急速な幸運の訪れ

アール

急速な幸運の訪れ

その男の人生は不幸の連続であった。


道を歩けば石につまづき、

レストランに入って食事でも取ろうものなら食中毒になってしまう。


そんな不幸の連続は、

出張先であるこの町でも同じ事であった。


スーツのポケットに入れておいた筈の財布を

いつの間にかスられるわ、

ガラの悪い若者たちに絡まれるで今日も運勢は

最悪の日。


「あーあ、ツイてないなぁ……」


そんな事を道端で不意につぶやいていると、

ふとある声が耳に飛び込んできた。


「もしもし。

そこの貴方。一つ占って行きませんか?」


声のする方を見ると、そこには怪しげなフードをかぶった初老の男性がテーブルに座っていた。


テーブルの上にはタロットカードに水晶玉など、

なアイテムが置かれている。


一瞬声をかけられたことに男は戸惑ったが、すぐに首を振った。


「え?

……いや、遠慮しますよ。

僕、そういうのは信じてないから」


無難な断りの返事だ。


しかし相手の占い師は人の話を聞いていないようだった。


「料金はお安くしときますよ。

悩みや不安な事には対策を立てられる。

私の占いが貴方の助けになるかもしれません」 


……はぁ、本当に今日は特に不幸な日だな。

胡散臭い占い師にまで絡まれるし……。


「いや、ですから。

結構ですって」


あまりの相手のしつこさに男は苛立ちを覚えた為、今度は少しきつめの口調で返事をした。


すると、そんな男の様子を見た占い師は少し反省したようだった。


物腰が先ほどよりも少し柔らかくなる。


「ぶしつけで失礼しました。

普通はこんな事を言わないのですが、貴方からは

何か職業柄、ひきつけられるモノがある。

是非、貴方をよく占いたい」


その占い師の言葉に、少し男は興味が湧いてきた。


「どうやって占うんです?

そのタロットカード?それとも水晶玉?」


興味津々、と言った様子でテーブルに近づき、占い師の正面に着席した。


「いえ。

貴方の場合は手相占いがピッタリ合いそうだ」


そう言って占い師は男の手を取った。


手のひらに刻まれている何本もの線をじっと、凝視している。


やがてそのうち、興味深そうに唸り出した。


「……こいつは凄い。

これほど興味深い手相を見たのは初めてだ。

貴方はこれまで幸運を手にしたことがなく、逆に不幸ばかりが身に降りかかってきた。

どうです?当たりでしょう?」


「え? そ、そうです」


男はあからさまに動揺した。


初めはどこか胡散臭いと思っていたが、どうやら腕は一流だったらしい。


男の現状をピタリと言い当てた。


しかしそれだけでなく、

占い師はもうしばらく手を見ていたかと思うと

やがて男に向かってこう言った。


「しかしもう大丈夫です。

貴方の手相を見てみると、どうやらその不幸の連続も今日で終わる。

これから先、貴方の人生は幸運に包まれたものになるでしょう……」


「なんですって。

それは本当ですか!?」


「ええ。

貴方の手相にちゃんとそう書かれています。

もう安心して良いでしょう」


「これはいい事を聞いた。

本当にありがとうございました……」


男は占い師に料金を支払うと、うきうきしながら家路についた。


そして占い師の言う通り次の日からというもの、男の元にはかつてないほどの幸運たちがやってきた。


まず、男に恋人ができた。


25年間と言う人生において、一度も出来たことがなかったのにも関わらずだ。


しかも相手はとびきりの美人。


街中で男が歩いていると、


「ねぇ、お兄さん。

あたしと一緒に遊びましょうよ……」


とあちらから声をかけてきたのがきっかけだった。


また、こんな事もあった。


男が街を歩いていると、目の前に宝くじ店があるのを見つけた。


いつもはくじなど買わない男だったのだが、気まぐれで今回だけは、と10枚ほど購入した。


そして当選したのだ。


しかも一等で、200万円を手にすることができ、男は喜びのあまり小躍りをした。


占い師の言う通りだ。


まるで何かが変わったかのように、全ていい方に転がり始めている。


また、こんな事もあった。


男の勤める会社の上司たちが立て続けにリストラされていったのだ。


従って男の地位は平社員から係長、係長から課長、と言うふうに繰り上がって行き、

そして早4年後にはとうとう会社のトップ、つまり社長の地位にまでのし上がっていったのだ。


そんな異例の大出世に、当初周りの人間たちは


「賄賂でも送ったのではないか」


と噂したものだが、証拠が無いためかすぐにその噂は忘れ去られていった。


もちろん証拠など上がるはずがない。


異例の出世の正体はただのなのだから。


男は社長室のデスクに腰掛けながら、甲高い笑い声をあげた。


ここ数年、占い師の言う通り人生で最高の幸運がめぐってきているようだ。


しかもその幸運の効果はだんだんと

うなぎ上りになってきている。


その証拠に初めは恋人が出来る、程度であったが、次第に大金、そして企業の社長だ。


……次はどんな幸運がやってくるのだろう。

全く楽しみで仕方がない。


男の笑い声がより一層、部屋の中に響き渡る。


ところがだ。


突然、なんとも言えない嫌な気分が男を襲った。


自分の体が制御できなくなり、意を反して体が床へと倒れていく。


「だ、誰か……」


そう声を出そうとしたが、口からわずかな酸素しか吐き出すことが出来ない。


気がつくと、彼の体は宙へと浮き上がっていた。


下の床にはじぶんのからだがたおれている。


「……?

これは一体どう言う事だろう。

自分の体から魂だけが抜け出ている。

つまり、いわゆると言う現象なのだろうか」


そういって首を傾げる男。


その時だった。


彼の耳に軽快で、

楽しげな音楽が飛び込んできたのは。


音のする方を見ると、

そこには背中から羽をはやした何人もの子供達が、眩い光と共に、音楽を奏でながら飛んでいた。


その中の代表らしき子供の1人が男に向かって語りかけてくる。


「さぁ、お迎えにあがりましたよ。

僕たちと共にいきましょう」


「ま、待ってくれ。

これはどう言う事なんだね。

体が床に倒れているし、

当人の僕は宙に浮かんでいる。

そして背中に羽をはやした君たちが突然現れて

一緒に行こうと言い出した。

一体何が何だかさっぱりだよ。

いったいどこに行こうと言うのだね?」


「やだなぁ、僕たちの姿を見れば

分かるじゃないですか。

僕たちは天使ですよ。

貴方はこれから僕たちと天国へ行くんです。

そのためのお迎えに上がったんですよ」


「なに、天国だって。

それはダメだ、僕には家族がいる。

そして今の社長という地位もだ。

人生これからだという時なのだよ。

天国に連れていくのは他のやつにしてくれ」


「ダメですよ。

貴方はもう選ばれたんですから……」


「おい、離せ。

離すんだ、馬鹿ガキども。

今すぐ僕の魂を体の中に戻さないとただじゃおかないぞ……」


男は体をジタバタさせて必死に抵抗したが、天使の力には敵うはずもなかった。


男は泣き叫び助けを乞うが、

人間の耳には届かない。


そんな彼の様子を見た天使は、不思議そうに首を傾げた。


「本当に不思議な人だな。

天国に行ける人間だなんてほんの一握りなんですよ。

こんなに名誉で、な事なのに……」


























































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