足の生えた死神。
絶望的に自己肯定感の低い女。それがあたしの、ろうるに対する絶対評価だった。根暗でもなく気弱でもなく、ただただひたすらに欠如した自己肯定感。自分という人間を評価する基準すら曖昧な、とにかく流動的なその場しのぎの少女。
そうだ。それこそ『デストロイ』で歌われた少女のように、ヘッドフォンの殻に
あたしたちと知り合った時も、ろうるはネット界隈の暗がりを生きていた。救いを求めるように貪り続けた音楽の数々が、やがて自身の輝きとなることなど知ろうともせずに。
正直に言えば魅力を感じた。あたしの目に映った──正確には耳で感じ取った彼女は、まるでタナトスに魅入られてしまった少女のようで。
でも過ちだったんだ。彼女のリアルに興味を持ってしまったことが、あたしたちのその後を大きく狂わせた。
会うべきじゃあなかった。だってアポトーシスの誘惑に従い、自傷行為に耽るその姿は蠱惑的ですらあったんだから──。
本当にいけすかない女だ。彼女の内心がどうであれ、彼女は
結局のところ男なんて全員バカで、クズで最低でイカレポンチなんだ。自分たちの愛しているものの正体が何であるかなんて、これっぽっちも考えようとはしない。
ああ、ウザい。今すぐに死んでほしい。
黒い焦燥が、あたしの肺に流れ込んでいる。あんなステージを見てしまったら、ようやく手に入れられそうな菊間の心が根こそぎさらわれてしまうのではないか、と。
それとも錯覚なのかな。そもそも手に入れられないものを、あたしはずっと追いかけているのかも。さっさと既成事実を作って誓約を結んで、菊間の人生を拘束してしまえばあたしは笑えるのでは?
「もしもし? もしもーし、朱音ちゃん? ボクのオーダー聞こえた?」
「……ああゴメンなさい。えっと、なんでしたっけ、そうだ、もっとバブみを強めで、ですね」
最近プチブレイクしている某シナリオライターの指示ではっとして、与えられた台本に目を落とす。脂ギッシュな額の彼が指摘するには、今日のあたしの演技にバブみが足りないらしい。
スタジオの無機質な壁を眺めて一考。っていうか何だよバブみって。
「あのさー、朱音ちゃんって確かにサドっ気溢れる
「すみません。次のテイクで意識してみます」
いや知るかよ分かんねーよ。そもそも何だよこのタイトル。『転生してみたら魔王ママのおもちゃ ~ホームレスだった貴方に突然訪れたあまとろ展開! 廃人確定だけどそれで良いのよ、毎日毎晩バイノーラル絶頂遊戯~』
ダメだ。さすがに溜め息が溢れそうになる。世の男どものうち、こんなので興奮出来るヤツって何割くらいいるんだろうか。
「ちょっと、ちょっと朱音ちゃん? しっかりしてよ全然気持ちが入ってない感じじゃん。プロ意識持ってやってくれないと、ボクだって他のコにこのシナリオ回しちゃうよ? 自画自賛だけどさ、今回は最高傑作なの。それにスタジオ代だってバカにならないんだし、サクサク録っていかないと」
「……はい。あの、5分だけ休憩をください。本当にすみません、ちょっと気分が優れなくて」
やれやれと聞こえよがしな嫌味を述べて、それでも彼はスタジオから出ていった。防音ドアが閉まった途端に、怒りを通り越して泣きたくなる。彼があたしに語っていることが、何もかもすべて正論だと分かっているからだ。
魂を込めて生み出されるものに、決して上も下もあってはならない。彼が表現したいものがたとえ魔王ママのバブみであっても、演者であるあたしがそれを否定してはならないのだ。
「……でもやっぱり何よ。バブみって何!」
ほぼほぼ金切り声で、小爆発を起こすあたしのヒステリック。帰宅したらストゼロでも胃に流し込んで、相変わらず無職の菊間を相手に練習してみようか。
ああ、捗るのは虚しい妄想ばかり。あたしの人生は、死神に取り憑かれた男を追いかけたままで終わるのか。
Roul B.のLIVEを見てからというもの、菊間はすっかり抜け殻みたいになってしまった。ある意味では予想していた結果の一つだ。拍子抜けするくらい、予想通りなのだ。
だからこそ今一度願ってみる。ろうるなんて、やっぱり今すぐに死んでほしい、と──。なんとなく分かってきた。彼女が生きている限り、あたしがバブみを手にすることは出来ないのだ。
有象無象Project 五色ヶ原たしぎ @goshiki-tashigi
ギフトを贈って最初のサポーターになりませんか?
ギフトを贈ると限定コンテンツを閲覧できます。作家の創作活動を支援しましょう。
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
フォローしてこの作品の続きを読もう
ユーザー登録すれば作品や作者をフォローして、更新や新作情報を受け取れます。有象無象Projectの最新話を見逃さないよう今すぐカクヨムにユーザー登録しましょう。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
関連小説
ネクスト掲載小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。