後編
今日になってようやく落ち着きを取り戻した私は、シェルターの片隅にある農園に、祖父の遺体を埋葬した。
これはメインコンピュータからの指示。
埋葬を終えたことを報告しようとコンピュータルームに戻った瞬間、アラームが大音量で鳴り響いたのだ。
「どうしよう……。どうにか、しなきゃ……!」
驚いて泣きそうになっていた私は、顔を上げた。
心のなかはまだ祖父を亡くした悲しみでいっぱいだった。
でも「泣いている場合じゃない」と、服の袖で顔を拭う。
スン、と鼻をすすって周りを見てみると、明かりはまだついている。
それに空気も清浄で、温度も適温。
ただ、メインコンピュータはなにも話してくれなかったけれど。
「でもよかった……。環境維持装置は機能してるみたい。電気は……?」
私はゆっくり立ち上がり、いつもなら自動で開くドアを力いっぱい押し開けた。
コンピュータルームから出ると、廊下は薄暗かった。
「非常用ランプしかついてない……か。でも、ないよりはマシだよね」
そう自分に言い聞かせ、一歩を踏み出していく。
おそるおそる書庫や自分の部屋を見て回ったけれど、どちらも異常はみられなかった。
「よかった……あとは食料庫、か」
確認していないのは、シェルターのいちばん奥にある食料庫。
私はまたゆっくりと廊下を歩き始めた。
「ここも大丈夫そう。よかった、当面は生きていける……ひとりぼっちに、なっちゃったけど」
そう呟いてため息をつくと、お腹がググッ……と唸りをあげる。
「そっか……昨日から、ロクに食べてないもんね」
からっぽのお腹をそっと擦りながら、私は食料庫の棚に手を伸ばす。
そして小箱から、手のひら大の銀色の包みを取り出した。
「チョコレート……在庫があんまりないけど、いいよね。今日くらいは……」
「これは頑張ったご褒美だ」と自分に言い聞かせるように呟いて、封を切ったチョコレートに歯を立てる。
パキッと乾いた音を立てて割れたチョコレートを舌に乗せ、口内へ。
体温でゆっくり溶かすと、優しい甘みが口いっぱいに広がった。
「甘い……それに、あったかい……」
不思議な温もりは身体中に染み渡り、心まで温まっていくような気がした。
「甘いものって、ホッとするなぁ……ふぁ……」
緊張がほぐれたのか、あくびが出た。
もしかしたら、昨日からこれが初めてかもしれない。
多分、ほとんど眠っていないのが原因だと思う。
「寝てない……もんなぁ……」
ここで眠るつもりはなかったけれど、私はゆっくり目を閉じた。
すると一気に意識が遠のいて、耳の奥で祖父の声が響き渡った。
「おじいちゃん、おともだちってなぁに?」
「それはね、とっても大事なものだよ。とっても……な」
「ふぅん……あたしにもできるのかなぁ、おともだち」
「できるとも。『ともだち』は魔法の言葉なんだよ。
困ったときは思い出すといい。お前を助けてくれるだろうよ。お前を……」
祖父の声が途切れた瞬間、ハッとする。
「『ともだち』……? 魔法の、言葉……もしかして……!?」
私はコンピュータルームに走り、非常用コンソールのキーを叩いた。
――tomodachi
キーワードが違います、ログインできません
画面に表示されたのは、非情な言葉。
さっきまで興奮していた私は、ため息をついてしまった。
「ダメ……か。そう簡単にはいかないよね……でも……」
まどろみのなかで聞いた『ともだち』という言葉が耳について離れない。
「時間は……」
まだ機能している時計を見ると、アラームが鳴り始めてから50分ほど。
「……諦めちゃ、ダメ! あと10分もあるじゃない!」
私はまた薄暗い廊下を走って、書庫に向かった。
そして手当たりしだいに辞書を持って、コンピュータルームに急いで戻る。
「そうだよ! 試すだけ試して、ダメだったら……諦めが、つくから!」
言い聞かせるように呟いた私は、英語やドイツ語などほかの言語の辞書をめくっては『ともだち』という言葉を探し、コンソールに打ち込んだ。
――friend
キーワードが違います、ログインできません
――freund
キーワードが違います、ログインできません
「これも違う……。見当違い、なの? でも……」
時計を見ると、残された時間はあとわずか。
「これは……フランス語? おばあちゃんの、生まれた国……」
私はフランス語の辞書をめくり、急いで『ともだち』という単語を探す。
――ami
コンソールにそれを打ち込み、ふぅ……と息を吐く。
そして望みをたくし、エンターキーを強く叩いた。
キーワードを確認しました。メインコンピュータ、再起動中です
メインコンピュータから聞き慣れた声が流れ、モニタがパッと明るくなる。
「管理者のログインを確認しました」
小さいころから聞いていた、優しい声。
私はふふっと笑い、声の主に語りかける。
「いつも『ママ』って呼んでたから忘れてたよ。アミ、あなたの名前。『ともだち』って意味だったのね」
「ええ。私はあなたの母であり、友人でもありますから。ミサキ」
久しぶりにママ……ううん、アミに名前を呼ばれたのが嬉しくて、私の目から涙がこぼれた。
「そうだね、アミ。ねえ、お話しようか。私、話したいことがたくさんあるんだ……」
アラームの消えたシェルターに、私たちの笑い声が響き渡った。
このシェルターは、私の家。
赤ちゃんのときから今まで、ずっとここで生きてきた。
それに、これからもアミとふたりで生きていくだろう。
どちらかが息絶えるその日まで。
私たちは親子であり、大切な友人だから。
Ami 文月八千代 @yumeiro_candy
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます