強い思考と儚い記憶 後編
・・・・・・・・⏳・・
昨晩、お互いストレスが溜まってて、
けど忙しくて
2人きりでゆっくり話す時間も無くて。
作業室にジュン兄が来てくれたけど、
僕は僕で急ぎの仕事があった。
なんだかいつもより、
言い方がキツいジュン兄に
こっちも余計頭に来て。
終わりかもね、なんて口にするから…
ホントにそれでいいのかよって…
ジュン兄を少し確かめたくなったんだ。
なんとなく早く目が覚めて良かった。
昨日の調子じゃ…
もう話さないって言ってたから
起こしに来てくれなかったかも。
歌の収録の為に、テレビ局へ向かう車の中。
2人の張り詰めた空気で、
他のメンバーに迷惑をかけていた。
…気づかれないように
気を使わせないようにしてたけど、
付き合ってるとまではバレて無いにしろ
ケンカしたのはバレバレだ。
メンバーが優しいから
2人して甘えてるってのもあるよな…
張り詰めた雰囲気のまま。
けどお互い他のメンバーとはふざけ合い…
傍から見たら何の違和感もないまま、
順調に仕事をこなした。
…僕のストレスは、マックスだったけど。
収録も全て終わり、
ご飯の為にメンバーやマネージャー達と
飲食店に入った。
いつもだったらジュン兄の隣に座るけど、
今はそんな心境じゃない。
…何で謝って来てくれないんだろ。
昨日の話の流れ、
どっちもどっちの喧嘩だけど
終わりを言い出したジュン兄の方が
ほんの少し先に謝るべきだ。
いつも僕が折れてきたから。
さっさと食事を済ませて、
僕だけ先に帰らせて貰う。
居心地が悪すぎる。
帰り際、マネージャーに送って貰うか、
タクシーで付き添ってもらうか…
個室を出た所で相談していたら
どこかの売り出し中の芸能人と
マネージャーらしき人が話しかけて来た。
どうやら、うちのマネージャーとは
知り合いらしい。
送ってくれるって言うけど…
女性だし嫌だな…
まぁ1対1じゃないから、早く帰りたいし
マネージャーもそうして欲しいみたいだし、
女の人と、そのマネージャーと
僕とで帰る事に…。
クルマの中。
さっきはあまり喉を通らなかったから、
割と空腹のところに飲み物を進められた。
そう、何もかも信用してはいけないのに。
薬を盛られた。
薬ってスゴイね。
理性は飛ぶし、
もともとイライラマックスだった僕は、
あの時… 僕じゃなかった。
別の、恐ろしい 怪獣だった。
僕自身も、ジュン兄も、メンバーも…
全ての努力、気力を食い尽くす程の。
・・⏳・・・・・・・・
「…まだ頭痛い?…大丈夫?」
さっきからうずくまったまま、
泣いているグン。
僕は抱きしめながら、
背中を摩るくらいしか出来ない。
「…っっ!…何これ……ホント最悪…っ!」
頭痛の事なのか、
泣いてる事なのか。
グンの息子と関係があるのか…
何も分からないけど。
『ごめんなさい、ジュン兄に酷いこと』
って何だろう。
昨日のケンカなら…
僕の方が謝るべき事なのに。
…泣き止まず、頭も胸も痛そうにするグンを
息子という子も頬に涙を流しながら、
心配そうに見ていた。
・・・・・・・・⏳・・
事務所の会議室。
「子供が出来たって。」
あの日、怪獣になった僕に下された罰。
怪獣になった日から、
僕はジュン兄と距離をとっていた。
そして最悪の事態になって後始末も出来ずに
これからどれだけの人達を
傷付けていくんだろう。
あの時いたマネージャーは
自分の事のように憔悴してる。
会社の人達も。
解決策なんて無い中で、
どの策が1番マシか、僕も考えなければ。
全責任は僕だから。
「裁判もありだよ。
こっち…グンは悪く無いって
証明できるから。
まあ…イメージ落下が長引くけど…。
あと…向こうがどうでるか…
何を考えてるのか…よくわからない。
子供を産みたいって
言ってるみたいだし…。」
こんな事、ジュン兄に直接話せなかった。
けど、メンバーの耳には入ってる。
事が事だし…また、これから
どんな事態が待ってるかわからないから。
宿舎にいても、1人になる事が多かった。
みんなが心配してくれるのはわかる。
けどそれ以上に、僕はメンバーが心配…。
優しくされても困る。
僕は、これ以上誰にも迷惑かけたくない。
作業室で仕事をする。
出来る中で、少しでも借りを返したい。
…みんな、
これで終わりかもって心配して…
歌作りじゃなくなってるはず。
…愛を伝える歌を作りたいな。
愛してるって、
愛してる人に言えなくなってしまったから。
コンコン…
「入るよ。」
久しぶりにジュン兄が訪ねて来た。
…返事もろくに出来ないくらい、
急に息がつまって苦しくなる。
…2人きりか…
「ねぇ、僕は怒っていいよね?」
「…はい。これでもかってくらい怒って…
気が済んで貰えるなら…」
「それで?
僕が気が済んだら?どうするの?
グンは何か僕に言う事無いの?」
「…ちょっと…
もう少し、整理が出来たら…
ちゃんと謝ります…。」
「謝るだけ?ホント怒るよ!?
何で僕に相談しないんだよ!?
何で、何も言い訳しないんだよ!?
しょうがなかった状況なら、
あぁ、しょうがないな…
グンが悪い訳じゃないし…
こんな事で終わりになる筈ないし…って…
…何で…何も僕に話そうとしないんだよ!?
勝手に…距離だけ取りやがって…
僕達付き合ってるじゃないの?
グン…言ったじゃん…
僕の悩み、グンが軽くするって…
軽くできるのは、グンだけなんだよ…
何でしてくれないんだよ……
何でだよ……」
…ジュン兄が必死に守ってきた
僕達グループの未来と引き換えに…
僕は、
彼女の希望通り、駒になった。
アイドル志願だった彼女は野心家だった。
会う事になったのは子供が産まれてから。
…特にマスコミに漏らされる事も無く、
仕事は順調だった事だけが救い。
子供は僕達事務所の命取りのまま。
彼女は僕の嫁に隠れてなり、
大きな事務所からの後押しを得て
アイドル、女優にのし上がった。
…僕の子供を産んだくらいだから、
少しは僕に好意があったのかもしれないけど
何の感情も湧かなかった。
怪獣が抱いたはずだけど…
考えただけで吐き気がする。
初めて子供を抱いた時…
自分の事しか考えてなかった事に…また…
僕の心は死んでたんだ…と思った。
…なんの罪もない赤ちゃんを抱き、
この子の将来がただただ心配になった。
僕の罰って思ってごめん。
愛せなくてごめん。
これからも愛せるか分からなくてごめん。
どうにか、気持ちを殺したままでも、
この子が大きくなるまでは
責任を取らなければ…。
ジュン兄。
僕の気持ちは死んじゃったんだ。
ごめんなさい。
うまく付き合って行けなくて。
不安を更に大きくするだけで…
軽くするなんて嘘ついて。
ジュン兄は、別の何処がで幸せになって。
大丈夫。
僕じゃなくても
きっとすごく、愛されるから。
・・⏳・・・・・・・・
「…吐きそ…ぅ……!」
「…吐く?
いいよ、気持ち悪かったら吐いちゃいな…」
僕の腕にそっと添えられてる手、
背中を摩る優しい温もり。
何年も何年も…
愛しくても…恋しくても…
会えずに我慢して……………ジュン兄……
頭の中のこの記憶…
本物だよな……
夢って思える程、泡の様な軽さじゃ無い。
けど、僕は…
「…ジュン兄…僕…
…ジュン兄に謝らなきゃですよね…?」
「え?何…昨日の事?…それは、僕が…ごめん。
僕が言い過ぎた。
終わりにしたいとか思ってないし…
いつでも別れられる関係でって思ってたけど
もうとっくに元には戻れないし…
そもそも…付き合い始めの時から
僕はグンに本気で………
僕は、……一生で一度の本気で、
グンしか愛せない…よ。」
何かが弾けた。
鮮明に残ってる
死んだような何年間もの記憶。
ここは懐かしい僕の部屋。
懐かしいけど、今なんだ。
あの子…本当に僕の息子だった。
あの子だけが救いで…
あの子は優しくて…
いつも僕の心配をして…
あの子のお陰で…生きてこられた様なものだった。
「あの子は……?」
「あれ?何処行ったんだろ…
…帰れたのかな…?消えちゃったのかな…」
「……あの子、ホントに僕の息子だった…
ジュン兄も見たよね??」
「ああ、会ったし、喋ったし…
…頭、痛いの治った?気持ち悪い?」
「…治って…来たかな…
ジュン兄、僕…
今日これからの記憶とか…
あの子が産まれた理由とか…
さっきくらいまで成長するまでの…
記憶があるって言ったら信じる…?」
「……頭痛と何か関係あるの…?
…信じるも何も、
さっきまで息子って子が目の前にいたし…
もう今、何が起きても変だと思わないよ。
…けど、その記憶って何年も…?
謝ってたのは、その記憶で…
グンは何を?いや、言わないで!
僕からは聞かない。
知らない方が良さそう。
現実に起こった訳じゃないし。」
…もう少し、僕の気持ちが落ち着いたら…
こういう未来を見たんだよって
話せるかもしれないけど…
ちょっと今は口にするのもツライ。
「うん、そのうち…言いたくなったら話すかも。
…もしかしたら、忘れちゃうかもしれないけど…」
僕の頭の中。今までの記憶と、
さらに何年もの記憶が混ざって…混乱してる。
まだ気持ちが死んでる…引きずってる。
けど、この何年かの辛い記憶があるから…
僕は、間違いを回避して、進めるかもしれない。
ジュン兄を、手放さずに。
「ジュン兄。
僕…ホントに一生…ジュン兄だけを本気で…
ホントにホントに愛してた。」
「…なんで過去形なんだよ…」
「…あ、ホントつらい何年もの間…
言えずに…伝えたくても…出来なかったから…」
腕に添えられてた手が、僕の頬を拭う。
「泣くなよ……」
背中に回されてる手も、
温もりを保ったまま優しく包んでくれてる。
「ホントに愛してるから。
今までの何年、とかじゃなくて
これからの何年もだから…」
「…わかったよ。
ホント僕は愛されてて幸せだよ。
僕だって相当グンを愛してるから。
これからも…そのつもりだから。」
僕は、本当に幸せだ。
あの子がこの幸せを…僕の事を…
未来から助けに来てくれるなんて。
この記憶の中で、
何処かで生きている、僕の息子…
もう会えないかな…
感謝してるし、愛してる。
「いつもだったら
みんなとご飯食べるのに、
何で今日だけ2人きりなの?
それもまた何年もの記憶と関係あるの?」
歌番組収録後、あの日…ってこの日か。
みんなと食べたあの場所に行く勇気もなく、
絶対会いたくない人を避ける為、
ジュン兄とマネージャーにお願いして
2人こっそり街へ。
ちょっとオシャレなお店へ歩いて行く途中。
「今日だけ。
たまにはこうやってデートもいいでしょ?」
「まーね。今日だけじゃなくて
たまにはデートしないとね。
忙しくても、またケンカしないように。」
「…はい。
僕…前より更にジュン兄に甘くなりそう…」
「いいねー!それ!謝っては来ないけど、
ケンカになってもすぐ折れてくれるグンが好き!」
「…ズルいな…」
「えー?結構昔は僕が折れてたじゃん!
付き合う前だけど。」
「…付き合う前の方が優しかった…」
「はー?付き合ってるから弟としてじゃなく、
恋人として素で優しさ出してますけど!
なんか年齢差関係無く思えて来たし。」
「え?そう?そうだよね、
ホント年齢差関係無…」
「グンお父さんー
あの子にもう会えないのかなー…
…グンが子供作れば会えるのかなー…」
「それは無理。ホント無理。
あの子が命掛けれる程なんだから、
僕だけじゃなくて
みんなが不幸になるから無理。」
「…そうだねー……
けど…僕達会えたね。
生きてたよね…あの子。
僕の記憶、はっきりしてるもん…。」
街は人で溢れてる。
マスクやフードで、
僕達の事は誰も気づかないはず。
僕はジュン兄の手を取った。
握り返してくれる愛しい人。
何度も歌った記憶がある曲を口ずさむ。
♪〜
「何?その歌。」
記憶の中で、泣きながら…
既に何度歌ったかわからないけど…
確かに今の僕は初めて歌う。
「僕がジュン兄に
愛を伝える為に作った曲。
多分、みんな気に入ってくれるはず…」
「……懐かしい…
…何で…聴いた事あるんだろ…」
繋いだままの手と、空いてる手の両方で
ジュン兄の頬を包む。
涙が伝ってる。
僕はこのまま…
歌を最後まで歌い続けた。
そしてこの先も、歌を
愛しい恋人に向けて、歌い
愛を伝え続ける。
・・・・・完・・・・・⏳
短編集【恋愛SF.Fantasy】 けなこ @kenako
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