終章
< 壱 >
東の空の低い位置に、満月を過ぎ幾分欠け始めた
見上げた空は、既に闇の色に染まっており、冬の象徴ともいうべき三ツ星が数多の星々と共鳴するかのように、キラキラキラキラ輝いている。
は、と吐き出す息は相変わらず白く、一瞬視界を曇らせたもののあっという間に霧散した。
(あれから一週間かぁ……)
予期せぬ招かれざる
あの後、一度追い払ったあの道士が再度来ないかと警戒の為しばらく旅に出ずに
ひと月も前に亡くなった
(盗賊たちが元に戻ったから、
実際どういう仕組みでそれをしているのかの解明はまだ出来ていないが、
――あやつが、ゆーとったんじゃろ? 抜き取ってひと月も経つと、「魂」を戻しても「
――うん。だからあの晩、かなり後半焦ってたんじゃないかなって……。
――自然死したわけじゃなく、強引に「魂」を抜き取ったもんなら、「
恐らく、工程としては、「魂」を抜き、切り取り、再びもとに戻し「魄」と絡みつかせ生きている僵尸を作るまで満月の夜に一気に行われるものなのだろう。けれど、
そうしてそれらを取り戻す前に、ひと月という
(まぁそっちに忙しくって結局……この【
――否。
訊けていないというよりも、その話題に触れるなというような祖父の気配を、勝手に
昔から、まだ少女に教えるべき段階にない術などは、いくら彼女が訊ねても教えてくれることは決してなかった。今回も、そういうものなのかもしれない。
(まぁ、とりあえずいま、
彼を待つ家族の元へ、これ以上傷つけることなく、
――ただ、それだけなのだろう。
とりあえず表の路の修繕はあの盗賊たちが請け負ってくれているが、それが済んだら是非
少女はそのまま崩れた倒座房を右に歩を転がし続け――、表門を抜ける。
そこには一週間前と同様に、見送りに出ていた祖父母の姿のほかに、四体の僵尸がすでに整列しており、その
「さて、と。んじゃ
行ってくるね。
いつも通りの言の葉を、するりと唇に滑らせようとしたその、瞬間――。
その語尾は音を孕むことなく白い息に変じて消えた。
「……っ!]
視界の端で壁に凭れる黒い影を見止め、慌てて肩越しに振り返る。
そこにいたのは、黒い
あの日、森で出会ったとき同様の、
「アンタ……」
睫毛を一度羽ばたかせ、ぼんやりと呟いた
「え、まさか家出?」
「……アホ。んな堂々とした家出があっか」
「え、じゃあ……え、なに??」
「……俺も行く。連れてきやがれ」
何故、命令口調なのだ。とか、なんのために? だとか。
疑問はいくつか頭に浮かんだが、そもそも自身の解釈があっているかの自信が持てない。
「…………えと、僵尸隊に……同行するってこと?」
「……だからそういってんだろ、バァカ」
「バカ!? バカっつった!? ってか、そもそもそんなん、いってなかったけど!?」
「あァ!? 連れてけっつーんはそういうこったろうが!!」
「はぁあ!? 大体なんで連れて行ってもらう人間がそんなに偉そうなの!! 連れてってほしかったら頼むのが筋でしょうよ!!」
「あーあー、わかったわかった。てめェ独りじゃ危なっかしいかんな。ついてってやっから、ありがたく思えよ、
「……っ」
あの日――。
――
そう聞こえたのは、空耳かそれとも気のせいかと思い込んでいたが、あれ以降、時々彼はこうして少女を
「オラ行くんだろ。でこっぱち」
まぁ無論、彼がそう呼ぶのは本当に時々であり――緊張する自分がバカを見ているのは確実なのだが。
「でこっぱちっていうなっつってんでしょッ!! 行くわよ、行けばいいんでしょ!!」
いつぞや森で、似たような会話をしたなと少女は独り言ちながら、肩下げの中にあった鐘を取り出すと、空に掲げる。
バサ、と空へ撒くのは、冥府への通行料である紙銭を模した符呪。
小さな
闇色に転がるのは、歪な
その傍に、冬を象徴する三ツ星がきらめいている。
夜の帳の落ちる中、少女の声が高く響いた。
「僵尸さまのお通りだー! 生きてる者は、道を開けろー!」
それでも少女は、死体を連れて 笠緖 @kasaooooo
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます