第24話 オルタンス王国編 6 〜終焉〜
「−−で、結局あのメイドは何者だったんだ」
「それは私から話そう、カエデ」
オルタンス公国の客室で酒樽を掲げながら、老齢の大臣−−ノルベルト・プライエルという名前だったらしい−−が、口を開く。
俺はあれから夜通しみっちりとこのノルベルトに尋問されていた。ミアとアルベルトが途中で寝て変身を解いたのが災いし、尋問はさらに長引いた。
「小動物じゃなかったのか!?」「いや、これは目立たないようにするためで」「このツノはやはり邪悪な魔族の証!?」「いや、確かに魔族だけど俺が説得したので害はないで」「何を説得したと言うんだ!!」「だからそれを今から説明す」(中略)「……と、いうわけで、俺は魔物と人間が手を取り合う真の意味で平和な世界を築きたいんだ。協力してくれ」「すぐには決められんな、説明不足だ」「だーかーら」エンドレス。
今思い返せば、寝不足で二人とも疲れていた。やはり深夜のテンションで仕事なんかやるもんじゃない。効率が下がる。
同じようなやりとりを数回繰り返した結果、最終的に俺が解放されたのは昼過ぎだった。
ノルベルトは完全には納得していなかったようだが、俺たちがエリシュカの命を救ったことは事実と受け止め、エリシュカの計らいもあり今夜は晩餐会が開かれることになった。
「というわけで今俺は、この城の一室でささやかながらご馳走になっている」
「……誰に向かって話してるの?」
アルフィーが目の前の豪勢な料理にかぶりつきながら言った。
「アルフィーたちは魔物だから、何を食べるかわからなかったんだけど」
エリシュカが遠慮がちに言う。
「私たちと同じものを食べるって聞いて安心したわ」
「何を食べると思ってたの?」
「……人間とか」
「ええ!? やだなぁ、そんなの食べないよ。僕はアップルパイが好き」
「あら、可愛いわね」
ウフフ、エヘヘと笑いあう二人。何だ? あの雰囲気。助けたの俺だよな? あれ?
「なーに羨ましがってるの、カエデ〜」
ミアがニヤニヤしながらそばに座る。俺はフッと鼻を鳴らして答えた。
「今回はアルフィーに華を持たせてやるさ。あのお姫様、見たところまだ20歳になるかならないかぐらいだろう。俺はお子様には興味ないので」
「あっそ」
「リリエルさんみたいに大人の色気があれば別だけどな」
「まあ、嬉しいですわ」
「そう、例えばこんな……。え?」
隣を見るとリリエルがちょこんと座っていた。驚きで心臓が飛び出る。
「り、リリエルさ、ちょ、なんでここに……!?」
「あ、私がお願いしたんです。リリーが皆様の仲間だと言うので、久しぶりに会いたくなってしまって」
ねー、と顔を見合わせるエリシュカとリリエル。アルフィーが若干疲れているところを見ると、彼の移動魔法を使って来たようだ。
「リリエル〜、カエデったら『フッ、ガキには興味ない』。って言うのよ。なんだかんだ言って私に興味深々なくせに、ね?」
すらりと自慢(?)のあんよを見せびらかしてくるミア。全くもって心が動かない。虚無。
「お前はガキを通り越してもはや乳臭い」
「ギー!!!! 本来の姿はナイスバディなんだからねえええ!?!?」
顔芸をするミアをどうどうとたしなめていると、ノルベルトが酒樽を持って近づいてきた。
「まずは、姫様の無事を祝して乾杯しようか」
俺とリリエルは酒を受け取り、ノルベルトと器をぶつけ合う。エリシュカは酒が苦手なのだろう、酒のそばにお茶のような液体を置いてそれを口に運んでいた。その横を見ると、ミアとアルフィーが酒樽から思いっきりぶどう酒を飲んでいる。
「……いや、お前らはダメだろ!」
「「え?」」
絵面的にアウトなお子様二人の飲酒シーンにツッコんでいると、ノルベルトが口を開けて笑った。
「ガハハ! まさか、このお嬢ちゃんが魔王とはな。未だに信じられない」
にやり、とミアが笑う。
「私が本気を出すと世界を滅ぼしてしまうからね。あーあ、力を見せられないのが残念だわ。カエデが言うとおり、私は人間を助けるやさしーい魔王様なのよ。エリシュカを救ってあげたんだから、感謝してよね」
あくまでも、『実は強いが自身の目的のために人間と共存することを選んだ賢い魔王様』という設定を貫くつもりのようだ。俺がエリシュカに初めて会ったときに説明したそのままである。嘘はついていないが、実態は『実は弱体化しているので自身の目的のために人間と共存せざるを得ないマヌケな魔王様』だ。
白けた目を向ける俺に気付いてか気付いていないのか、ミアはべーっと舌を出した。相変わらずクソガキである。
「それにしても、ノルベルトがこんなに話しやすい人柄だったなんて知りませんでした」
ひととおり談笑したあと、エリシュカが大臣−−ノルベルトに向かってニコリと微笑んだ。
「あんなに冷たかったのに」
拗ねているのか、言葉に少し棘を感じる。それについては申し訳ない、とノルベルトがうなだれた。
「私と親しげに話せば、姫様に危険が向くと思ったのです。大臣という座から私を蹴落とそうとしている人間はいくらでもいる」
なるほどな、と俺は目の前の魚のソテーをつまみながら大臣に目を向ける。冷たかったのは愛情の裏返しというわけだ。
「……それに、嫌われていると思っていたのです。怖がられていると」
「もしかして、私が小さい頃に言った言葉をずっと気にしていたの?」
「……本当のことを言えと、おっしゃったではありませんか」
ぶっとソテーを吐き出した。ガタイのいい強面のじいさんが、肩を小さく丸めてシュンとしょぼくれている。ギャップが強すぎる。拗ねたような口調でそっぽを向く姿に、俺は妙な既視感を覚えた。孫に嫌われそうになって落ち込んでいるおじいちゃんの図である。
「そうだったわね。本心を言ってくれて嬉しいわ、ノルベルト」
ふふふ、とおかしそうに笑うエリシュカ。
「それは良かった」
俺も落ちた料理をもう一度口に運び、2人を見守る。色々わだかまりはあったようだが、うまくいってよかった。
ノルベルトが目を細め、言葉を付け加える。
「ついでにもう一つ真実を話しましょう」
急に真面目な顔になり、一言発した。
「−−貴女の父上は殺されたのです」
……シン、と静まり返る場。
俺は口に運びかけた料理を再び取り落とした。
え、このタイミング?
それ今言う?
ていうか、エリシュカの心の準備!!!!!
俺が一人で狼狽えていると、エリシュカがすっとノルベルトに向き直る。
「……本当のことを言えと言ったのは私ですものね……」
ええ……!? 割と受け入れている…? この場の空気に入り込めていないの、俺だけ…? おたおたと王女と大臣の顔を交互に見比べたが、そのまま2人は話を続けていく。
「父の死は、持病が悪化したせいだと聞いています……。ですが、あの病自体が原因不明の奇病だった。それに、この指輪を渡したタイミングもおかしい。その数日後に、父はこの世からいなくなってしまった……」
「お父上……フェルナン様は、ご自身の命が危ういことをすでにご存知でした。あの方は、ずっと命を狙われていた」
「命を……? 一体、誰から……」
過去の思い出を辿っていたエリシュカに、ノルベルトがまっすぐな目線を向ける。
「−−ヴォルデニア王国国王。エルガー二世です」
俺はまさか、と口を開きかけて思いとどまる。あり得る話だ。フェルナン・オルタンスは一領主からこの公国の王に上り詰めた。豊富な鉱山、貴重な魔石、民からの人望も厚い年下の王。エルガー二世は妬むと同時に恐れたはずだ。自分が老いたとき、オルタンス公国のこの君主は自分の地位をおびやかすに違いないと。
「あくまでも私の憶測ですが、奴は……エルガー二世は会食の際、フェルナン公の皿に毒を盛っていたのではないかと……。現に、ヴォルデニア王国と交流する度にフェルナン様は具合が悪くなっていった」
「そんな、食べなければいいものを、どうして」
「食べなければ反逆の意思ありとみなされ、国を侵略されかねないからです。フェルナン公は、争いを望んではいなかった。常に侵略する口実を探しているあの男から、どう民を守るか必死に考えあぐねていらっしゃったのでしょう」
「お父様……」
エリシュカが、そっと右手に嵌めた指輪に手を添える。
「その指輪は、病の進行を抑えはしても、根本から治すことはできなかった。治すには、毒が蓄積しすぎていたのだと思います」
「ううっ……」
理不尽に父を殺されたことを知り、泣いているのだろうか。エリシュカの顔を見ると、その瞳は強い怒りに満ちていた。その表情に怯んだ俺は、少し話題を変える。
「……そういえばじいさん、あんたの部下は? あいつらも結局裏切っていたのか?」
「……ワシの部下は、裏切ってなどいなかった」
エリシュカの表情が少し和らぐのを見て、ほ、と俺は一息ついた。
「どちらかというと、ワシの力不足だ」
「え?」
「部下に、己の意思をうまく伝えらなかった」
「どういうことだ?」
「部下は、ワシが王の座を狙っていると思っていたらしい……いや、王になるべきだと思っていた。政治知識のないエリシュカ様より、ワシの方が適任だと。なのでエリシュカ様の護衛はほどほどに、こちらの警護を強化したそうだ。確かにワシの周りは精鋭ばかりだったが、反してエリシュカ様の周りは役に立たない兵が集められていた」
「ただの
「一言でいうと、そういうことだな」
ふう、とため息を吐くノルベルトに同情する。優秀な部下ほど主人の意図を深読みしようとして、いらない気遣いをしてくる。いらない気遣いなんて心底いらない。小さな親切余計なお世話。
これはさすがにエリシュカも怒るだろう、とちらりと顔を盗み見ると、ハンカチを目にそっと当てていた。
「万が一の事態になれば、罰せられるのはその部下でしょうに……。上司想いなんですね」
「ポジティブだな!」
ちょっとこじつけすぎないか!? ていうか、無理やり前向きになろうとしていないか!? いいのか、それで!
「私、決めましたわ」
エリシュカが片手に飲み物を持ち、ガタンと立ち上がる。
「私、そんな素敵な人間がいるこの国を、より発展させていきたいと思います」
ウンウンと力強く頷くノルベルト。魔王側の陣営はキョトンとしている。
「というわけで」
エリシュカが一気に飲み物を空け、ぷはっ! と口を拭った。
「魔王城と協定を結びます!」
「……」
「……」
「……」
「ええええええええええーー!!???」
「いいの!?」
「やったー!」
ノルベルトの目が飛び出るほど見開かれ、ミアが驚き、アルフィーが喜ぶ。
こんな酒の席で、そんな重大発表をしていいのだろうか。しかし、エリシュカがさっき一気飲みしていたのはお茶だ。ほぼ確定と言っていいのだろう。急な展開に驚くが、とりあえず
ふと隣を見ると、リリエルが薄く口角を上げている。少し気味の悪さを感じたが、このままノルベルトを説得してください、と言うエリシュカと、絶対に認めん! と騒ぐノルベルトの間に入ることになり、違和感を覚えた彼女の表情については忘れてしまった。
***
「だーかーらぁー、ノルベルトぉ、組織ってのはどこもおんなじなんら、会社も政府も」
「…カエデ、貴様酔っているのか?」
俺はもう意識が混濁していた。とりあえず目の前のやつに何か話したい。
「あいつ、からみ酒するタイプなのね」
「放っておこうよ」
ミアとアルフィーが遠巻きに見ている。魔族は酒が強いのだろうか、二人ともちっとも顔色が変わっていない。
「いーかぁ、会社ってのは、従業員をできるだけ効率的に働かせ、儲けられる最大限の利益を引き出す。従業員に不満があれば押さえ込み、あまりも不満が爆発しそうなら待遇を上げたり福利厚生を整えたりしてガス抜きさせる。お前らもそんな感じで、俺たちを上手に利用すればいいんらよ。俺は前の世界でも、生かさず殺さず、そうやって飼いならされていたんだかーらぁ!」
「んん……? 何を言っているか分かりかねるが……」
「放っといていいと思うよ」
「難しい話は一人でやってなさいよ」
トコトコとアルフィーとミアがやってきた。
「ほら、そろそろ寝なさいよ。カエデ、体力ないんだから」
ミアが俺の体を起こそうとする。なんだ、まだ飲み足りないのに。お灸を据えよう。
「ああ? なんだこのちんちくりん? 子どもは!」
スパァン! とその辺にあった布を頭に巻きつけてやる。
「きゃぁあ!?」
「こんな寒い格好せず!」
スポーン! と俺に用意されたパジャマを履かせる。
「ぎゃぁああ!?」
「あったかい格好で!!!」
ズボー! とその辺にあった布袋に押し込む。
「寝ろーーーー!!!!」
「うわああああん!」
テーン! と何かが完成した音がする。芋っぽい格好の(実際芋を入れていた布袋だが)ミアが泣き出したところで、俺はハッと我に返った。
「リリエルぅううう!!! カエデが反逆するぅうう!!! 殺すぅううう!!!」
「そうだ!! りりえるさん! りりえるさんはどこだー!!!??」
「夜更かしは肌に悪いからってもう寝たよ」
いつの間にかアルフィーがエリシュカの膝の上でちょこんと座っている。
「なんだよアルフィーお姫様に抱っこされちゃってさぁああ! 俺だって癒されたいいいいいい」
「アルフィーとミアちゃんは可愛いけど、カエデさんはちょっとねえ」
エリシュカがアルフィーに頬ずりしている。エリシュカも顔が赤い。どうやら結局酒に飲まれたようだ。アルフィーも少し酔っているのか、ぼんやりとした瞳でされるがままである。
「なんでアルフィーがよくて俺がダメなんですかああああ! リリエルさんはどこですかぁあああ!!!」
「おい、姫様に近寄るんじゃねえ!」
「ノルベルト、やっておしまい」
どたばたと騒ぐ俺たちに、ミアとアルフィーが一歩引いた場所で呟く。
「人間ってやっぱり愚かよね」
「……そーだね」
翌日、俺たちは後半の出来事を綺麗さっぱり忘れていた。
オルタンス公国と魔王城が協定を結ぶ、ということ以外は。
イケメンコンサルタントの俺がポンコツロリ魔王にアサインされた 木村ヒロ @nanase-nanase
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