エピローグ 三月

三月。

僕が軽井沢での生活を始めてから一年が過ぎようとしていた。

桜が咲き始め、麗らかな春の日差しは眠気を誘う…のは平地の話。

ここ軽井沢では、いまだに氷点下は当たり前で油断をしていると雪も降る。

引っ越してすぐはこんな寒い所で生きていけるか心配だったが…。

人間というのは本当に適応していく生き物なのだと思う。


ここ最近で僕の生活にも変化があった。

別居中だった母が戻ってきた。

ようやく家族三人での生活が始まった。

これで家事から解放されるかと思ったが、母も仕事に出ずっぱりで結局僕が今まで通り様々な家事をこなしていた。


そして三月の中旬。

僕らカーラーの中でちょっとした衝撃が駆け巡った。

それは日本でカーリングのプロリーグを検討する委員会が発足された、と言うニュースだった。

ニュースでは日本で有名なカーラー達も委員会に参加し、意見を述べるという事だった。

もちろん、すぐにでもプロリーグが発足される訳ではないし、準備に入った訳でもない。

あくまでプロリーグが可能か、検討する委員会が発足されたに過ぎない。

それでも、そのニュースは僕らカーラーを勇気づけるのに充分だった。

その日の夜、松山が興奮しながらテレビ電話を掛けてきた程だった。

「すげーよな!いよいよ日本でもプロリーグか」

画面一杯に顔を映し鼻息荒く捲し立てる。

「いや、まだ出来るかどうか検討するだけだろ?検討した結果、やっぱり無理だって、そうなるかもしれないだろ?」

「そりゃあそうだけど、さ。可能性がゼロじゃないんだ。希望はあるだろ?」

…確かに。

このニュースでどれだけ日本全国のカーラー達が希望を持っただろうか。

是非とも形にして欲しいと願う。

「そう言えば。お前、俺に報告ないんだけどさ?」

突然松山が携帯の画面から引いて、全身を写す。

頭は濡れたまま、Tシャツ、ハーフパンツという相変わらずの風呂上がりスタイルだった。

「なんの事だよ?」

内容は分かっているが僕は惚ける事にする。

「もうリューリさんとはヤッたんだろ?」

…随分ストレートに聞いてきたな。

十二月のあの日以来、松山には話そうかと思っていたけど。

聞かれなかったから敢えて触れなかったんだよな。

でも、本当に色々心配してくれていたし。

「…した、よ」

「良かったなぁー!きちんと出来たか?失敗しなかったか?」

「大丈夫だったよ」

「よしよし。これでお前も男だな。でもくれぐれも避妊は続けろよ」

「分かった、分かったから」

松山には聞かれなかったから答えなかったが、もちろん十二月の一回だけ、という事はなく。

あれ以降もリューリとは何度か身体を重ねている。

十二月末の関東中部エリアトライアルの予選の後も。

リューリを苦戦させた事への仕返しと、健闘した事へのご褒美という形で。

僕らは抱き合った。

母が自宅に戻って来たから、場所は考え直さなければいけないけど。


翌日。

そして、今日も。

僕らはカーリングの練習に向かう。

玄関先では相変わらずハクセキレイの親方が見回りをしていた。

「親方、見回りご苦労様。餌は足りてるかな?もう少ししたらまた燕がくるだろうけど、小さい生き物同志仲良くね」

親方は尾羽をぴょこぴょこさせて“当然だ。この家のルールを教えてやる”と言わんばかりだった。

「まぁお手柔らかに」

「わへい、おはよう」

リューリの声。

「リューリ、おはよう」

二人で並んでカーリング場に向かう。

カーリング場に到着すると、野山先輩、黒崎、友利、旭先輩、部長に秋さん。ついでに夏彦先輩。

いつもの面々が揃っていた。

皆、昨日のニュースの話題で持ち切りだった。

「わへいもやっぱりプロリーグ出来たら嬉しいかしら?」

「うん。それはね。嬉しいね」

「私がもしプロに行ったらどう?」

「それは…嬉しいけど、君の人気が出るのは嫌だな。嫉妬してしまう」

「そうそう、それ。その模範解答が聞きたかったわ」

「…分かってるんだけどね。君が喜ぶなら模範解答をするよ」

リューリと視線が絡む。

ふっとお互い微笑む。

「さぁ、今日も練習しましょうか」

「そうそう。練習試合でも君達を倒せたら条件クリア、という事で良いのかな?」

「良いわよ。この先大会なんてなかなかないものね。でも、急がないと、私達六月で引退よ?」

…そうだった。

四月からリューリ達は三年生。

通常六月で引退してしまう。

これは頑張らないと。

「まぁでも、なんだかんだ年明けまで試合出てると思うけど、ね」

「受験生なのに?年明けまで試合してるの?」

「三年生でもやってる人はやってるわね」

「でも、君達が引退するまでに。倒すよ」

「是非そう願いたいわね。またあなたとペアを組みたいから」

「期待に応えられるよう、結果を出すよ」


あの日、初めてここを訪れ、魅入られた人。

その憧れの人が今はこんなにも側にいる。

今はまだ追い付かないけど。

いつかきっと追い付いてみせる。

隣に並んでみせる。

その想いを胸に。

そして皆が皆、このアイスの上でそれぞれの想いを胸に。

…僕らは今日も光り輝くアイスの上へ、身を踊らす。




この物語はフィクションです。

登場する人物名、地名、施設名、団体名などは想像上の物で、実際の物とは関係がありません。

ただし、どの程度フィクションなのかは、作者のみ知るところです。


そして将来に渡り物語内の出来事が、フィクションであり続けるかは、定かではありません。


この物語はカーリングというスポーツを中心とした、高校生達の物語である。


『最後まで、Yes。』 完



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最後まで、Yes。 上之下 皐月 @kinox

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