悪戯好きのジャックフロスト
時雨オオカミ
クリスマスイブの待ち合わせ
冬の凍える朝。俺は駅に向かって速歩で歩いていた。
寒さのせいで自然と前屈みになり、上着とマフラーの中に口を埋もれさせてなおも寒さに震える。正直なところこの寒さは異常だ。
本日はクリスマスイブの朝であり、確かに寒さの絶頂期である気はするが、さすがに氷点下20℃以下になるのはおかしい。北海道かよ。
天気予報で最低気温でもそこまではいかないと言っていたし、もっと北の方でもここまで寒くはなっていない。そもそも、この
そこかしこの花壇に冬の植物として植えられている葉牡丹にも、見事に霜が降りてしまい満身創痍だ。そもそも雪に埋まっているわけだが。
朝から降り続ける雪。たまに混じる
風はキンキンに冷たくてできることなら引きこもっていたかった。
だがこれも仕事である。
この異常な気温の低下が怪異の仕業だと言うのだから対処しに外に出なければならない。
そのために現在、俺は紅子さんと待ち合わせをした駅に向かっているのだった。
「あ、紅子さん!」
「遅い。今度は十分の遅刻だよお兄さん。まったく、いい加減にしてくれるかな? アタシだって寒いのは苦手なんだから」
「ごめん!」
いつも五分前には待ち合わせ場所に着いている彼女のことだ。合計十五分以上も待たせてしまったこととなる。毎度のことながら本当に申し訳ない。
「紅子さんもさすがにもこもこだな」
「そりゃあね。アタシは冬でも生足の女子高生が信じられないよ」
……と言いつつ彼女もタイツ履いて長めのスカート履いているだけだがな。俺にはそもそもスカートでこの寒さの中出かけること自体が信じられないんだが。そこは女の子のこだわりなんだろうか。たまには彼女のパンツスタイルも見てみたい気もする。
「……お兄さんのスケベ」
「変なことは考えてないんだけど」
「どうせ今日もスカートなのは変わらないんだなあ、なんてこと考えているんでしょう。分かりやすいよ? まったく」
思いっきりバレている。なんでこう、彼女は俺に対してここまで聡いのか。
「行くよ、お兄さん。今日も同盟のお仕事だ。内容は覚えているかな?」
いつものやりとりだ。
もちろん、事前にちゃんと調べてきているぞ。
「この
「そう、妖精のくせにクリスマスの雰囲気に感化されちゃって、テンションが上っちゃってるんだって。しかもこの雪は親切の押し売り……深雪だけに」
「……」
「……」
「ツッコミどころか?」
「自己嫌悪中かな……」
紅子さんが目を逸らす。
なんでこう……、変なところで駄洒落なんて入れてくるんだろう。滑るの分かっているはずなのに。
「こほん、と、とにかくだよね。ジャックフロストは雪だるまの見た目をしているらしいから、しらみつぶしに町の中を歩いて探そうか」
誤魔化すように明後日の方向を見ながら言う彼女の頬は赤い。恥ずかしいならやるなよ。そういうところが好きなんだから俺もどうしようもないんだけどさ。
「さてさて、
「紅子さんからデートに誘ってくれるのは嬉しいけど、なるべく素直に言ってほしかったなあ。俺は生まれてこの方一人しか好きになったことないわけだし」
「……でえと、行こうね」
紅色の瞳は変わらず逸らされている。けれど、その耳がほのかに赤く染まっているので、彼女がどう思っているかなんて明らかだ。もちろん、その赤みが寒さによるものでなければ……だが。
「クリスマスイブに紅子さんと二人っきりなんて嬉しいよ」
「……幽霊に恋するなんて非生産的なことする人だよ。本当」
「紅子さんだからだよ」
「もうやめて」
紅子さんは、幽霊だ。
それも首をかき切って死んだ幽霊。そして、その死に方がとある怪異に似ていたから、その怪異になってしまった。
――赤いちゃんちゃんこ。
それが彼女を定義付ける怪異の名前である。
首が切れて血が流れ、まるで赤いちゃんちゃんこを着たかのような状態で死んだ幽霊。
本来赤いちゃんちゃんこは、トイレで「赤いちゃんちゃんこ着せましょうか?」などと質問して、YESと答えられたら首を切って殺す怪異である。
しかし彼女は怪異になってから一度も人を殺したことのない「不殺の誓い」をしている子である。
怪異は自分自身に沿った伝承に忠実に生きていないと、最後には消滅してしまう。その、消滅のリスクもあるのに赤いちゃんちゃんことして人殺しをしない。それどころか、人と共存して生きていくことを目指している
それが、彼女。
「
「ん、いや、前に皆言ってただろ。幽霊でも非生産性がないわけではないって」
「ちょっと、やめてよ。まだそういうのは早いって……」
「だって、告白してないもんな」
「しなくていいんだよ」
お互いに両想いだなんてことは分かりきっている。
けれど俺達はこの距離感のまま。
いつか一歩前進しようと思いつつ、できていないこの現状。
じれったい関係のまま、俺達はどちらともなく寒すぎる町の中に足を踏み出した。
彼女といれば不思議と寒さが薄らぐ気がした。
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