1話だけ帰ってきた雑学ちゃん。残念すぎて未披露ネタ祭り

「安西、私が知る雑学の中にはね、色んな意味で残念すぎて今まで話していなかったものもあるのよ」

「おお、初木は色々知ってるから、そりゃ中にはそういうものもあるだろうな」

「だけど安西、あなたをいっぱしの雑学好きと認めて、今日、その封印を解いてあげてもいいわ。どう? 聞きたいかしら?」

「……ごくり。しかし、そうと聞いちゃ踏み込まずにいられねぇのが人の性よ! 聞かせてくれ初木!」


 初木に女友達ができたぞ騒動から数ヶ月後のある日、自分の雑学話を聞き続けた安西を雑学フリークの端くれと認めた初木が、長い髪をかき上げ含み笑いを浮かべ、挑戦的なしぐさを見せながら、試すような言葉を彼に投げ掛ける。

 と、それに戸惑いながらも、安西はその扉を開くと答えを返した。それを聞いて初木、頷いて話し始めた。


「ではまず、少し鬱な話から。『少年よ大志を抱け』の名言で知られるクラーク博士は、実はその名言を残した後、大志を抱いたがために人生を失敗してるのよ」

「え―――っ!? そんなぁっ!? 聞きたくなかったかも!」

「だから初めに断ったでしょう。決断を貫かないのは男じゃないわよ安西」

「ううっ、辛くても志を貫くか。わかった初木、続きを聞かせてくれ」


「ええ。日本から母国アメリカに帰国した博士は、汽船に学生を乗せ世界中を回りながら物を学ぶ洋上大学を開学するという、いかにも面白そうな企画を起こすも、ロマンと採算性は別と出資者が集まらず頓挫。その後、鉱山会社を立ち上げるも、共同経営者に金を持ち逃げされ3年で倒産。その会社に出資していた叔父に訴えられ、財産が叔父の手に渡る。不遇のまま病没」


「いやぁああ――っ! 世知辛すぎるうううう~! 夢を、夢を抱かせてください博士!」


 辛い話に耐え切れず、頭を抱えてのた打ち回る安西。そんな彼を「口ほどにもないわね」とフンと鼻で笑う初木。


「わかったわ。じゃあ、お口直しに、次は軽く、あまりにもしょうもない残念なものを」

「おお、そうしてくれるとありがたい」


 そんな安西の精神を考慮し、話を変えることにした初木。と、それに安堵し、喜んで聞き入る安西。


「あの有名な忍者・服部半蔵の息子はね、半蔵の名と地位を受け継いでおきながら、率いる忍者衆に自分の新居を建てさせるという愚を犯し、『これは忍者の仕事じゃない!』とキレられて総スカンを食らっているのよ」

「残念すぎる! 忍者の頭も、やはり二世はダメなのか……」


「さらに、二世は将軍とのお目見えの前なのに夜中にフラフラ出掛けて、暴漢に襲われる。そして襲われたからとはいえ、相手を斬り殺してしまう。その顛末を知った幕府に呆れられ、クビにされてしまったのよ。地位は弟が継いだわ」

「残念すぎる! あの鬼の忍者半蔵の長男が、恥ずかしさのあまり世を忍ぶ者と化していたとは!」


 あまりの体たらくぶりに愕然とする安西。しかし、まだまだこんな残念な話が、初木の口から語られ続ける。


「続いて、伊勢国長島藩二代藩主・松平忠充の長男、忠章という男の話。ある日、忠章は、うたた寝をしていてハッと目を覚ましたかと思うと、直後、自分の腹に小刀を突き立てた。慌てて駆け寄ってくる家臣に、腹から出てくる内蔵を押さえながら、『自分は正気である』と告げたらしいわ。その一件で、次の藩主は弟が指名されることに」

「残念すぎる! その松平某はマイナーで知らないけど、史上最も凄い寝ボケをかました男かもしれない!」


「ナイスガイやタフガイの『ガイ』は、ガイ・フォークスというイギリス人の名から来ているの。1605年、イングランドのカトリック弾圧に反発し、国王ごと国王ごと議会を爆破しようとした男なのよ」

「ナイスガイって議会を爆破する男のことなの!? 残念すぎる!」


「有名な西郷隆盛って、実は隆永という名なのよ。ではなぜ隆盛と知られたかというと、明治維新の功で天皇から正三位の位を授かる際、政府が間違えて父親の隆盛の名を書類に書いてしまったのよ。その名で高い位を受け取ってしまったのでもう訂正できなかったらしいわ。さらに、よく知られた西郷の肖像画や上野の銅像についても、肖像画はイタリア人画家が西郷の家族の顔を参考に想像で書いたもの、銅像もそれを元にして作られたものに過ぎないらしいわ」

「残念すぎる! 名前も顔も違うなら、もう別もんじゃねえかよ! ちゃんと実像を残してくれよ!」


「実像でいうと、沙悟浄って本当はカッパじゃないらしいわよ。中国産のものである西遊記が日本に持ち込まれた時にカッパにされてしまっただけで、本当は神の食器を落として割り、神を怒らせて地上に落とされた天上人なのよ」

「へぇーそうなんだ! 月とすっぽんくらい違うね! 皿割って頭に来る、微妙にカッパっぽいね」


「あと、おしどり夫婦ってよく言うけど、おしどりって毎年相手を変えているのよ。見分けが付かなかった人が『いつも一緒に居るな』と勘違いして言い始めただけで」

「残念すぎる! よく聞く言葉なのに由来残念すぎる! 『おしどり夫婦と呼ばれたものの離婚』とか皮肉効き過ぎてる!」 


「両国国技館って、土俵の真下に焼き鳥工場があって、相撲の取り組み中も大勢で焼き鳥を焼いているらしいわよ」

「急にテイストが変わった! 断面図想像するとシュールすぎる! やめて相撲観る時思い出しちゃう!」


「カツラの故人は出棺の際、『カツラを外してください』と注意されるのよ。カツラを付けたまま火葬するとダイオキシンが出るから」

「最後を飾れないとは残念すぎる! なんで最後に恥かかにゃならんのだ……」


「次は、少々品がないけれど、小便小僧像についてよ。小便小僧像の由来は、昔、スペインの攻撃でブリュッセルが戦火にあえいでいた時、一人の少年が爆弾の導火線を小便で消し止め人々を救った。その勇気を讃えて作られたものが、小便小僧像らしいわ」

「あのふざけた像ってそんな勇ましい由来あったの!? マヌケなイメージばかりが広まってる気がするんだけど! 残念すぎる!」


「さらに品のない話。修好通商条約の会議のためサンフランシスコにいた勝海舟に、突然、現地の裁判所から出頭命令が届いた。驚いて正装して出頭した勝に裁判長が言った言葉は……『日本の春本(エロ本)くれない?』。ハラが立った勝は、盛大な贈呈式を開くことで対抗。裁判長は顔を真っ赤にして逃げ出したという」

「残念すぎる! 立派な役職に就いてる男達が残念すぎる!」


「これら残念な話まで網羅していないと、一級雑学マイスターにはなれないわよ安西」

「遠いなぁ。遠すぎるなぁ雑学マイスター。いや、俺達は一体どこを目指しているんだよ」


 彼らは行く。未だ見ぬ愉快を求めて。果てしなき知識の荒野へ。

 お付き合い、ありがとうございました!

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

雑学ちゃんは奇行が愛おしい 林部 宏紀 @muga

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ