中国拳法を描きたかったから中国の古い王朝ぽい世界にしただけで、基本は単なる武侠小説と言う認識で読み進めた。それでも素直に面白いと熱中していたら、最後の後日譚で驚いた。
これって史実を踏襲した歴史小説だったんですね。
主人公が、市井じゃないけど、無名な人物だから、中国史と関係してくるなんて予想もしてなかった。
ネタバレには相当しないと思うが、日の光を浴びる歴史上の人物で言えば、あの大帝国の唐王朝の二代目から三代目にかけて。
ここからはネタバレに注意しながら書くが、Wikipediaは三代目を馬鹿にしている。史実では日本の白村江の戦いにも関係してくる、彼の妻も本作品にはシレっと登場している。
作中で流布される不吉な「武…」の噂話も、後付けで史実を知ると「あ、はん‼︎」みたいにニヤリとするガジェットだ。当時の巷間に流れたか否かは存ぜぬが、何とも細かい設定である。
脇役から言及してしまったが、主人公も興味深いキャラだ。先に「無名な」と形容したが、だからこそ映画タイタニックのディカプリオみたいな存在感を放つ。女性ですけど。
主な舞台が後宮なので登場人物の過半が女性だけど、深い意味で殆どの人物が中性的。フェロモン度は希薄で、奥深い人間性のキャラ設定がなされている。
すっげぇ……。(感嘆しか出てこない)
カクヨムを読んでると時々「なんでこれ書籍化してないの?」ってレベルのすごい作品を引き当てる時があるんですけれど、これはまさしくそれでした。
武侠描写の参考になにか読もうと思いたち、この分野でよく名前をお見かけする作者さんの作品をとりあえずと選んだのすが、もうなんかレベルが違った。
歴史、ミステリ、百合、そして武侠、どの描写においても隙がない。全てを高いレベルで描きながら、王道のストーリーにより徹底したエンタメ作品として仕上げている。息も吐かせぬバトルがはじまったと思ったら、後宮での乙女達のかしましい日常、かと思えば次々飛び出す歴史上の人物。どの分野が好きな人間でも虜にするおそろしい緻密さを持ちながら、それらがあくまでサブ要素でしかないと感じられる骨太のストーリーで押してくる。圧倒的な小説としてのパワー。いやはやとんでもないものを見てしまった。
主人公はちょっと針仕事に従事するちょっと冴えない女官の麗雲(後に流螢)。
しかしながら彼女は幼い頃から武芸をたしなみその腕前は達人級。後宮に入ってからも夜な夜な裏庭で自主トレをしておりました。
が、そんなところを、妃嬪の一人である徐恵に見つかってしまう。彼女と義姉妹の契りを結んだことから、麗雲はあれよあれよと宮廷にうずまく陰謀に巻き込まれていく。
自らの過失により、皇太子をあやうく殺害されかけてしまい、その責を問われた彼女は、助命と引き換えに名を捨てます。流恵と名を変えた彼女は、現在の後宮の寵姫たちから皇太子妃を選抜する「比武召妃」なる武術大会へと身を投じ、その背後でうごめく皇太子暗殺の陰謀を探っていくことになる……。
という、もう面白さしかない筋書きなのですが、これがさらに魅力的なキャラと設定で倍面白い。いやもう、ほんと、すさまじい。スパイモノはここ最近の流行ですが、これを後宮でやろうというアイデアがすさまじい。それもさることならが、ミステリとして最初に仕掛けた「誰が皇太子を狙っているのか」と「皇太子妃選抜武術大会の行方は?」というのが、巧く合わさって読む人を離さない。
いやはやエンタメってこういうのだよなって、書き手としてぼっこぼっこにされた作品でございました。読み専の方にももちろん、書き手の方にもおすすめの一作です。是非読んでみてください。内容は保証します。