Sugar&Goat
ぱぴこ
今日、火曜日だよ?
———犯人は18時現在、未だビル内に立て篭り、人質の安否は依然分かっていません。ニュースをお伝えしました———
路地裏の寂れたラーメン屋のテレビから何度も繰り返し人質立て篭り事件のまったく進展しない最新情報が流れている。
カウンターには二人の若い男女が座っている。
「まぁだ解決してなかったのね、この事件は」
モゴモゴと咀嚼中のラーメンが八木の口の中で踊っている。
とても女性とは思えない粗暴さだが、目鼻立ちは整っており喋らなければ美人と言われる
「人質事件のこと?警察の人も大変だよね」
ラーメンを音も立てずに
座った姿から育ちの良さが
「まったくよ、だって今日、火曜日よ?ありえないでしょう」
「火曜日?火曜日だと何がありえないの?」
八木は驚いた顔で佐藤の顔を覗き込んだ。
「火曜日にこんな事件があったら嫌でしょう」
「火曜日じゃなくても嫌だね、僕は」
本題はそこじゃないと言わんばかりに八木は首をふる。
「火曜日って事は月曜日の次の日でしょ?」
「そうだね」
「月曜日の次の日って事は日曜日の次の次の日って事よ」
「そうだね、それで?」
八木は箸で二人の間の空間を
「日曜日に後ろ髪を引かれつつ登校する月曜日は重力が2割程増した世界な訳よね。そこからさらに火曜日は次の日曜日までの過酷な荒野の入り口なのよ」
「つまり?」
「つまりね、この事件が金曜日に起こったのだとしたらまだ救われたなと言う話をしているの、わかる?」
「えーっと
よしきたとばかりに腕をまくりながら八木は続ける。
「仮にこの事件が金曜日に発生したとして、人質をとって立て篭る犯人、外から中の様子を
八木は敬礼をしながら現場の再現を始めた。
「警部!!ホシは銀行内部に立て篭り依然として姿を見せません!!」
ひらりと身を
「やっこさん、なかなか尻尾を見せやがらねぇなぁ」
鼻を親指で
「こいつは長丁場になりそうだぜ!」
「頑張りましょう!!警部!!」
「となるわけよ、なぜかって?これが金曜日だからよ。抑圧からの解放、仕事明けの休日、カタルシス!!でもこれが火曜日に発生してしまったとしたら?想像してみてよ、あぁ…もう地獄ね…。犯人逮捕どころじゃないわ…。頑張って長丁場を終えても水曜日、木曜日、金曜日が待ち受けているのよ!?考えただけで頭が痛くなるわ!!」
苦笑いで佐藤は答える。
「つまり休みの前にハプニングが起きたら一丁やってやろうかって気持ちになるけれど、週の始まりでハプニングが起きたらしんどいよねってことが言いたいんだね?」
「ちょっと違う。ゴールが近くに見えていれば人間は苦難も楽しく乗り越えることができるってことよ」
そう言って八木は残りのラーメンを
佐藤もまたラーメンに視線を戻し、伸び始めたラーメンを掴み口へ運んだ。
「一週間って長いなぁ…」
佐藤がぼやいた。
「ふっふっふっふっふ、ここだけ話、私はそのような低次元な時間軸から自らを解放することに成功しました」
と、得意げに八木が笑う。
「それはまた、実に興味深い話だね」
「今日は特別にこの貴重な『時間を超越する方法』を教えてあげることも
「それはぜひご教授いただきたいですね」
「ふむ、よろしい、では——」
八木はすすっとラーメンの伝票を佐藤の方へ押し付ける。
佐藤は伝票を指先で摘み優雅に胸のポケットへ押し込み微笑んで見せる。
「では、先生よろしくお願いします」
と佐藤は頭を下げる。
八木は満足げに話始める。
「まず、今日は月曜日なのよね」
「今日、火曜日だよ?」
「違う違う、今日は月曜日なのよ。今日は月曜日、今日は月曜日、今日は月曜日、今日は月曜日、今日は月曜日、今日は月曜日、今日は月曜日、今日は月曜日、今日は月曜日、今日は月曜日、今日は月曜日、今日は月曜日…」
「怖いよ…」
「これで木曜日まで生活するとなんと金曜日は土曜日になっているのよ!!」
「期待はしていなかったけれど、ここまでしょうもないとは思わなかったよ」
佐藤は爽やかな笑顔でレジカウンターに歩いて行った。
「別々でお願いします」
冬の寒さが身に沁みる火曜日の夜であった。
Sugar&Goat ぱぴこ @papic069
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