31話:盗賊アナスタシア
少女の首には、すでにピアソンの剣が突きつけられていた。神出鬼没を文字通り体現したような闇人の少女ですらもそれには反応できなかったようで、壁に背中をついて両手を上げ、敵意がないことを示した。
「どういうことだね?」
しかしピアソンは相手が少女だろうと油断することなく、剣を突きつけ続ける。一方、少女は覚悟を決めている様子で、ピアソンの冷徹な視線から目をそらす様子はない。
「まずは、あたしの質問に答えてください。あなた達はルッツの指揮下じゃないんですね?」
「そうだ。そもそも我々はこの街の外から来た。」
ピアソンは正直に答える。少女の視線が一度俺たちの方を向くので、俺は肯定の意を示した。
「次はこちらの番だ。クィンタル、念の為【
「は。」
「わかりました。」
クィンタルは小さな声で詠唱を行うと、その瞳が魔力光の輝きを持つのが分かった。俺はあの少女が【欺瞞】かもしくは【看破】に対する何かしらの抵抗魔術が発動していないかどうかを確認するために目を凝らした。
「それで、貴様は何者だ。」
「私はアナスタシア。ルッツに雇われた
俺とクィンタルはお互いに頷きあう。少なくとも嘘を言っていないことに関しては【看破】と魔力視の組み合わせで最低限は保証できる。
「それで、ルッツに雇われた君がなぜ我々に接触した?」
「それは順に追って話します。」
◆
二月ほど前、あたしはアラベーデーに呼び出されてチューリッヒに訪れていた。新米のあたしが指名されるなんて思ってもみなかったけど、自分の実力を示すいい機会だと思っていた。念の為と【偽装】を使って侵入したが、ここの騎士達はあたしたちのことなんか気にもしていないようで、いやに不用心に思えた。結局、最奥の騎士長の部屋に入っても誰も見たことのない顔の騎士が兵舎を歩き回っていることに疑問を持つ者はついぞ現れなかった。
「ん?見ない顔だな。」
執務机に座る礼服姿の騎士長は、あまりにも無防備で、もしあたしが暗殺者なら、こんな男一人葬ってゆうゆうと城門から出てしまうことも出来るという確信さえあった。アラベーデーが魔術を解除するのに合わせてあたしも魔術を解いた。案の定というべきか、いや、想定外とも言うべきか、【偽装】を解いた私達を見て騎士長は隠そうとはしているが狼狽えているようだった。けれどもアラベーデーとは面識があったようで今度はあからさまに安堵した様子だった。
「なんだ、貴様か。驚かせるな。」
「ルッツ騎士長、こちらが今回依頼を受ける盗賊の……」
「名前などよい。大事なのは仕事ぶりだ。」
ルッツは机の引き出しから取り出したスクロールをこっちによこしてきたのでそれを遠慮なく広げる。軽く目を通した様子だとどこかの見取り図のようだ。内装や調度品を見せつけるために無駄に部屋を経由しないといけない作りは貴族の屋敷に多いものだ。
「それはアルペンハイム男爵の邸宅の見取り図だ。」
アルペンハイムと言えばこの辺り一帯を治める大貴族の家系だが、仕事をする上では関係ない。だけれど、男爵という爵位と合わせて邸宅の警備の規模を計り知るには丁度いい指針でもあった。あまり精度の良くない雑な見取り図には、侵入できそうな箇所と目的の場所くらいしか書かれていなかった。素早くそれを記憶するとそれを突き返す。こんな物を持っていると万が一の時に依頼主にまで繋がりかねない。
「その程度ならくれてやっても良いのだがね。まぁよい。」
見取り図の重要性もわからないのによく騎士長が務まるものだとも思うが、この騎士団の練度を考えるとこんなものだろうか。街を守る騎士団の練度がこれならば、いくら名門のアルペンハイムと言えどもたかが知れている。
「それで、なにを用意すればいいですか?」
兎にも角にも、必要なのは見取り図よりも目標だ。侵入したところで盗る物がなければ危険を犯す意味なんてない。
「あぁ、アルペンハイム卿は最近黄金の像を執務室に飾っていてね、どうやらそれは盗品であるらしいのだ。」
「それを用意すればよろしいんですね。」
「まぁ、そういうことだ。」
わかりやすい口実だ。金なんて鋳溶かしていくらでも形を変えられる。こんなろくでもなさそうな男のことだし、どうせインゴットにしてどこかに流すのだろう。まぁ、事実かもしれないし一応証拠になりそうなものも探してみるとしよう。
◆
そういうわけであたしはアルペンハイム男爵の邸宅へ侵入することになった。この街は異常なくらい騎士の練度が低い。ぶつうの街なら屈強な冒険者を取り締まるために騎士にもある程度の実力が求められるが、冒険者ギルドがなく取り締まるべき冒険者もいないここでは、それほどの練度を求められないのだろう。
しかし今回に限ってはこちらに都合がいい。普通の街の優秀な衛兵相手に貴族の邸宅で盗みを働くのはあたしの腕前では無謀だろうが、この程度ならば造作もない。居眠りする衛兵から鍵を拝借して裏口からすんなりと侵入、巡回中の衛兵もまさか侵入されるわけがないと思っているのか、眼を盗んで目的の執務室までたどり着くことも簡単にできてしまった。
執務室の鍵は拝借出来なかったが、魔術のかかっていない部屋の鍵開け程度なら造作もない。入り込んだ部屋は薄暗く、月明かりだけが照らしていた。執務室に置かれた調度品の棚にはルッツの言う通り、金でできた彫像が置かれていた。
容易い仕事だが、一応給料分くらいは仕事をするべきだろう。ついでに机の中を漁ってみると、出るわ出るわ。見たくもない情報が山のように。あのアルペンハイム辺境伯の身内とは考えられない黒い情報が山程出てくる。税金をちょろまかして私腹を肥やしたり、安い物品を高く売らせたり、果には人攫いに人身売買まで。
「一応、もらっておくかな……。」
とりあえず持っていけるだけ書類と、金の彫像を鞄に詰め込むと長居は無用でまどからさっさと屋敷を後にした。
◆
仕事を終えてルッツの執務室まで戻ると何やら話し声が聞こえたので、盗賊の性分として聞き耳を立てた。話しているのはどうやらルッツとアラベーデーのようだった。
「さて、そろそろ時間か。あの小娘、上手くやれるんだろうな。」
「えぇ、最低限成果は持ち帰るでしょう。」
「そうでないと困る。」
「ところで、なぜリザードの尻尾なんかを要求したんです?」
「絞首台に立たせたほうが絵になるだろう。」
あぁ、最悪だ。新米の腕試しと意気揚々と出てきたら失っても痛くない人員として生贄に捧げられていたなんて。
「戻ってきたら縛り上げればよろしいか?」
「いや、しばらくは仕事をさせる。ケチな盗み一つしたところで我々の予算が増えるわけでもなし。」
「左様で。」
とりあえず今日すぐに捕まるということはなさそうだ。念の為用心しておこう。あたしは一応【偽装】をかけてドアから入り込む。
「戻りました。」
「おや。どうだったかね。」
「こちらに。」
あたしは金の彫像だけを差し出す。汚い資料はルッツに対抗するために貴族に取り入るための手札として持っておいたほうが良いかもしれない。ルッツはあたしが差し出した彫像を受け取ると、下卑な笑みを隠そうとすることもなく、舐め回すようにソレを見てから机に置いた。
「なかなか使えるみたいだな。他にもやってもらいたいことがある。今日は二人共下がっていい。」
それからいくつか屋敷を回って、足がつかないよう加工できて、かつ価値に変えやすい金製品や宝石を狙うように指示された。しかし、雇い主にも組織にも裏切られていることが発覚している以上、言うことを聞いてやる必要もない。ならばせめてどこかに取り入るためにも手札を増やしておかなければいけない。
◆
「それで、心ある貴族に情報を売りつけようといろいろ探し回ってたのですが、出てくるのは黒いものばかりでした。」
「なるほどな。それで外から来た冒険者の彼らに目をつけたというわけだ。」
「はい。どうやって切り出そうかと考えていた時に、都合よく貴族側でなさそうな騎士が現れてくれたので、賭けてみました。」
ピアソンはクィンタルを一瞥すると、アナスタシアが差し出した大量の資料に目を通し始めた。1枚1枚をめくるたびにどんどんその評定が険しくなっていくのがよく分かる。
「余計な仕事を増やしてくれたな。」
「処遇はどうします?結果的にこれだけの不正を抜き取ったのです。恩赦は出るでしょう。」
ピアソンはこちらへ顔を向けると申し訳無さそうな表情を作った。なんとなく、その先は予測できていた。これだけの不祥事が発覚したのだ。報告しないわけにもいかないだろうが、この街の上層部はほとんど真っ黒で、突き出すべき場所がないらしい。ならばより上に掛け合うしかない
「申し訳ないが、王都へ行く前に寄るところが出来た。」
今度こそ俺は英雄になりたい。 錨 凪 @Ikaling_2316
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