決着
孤島の戦いは静かに続いていた。
互いに息を切らし、体中に傷や痣をつくりながらも致命傷は負っていない。
何度も斬り合い、一時的に距離を取った時、不意に勇者が口を開いた。
「シンクからお前の名前を聞いた。有名だったらしいな」
「……」
俺が黙っているとさらに言葉を続ける。
「ユーマ。勇者になるはずだった男。そうだろ?」
「それが、どうした」
いつかは分かることだ。それに知られたからと言って何も不都合はない。
「ずっと気になっていた。お前は、初めて会った時から俺を恨んでいる目をしていたから」
「そうだ。俺はお前が憎い。お前ら勇者がさっさと現れないから代わりに用意されて、結局不要な存在だと見向きもされなくなった」
「俺だって、突然こんな知らない世界に来て、魔王を倒さなければ戻れないなんて言われて。よく分からないまま戦ってきた」
こいつは一体何の話をしているんだ。意図が読めず、構えたまま話を聞く。
「でも、正直分からなくなった。人間は思ったより醜くて、魔物は聞いていたより理性的だ。俺はなんで人間の味方をしている。どちらも尊重すべきじゃないのか。だから……」
「もう、黙れ」
離れた距離を埋めるほど剣を大きくして一閃する。勇者は一瞬驚き、それでもやはり剣で受け止めた。
ゼクスは勇者と話をしたと言っていた。ならば俺が本物の魔王ではないことも知っているはずだ。だからこいつは、その案に乗っかろうとしている。迷いながら、答えが見つからないから言いなりになって俺を殺そうというのだ。
「ひとつ言っておく。俺は死んでやるつもりは無えぞ。俺がお前を殺せれば、伝承に意味は無くなる。魔王の命もこの世界の平和も、俺達でどうにでも出来るという証明になる」
本当のところは分からない。勇者がここで死んだら、魔王も全ての人間に命を脅かされることになるのかもしれない。平和が訪れなくなる可能性もある。そもそも魔王以外に勇者は殺せない、そういう世界になのではないか。
そんな疑問を抱えて、それでも俺は戦う道を選んだ。
「お前も、覚悟を決めろ」
そう告げて、体中の魔力を集中させる。身体能力、剣の硬度、全てを強化して、次の一撃に込める。相対する勇者も同じように構えた。これで最後だと、互いに確信している。これ以上打ち合う力は残っていない。この一撃に全てを込めて、生き残った方が勝者だ。
「はああああ--!」
「おおおおお--!」
同時に叫び、必殺の一撃を繰り出す。
地面に転がって目を覚ます。数秒、意識が飛んでいたらしい。震える手で腹を触る。胸から腹まで斬り裂かれていた。不思議と痛みはなかった。
「おい、勇者……。これを、持って行け」
鎧の一部、兜の部分を頭から外す。これで勇者が魔王を倒したという体裁は整った。先ほど言ったこともそれなりに本気で、勇者を殺すつもりでもあった。だが、やはりそうはいかないか。
兜を受け取った勇者に告げる。
「精々、この世界で……、長生き、してろ……」
それが俺の、せめてもの復讐だ。
「勇者様!」
「悪い、遅くなった。こちらの状況は?」
孤島から転移して、魔王城の前に立つ。魔物も人間も数多く倒れている、凄惨な光景だった。転移を使えたからレナは無事だと思っていたが、リザとセナが見えない。
「二人は吸血鬼との戦いで血を吸われて、あちらにいます」
指差す方を見ると、黒帽子を胸に乗せたレナ、その隣にリザが横たわっていた。
「その吸血鬼は……」
おそらく俺と話した奴だ。周囲を見渡すと、その姿を見つけた。城門に背を預け、座ったまま死んでいる。その体には何本も剣が刺さっていた。周りの夥しい数の屍から激戦だったことが分かる。
「吸血鬼は最後まで抵抗して、外の兵士は生きている者も戦闘不能です。先に突入した兵士もどれだけ残っているか……」
そうか。この三人を手にかけなかったのは俺に対しての義理、いや十字架だ。お前の仲間は助けてやる、だからお前も役目を果たせ。そういう意図だろう。
「レナ、俺の声をこの城にいる奴らに届けてくれ」
「はい、……どうぞ」
俺と魔王城が魔力で繋がった。役目を果たすべく、俺は言葉を紡ぐ。
「魔王の首、この勇者が討ち取った! これ以上の戦いは無用だ。双方、直ちに戦闘を中止しろ!」
言い終わって城を見上げる。上階の窓から、小さな女の子がこちらを見ていた。
そして、戦いは終わり平和が訪れた。
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