雪のシマエナガ
「いや、本当に寒いよ今日。布団でミノムシになりたい」
「ちょっと気持ちは分かるかなあ」
俺の言葉に同意を返してくる紅子さんは、素手をあっためるように体を抱きしめている。もふもふなコートにマフラー。どちらも赤色系統で結構派手なのだが、不思議と彼女には合ってしまう。名前にその色を冠するからだろうか。
手を下ろして寒そうにする彼女に自分の手を重ねてみる。
冬のデートといえば、これだろうなという思惑で。
「漫画の読みすぎなんじゃないかな」
「文句を言うわりに嫌がってはいないだろ」
「寒いから仕方なく」
「俺も寒いから仕方なく、だ」
「ならこのままでもしょうがないねぇ」
なんて軽口を言いつつ手を繋ぐ。冷たい。
幽霊の彼女は、特殊な道具で普通の人にも「見える」「聞こえる」「触れられる」状態になっている。側から見たら普通の女子高生にしか見えない。
本来の年齢は俺の三つ下で二十歳なんだがな。
実体化していると言っても、元は幽霊なので普通の人間とはちょっと違う。その最もたる部分が体温だ。彼女の体温はありえないくらい低い。
特に今日は寒さも段違いなので、その手は氷のように冷たくなってしまっている。それでも俺が手を繋ぐのはひとえに彼女のことが好きだから。
好きな子とデートしていて、その上その子がわりと寒がりなのを知っていて放置するなんてことはできない。
そうして手を繋ぎながら、反対側の手で鞄の中を確認する。
「きゅ」
寒さで引きこもっている小さなドラゴンが一匹。
このドラゴンは俺の大事な武器だ。もしジャックフロストに会ったとき、戦闘になったら活躍してもらう予定である。
ついでに紅子さんのもこもこした服の中からも巻き
どちらも爬虫類だからな……寒さにはそりゃあ弱いだろう。
それからはウィンドウショッピングを楽しんだり、互いのクリスマスプレゼントを相談しながら買ったり、有意義な時間を過ごした。
普通にデートしているだけになっている気がするが、一応これでもジャックフロストを探してはいる。そもそも普通の雪だるま自体、あんまり見かけないので見つかっていないだけだ。雪が止んでいるならともかく、降り続いている状態で雪だるまを作るために外に出るのは危険だ。そういうことだろう。
「この辺は特に酷いな」
「うん……あれ、あの鳥」
「どれだ?」
「ほら、あれ。シマエナガじゃないかな。北海道にいるっていうやつ」
紅子さんの視線を辿ってみれば、確かにそこには小さな白い鳥が飛んでいた。
いや、違うな? 明らかに挙動がおかしい。なぜなら、翼を広げていないからだ。翼を閉じた状態でふよふよと浮いている。そしてこっちに向かってきたかと思うと……。
「わっ」
紅子さんの肩に触れてから上空に舞い戻る。
「いた……」
「紅子さん、大丈夫か!?」
「うーん、ちょっと凍っちゃっただけだよ。それより、多分ターゲットはあれだね」
紅子さんの肩が先ほどの一瞬で凍りついてしまった。
困り顔の彼女に、俺はその視線の先を見る。
ケラケラと、上空でシマエナガの形をした雪だるまが笑っていた。
「……リン」
「きゅいっきゅ!」
鞄の中から現れた赤いドラゴン……リンが一声鳴いて紅子さんの肩に向けて小さく火を吐く。火を吐くと言っても口元から漏れ出すように薔薇色の炎を灯しているだけなので、その熱で氷を溶かしているにすぎない。
「さすがにこれはイラッとしたんだよな」
「うーん、馬鹿にされてるね」
氷が溶けて少し濡れた状態の彼女も眉をしかめて上空を見つめる。
「お兄さん準備よろしく」
「りょーかい」
紅子さんがその懐から雅な扇子を取り出し、それを上空にいるシマエナガに向かって宣戦布告するように突き出した。
なおも馬鹿にするようにケラケラと笑っているシマエナガ……ジャックフロストに、彼女がにやりと笑みを浮かべる。
「
呟いた瞬間、彼女の姿が消える。
そうして気がついたときには遥か上空……ジャックフロストの真上に現れて扇子の影に隠していた鋭いガラス片で、上から叩きつけるように突く。
驚いたように、文字通り突き落とされたジャックフロストがこちらに落ちてくる。途中で勢いを殺し、雪を撒き散らしながら俺に向かってくるそいつを、俺は静かに見据えて右手を目の前に掲げる。
「リン、やるぞ」
「きゅいん!」
俺の手の中に収まった赤いドラゴンがみるみるうちに姿を変え、赤い鱗の浮かび上がった刀剣へと変化する。
それがこの
その刀への変化に、慌てたようにジャックフロストが身に纏う雪と霰の量を増やして突っ込んでくる。あくまで
決意。
紅子さんを守り、一緒に戦うという決意の形。
その決意と、怪異に立ち向かうという無謀さこそがこの赤竜刀の力となる。
「そこ!」
ちらちらと、薔薇色の炎が刀身に灯る。
これこそ決意の炎。無謀を燃料にして燃え盛る意志の力。
その性質は竜神の鱗を使って打たれた刀であるため、「浄化」である。
雪を払い、祓い、そして止まれなくなったジャックフロストをその刀身で撫でるように叩き落とした。
「……し、死んでないよな?」
「弱点だもんねぇ。大丈夫みたいだよ、結構溶けてるけど」
半分くらい溶けたジャックフロストをつまみ上げ、紅子さんが用意していた籠の中へとしまう。
あとはこいつをやりすぎた怪異として、俺達が所属している「同盟」の主に送り込めば仕事完了だ。
ジャックフロストにはこんこんとした説教が待ち受けている。
一応死人は出ていないし、厳重注意で終わりだ。
「それじゃあ、仕事の報告に行ったあとはデートの続きでもしようか」
「……いいのか?」
「嫌って言ってほしいのかな?」
「そんなことはないよ、喜んで」
こうして、小さなトラブルと共にあるものの、二人きりのクリスマスイブは過ぎていくのだった。
悪戯好きのジャックフロスト 時雨オオカミ @shigureookami
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