中を埋め尽くしていく。

 やがてオペレーターが奥平成一家を乗せた輸送ヘリと、引き返し

            ‐165‐






て来たブルーストーム一号機が着艦態勢に入った旨を知らせて来た。

 I‐418のセイル後方の格納型飛行甲板へと収容されていく様

を、随時詳細に伝えてくる。

 今この瞬間、発令所も司令部も歓喜の声に包まれていた。


 そんな中発生したノイズが不協和音を立て、I‐418からの通

信を掻き消したと思うや、代わってスピーカーから吐き出されたの

は不詳の男の声である。 


(やはりやってくれましたな。いや、お見事でした。ありがとう)


 Xバンド衛星通信回線の、しかも秘匿回線にいきなり割り込んで

来た声に、閣僚も幕僚も皆が皆色めきたった。

「誰だ、誰なんだ!」

 総指揮を捕る芹沢の時ならぬ金切り声に、歓喜の声に包まれてい

た司令部の空気が一瞬にして凍り付く。

 コンソールの前の通信担当が、必至の形相で芹沢に言い募った。

「この秘匿回線は完全にジャックされています。

 恐らくはI‐418の発令所も、同様にジャックされているもの

かと思われます。

 この回線を一旦断ち切って新たに回線を引き直すことも可能です

が、その回線をまたジャックされれば同様に・・・・・」

 刹那通信担当の二の句を遮る高の低い声。


「否、その必要はありません。

 私にヘッドセットを貸して戴けますか?」


 水を向けられた芹沢は怪訝そうに小首を傾げながら、ヘッドセッ

トを差し出した。

「誰の声なのか分かるのですか?」

 無言を返事にした高がヘッドセットを装着すると、思いの外の名

を口にする。

「柳大将軍、ご苦労様でした」

 スピーカーからは疎らな拍手と共に柳の賞賛の声が零れ落ちた。

(やはり日本の技術は世界一だ)

 ややあって、高の口にした驚天動地の言葉。

「柳大将軍、漸く我々の計画も成就しました。

 そろそろ本当の所を、皆さんに御話しする時が来たようです。

 発射されたICBMの弾頭には、核も、生物兵器も、何等危険物

は装填されていなかった、と、そのことを告げるべき時が」

            ‐166‐






 高が言い終わるよりも早く、芹沢が口角泡を飛ばして言い募る。

「ちょっと待って下さい。

 どう言うことだ! 

 柳と二人して我々を愚弄したのか!」

 刹那板倉は芹沢の肩を抑え、一歩前へと歩み出た。

「否、そうでは無いと思いますよ。

 恐らくは韓国の財閥解体を決定付ける為、そして金一族の支配か

ら解放された元北朝鮮の人々が韓国の人々と平等に生きんが為、違

いますか? 高長官」

 無言で肯く高と、呆気に取られる芹沢や希美を始めとした幕僚等

を尻目に、板倉がヘッドセットを着けたままで淡々と言い放つ。


「もし柳氏が実際にクーデターを起こし成功して中国の後ろ盾を得

れば、韓国財閥は解体されずに済みます。

 何故なら中国国内に大規模な工業団地が築かれ、そこに韓国財閥

が入り込み彼等は解体されるどころか今迄以上に勢い付く。

 一方米朝核合意に依って核を完全放棄した場合も、金一族は体制

保証こそされても人民軍を掌握し切れなくなる。

 そうなれば人民軍を実質的に支えるのは、金一族と裏で結び付い

ている韓国財閥と言うことになってしまう。

 何れにしても韓国財閥が解体されることはなく、何れにしても韓

国には駐韓米軍など不要と言う方向に向かう。

 畢竟朝鮮半島での日本の存在も不要と言うことになり、朝鮮半島

全体が益々反日へと向かうことになってしまいます。

 しかし金代表書記が放った弾道ミサイルを日本が対空ミサイルで

撃ち落し、そのことにより彼が内外から信用を失い失脚すると同時

に誅殺され、その上クーデター政権の樹立が消滅したとしたら。

 そこに中国の介在する余地はない。

 しかも真珠湾を狙った新型弾道ミサイルをSM‐Xが撃ち落した

となると、米国内でも日本を批判する声は上がらない。

 それにこれ等事実が総て公になると、戦略潜水艦建造の是非は別

にして米国はI‐418を始め、ブルーストームやSM‐Xの成果

を横取り出来なくなる。

 違いますか?

 そしてその内容は既に・・・・・」


 高が口を開くよりも早く、スピーカーを通して柳が押し被せた。

(御察しの通り今し方動画サイトにアップしたところです。

 世界中に日本の開発した新型対空ミサイルが、我々の開発した新

型弾道ミサイルを撃ち落す様子が拡散されていることでしょう。

            ‐167‐





 総ては錯乱した金代表書記がやったこととしてね。

 無論我が国ではクーデターなど無かったと言うことになる。

 それから駐日米国大使のジョン・キングに、柳がくれぐれも宜し

く言っていたと、板倉大臣から御伝え願えますか。

 もう余り時間が残っていないので要点だけ伝えておきますが、こ

れ等一連の流れに於ける殆どの絵図面は彼が描いてくれたのです。

 実は私が中国を頼ろうとした時期に、米国の諜報機関も私に接触

して来ていたのです。

 私は米国の、否、キングのブレーンの立てた策に乗った。

 何故なら中国の提案を受け入れれば何時迄経っても韓国の財閥は

解体されず、仮に我が国の人民が解放されても元北の人民と言うレ

ッテルを貼られ、一生を韓国財閥の末端の労働力として搾取され続

けなければならない。

 今迄我が人民から搾取し続けてきた金一族を生かし続けることや、

またそれ以上に我が人民を韓国財閥の奴隷に貶める選択肢など私に

は無かった。

 また米国政府にしても、核を完全放棄すると誓った金代表書記を

明らさまに排除することは出来ないし、益してや一方的に米朝核合

意を反故にする訳にはいかない。

 そこで私に眼を附けた米国の諜報機関は、キングと深い繋がりの

ある米シンクタンクが立てた今回のこの策を携えて、私に接触して

来たのです。

 そうしてキングと手を組む決意をした私は、韓国財閥の解体に賛

成だった高長官とも連絡を取るようになったのです・・・・・。


 電話ではありましたが、キングは私を説得する際にこう言ったの

です。


『財閥が解体されない限り、たとえ解放されたとしてもここから先

も北の人民は不幸なままだ。

 重要なのは金一族諸共北の現体制を完全に崩壊させること。

 そしてその金一族と繋がっていた韓国財閥の罪を公にし、それ等

財閥を解体すること。

 そうした一連の結果こそが私に取っても、米国に取っても、延い

ては韓国や日本に取っても一番望まれるべき結論なのだ。

 その結果我が国がI‐418を始めとする、日本の功績を横取り

することが出来なくなるのは残念だが』、と。


 さて、そろそろ時間のようです。

 癌細胞に侵され余命幾許も無いこの身体が役に立って良かった。

            ‐168‐






 米国大統領と韓国大統領そして誰より日本の内閣総理大臣に、我

が人民の行く末をくれぐれも宜しく、と、お伝え願いたい。

 我が朝鮮民族に自由と平等を・・・・・いざ、さらば)


 柳が言い放った直後、凄まじい爆発音と共にスピーカーに雑音が

奔り通信が途絶えた。

 

 コトリとも音を立てぬコンソールのスピーカーに向かって、海野

が最敬礼をしたのがきっかけとなり、希美を始めとした幕僚長は言

うに及ばず、司令部に居並ぶ総ての自衛官が最敬礼を尽くした。

 そうしたなか通信担当が新しい回線を開いたのか、I‐418と

の交信が再開され、スピーカーから比嘉の令する声が届く。


(高城に散った柳大将軍の英霊に、敬礼!)


 宛ら水上葬の如きI‐418発令所の様子が伝わってくる。


 やがて何度か高と言葉を交わしていた芹沢が希美に向き直り、久

しぶりに微笑む顔を見せた。

「良くやった今泉海上幕僚長。

 本日只今より奥平成氏一家三名の身柄引き渡しを行う。

 ついては彼等が日本国籍の邦人であることから、本人等の韓国に

渡航したい旨の申告を聞き届けてから、彼等を日本人の渡航者とし

て韓国軍にその身柄を引き渡す。 

 尚この身柄引渡しは韓国政府からの要請もあり、これより竹島で

行うこととする」


 芹沢に十度の敬礼を返し、ヘッドセットのマイクに吹き込む希美。

「聴いた通りだ比嘉館長、海上幕僚長として命ずる。

 これよりI‐418で竹島に向かい、奥平成氏一家の韓国軍への

身柄引き渡しの任務を遂行せよ」


 即応した比嘉が任務の内容を復誦し直後令する声を上げる。

(目標地点、北緯37度14分30秒、東経131度52分00秒。

 急速潜航 ベント開けー)

(ベント開けー)

そうして復唱するクルーの心地良さげな声々が、司令部の隅々に

まで木霊して行った。



            ‐169‐

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る