その存在は、突然に。

「…依頼通知?」


 <!緊急事態!至急現場に急行せよ。>


 <未確認の新種の獸と思われる生命体が、○○市△△区◇◇通りに出現>


 <体長およそ15メートル、次数は、4または5と思われる>


 <担当者以下2名。不知火炎華。>



「嘘、、、でしょ、、」


 こんな時に、新種の獣なんてあまりに間が悪い。


 通知が切られてしまっている状態ということは、つまり白羽がその依頼の存在を認知できないということだ。


 皮肉なことに、半分は彼女の望み通りだ。まるで、『悪魔の契約』だった。


「でも、私が行かないと!」


 大きい声を出して、自身を鼓舞する。


 窓を開け、寝間着のままで夜の世界へと飛び出した。


「はああっ!」


 足元で炎を爆発させ、その威力で飛ぶ。ぐんぐん加速していく。周囲の気流を熱操作によって変えることで、加速に加速を重ねる。


 家を飛び出してから、数秒で亜音速のレベルにまで到達していた。音速まで出さないのは、ソニックブームや、空気の破裂音を生み出さないためだった。


 あっという間に、目的地の近くのビルの屋上へと降りる。


「あれが標的か…」


 簡単に言えば、獅子だった。相違点と言えば、その大きさと、、、、


「水流装甲か…厄介ですね…」


 獣の中には、アカムの弱点を学習したのかどうか不明だが、水流装甲を生み出す種が確認されている。


 その獅子の体も、月光に煌めく透明な流体で覆われていた。


 総称して、水使いアウクア。どこかの国の聖書で、水を意味するという。


(私の能力との相性は最悪……)


 火をメインに使う自分にとって、これほど厄介なのはないだろう。悪魔はここにもいたようだ。


(…一瞬で莫大な熱を出せば、いけるか?)


 他に方法がない。熱を操る自分には、これしかやりようがなかった。熱ではなく火を操る異能でなかっただけ、マシだろう。


 とにかく、倒さなければならない。


 近くの遊園地の観覧車に備え付けられている時計を見る。


(まだ23時か…《間に合うな》)


 再度、飛ぶ。


 ビルの隙間を縫うようにして、近づいていく。標的に接近を勘づかれないためだ。


(この攻撃は、一発勝負です。相手に気づかれずに、頭を狙うしか勝ち目はない!)


 獅子の背後に回り込む。完全に死角だ。


 いける。


 弾丸のように頭を目掛けて、突っ込んでいく。


 頭に触れるその瞬間、私は叫ぶ。


大爆発エクスプロージョン!」


「?!」


 獅子が異変に気づいたようだが、もう既に手遅れだ。


 光り輝く。一瞬にして、摂氏2000度を軽く超えていく。この時点でも、鉄なんかはどろどろに融解する。


「まだまだぁっ!」


 さらに温度が上がっていく。もう、地球のマントルと同じ温度になっているだろうか。勝利を確信し、熱源の中心で思わず笑みが零れる。






 だけど、私は知らなかった。


 液体である水が、急激に加熱されたらどうなるか?


 答えは、『水蒸気爆発』だ。


 一瞬に気化された水は、体積が約1700倍になる。その体積の膨張によって爆発が引き起こされる。





 量によっては山体崩壊すら引き起こす、凶悪な一撃が目前で炸裂する。


「きゃあああああっっっ!!!!!!!!」


 錐揉み状に墜落していく。ほとんど垂直に近い形で、地面に叩きつけられる。


 すぐに起き上がり、二次被害を防ぐため、道路脇へ飛び込む。


 着地の瞬間、左腕を折ったようだ。他にも、体の節々が痛む。打撲や捻挫は、数えきれないほどだろう。


「ぐっ、ど、どうなりました?」


 身を呈して、放った一撃の成果や、いかに。





 その頭部は、先程の爆発で完全に消失していた。


 だか、《体は消えない》


「……ぇ、そ、んな」


 グリュ、グリュッ!


 それどころか、傷口が不気味に蠢いたと思った瞬間、不快な音を立てながら、急速に肉塊が形成されていく。


 ものの数秒で、元通りだった。


 つまり、この現象からこのような結論が導き出される。


「……核は頭じゃない?」


 正確な位置は、どこぞの先輩のように分かるわけではなかった。


 けれど、生物において最も大切なのは頭だと信じている自分にとっては、完全破壊にも関わらず数秒で再生するなど、予想外だった。


「ごぉるるるるぅぅぅぅ?」


「まずい!」


 しまった。思考に耽けるあまり、肝心の獅子のことを忘れていた。相手は、頭に一発食らって怒り心頭だろう。


 視線を向けた時には、既に眼前まで獅子の雄々しき爪が迫ってきていた。


 死ぬ。


 自分に迫っているのは、爪ではなく、避けられない死だとすら思った。


 自分の誇示のために、愚かな真似をした。それが自身に帰ってきた。


 ただそれだけ。自業自得。世の中の当然の摂理。







 全てを投げ出し、目を閉じたその刹那。








「おい、どこにバカ後輩を犬死させるがいるんだよ。勝手に諦めてんじゃねぇっ!」


「えっ!」


 上の方から声がする。多分ビルの屋上だろう。






 信じられなかった。来るはずのない存在。


 誰よりも来て欲しくなくて、来て欲しかった存在。


「後で、話は聞かせてもらう。今はこの野郎をぶちのめすぞ」


 そして、頼りになる


「はい!」


 真の戦いの幕開けだと言わんばかりに、その先輩もとい白羽一兵は、空へと一発の弾丸を放った。

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