反撃の時間

 俺たちは、新たな狙撃場所となる廃ビルへ到着した。入口は、シャッターが閉まっていたが、無理矢理蹴り開ける。


 思いの外大きい音が鳴り、腕の中の体はビクッと震える。




「は、早く下ろしてください!」


 不知火は、ビルに着くなり叫んだ。俺は彼女の機嫌を取るように、さっさと地面に下ろす。


「そんなに嫌だったのか……済まない」


「だから、そういう訳じゃ、ぅぅぅ」


「ん、なんか言ったか?」


「なんでもありません!」


《あー、どっちもダメダメだ、こりゃ》


 ネクトは、顔は見えないが訳知り顔をしているような気がする。こちらとしては、意味不明なことに変わりはない。


 もしかしたら、体臭がきついのだろうか。いや、今は依頼に集中すべきだ。


「ほら、早く上まで行くぞ。今何時だ、ネクト」


《今、ちょうど○時頃ですね。


 何とかまでには、やれそうだ。すると、会話に置いてかれた不知火が、抗議の声を上げる。


「え、上行くってまさか」


「よいっしょ、すまんな不知火。少し我慢してくれ」


「は、はい……」


 俺はもう一度、姫を抱えると、急いで階段を登った。


 これからは、念入りに風呂に入ろうと思った。





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「ガキのAI自身が、俺らにリークして来て…」


「どういう風の吹き回しだぁ?」


「俺も、分かりませんよォ……」


 一度に、様々なことが起こりすぎた。


 まず不知火の動きが、変だった。急に白羽の通知を切るように、ネクトに命じ、その後依頼を実質一人でこなした。


 そして、ネクト自身がそのことをバラして来た。確かに、獸狩りのAIにとって、マスター以外の指令は絶対ではない。


 けれども、あんなに人のいいネクトのことだ。余程のことがない限り、そんなことをしない。


(じゃあ、なんであいつはそんなことを……)



 すると、部下が血相を変えて走ってきた。


「ぼ、ボス!た、たたたた、大変です!」


「どうした?」


「獸です!」


「ああ?どこが大変なんだよ。まさか、新種でもいたってかぁ?」


「そのまさかです!」


「おいおい、こんな時にかよ………………でも、そうか、あいつが、が気づいたからなのか!」


「ど、どうしましたボス?」


 部下は、状況が分かっていない様子だ。懇切丁寧に説明してやる義理もない。


「お前は、メールを不知火に送れ。新種の獸が出たとな。後、該当者の欄は、不知火と白羽のガキの名前も入れろ」


「え、でもガキの通知はAIに切られてるって聞いたんですけど、、、」


「安心しろ、あいつは





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《結果として、良かったのでしょうか……》


 白羽と不知火が、ビルとビルが移動する間に、ネクトは、思考していた。自分の行動は、最適なものだったのかと。


《獸の存在に気づいた時点で、情報を隠すことは事態を悪化させるだけだと、思っての行動だったのですが……》


 せっかく、ネクト特有の能力により、獸の接近を感知できたのに。いくら、頼まれたからと言っても、白羽では無い人物からだ。


《しかも、直接主に伝えなければ、反故にしたことにはならないはずです》


 不知火の望みは、白羽より依頼の存在を知り、白羽に認めてもらうことだ。最悪、白羽への通知を遅らせることだけでも、彼女の望みは叶うだろう。


《大丈夫ですよね。思い切って、今回のことバラリークしちゃっいましたけど》


 これで、不知火は何らかの処罰はうけることにはなるだろう。それでも、主を裏切るよりマシだ。


《事実、不知火さんを助けることが出来たのですから》


 リークがなかったら、木塚側も獣の存在に気づいても、白羽に通達する手段がなかっただろう。


《私が直接言っても、依頼が来るまで信用してくれるかは、分からなかったですしねー》


 それが、白羽一平という存在だった。あの男は、AIを信用していない。ネクト自身は、むしろそれを好ましく思っている。


 AIは、万能。AIは、絶対。そうなったら、終わりだと考えている。


 技術的特異点シンギュラリティが来た時、人類はAIに負ける。完全なAI管理社会となる。


 それを白羽は、恐れているのだ。


 AIは完全ではない。かと言って、人間だって信用はできない。そのため、彼は総合的にどちらの情報も得て、最後に判断を委ねるのは自分自身にしているのだ。




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「この階だな」


 俺は、あえて目立つ屋上ではなく、その一階下の五階に狙撃ポイントを決めた。


 ネクトの予想だと、屋上の方が良いと出ていたが、自己判断でこちらにした。


「ネクト。物体識別コードアイデンティティファイア解読」


《了解。物体識別コードアイデンティティファイア解読》


 ポケットに入れてあった俺の端末が、光を放つ。


 その光は地面へと当たり、まるで3Dプリンターのように形を作っていく。


 現れたのは、一丁の銃。俺の得物だ。米国の対物アンチマテリエルライフルに特殊改造を施し、獸用にしたものだ。


 俺は、地面に現れた火力の塊を抱きかかえるように、うつ伏せになる。


「あの、私は何を……」


 前のビルと同じようにデスクに寝かされている不知火が、訊いてくる。


「お前は、安静だ。とにかく体を休めろ」


「はい……」


 俺はそう言うと、呼吸を整えていく。これは、狙撃の慣習ルーティンだ。


 呼吸を落ち着いてくると、俺の視界に赤く光るものが見える。場所は、窓から見える獅子の腹の中。コアだ。


「ネクト、弾道計算」


《了解。弾道学、及び耐水弾ウルヴの射程を考慮した計算を開始…………計算完了。いつでも、行けますよーっと》


 俺は、スコープを覗く。スコープは無線で端末と繋がっており、ネクトが計算した弾道学が、白線として現れる。


 白線を俺の視線の中だけにある赤い点に合わせる。綺麗にピタリと合う。数ミリのズレもないだろう。


 元はこの弾道を予測する線は、赤い色だったのだが、点と同色のため変更した。


「すぅぅ……」


 トリガーを握る。


 轟!!!!!


 爆風が吹き荒れる。近くの窓は衝撃波で粉々になり、コンクリートが小刻みに揺れる。


「きゃあっ!」


 後ろから、不知火の悲鳴が上がる。彼女は、初めてだったか。俺も最初はこの音に驚いたものだった。


「不知火…獸を見てみろ」


「えっ……そんな。水流装甲を貫通してる…」


 獅子は、苦悶の声を上げ身を捩っていた。確実にヒットした証拠だ。


「これが、ウルヴの力だ」


「凄い……」


《損傷率100%、原生次元を回帰を確認》


 俺は、それを聞くと一度深呼吸すると、立ちながら話し始める。これは、今までずっと聞きたかったことだ。


「それでな、不知火、ネクト」


「はい?」


《どうしました?》








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