7 雪名残、久遠の約束

「……ん」

 気が付くと、朝だった。冬の美しい朝日が、僕の体を撫でる。

「朝、か」

 そして、横を見る。

「ああ、なるほど」

 一人、そういってしまう。

「やっぱりそうだった」

 理解はできていた。


「おいて、いかれたか」


 彼女はいなかった。

 霊は夜だけ出るのだろうか。夜が起こした奇跡だったのだろうか。

 それとも、この老柳が起こした奇跡だったのだろうか。

 そう思って、彼女が横になっていた場所を名残惜しく見てみると、うっすらと、枯れ草に積もる雪が人の形に押しのけられていた。

「ああ……」

 涙があふれる。

 あれは、夢ではない。

 ほんのわずかな名残として雪が、夢ではないと示してくれていた。

「そうか、やっぱり夢ではないんだ」

 夢ではなかったのだ。

 涙が、急激に冷えていく。

 冷たさで夢から現に戻り、陽の光が目に入る。

 太陽が山を越えて、光が僕に届いただけだ。

 だけど、なぜだろう。とてもその光が尊く思えた。

「はは、なんだろうな」

 自分の中に、気持ちが渦巻く。

 光を見て目が覚めても、昨日の夜の言葉のほとぼりが未だに冷めず、熱が籠っていた。

 どうしようもない感情が胸を焼き尽くす。

 泣きたいような、笑いたいような、怒りたいような、悲しみたいような、ごちゃごちゃな、原初の海のような感情が体を駆け巡る。

 その熱暴走のような、或いは疫病のような、どうしようもない感情が渦巻いた後に、一つの馬鹿なことを思いついた。

「霊、研究してみようかな」

 霊、こんな命が不滅になった時代でも未だによく解らぬ、古の、更に古の、古い文化。僕は、彼女と会わなければその存在を信じなかっただろう。

 だけど、僕は知ってしまった。

 見えてしまった。

 魅せられてしまった。

 惹かれてしまった。

 この感情の渦巻は、きっとこのままじゃ抑えられない。そして、抑えてはいけない。

 そのために、研究してみようと思った。

 倦んだ象牙の塔に、入ってみようと思った。

 目指すべき道が、見えてきた。

 ああ――やっと、この命に芽吹いた気持ちだ。

 もう一度、生きてみようと思った。

 その感情は、単純な思いだ。

 でも、僕はその感情を抑えられない。

 たとえ、どのような困難があっても、命が尽きないのだ――歩みを止めるつもりは、無い。

 だから、胸にその感情を抱いて進む。


 また、会いたい。


 そのためだけに、僕はまた歩き出す。

 


「今度は、一緒に生きよう」



 久遠の果てに叶えるつもりの約束を、僕はつぶやいた。

 冬の風、雪は名残、星は無し。

 さぁ、これから僕は、生きているように生きよう。

 いつか、彼女と生きているように共に生きるために、歩こう。

 道は、遠い。

 夢も遠い。

 でも、思いは近いと知っているから。

 冬の風が、永遠に死んだように生きているはずの僕の、背を押したように思えた。



          完


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刹那に瞬く星空と永遠に残る生命 文屋旅人 @Tabito-Funnya

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