勇魔

 人間と魔物の戦いが終わって、五年の月日が流れた。勇者としてこの世界に呼ばれた俺は、まだここで生活している。

 勇者が戦後も残ることは今まで無かったことらしい。先代もその前も、魔王との戦いの後、光に包まれて消えたと聞いた。それ以外の者は魔王に敗れて亡くなったと。

 俺が持ち帰った魔王の兜はいつのまにか消えていた。それも毎度のこととのことで、騒ぐ者はいなかった。持ち帰った時点で魔王を倒したと人々に信じてもらえたので問題はなかったが。それよりも、勇者が残っている今こそ魔族を完全に滅ぼすべきだ、という意見が出たのが大変だった。幸い賛同する者は少なく、俺もきっぱり断ったので実行はされていない。後でシンクに聞いた話だが、賛同しそうな者はすでに皆、襲撃を受けて死んでいたそうだ。おそらくあの吸血鬼の仕業だろう。それを責める気持ちは生まれなかった。

 結局、俺はこの世界の人間を信じきれなくなっている。そして俺自身も彼らを騙している。あのユーマという男は魔王ではなかった。今も本物の魔王はどこかで生きているのだろう。あの時、城にいた誰かで、俺の姿を見たのだ。それで伝承のとおり平和が訪れた。

 勇者も魔王も聞いて呆れる。本当に平和をもたらしたのは、魔族の計略と一人の人間だ。この平和は、勇者の代役として育てられ、魔王の代役として死んだ男の命によって成り立っている。


「リン、アニー。お留守番お願いね」

「はーい」

 私とアニーが揃って返事をする。

 私達はヤンク大陸の海辺の小屋で生活していた。アニーはあの日を境に少しずつ元気を取り戻した。そのアニーの目を盗んで、小屋の外壁に落書きをする影が二つ。

「あ、また悪戯してる。シュウ、レックス、待ちなさい!」

「やばっ」

「逃げろ」

 ここで一緒に暮らしている、角の生えた人型のシュウと小さな恐竜の姿をしたレックスがアニーに追われて逃げ回る。

 あの戦いの後、私達はこの小屋に移り住んだ。ゴブリンとロック、レイの三人はどこか別のところに行ったらしい。

「我々のような異形を狙う者はまだいます。いつか、本当の平和が訪れたらまた会いましょう」

とのことだ。

メルは各地を転々としている。たまに会いに来てくれるけど、それ以外はどこで何をしてるのか教えてくれない。

 他の皆のお墓は小屋の裏に建てた。形だけのものだけど、毎日手を合わせて無事を報告したかった。

 私、十五歳になったよ。皆が守ってくれたから。ゼクスがいつも一人でどこかに行っていたのもそのためなんだよね。ユーマは約束守ってくれなかったけど、それでもありがとう。なんて言ったら、別にお前のためだけじゃない、とか言われちゃうかな。

 ここに住んだ最初はラウラとアニーと私の三人だけで寂しかったけど、今はまたたくさん家族ができたんだ。仲間と逸れた子や、家族を失った子達。もう私もお姉さんだから、ちゃんと面倒見てあげてるんだよ。悪戯っ子ばかりで困っちゃうけど。

「ぐるるる……」

「はあ、やっと捕まえた」

 洗濯物を干していると、ケルベロスがレックスを引きずって、アニーがシュウの襟首を掴んできた。

「あはは。そろそろお昼ご飯にしようか。何が食べたい?」

 私がそう聞くと、皆の顔がぱっと明るくなる。この光景を見て、私はもう一度心の中で、ありがとうと呟いた。

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勇者の復讐 暗藤 来河 @999-666

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