先輩としての威厳

 ここで一旦、獸について整理しておこう。


 西暦2000年頃に出現した、異形の怪物である獸。彼らは、多次元論により、他の次元から人間の暮らす三次元に襲来する、と考えられている。


 彼らには、対獸物質Anti Creature Material、通称アカムが有効である。


 その正体は、ごく限られた場所でしか採掘のできない鉱物であり、水に弱い性質を持つ。


 また、獸達はその弱点を認知しているのかは不明だが、獸の中には水を纏い、水流装甲を作り出す種、水使いアウクアが存在する。





 さて、ここまでは復習だ。





 では、水に弱いという性質をどう補填するか?



 これは、研究者たちにとっても、それを扱う獸狩りにとっても重要な課題だった。


 水流装甲のついた獸だけ、放っておくことも出来ない。


 そこで登場したのが『耐水弾WRB(ウラヴ)』だった。


 獸には対抗し、水に耐久する。


 そんな理想的な弾薬が製造された当初は、獸関連の者全てが興奮の渦に包まれた。


 一度、アカムを耐水性がある金属で包む。その金属は、飛翔中に発生する摩擦熱により、標的に当たる刹那に融解しきるような薄さに加工される。




 しかしやはり、そんな画期的なヒーローにも欠点は存在した。




 まず第一に、高価であること。


 新商品ということもあり、価格は通常の2~3倍ほどが相場だ。


 基本的に弾薬や、銃器等の武具のメンテナンスは、獸狩りの自己負担である。


 いくら耐水性を持つとはいえ、おいそれと購入できるハンターはごく少数だ。





 次に、射程。


 前述の通り、この弾は当たる直前に融解しきることが、必須条件だ。それより早くても、遅くても効果が薄れてしまう。


 そのため、弾道計算がより複雑になることが予想される。


 また射程距離も制限されるので、元からその距離レンジに慣れている者で無ければ、射撃感覚を合わせるのにも苦労することになるだろう。




 以上の理由から、その高性能を鑑みたとしても『耐水弾』ウルヴの人気は芳しくなかった。







 しかし、逆に言えば、






 その弱点さえ克服してしまえば、耐水弾は獸にとっておぞましいほどの威力を発揮する。




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マスター、大丈夫なんですか?こんな高い弾、10発も買っちゃって。あんなオンボロアパートの家賃すら、払えなくなるかもですよ》


「ばーか。あれは、偽装カモフラだよ。あんな所に、獸狩りがいるなんて、思わねぇだろ?」


《主の通帳だけは、見ないようにしようと心に決めていましたが、ちょっと興味が出てきました。少し、覗いてみますね》


「っておい、弾道計算をとっととやれ!」


《うっひょー!スゲーな、こりゃ。個人で持つ額じゃねぇぞ、これ!》


「興奮のあまり、語尾が変わっちゃってますよ、ネクトさん……」



 ここは、またまたとある廃ビルの一室。


 屋上は、あのライオン擬きに見つかる可能性があるため、屋内にひっそりと隠れチャンスを伺うことにした。


 その策が功を奏したのか、獅子ちゃんは辺りを見渡し、必死に自分たちを探している。少し、可愛い。


 不知火はあちらこちらに包帯が巻かれ、元は会社のデスクであったはずの横机に、寝かされていた。しかし、血色が悪く戦える状況では無かった。


《すみません、すみません。つい興奮してしまいまして。じゃあ、計算始めます。弾道学に基づく計算に加え、耐水弾ウルヴの射程距離を考慮して演算開始。、、、、、演算終了。結果、あと約200mの接近が必要》


「まだ近寄らないと、ダメか……」


 俺は、溜息をつく。この距離でも充分危険な距離だと言うのに、まだ近づかないといけないなんて。


 ただでさえ、前衛が使い物にならないというのに。


「すみません、私のせいで……」


「あーあー、そういうのは後回しだ。今は、戦闘に集中しろ。お前がやれることは、炎剣を出すことだけではないだろう?」


「……はい!」


「歩けるか?」


「何とか」


《__演算終了。只今、安全に目標地点まで行くことの出来る最短ルートを割り出しました!》


「ナイスだ、ネクト。よし、あの野郎に一発かますとするか!」


 その目は、獣狩りの名に恥じない、狩人のそれだった。





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 夜の街を一つの影が、踊る。ビルとビルの間を駆ける。獅子の死角になるようなルートを、素早く移動していく。


「ちょ、ちょっと、白羽先輩!?こ、この格好は流石に……くぅぅ……」


「少しは我慢しろ。怪我をしたのは、お前だろ」


「そうですけど……」


 不知火は、所謂「お姫様抱っこ」状態だった。足を怪我し、歩くことが難しいと判断した白羽によって、この格好になった。


《あと数分で目的地のビルに着きますよー》


「えっ、もう着いちゃうの…」


「嫌じゃなかったのか?」


「えっと、嫌なわけ、いや、嫌じゃないっていうか、ええと……」


「?」


《ニヤニヤ、心拍数の上昇を感知しましたよぉ、不知火さぁーん?》


「ネクトさんは、黙っててください!」


 よく分からないが、きっと色んなことが同時に起きたことで、混乱しているのだろう。


 俺はスピードを上げて、一刻も早く到着することを目指した。


「きゃっ、まだスピード上がるんですかっ!もう!」


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