Ami
文月八千代
前編
「管理者からの信号入力が24時間確認できませんでした。メインコンピュータはまもなく機能を停止します。
再起動を実行する場合、1時間以内に非常用コンソールよりキーワードを入力してください。
繰り返します――」
大音量の警告アラームとともに、アナウンスがシェルター内に響き渡った。
私はメインコンピュータが止まるのをどうにか阻止しようと、目の前のキーを叩き続ける。
カタカタカタカタ、カタカタカタカタ、と夢中で。
でも無駄だった。
がむしゃらに思いつく限りのキーワードを打ち込んでいたのが悪いのかもしれないけれど、エンターキーを叩くこと数十回。
あんなにけたたましかったアラームはピタリと止んで、目の前のモニタが真っ暗になり沈黙した。
「嘘……でしょ……」
全身の力が抜けてしまった私はその場にへたりこむ。
しばらく掃除をしていない床が、ジャリッと不快な音をたてた。
「おじいちゃんもいなくなって……それに、ママまで……?」
冷たい涙が、ボソリと呟く私の頬を流れていった。
このシェルターはAIの第一人者だった祖父が、20世紀末に建設したものだ。
当時、世界中で「1999年7月、人類は滅亡する」という予言が流行したという。
祖父自身は非現実的な予言をまったく信じていなかったが、心配性な祖母はいつ来るとも分からぬ『その日』をひどく恐れ、心を病んでしまったらしい。
だから祖父は愛する祖母を安心させるため、財力と頭脳を駆使してシェルターを作り上げた。
堅牢な扉に、汚れた空気や水をクリーンにするろ過装置。
コンピュータや発電機を動かすための大量の燃料。
超長期保存が可能な食料や、退屈をしのぐための本やビデオ。
それに、公の場には出せず極秘に開発を進めたAIも……。
祖父はいろいろなものをシェルターに詰め込み、祖母とともに『その日』をひたすら待ち続けたのだ。
でも、先に来たのは別れだった。
『その日』が来る少し前、祖母はこの世を去った。
朦朧とした意識のなかでうわ言のように、「私たち、生き残れるのよね」と呟きながら――と祖父は言う。
そしてこの話をするとき、決まってこう話すのだ。
「おばあちゃんはフランスからお嫁に来て、知らない土地で寂しかったんだよ。だから……シェルターを使うようなことにならなくて、本当に……本当によかった」
、と。
この直後、ついに『その日』がやってきた。
人々が逃げ惑うなか、祖父は乳児だった私を連れシェルターへ。
不在だった父や母の帰宅を待たず、シェルターの扉は永久に閉ざされた。
だから私はいままでずっとここで、祖父と「ママ」と呼んでいたメインコンピュータに見守られながら生きてきた。
カレンダーが正しいなら、今日は2019年12月19日。
クリスマス――12月25日生まれと聞かされている私は、もうすぐ20歳の誕生日を迎える。
その日は祖父に代わり、私がこのシェルターの管理者になる日でもあるのだ。
「20歳になったら、このシェルターはお前のものだからね。誕生日になったら、ログインキーワードを教えてあげよう」
これは祖父の口癖で、コンピュータに興味津々な私にいつもこう言っていた。
でも、もう聞けない。
祖父は昨日の朝、ベッドのなかで冷たくなっていたのだから……。
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